異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加86話 トムソン一家と英雄と -5-

公開日時: 2021年4月5日(月) 20:01
文字数:3,413

「バルバラ……ちょっといいか?」

「下がってろ、英雄! こういうバカは、きちんと言ってやらなきゃ分かんねぇんだ! 分かってないことにすら気付いてねぇんだよ!」

「バカはお前だ!」

「痛い痛い痛い痛い! 英雄、指っ、指はそっちには曲がらねぇよっ!?」

 

 非力な者でも達人に勝てる方法がある。

 小指を握って逆に思いっきり曲げてやるのだ。さすがに小指一本でこっちの右手のパワーには敵わない。……デリアやマグダには効かないかもしれないけれども。

 

「違うんだよ! とーちゃんがな、間違っているヤツは、自分でその間違いに気付けてないからちゃんと教えてやらなきゃダメだって!」

「で、自分の間違いを指摘された時、お前はヤップロックに何をした?」

「息の根を止めて黙らせてやろうとした」

「実体験でダメな例を体験してんじゃん! そこで気付けよ!」

「けどアーシ、このオバサンになら勝てるぞ?」

「力でねじ伏せて言うこと聞かせるのが目的じゃないから、その一連!」

「そうだよ、バルバラ。ヤシロはね、そのセリフで人の心に訴えかけたんだよ」

「そういうことでもねぇよ、エステラ、バカ、この、エステラ、バカ!」

 

 エステラが面白がって参戦してきたので「ハウス!」と椅子に座らせる。

 ったく……「くくっ、ヤシロは照れると語彙力が乏しくなるから分かりやすいよねぇ」じゃねぇっつの!

 言葉のファンタジスタだぞ、俺は。ばーかばーか、ぺったんこー。

 

「バルバラ。お前に二つ言いたいことがある」

「なんだ?」

「一つ。相手の状況や気持ちを汲み取れないのに自分の意見を押しつけるのは無責任だからやめておけ。恨みを買うことになるぞ」

「む……せきに……ん?」

 

『徹頭徹尾』の前に『責任』って言葉を覚えろ! 脳に刻み込め!

 

「バルバラさん。無責任とは、責任を負うこともしないずるい人という意味ですよ」

「おぅ、責任は知ってるぞ! 姐さんが最強のヤツだ!」

 

 こいつ、デリアがよく言う「あたいは責任感が強いから!」を最強と捉えているのか……

 強制翻訳魔法の力で意思の疎通は出来るんだが、言葉の意味を理解しているかがいまいちはっきりしないんだよな……こいつ、テレサを守る責任があるとか、そんな意味のこと言ってなかったっけな?

 

『オレ、頼りになる系っつの? そーゆーのマジヤバいから!』を『自分は責任感が強いです』って翻訳している可能性もあるんだよな……融通利き過ぎて逆に不便になってないか、強制翻訳魔法?

 あぁ、まぁいいや。

 

「とにかくだ、バルバラ。ずるい姉になりたくなかったら、無責任な発言には注意しろ」

「おう! アーシは責任最強の姉ちゃんになる予定だからな!」

 

 ……うん。まぁ、たぶん無理なんじゃね? 知らんけど。

 

「で、もう一つ」

 

 人差し指を立てて見せ、それをバルバラの鼻の頭に「ぐりぃいんんんんっ!」と押しつける。

 

「……そのくだらないセリフをそれ以上広めるな。な?」

「痛い痛い痛い! 乱暴はダメだって、シスターと姐さんが言ってたぞ、英雄!」

 

 うん、説得力なし!

 よって聞く必要もなし!

 

「バルバラさん……だったわね」

 

 俺から逃れ、涙目をこするバルバラに、レーラが歩み寄る。

 目の前まで来て、バルバラの手をぎゅっと握りしめる。

 

「私、目が覚めたわ! 心、打たれました!」

 

 打たれちゃったかぁー!?

 あいたたたぁー!

 

「あなたは、私の英雄よ」

 

 新たな英雄の誕生である!

 

 

 ……って、やかましいわ!

 

 

 新たなってなんだよ!? 俺、認めてねぇわ、俺が英雄だってこと!

 じゃあくれてやるよ、英雄の称号!

 おめでとうバルバラ、今日からお前が英雄だ。

 

「アーシの言葉じゃねぇよ。こっちの英雄がアーシのとーちゃんを救った時に言った言葉なんだ」

「こちらの方が…………、英雄様」

 

 増えちゃったー!?

 俺を英雄と呼ぶ人口が着実に増えている! 由々しき事態だ!

 ヤップロックに損害賠償を請求したい! しなきゃ! してやるんだからね!

 

「これまで、どこかに逃げ道がないかって縋りついていましたが……今の言葉で、私、決心しました」

 

 すっと背筋を伸ばし、レーラが真正面を見つめて宣言する。

 

「私、お店をきっぱり畳んで外に働きに出ます!」

 

 思惑と真逆の結果に行きついちゃったー!?

 

「子供たちの幸せのために、お金を稼ぎます!」

「ちょっと待とうか、レーラ! 一度落ち着いて!」

 

 エステラが慌てて立ち上がり、レーラの肩を掴んで強引に着席させる。

 

「子供たちの顔を見てごらんよ」

「子供たちの?」

 

 そうして、ガキどもの顔を窺がうと……あ~ぁ。すっげぇがっかりした顔してやがる。

 そりゃそうだ。

 

「どうしたの、あなたたち? 母さん、これからいっぱい働いてお金稼ぐわ。そうしたら、またみんなでこんな風にお肉を食べましょう。ね?」

「…………」

「…………」

 

 俯いて頬を膨らませる姉弟。

 ぱんぱんに膨らんだほっぺたをして、俺を睨んでくる。

 

 えぇ……俺のせいにされるの? この流れで?

「お前さえ余計なことを言わなければ」って? それ、とばっちりもいいところだぜ……

 

 はぁ……ったく。

 

「レーラ。世の中ってのはな、金がすべてじゃないんだぞ?」

「『精霊の……』……っ!」

「落ち着いてください、エステラさん!?」

「あぁ、ごめんジネットちゃん! つい……思わず……手が勝手に……」

「世の中所詮金だよなぁ! なぁ、領主様よぉ!?」

「ヤシロさんも落ち着いてください! 大丈夫ですよ。エステラさんも、ちょっと驚かれただけだと思いますし!」

 

 ちょっと驚かれたのが不服なんですけど!?

 

「レーラさん。お金は、確かに大切です。ですが……」

 

 ジネットがカウとオックスを見つめて、そして店内をぐるりと見渡す。

 

「お金よりも大切な物がありますよね、お子さんたちにも。そしてあなたにも」

 

 実際、レーラは「店を辞めたい」とは言っていない。

 ただ自信がないのだ。旦那が繁盛させていた店を同じように経営する自信が。

 まぁ、同じようには無理だろうが――

 

「わたしも、陽だまり亭とそこで一緒に働いてくださっているみなさんが何よりも大切なんです」

 

 いつの間にか、ジネットの大切な物の中に従業員が組み込まれていた。

 あいつの一番大切な物は陽だまり亭。そう信じて疑う余地などないと思っていたのに。

 いつの間にか。

 

 ……入っちまってたか、そっか。

 

「そしてそんなお店へ来てくださるみなさんが、とても大切です。陽だまり亭はわたしにとって、なくせない、かけがえのない場所なんです」

 

 そして、「ね?」とレーラに問いかける。

 

「レーラさんにとって、お子さんたちにとって、このお店はそういう場所なんじゃないですか?」

「そうだよ!」

「お店なくなるのヤダ!」

 

 たまらず、ガキどもが声を上げる。

 切羽詰まった顔で、諦めないでほしいと母親に訴えかける。

 

「けど、このままじゃ、あなたたちに迷惑がかかるのよ? ずっと苦労をしなきゃいけなくて、好きなことも出来ないような毎日になるかもしれないのよ?」

「いいもん!」

「いーもん!」

 

 立ち上がり、駆け出し、母親にしがみつく。

 

「お母さんとずっと、お父さんのお店を守っていくんだもん!」

「お父さんと、お母さんと、お姉ちゃんと、ずっと一緒だもん!」

 

 家族と一緒に。

 レーラは、こう思っていたのかもしれない。

 

『主人のいなくなったお店を続けるのは困難だ』と。

 

 けど、ガキどもにとっては、いなくなってなんかなかったんだな。

 あいつらの父親は、この店の中にちゃ~んといるんだな。

 あのカウンターの中に。

 調理場に。

 フロアに。

 

 ジネットがたまに、客席に座ってカウンターを見つめているように。

 このガキどももこの店の中に父親の姿を見ていることがあるのだろう。

 

 

 なくせねぇよな、どうしたってよ。

 

 

「レーラ」

 

 両目に涙をいっぱい浮かべてガキどもを抱きしめるレーラ。

 本音がダダ漏れだ。

 本当はどうしたいかなんて、聞かなくても分かる。

 

 だから、背中を押してやる。

 ほんのちょっとだけ押してやるから、自分で決めろ。

 

 腹括って自分で決断しなきゃ、またどこかで立ち止まってしまうかもしれないから。

 

「お前はさっき、自分と旦那を比べてたな。旦那がヒレもロースも兼ね備えたTボーンステーキだとしたら自分は内臓だと」

「……はい。私には、なんの価値もありませんから……」

「なら」

 

 

 ドン!

 

 

 と、陶器のツボをテーブルに載せる。

 ジネットとエステラの顔が輝く。

 結末が見えたのだろう。いい顔をしている。

 

「お前に思い知らせてやる。内臓が持つ、無限の価値ってヤツを」

 

 ジネットに目配せをすると、黙って頷き、準備を始めた。

 

 

「さぁ、モツパーティーの開催だ!」

 

 

 

 

 

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