「コメツキ様、お逃げください!」
タートリオとルピナスが宣言通り、懐石とお子様ランチを平らげたころ、陽だまり亭にイネスが飛び込んできた。
相当焦った表情で、逼迫した状況を感じさせる。
「どうした!? まさか、ウィシャートが……」
「ゲラーシー様が来ます!」
すっげーどーでもいー!
「そうか。ロレッタ、落とし穴を掘っておいてくれ」
「弟がいないと間に合わないですよ」
そっかぁ、残念だ。
「何しに来る気なんだ?」
「綿菓子を……マスターしたと」
「エステラ~、他区の領主って何回まで殴れるルールだっけ?」
「残念ながら、そんなルールはないんだよ」
「『BU』の領主でも?」
「残念ながらね」
そうか。
それは王族の怠慢だな。
早急にルールを設けるべきだ。
「オオバヤシロはいるか!?」
「居留守だ」
「目の前で堂々と居留守を使うな!」
イネスに遅れること四分。
ゲラーシーが嬉しそうな顔で陽だまり亭へとやって来た。
でっかい砂糖の袋を担いで。
うわ~、ドアの向こうに荷車が見える。
荷車の上に綿菓子器が置いてあるわ~……マジで綿菓子を見せに来たのか?
「いいなぁ、『BU』は。暇そうで」
「いえ、ゲラーシー様はマーゥル様から課題を山のように出されて暇な時間はないはずなのですが……」
「まさか、マーゥルの課題を驚異の速度でクリアしているのか?」
「いえ、どーせ無理だからと諦めモードで」
「めっちゃ叱られろ。吐くほど怒られろ」
「もちろん、課題に挑む姿勢は逐一報告するよう言われておりますので、すべて伝えてあります」
うん。
完全にイネスがマーゥル側に寝返ってるな。
好意的に捉えれば、将来の二十九区をよりよいものにするためなんだろうが。
……ただ単に愛想尽かされてるだけな気がしないでもない。
「実はな、オオバヤシロ。私はついに――」
「ノーマ~、準備してくれる~?」
「聞けぇい、オオバヤシロ!」
うっせぇな。
幸か不幸か、タイミングがいいのか悪いのか、偶然にもこの後ここで綿菓子を披露することになってるんだよ。
先日、薬学講習の前のちょっとした時間に綿菓子をカンパニュラに見せてやったノーマだが、如何せん時間がなさ過ぎた。
それで、本日リベンジすることになっているのだ。
しかも、今回は前回よりもすごいことになると、ノーマは自信満々だ。
「準備はもう出来ているさね」
カウンターの前にノーマが改良した綿菓子器が準備されている。
一般販売した物よりもスマートになり、熱伝導効率もよくなり、綿菓子が出てくる範囲も広くなっている。
あと、ノーマがこだわって随分と可愛らしい仕上がりになっている。
ノーマ曰く――
「綿菓子は子供たちが大好きなお菓子だからね、綿菓子器も子供たちが見て喜ぶような可愛さが必要なんさね」
――だそうだ。
だそうだぞ、いい大人のゲラーシー。
子供のものなんだって、綿菓子って!
「オオバヤシロ……」
「んだよ?」
「あれは、いつ発売される?」
「買う気かよ!?」
「だって、物凄く可愛いではないか!」
「女子か!? 購買決定理由が女子目線か!?」
「うわぁ~」とか声漏らしながら新型綿菓子器に駆け寄ってんじゃねぇよ。
「うわ~、うわ~」って言いながら、いろんな角度から見てんじゃねぇよ。
「あ、ここが外せるようになってる! じゃあ、後片付けも楽だな」じゃねぇんだわ!
うわぁ……ノーマがめっちゃ嬉しそう。
自信のあるところ全部褒められたんだ。そうかそうか、よかったな。
「じゃあ、ノーマ。とりあえず、綿菓子を作ってみてくれるか」
「私にやらせてくれ!」
ゲラーシーがめっちゃ立候補している。
新しい綿菓子器が使いたくて仕方ないらしい。
折角持ってきた綿菓子器は庭に放置されている。
あぁ……イネスが「どーせ私が持って帰るんでしょうね」みたいなやさぐれた顔してる。
ジネットー、イネスに何かテンション上がるものあげてー!
「使い方は一緒なのか?」
「基本は一緒さね。ただ、この範囲で出てくるから……」
「なるほど、巻き取る時に注意が必要だな」
「けど、慣れると従来品よりふわふわでもこもこの綿菓子が作れるさよ」
「ふふふ……楽しみだ」
嬉しそうだなぁ、あの二人。
けどなんでだろう。ロマンスの香りが一切しない。
両方独身なんだけどなぁ。
二人とも、頭の中は綿菓子のことしかないんだろうなぁ、今現在。
「では、やってみるか」
「あの、近くで拝見してもよろしいですか?」
カンパニュラがキラキラとした目でゲラーシーの前へ赴く。
期待された目を向けられて、ゲラーシーが嬉しそうに、鷹揚に頷く。
「うむ、しかと見ておくがよいぞ、娘」
「はい。さぁ、テレサさんもこちらへ」
「はい。たのしみ、ね」
「えぇ、楽しみですね」
失敗しろゲラーシー。
失敗して赤っ恥をかけ。
「大丈夫さよ、ヤシロ」
俺がゲラーシーに念を送っていると、ノーマが俺の隣までやって来て自信ありげに言う。
「従来品より均一に綿菓子が出るように改良したからね、初心者でもうまく作れるようになってるさね。経験者なら失敗はしないさよ」
「ちっ!」
「なんで舌打ちさね!?」
「……面白さは期待できない模様」
「ゲラーシーさん、そこそこ出来て、そこそこを脱しないタイプですからね」
「せめて指を差して笑えれば、こちらにも益はあるのですが……しょーもない主で申し訳ありません」
「待ってイネス。給仕長として、君の発言はどうなんだろうか?」
エステラだけがハラハラしている。
他の者は「どーせゲラーシーだしなー」みたいな顔をしているというのに。
そして、ルピナスやタートリオが興味深そうに見守る中、ゲラーシーが綿菓子を作り始め、無難に作り終わる。
「どうだ、オオバヤシロ! 私の腕前は」
「うまく改良したなぁ、ノーマ。使いやすそうだぞ、あれ」
「そ、そうかいね!? いやぁ、自慢するほどのことでもないんだけどね、実はアレの改良には結構苦労してねぇ。中でも回転筒の維持がさね――」
「って、私の腕前はどうだったか、感想を言え、オオバヤシロ!」
「うん? 普通」
「普通とはなんだ!?」
いや、だって、普通に綿菓子作って、普通な綿菓子が出来たから、普通だな~って感想しか。
「お前はロレッタか」
「酷いですよお兄ちゃん!? 一緒にしないでです!」
「貴様もなかなか酷い発言だぞ、ヒューイット長女!」
おぉ、ロレッタの知名度が上がっている。
ヒューイット姉弟の影響力が上がったのかねぇ。
「じゃあ、あたしが綿菓子を作って『只者ではない』ってところを見せてあげるです!」
「ちょいと待ちなね。その前にアタシが腕前を披露するさよ。ちょうどいい凡作が出来たから、比較にはもってこいさね」
なんか、ノーマがすごく自信ありげだ。
だが、そんなに何個も綿菓子を作っても、食うのはカンパニュラとテレサとデリアくらいなもんだ。
「いや、その前に俺がやろう」
「お兄ちゃんは最後にしてです!」
「ヤシロの後じゃ何やっても霞むさね!」
そんなことねぇよ。綿菓子くらい。
……まぁ、ちょっと変わったことをやろうとはしているけれども。
「じゃあ、まずはノーマに作ってもらうとして、その間にロレッタとマグダとジネット、ちょっとした技を伝授するから集まれ」
「むむっ、何か楽しげな予感です!」
「……興味津々」
「わたしもお手伝いできるんですか?」
嬉しそうに集まってくる陽だまり亭一同。
やることはそんなに難しいことじゃない。
ちょこっと、昨日のうちに作っておいた秘密兵器を使うだけだ。
ってわけで、ロレッタに言って俺の部屋から秘密兵器を持ってきてもらい、その間にジネットとマグダにちょっとした技を伝授しておく。
「どうーさね!? このフォルム! ここまでのまんまるふわふわにするには、ちょっとしたコツが必要なんさよ!」
「なっ……なんだ、このまんまるふわふわはっ!? この新しい綿菓子器をマスターすれば、ここまで完璧な綿菓子が作れるというのか!?」
あ、なんか向こうで『衝撃の展開が!?』みたいな割とどーでもいい事態が巻き起こってるな。
確かに、ノーマの作った綿菓子はまんまるでふわふわな綺麗な綿菓子だ。
今まで見た中では随一の出来映えだろう。
今までの中では。
「お兄ちゃん、持ってきたです」
「おう。それじゃ、ロレッタ、準備しろ」
「はいです!」
完成した綿菓子をテレサに与え、ノーマが自信に満ち溢れた表情でこちらを見ている。
さながら、「アタシ以上の綿菓子が作れるものなら、作ってみるがいいさね」とでも言いたげだ。
「では、行くです!」
まずはロレッタが普通に小さな綿菓子を作る。
そして、ジネットがロレッタに代わりさらに小さな丸い綿菓子を作る。
最後にマグダが、俺の秘密兵器を手に綿菓子器の前に立つ。
投入されたのは、青いザラメ。
昨日のうちに食紅で着色しておいた、綿菓子に革命を起こす秘密兵器だ。
青いザラメからは青い綿菓子が生み出され、それを適当な大きさにまとめてマグダが綿菓子器の前から退く。
材料が揃えば、あとは『組み立て』だ。
ロレッタの作った普通の綿菓子の上に、ジネットが作った小さな丸い綿菓子をくっつけ、その小さい丸にマグダが作った青い綿菓子を千切って丸めてくっつけていく。
顔を作るように。
「あ、目はもう少し離して、位置はこの辺で……はい、完璧です」なんてこだわりをジネットが見せて――完成。
「雪だるまさん綿菓子です!」
ジネットがにっこにこである。
本当に好きだな、雪だるま。
キャラ綿菓子の初級編。誰でも作れる雪だるまだ。
黒い砂糖は難しかったので、青で代用している。
おかげで、パステルカラーの柔らかい雰囲気の雪だるまになっている。
「やだ、可愛いじゃない! カンパニュラ、いただいたらどう?」
「いえ、母様。私はすでにいただきましたので、こちらは母様がどうぞ」
「そうかい? じゃあ遠慮なく……はぁ、可愛いわねぇ」
雪だるま綿菓子を見つめて、ルピナスが目をキラキラさせている。
こういうゆるキャラ的な造形が好きみたいだ。
ジネットが同志を見つけたような嬉しそうな顔をしている。
「あ、あんな単純なことで、こんなに可愛いものが出来る……んさね? ……気付かなかったさねっ」
なんか、ノーマが悔しそうだ。
「というか、オオバヤシロ! なんなのだ、その色の付いたザラメは!?」
「いいだろう? ちなみに、こいつを使うとな――」
興奮するゲラーシーを落ち着かせ、最後に俺がとっておきを披露する。
青以外にも作っておいた赤や黄色、ピンクや紫のザラメを順番に使って、どこまでもどこまでも大きな綿菓子を作っていく。
丸ではなく、傘のような形状に。
中心部からパステルカラーの綿菓子がグラデーションして広がっていく、なんともファンシーな綿菓子が完成する。
「――こんなことも出来る」
「ズルいぞオオバヤシロ! そのザラメを売れ! いくらだ!? いくら出せば譲る!? えぇい、ニューロードの通行税を下げれば満足かコンチクショー!」
「ゲラーシー様、落ち着いてください。……マーゥル様に粛清されますよ?」
おもちゃ屋で駄々をこねるような暴走を見せるゲラーシー。
色付きザラメはちょっと手間がかかるが簡単に作れる。パーシーにでも教えてやればあっという間に量産してくれるだろう。
……そんなもんで税収撤廃とかしたら、二十九区に血の雨が降るだろうな。
とにかく、インパクトは強烈だったようで、こいつを持って歩けば女子やガキが食いつくだろうなという確信を得ることが出来た。
今後、ニュータウンとか素敵やんアベニューで売り出そう。マージンを取って。
「どうだ? 『リボーン』だけじゃ分からないくらいに楽しいだろう、四十二区は?」
呆気に取られるタートリオにそう言ってやると、タートリオはニッと口角を持ち上げ、綿菓子みたいなもっこもこの髪を揺らして笑う。
「あぁ、まったくじゃぞい。この街には、記事にしたいことがたくさんありそうじゃ」
その言葉を聞いて、俺は確信する。
こっちの思惑に、タートリオを引きずり込めそうだな、と。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!