異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

364話 追放と報恩と最後の忠告 -4-

公開日時: 2022年6月11日(土) 20:01
文字数:3,439

「…………聞かせてもらおうか」

 

 じっくりと考え、ノルベールが言う。

 考慮する気があるようだ。

 

「一つ。二度とオールブルームとバオクリエアに関わらないこと」

「バオクリエアにも、か?」

「向こうにも、死なせたくない連中がいるんでな」

 

 今回の件が伝われば、バオクリエアはまた一段と騒がしくなるだろう。

 そんな時に、ノルベールがしゃしゃり出て引っかき回してほしくないのだ。

 

 マグダの両親には、怪我一つしてほしくないからな。

 

「で、二つ目は?」

「悪事から足を洗って、……そうだな、農家にでもなってくれ」

「商人ですらねぇのかよ……」

 

 だってお前、商人とかやってると今までのクセで悪知恵ばっかり働かせるじゃねぇか。

 そうすりゃ、いつかまた押し込めたはずの野心が鎌首をもたげかねない。

 

 お前はもう、欲をかかずに今を生きていられる幸せを感じて静かに暮らせ。

 枯れるにはまだ早いが、いつまでも無茶が出来る年齢でもねぇだろ?

 生き方を変える最後のチャンスだと思ってよ。

 

 ノルベールは腕を組み、静かに考え始める。

 

 今回のこの件、エステラには俺の考えを話してある。

 

 もし、ノルベールがゴッフレード並みの救いようのないドチクショウではなかった場合、一度だけ更生の機会を与えてやりたい。

 俺が、多少とは言え、考え方を変えるきっかけをこの街にもらったように。

 俺をこの街に連れてきてくれたノルベールへ、恩返しの意味を込めて。

 

 その話をした時、エステラはとても驚き、そして笑っていた。

「好きにすればいいよ」と俺の肩を叩き、そして、「そっちの方がボクの好みでもある」と言っていた。

 

「その条件を飲むんだったら、私が特別に、打って付けの街まで送っていってあげるよ☆ もちろん、街の偉いさんには私が話を通してあげる」

 

 マーシャがノルベールに告げる。

 

「人魚の間ではね、アメフラシの糸っていう童話があってね――」

 

 マーシャが語って聞かせた童話は、こんな内容だった。

 

 どうしようもない悪党が死に地獄へ落ちた。

 しかしその悪党は生前一度だけアメフラシを殺さずに助けたことがあった。

 それを知っていた海の神は、地獄に落ちたその悪党のもとへアメフラシの糸を垂らし、地獄から抜け出すためのチャンスを一度だけ与えた――

 

 って、蜘蛛の糸じゃねぇか!?

 そっくりな話が人魚の間で創作されてたんだな!?

 っていうか、アメフラシの出す糸って……卵、だよな?

 

「その悪党が最終的にどうなったかは教えてあげない。君が自分の人生を懸けて答えを見つけてみてね☆」

 

 悪党は、自分だけが助かろうと欲をかいて地獄へ逆戻りする。

 そんなラストなのだろう。

 

 それを聞き、ノルベールは複雑な表情を見せた。

 

「まぁ、二年も牢屋にいて、正直懲りたっていやぁ懲りたし、そろそろ潮時だとも思っていたがよ……けど、今さら農家になんてよ……」

「よいではありませんか、農家!」

 

 デカい声がして、一人の男が……いや、鳥が駆けてくる。

 

「ベックマン」

「ノルベール様! お助けするのが遅れて申し訳ございませんでした! ですが……ご無事で何よりですっ!」

 

 ベックマンがノルベールの体にすがりつき、おいおいと号泣し始める。

 

「私、ベックマンは、生涯を賭して恩人であるノルベール様にお仕え致します! 貴族だろうと農家だろうと構いません! ノルベール様のお側が、私の生涯の居場所なのであります!」

 

 ぎゃんぎゃん鳴くベックマンに、ノルベールは困ったような顔を見せ、でも諦めたように息を吐いた。

 

「分かったから、泣き止め。やかましい」

「はい! 仰せのままに!」

 

 ずびぃー! っと洟を啜って、ベックマンがケロッと泣き止む。

 

「農家だぞ? 出来ると思うか?」

「もちろんであります! ノルベール様に不可能はございません! 私が保証いたしますれば!」

「……はぁ。お前は二年経ってもバカのままだな」

「お褒めいただき、ありがとうございます!」

「……褒めてねぇよ」

 

 げんなりとした口調は、どこか嬉しそうにも聞こえた。

 

「おい、人魚さんよ。お前さんの船、もう一人増えても乗れそうか?」

「もちろんだよ~。百人乗ってもだ~いじょ~ぶ☆」

 

 イナバ物置かよ。

 なんか、人魚の世界、感性が日本と似てないか? 気のせいか?

 え、これも『強制翻訳魔法』の仕業?

 

「マーシャ。『ふぁいと~』」

「『いっぱ~つ』☆」

 

 絶対おかしいよな!?

 なぁ、おい、精霊神!

 どこまでがお前のジョークで、どっからが本気なの!?

 こんなくだらないことで『この世界の真実』とかいうもんの片鱗とか垣間見せる気じゃないよな!?

 ただのおふざけだよな!? なんか言えよ、精霊神!

 

「あぁ~……ったく!」

 

 ノルベールが長い髪をがっしがしと掻きむしる。

 その癖、早々にやめないと、デミリーの足音が「るんたった♪ るんたった♪」って近付いてきちゃうぞ。

 

「ベックマン。男に二言はねぇな? とことん付き合ってもらうぞ」

「はい! もちろんであります、ノルベール様!」

 

 ノルベールに抱きつこうとしたベックマンの顔を鷲掴みにして抱きつかせないノルベール。

 そうやってそばにいてくれるヤツがいれば、案外人生は楽しいもんだ。

 

「悪党でも人生をやり直せる……被害者のことを考えれば、それが正しいことなのかどうか考えてしまうけれども――」

 

 エステラが、泣きながら歓喜の声を上げるベックマンと、呆れながらもそれを受け入れているノルベールを見て苦笑を漏らす。

 

 

「未来は頑張る人を拒絶しない。そうであってくれたらいいなと、ボクは思ってしまうよ」

 

 

 ま、ノルベールが犯した罪ってヤツの被害者はウィシャートとバオクリエアの第一王子くらいなんじゃねぇの。

 間接的にはいろいろいるのかもしれないけれど。

 

「甘ちゃん領主」

「あれ? この未来を望んだのは君だったと思うけれど? なんなら見てみるかい、ボクの『会話記録カンバセーション・レコード』に記録されたあの日の会話を」

「いらんわ。しまっとけ」

 

 俺は条件を付けたんだ。

『ノルベールがどうしようもないドチクショウじゃなかったら』ってな。

 なら、その条件をクリアしたノルベールの手柄だろう。

 俺が甘いとか辛いとか、そんなもんは関係ない。

 

「礼なんぞ言わねぇぞ、オオバヤシロ」

「おぉ~、いらんいらん」

 

 ノルベールの言葉は手を払って受け流す。

 お前に感謝なんぞされたら胸焼けを起こすわ。

 

「じゃあ、マーシャ。あとを頼めるか」

「うん。任せて☆ じゃあ、メドラママ。運転手よろしくね☆」

「じょーだんじゃないよ、まったく! ……世話の焼ける人魚だよ」

 

 文句を言いながらも、マーシャの水槽を押してやるメドラ。

 ノルベールと二人きりになんかにして、マーシャにもしものことがあったらシャレにならないからな。

 

 

 ノルベールとベックマンが消え、いまだ中庭と、元廊下だった付近に取り残されているウィシャート七人。

 

 これまでの一連を見て、なんだか複雑な表情を見せている。

 俺たちがどれほど相手の行動を先読みして計画を立てていたのかを知りおののく感情。

 そして、ゴッフレードを容赦なく切り捨てた残忍さと、ノルベールにチャンスを与えた甘さ。

 自分たちがどのような対応をされるのかという不安と期待。

 

 いろんなもんが混ざった顔をしている。

 

「随分と待たせて悪かったな。お待ちかねの地下牢へご案内だ」

 

 デイグレア・ウィシャートに声をかけると、いまだくすぶる野心の見え隠れする瞳が俺を睨む。

 

「見ての通り、四十二区の領主はいささか甘過ぎるきらいがある」

 

 国家転覆の片棒を担いだノルベールを見逃すなんて、他の領主じゃあり得ない。

 

「そんな四十二区領主が主導する裁判だ。これまでの行いを心から悔い、深い反省と共に真摯に向き合うならば、きっとそうそう悪い結果にはならねぇと思うぞ」

 

 エステラは、そこまで重い罪を望みはしない。

 一番の被害に遭いながら、一番慈悲の心を持っている。

 理屈ではなく、きっとエステラの本心に刻み込まれているのだろう、あの『なんとかして他者を助けたい』って心情は。

 

 俺なら、問答無用で全員極刑に処すところだが……実際はもっと甘い罰になるだろう。

 だから、ウィシャートたちにはしっかりと伝えておく。

 

「お前らご自慢の抜け道は、すべて把握している。もう逃げ出そうなんて考えずに裁判が始まるまで地下牢で大人しくしておくんだな。これが、俺から言える最後の忠告だ」

 

 デイグレア・ウィシャートは何も言わず、俺の顔をじっと睨むだけだった。

 

「エステラ」

「うん。じゃあ、地下牢へ連れて行って」

 

 狩猟ギルドと木こりギルドによって連行されていくウィシャートたちの背中を、俺たちは無言で見送った。

 

 

 

 

 

 それが、俺が見たウィシャートの最後の姿だった。

 

 

 

 

 

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