異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

336話 下準備を始める -1-

公開日時: 2022年2月16日(水) 20:01
文字数:4,115

 バオクリエアの情勢、そしてレジーナの考えを話して聞かせると、その場にいた者たちはみな一様に押し黙り、辺りは重たい空気に包まれた。

 

「レジーナのヤツ……」

 

 拳を握り、デリアが怒りの滲む声で呟く。

 

「あたいらに内緒で買い物に行ったんだな!?」

「いや、そっちかよ!?」

「ノーマ、パウラ、ネフェリー! レジーナが帰ってきたら、あたいらも一緒に買い物行こうぜ!」

「そうさね。それまでに、レジーナを入れて持ち運べる檻でも作っておくさね」

「だよね! それくらいしないとレジーナ逃げそうだし。ねっ、ネフェリー?」

「えっと、この場合、私がツッコミしなきゃいけないのかな? やだなぁ、このメンバーで行くの」

 

 ノーマがポンコツチームに傾くとネフェリーがツッコミ役になるのか。

 ここにレジーナが加われば、ネフェリーには荷が重いかもな。

 

「マグダたちがお泊まり会をやるらしいから、お前らも来ればいい」

「いいのか? じゃああたい、店長と寝る!」

「レジーナは放置するんかぃね……?」

「だって、店長と寝ると柔らかくてあったかくていい匂いなんだぞ」

「あ、あの、デリアさん……っ、そういうことは、ヤシロさんの前では……」

 

 そうか、ジネットは柔らかくてあったかくていい匂いなのか。

 ズルいぞ。俺も経験したい、その感触!

 

 で、そうではなくて。

 

「レジーナにもいろいろ思うところがあるんだ。あんまり怒ってやるなよ?」

「分かってるよ。……ただまぁ、ちょっと寂しいけどな」

 

 何も告げずに旅立ったレジーナに対し、やはりみんな思うところはあるようだ。

 

「でも、あたいがいたら絶対止めちゃってたと思うし……、仕方ないよ。レジーナの邪魔はしたくないもんな」

「アタシだって、きっと止めちまってたさね」

「ノーマだったら、泣いてたかもね」

「アタシはそんな真似しないさよ!」

 

 パウラにからかわれ、尻尾を太くして抗議するノーマ。

 しかし、涼しい顔で紅茶を飲むイメルダに追撃される。

 

「泥酔した時に『帰れ』と言ったら、号泣していましたわ」

「そ、それは……っ、アタシじゃなく、酒が悪いんさね」

 

 酒は飲んだ人物の本性をさらけ出させるだけだぞ。

 ノーマは飲むと『寂しがり上戸』になるからなぁ。

 

「レジーナさんは、故郷のため、そして私たちを守るためにバオクリエアへ向かわれたのですね」

 

 自分は理解しているだろうに、その場にいる者たちを宥めるために敢えてもう一度その部分を強調するベルティーナ。

 

「現国王がいなくなると、あたいらの街が戦争に巻き込まれるかもしれないんだもんな」

「まぁ、寿命でないならレジーナがなんとかしてくれるさね」

「だね~。レジーナって、性格は『あんな』だけど、腕はいいからね」

「そうね。性格は『あんな』だけどね」

 

 レジーナを知る者たちは、きちんとレジーナのことを分かっている。

 それが改めて確認できた。

 

「そして、ヤシロさんは、私たちのために残ってくださったんですよね」


 ベルティーナが俺を見て言い、その言葉に一同の視線が俺に向く。

 ……まぁ確かに、ウィシャートがちょっかいかけてきている今、一ヶ月近くも四十二区を空けられないと思っていることは確かだが……別にお前らのために残ったとか、本当ならレジーナのためにバオクリエアまで出張って助けてやりたかったとか、別に思っているわけじゃ……えぇい、こっち見んな!


 ぷいっと顔を背けるとベルティーナがくすくす笑った。

 パウラやミリィも一緒に笑っている。

 ……こっち見んな。


「ねぇ、ヤシロ。レジーナの家の合い鍵もらったんだよね?」


 笑いを止めて、ネフェリーが俺に聞く。

 

「それ、複製して私にもちょうだい」

「何に使うんだよ?」

「お部屋のお掃除よ。レジーナ、すぐ部屋を散らかすから定期的にお掃除しに行ってあげるの。……って本人に言ったのに、二回目で居留守使われてさ」

 

 あぁ、容易に想像がつくよ。

 鍵閉めて籠城してたんだろうな。

 

「合い鍵があれば、レジーナが寝ている間に掃除が出来るわ……うふふ」

「ネフェリーさん、なんか怖いです……若干闇落ちしてるです」

「違うの、ロレッタ、聞いて! レジーナってば酷いんだよ!?」

「レジーナさんが酷いのは聞かなくても重々承知してるです! この前も、レジーナさんの下着を洗ったですけど、その下着がま~ぁ酷かったです!」

 

 そうして、如何にレジーナがだらしないかという論争が巻き起こる。

 ノーマも参戦し、レジーナのズボラがどんどん告発されていく。

 実情を知っていそうなミリィが、一人で「ぁのね、それはきっと、れじーなさん的には頑張ってる方で……」と擁護を試みるが――レジーナのズボラさ加減は庇いきれないレベルで、最終的に「じゃあ、全員でレジーナの家の合い鍵を持っておこう!」という結論に至ってしまった。

 こりゃ、帰ってきたらソッコーで鍵を付け替えられるな。

 

「薬棚には触るなよ。混ぜるとダメになる物もあるからな」

「大丈夫です、お兄ちゃん! あたしたちが興味あるのはプライベートスペースだけですから!」

 

 うん。それはそれでどうなんだろうな?

 女子のプライベートスペースへのフリーパスって、そんな配布していいもんじゃないよな。

 

「とりあえず、鍵はボクとヤシロが預かっているから、必要がある時はボクたちのどちらかに声をかけるようにしてね」

 

 と、懐から鍵を取り出すエステラ。

 

「お前も合い鍵を預かったのか?」

「ボクのはオリジナルの方だよ。合い鍵は一個だけしかないみたいだね」

 

 ま、四十二区の土地や建物は領主から借りているって扱いだからな。

 留守の間は領主に渡しておくのが普通か。領主が知り合いならなおのこと。

 貸主たる領主と、薬の知識がありいざという時にレジーナの店に入る必要がある俺。

 まぁ、その辺に鍵を渡すのが妥当か。

 

 ……と、思ったのだが。

 

「なんか、裏の意図がありそうです」

「あ、ロレッタもそう思う? あたしもなんかそんな気がしたんだよね」

「分かるよ、パウラ、ロレッタ! 実は私も!」

 

 なんか、恋バナが好きそうな連中がはしゃぎ出した。

 そんな中、マグダがエステラを指さして言う。

 

「……マスターキーは、レジーナが帰宅後速やかに返却される」

 

 続いて俺を指さす。

 

「……だが、合鍵は別に返却されようがされまいが困らない。むしろ、これを口実に渡しっぱなしにすることも可能」

「ぬはぁああ! レジーナさん、さりげなくお兄ちゃんに合鍵渡したですか!?」

「あほか!」

 

 騒ぐロレッタの後頭部を鷲掴みにする。

 

「レジーナだぞ? そんな裏の意図があるようなヤツかどうか、もう一回よく考えてみろ」

「むむむ……まぁ、ないですね」

「だよね~、レジーナだもんね~」

「ビックリした~。私たちの知らないところで、ヤシロとレジーナに何かそーゆー進展でもあったのかと思っちゃった」

 

 鋭いネフェリーの言葉に心臓が「ぷちゅっ」っと音を立てる。

 

「……あると思うか? 俺とレジーナが二人っきりの時、どんな会話してるか想像してみろよ」

「「「う~ん………………おっぱい」」ですね、確実に!」

「ま、そーゆーこった」

 

 などと、冷静を装いながら、暴れ狂う心臓を根性でねじ伏せる。

 黙れ心臓。

 止まれ、心臓!

 

 ……いや、止まるのはマズい。

 適度にまったりしろ。

 

 ……くっ、それもこれも、レジーナがあんなことを……っ。

 

「たぶん、そういう憶測を呼ぶことも込みで、レジーナは楽しんでるんさね」

「そうですね。こうしてヤシロ様が女性陣にからかわれる様を、今頃船の上で想像して楽しんでいるのでしょう」

 

 ノーマとナタリアの推測に、さっきまで騒いでいた女子たちが納得する。

「まったくも~。レジーナは~」なんて言いながら、けらけらと姦しく笑う。

 

「……ということでよろしいですか、ヤシロ様」

「……最後に意味ありげに囁きに来なければ完璧だったよ、お前は」

 

 なんだ、その全部分かってますから、空気読みましたからみたいな顔は。

 ナタリアを追い払いエステラに向かって話を振る。

 

「とりあえず、この後レジーナの家に行ってみる。湿地帯の泥の分析結果と、『湿地帯の大病』の特効薬とそのレシピがあるみたいだからな」

「じゃあ、ボクも付き合うよ」

 

 そう言うと思って話を振ったのだが、さすがエステラだ。よく分かっている。

 

「いくら留守と言っても、女性の家に君を一人で行かせるわけにはいかないからね」

「へーへー。精々監視しとけよ」

 

 と、このようなやり取りをしておけば、今後俺がレジーナの家に出向く時は誰かが「じゃあ監視係として!」と言いやすくなる。

 これがないと、「なんか信用してないみたいで申し訳ない気が……」なんて遠慮するヤツもいるしな。

 

 で、俺としてもレジーナの家に自由に出入りできるという状態を受け入れるわけにはいかない。

 一応、レジーナも女子だしな。

 卑猥の権化でもなんでも、やっぱり男が合鍵で自由に出入りするのはマズいだろう。

『オオバヤシロには監視が付いている』

 そういう認識は、割と重要なのだ。

 

 誰も彼もがルシアのように「捨て置け」と開き直れるわけではないからな。

 ルシアの権力と迫力があれば黙らせられるだろうが、ほとんどの女子はそうじゃない。

 なのでこっちが配慮をしてやらないと……

 あ~ぁ、まったく。気ぃ遣うわぁ~

 

「マメな男だな、カタクチイワシは」

「それが、ヤシロさんなんですよ」

 

 壁際でルシアとベルティーナが話をしている。

 精々俺を見直すがいい。気配りの男なのだと知るがいい。

 

「さっさと誰かと結婚でもすれば、浮ついた噂も落ち着くであろうに。……甲斐性のない」

「お前も独身じゃねぇか」

 

 人のこと言える立場か。

 つか、仮に俺が結婚したとしても、お前が俺への態度を改めるとは到底思えないんだが?

 結婚後に浮ついた噂が立ったら人生終了なんだっつの。……世間の目は、冷てぇ~ぞぉ~……

 

「じゃあ、ジネット。ちょっと行ってくる」

「はい。お気を付けて」

「ついてくるヤツ~?」

「「「「はい!」」」」

 

 試しに聞いてみたら、その場にいたほとんどのヤツが手を上げた。

 興味はあるんだな、謎のベールに包まれたレジーナの私室に。

 ……そんなに大勢入れるとも思えないが。

 

 とりあえず、レジーナが黙って出て行ったことは受け入れられたようでよかった。

 ただやっぱり少し寂しい思いをしているだろうから、今日は連中に付き合ってやることにしよう。

 

 

 

 

 

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