異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

312話 タートリオ・コーリン、現る -4-

公開日時: 2021年11月15日(月) 20:01
文字数:3,489

 軽く一杯引っかけて上機嫌なタートリオとルピナス。

 

 タートリオは頬をうっすら赤く染めながらも、足に伝わる感触を確かめるように地面を踏みしめている。

 

「この地面のなだらかさと美しさはすごいのぅ。ここが最貧区だとはとても思えんぞい」

 

 これまで四十二区に興味を示さなかったタートリオにとって、四十二区とはいまだに『最貧区』という認識だったようだ。

 だが、それも今日で改められるだろう。

 

「道もさることながら、大通りがここまで臭わないのは三十五区とここくらいではないのかのぅ」

 

 そういえば、三十五区は下水が出来る前から悪臭はしなかった。

 ナタリアにこそっと確認したところ、汚水などは徹底した管理の下一定の場所に集められて処理されていたらしい。

 人が寄りつかないような場所で、こっそりと汚物処理がされていたため、街中は臭いもなく清潔さが保たれていたらしい。

 

 下水がない田舎で、バキュームカーが汚水を集めて処理していたみたいなもんか。

 それらは虫人族――かつて亜系統と呼ばれていた者たちの仕事だったらしい。

 ルシアとしては、そういう仕事はなくして、亜系統と呼ばれなくなった者たちには違う職を用意する方針だそうだ。

 下水の工事は結構早い段階で契約がなされ、すでに完了している。

 

「四十二区だけでなく、四十区や四十一区も同じように街の中を整備しているんですよ」

 

 エステラが四十二区の技術である下水の説明をしている。

 どのようなものなのか、詳しいところはうまく隠しつつ、メリットだけをしっかりと宣伝している。

 

「ほぉ、あのでこぼこの四十区が……そういえば、馬車の揺れが少なかったような……」

 

 かつて、四十区の道は連日重い大木を運ぶ馬車が行き交う影響で道がでこぼこしていた。

 それが、今ではハムっ子とトルベック工務店の力によって綺麗な道へと作り替えられている。

 馬車に乗っていては気付けない変化だろう。

 

「機会があれば、是非そちらの区も歩いてみてください。きっと面白い発見がありますよ」

「ほぅ。他区のことなのに、嬉しそうに話すんじゃのぅ、微笑みの領主様は」

「ぅ……その呼び名、もう定着してしまっているんでしょうか?」

「そうじゃのぅ、大抵の者にはそれで通じるぞい」

「……くっ」

 

 もはや撤回も出来ないところまで来ているようだ。

 諦めろ、微笑みの領主様。

 仲のよいお友達が付けてくれたニックネームだろう? ぷっくく。

 

「妹~」

「あ、おねーちゃん!」

「お姉ちゃんに、今からニュータウン行くって伝えてきて」

「は~い!」

 

 エステラが微妙な顔をさらしている隙に、次女が通りすがりの年少妹を掴まえて伝言を頼んでいた。

 四十二区内は、普通に移動すればどこかしらで誰かしらハムっ子を見かける。

 人数の多さと足の速さがハムっ子ネットワークの精度を上げている。

 他の区ではマネの出来ないインフラだな、これは。

 

「えへへ~、ウチの妹、かわい~ねぇ~。ねぇ~おにーちゃん」

「あぁ、はいはい。お前も含めて可愛い可愛い」

「えへへ~」

 

 褒めてやるとにへらっと笑って頭を近付けてくる。

 マグダばりの催促だな。

 ぽんぽんと叩いてやると、次女の瞳に力がこもり、俄然やる気を発揮する。

 

 こういうメンテが随時必要になるんだよなぁ、ハムっ子ネットワークは。

 

「先ほどから、同じ少女を何度も見かけているような気がするのじゃが?」

「それも、四十二区の名物の一つですよ」

 

 笑って、エステラが自慢げに言う。

 ハムっ子は、見て癒やされるマスコットキャラとして確固たる地位を確立してるからな。

 名物と言えば名物かもしれない。

 奈良の鹿みたいなもんで。

 

 ……ハムっ子用のお菓子とか発売したら、観光客に売れるかな?

 あ、ダメだ。ハビエルが買い占めて、実の娘に仕留められる未来しか見えない。

 

「ねぇヤシロ。ハムっ子の可愛さをもっと宣伝したら、観光客の誘致に繋がらないかな?」

「お前はハビエルに恨みであるのか?」

 

 もう少し、利用できるうちは利用したいんだがなぁ、木こりのボスは。

 しばらくは、食い物と街門、港とニューロードって新しい施設をメインに据えるんだな。

 

「ほぉ、これまた美しい街並みだぞい」

 

 ニュータウンに入ると、タートリオはもっはもはのアフロをふわふわ揺らして辺りをキョロキョロ見渡した。

 建物を見て、道を見て、植栽を見て、地形を見て、そこを行き交う人々を見る。

 

「見事な景観だぞい。まるで、最初から計算されて作られたような統一感を感じるぞい」

「はい。この区画は長らく空き地になっていたのを、トルベック工務店主導のもと新たな街『ニュータウン』として作り上げたんです」

「ほぅ、空き地……のぅ」

 

 貴族であれば、そこにかつてスラムがあったことくらいは勘付くものなのかもしれない。

 だが、タートリオは深く言及せず、今目の前に広がっているニュータウンを見ている。

 

「ニューロードという、二十九区と繋がる道が出来たのであろぅ?」

「さすがですね、ミスター・コーリン。初めての来区ですのに、よくご存じですね」

「まぁ、それくらいは当然じゃぞい」

 

 エステラのおべんちゃらに気をよくするタートリオ。

 流通を大きく変化させる新たな道の誕生は、街門の新設と同じくらいに話題になっているようだ。

 存在は知っていても実物は見たことがないようで、タートリオも興味を示している。

 

「では、先に見に行きましょうか」

「そうじゃの。本当は事前に調べてそなたらを驚かそうと思っておったんじゃがの」

「あはは。では、折角ですので驚く役をお任せします」

「ふむ。それはそれで愉快かもしれんな。それじゃあ、精々驚かせてもらうぞい」

 

 自身の計画を台無しにされたことへの不快感は見せず、気持ちを切り替えて楽しむ方向へ意識を向けている。

 きっと今は、初めてこの街を訪れた者が感じる感情を体験しようという風に意識を向けているのだろう。

 この爺さん、人生の楽しみ方を知ってるなぁ。

 

「ふむ、では、今日という日を楽しむ準備をするかのう」

 

 むんっ、と胸を張り、両腕を曲げ伸ばしし始めるタートリオ。

 体の筋を伸ばし、入念なストレッチを行う。

 そして、気合いを入れるように声を発する。

 

「今日も一日がんばるぞい」

「どうした急に!?」

「なぁに、験担ぎのようなもんじゃぞい。ワシはこれを言うとやる気が出るんじゃ」

 

 そうか。

 験担ぎなら仕方ない。

 ただなんでかな、ジジイが口にすると、若干イラッてするな。

 

「次女。弟に連絡して、ニューロードの前に落とし穴を――」

「何仕掛けようとしてるのさ、ヤシロ!?」

「サプライズだ」

「そんなサプライズはいらないよ!?」

 

 そうか?

 ジジイだから穴がよく似合うと思ったんだがなぁ。

 そのまま埋めても問題ないだろうし。

 

「弟~」

「次女! 伝えなくていいから!」

「え~、残念~、埋めたかったのにぃ~」

「……可愛い顔で恐ろしいことを言わないように」

 

 残念。と、頬をぷっくり膨らませる次女。

 その可愛らしい表情と発言のギャップにエステラが顔を青ざめさせる。

 次女は、本気の恋をしたらヤンデレさんになりそうだなぁ。無意識で。……怖い怖い。

 

 

 それからニューロードへ向かい、その穴のデカさにタートリオが度肝を抜き、遙か高く上層へ続く螺旋階段を見上げて「ほぁ~」と声を上げ、「あの、階段の横の、転落防止のためかなんだか知らんが、あの手すりと壁がなければ、このニューロードの眺めはより最高のものになったであろうに、もったいない」とスカートで階段を上がっていこうとしている女子の背を見送りながら呟いてルピナスに軽く首を絞められる様を見て、「やっぱあの手すり邪魔だよなぁ」と俺が密かに共感を抱いているころ、俺が頼んでおいた準備は着々と進んでいた。

 

「上まで行ってみますか?」

「いやぁ、この階段を上って降りてくるのは、ワシのような年寄りにはちと厳しいぞい。見上げるだけに留めておくとしようかの」

 

 高低差がすげぇあるから、階段の段数も凄まじいことになっている。

 日本の山寺の修行僧が「ちょ……階段、多過ぎ……」と音を上げそうなほどはあるだろう。

 手動でもいいから、昇降リフトでも作ればいくらか金が取れそうだ。

 

 とどけ~る1号を改良して……あ、ダメだ。降りる時に「ガッコンガッコン!」しちまう。

 

「おにーちゃん」

 

 金儲けについて考えていると次女が俺の肩を叩く。

 

「みんな準備できたって」

「そうか」

 

 どうやら準備が整ったようなので、タートリオを連れて移動を開始する。

 まずは陽だまり亭出張所でクレープを、そしてその後は陽だまり亭へ。

 

 存分に驚いてもらおうじゃねぇか。

『最貧区』だったはずの四十二区にしかない、ユニークで高品質な品々をな。

 

 そして、四十二区がここまで勢いよく発展したその根底にある原動力をな。

 

 

 

 

 

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