異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

322話 とある仮説 -2-

公開日時: 2021年12月23日(木) 20:01
文字数:3,503

 ウィシャート家の執事がいなくなった後も、港は微妙な静けさに包まれていた。

 

 先ほどまで白身魚のフライに大はしゃぎしていた大工たちも、神妙な顔つきで押し黙っている。

 工事が一時中断となったが、だからといって今すぐに何をどうこう出来るわけもなく、おそらくこれからウーマロを中心に大工の棟梁たちが集まって話をするのだろう。

 大工が動けるのは、そのお達しがあってからだ。

 

「あ~、とりあえず、今日はこのまま休みにするッス」

 

 不安げに集まる大工たちにウーマロが通達する。

 

「出来れば、それぞれの棟梁たちに伝言を頼みたいッス」

 

 今日のことを話すので、夕方に一度集まってもらいたいと、ウーマロが大工たちに伝える。

 その伝言を持って、大工たちは片付け作業が終わった者から順に帰路へと就いた。

 

「状況がはっきりしないうちから、あまりあることないこと吹聴しちゃダメッスよ~!」

 

 去る大工たちの背中にウーマロが釘を刺す。

 まぁ、無理だろうな。

 こんな事態になったんだ。きっと、洞窟にカエルが出たってことは今日中に広まるだろう。

 四十二区に留まらず、近隣の区にまでな。

 

「さて、まずは何から始めるか、だよね」

 

 難しい顔で腕を組むエステラ。

 ナタリアも、しっとりしつつも給仕長モードに切り替わっている。

 

 やるべきことはたくさんある。

 まず、関係各所に連絡。

 いや、連絡の前に状況確認か。

 ロレッタが戻るのを待って、三十区の街門前の地形に変化があったかどうかの確認が必要だ。

 変化があれば地滑り。そうなりゃ、問答無用で拡張工事は中止だろうな。

 変化がなければ……それはそれで厄介なことになる。

 

 

『原因不明』

 

 

 答えを出さなければいけない時には絶対に認められない解答であるくせに、割としょっちゅう俺たちの前に姿を現す厄介なヤツ。

 大層頭のいい学者が何百人がかりで頭をひねっても「分からない」なんてことは五万とある。腐るほどある。有り余っている。

 

 だが『原因不明』で納得するほど、世間は甘くない。

 ウィシャートも然り、だな。

 

 まず仮説を立て、それを検証していくのがセオリーだろうが、それにしても人手が必要になる。

 誰をどこまで頼っていいものか……その選別が最初かもしれない。

 

 

 くだらないと、唾棄してやるべきなのだろうが……、大工が心底恐れていた『精霊神の呪い』に関しても、無視は出来ない。

 100%ないという確証がない以上、下手に協力を要請することは出来ない。

 

 かつては幼く、感染しなかったジネットも、今では立派に大人になっている。

 

 

 絶対安全だと言い切れない状況に、ジネットを巻き込めるかと言えば……

 

 

 

 ジネット以外もそうだ。

 デリアやノーマがいてくれれば何かと心強いが、巻き込んだことが原因であいつらに何かあれば、俺はともかくエステラが苦しむことになる。

 

 呪いなんて馬鹿らしい。そう切って捨てたいところなのだが、嘘を吐けばカエルにされるなんて馬鹿げた現象が常識になっているこの街において『あり得ない』なんてことこそがあり得ないのではないか……そんな思いが払拭できない。

 

 ……くそ。

 どうすりゃいいんだ。

 

 いっそのこと、俺一人で調査をしてやろうか。

 

「ヤシロさん」

 

 俺を呼ぶ声に、思考が一時中断される。

 振り返ると、ジネットが優しく微笑んでいた。

 

「とりあえず、陽だまり亭へ戻りませんか? ヤシロさんたちは、きちんとお昼を取られていませんから。ね?」

 

 確かに、小腹は空いた。

 そうだな、何か美味いものでも食いながら今後のことを考えるか。

 

「エステラ~☆」

 

 海から、マーシャの声がする。

 

「危ないからどいててね~☆」

 

 そんな不穏な言葉の後、「ザブン!」と割と大きめな水の音が聞こえた。

 そして、しばしの静寂。

 その間に、エステラが急ぎ足で移動を開始する。

 

「ヤシロ。水槽のそばから離れた方がいいよ」

「え?」

「ジネットちゃんも。早く」

「は、はい!」

 

 エステラに急かされ、俺とジネットはマーシャの水槽付き荷車から離れる。

 次の瞬間、「ザンッ!」という鋭い水音に続いて、マーシャが海面から射出された。

 

「アイム、フラ~イ!」

 

 海面から勢いよく飛び出したマーシャは、空中でくるりと一回転して、狙い澄ましたように水槽の中へと着水した。

 凄まじい勢いだったにもかかわらず、水に入った瞬間に衝撃を吸収したかのように静かに水槽の底を撫でるようにゆらりと一回転する。

 

「ぷはぁ☆ マーシャちゃんのフライだよ」

「タルタルソース付けて食うぞ、そのホタテ」

 

 ビックリしたわ。

 お前、いつもそんな感じで陸に上がってたのか。

 エステラが慣れっこみたいな顔してるから、きっとそうなんだろうな。

 

「そんなに飛べるんだな」

「それなりに泳げるスペースが必要だけどねぇ~」

 

 スピードに乗って泳ぐだけの広さがあれば、マーシャは結構遠くまで飛べるらしい。

 人魚が海の中では最強と言われる所以だ。

 その反面、泳ぎ回れない水槽に入っている時は本当に無防備なのだそうだ。

 無防備な姿をさらしてでも陸に来たいんだと。

 マーシャが変わり者と言われるのも納得だな。

 

「船員は帰したから、私もじっくり付き合うよ」

 

 マーシャも、洞窟内の異変に興味を持っている――というより、放っておけないと感じているようだ。

 徹底的に付き合うつもりでいるようだ。

 

「オレもとことん付き合うだゼ!」

「……アルヴァロはいい」

 

 意気込むアルヴァロを、マグダが牽制する。

 

「……今回のことも、マグダがいなければヤシロたちに危険が及んでいた可能性がある。ヤシロたちは狩猟ギルドの狩人とは違う。その相違に適応できていない状態でそばにいられるとどんなトラブルが起こるか分からず不安」

 

 確かに、よかれと思ってやったのだろうが、アルヴァロの『白シュワ』に俺たちは翻弄された。俺たちが対処できない状況はどんな不都合を生むか分からない。

 マグダの言葉は辛辣なようで、命の危機と隣り合わせの狩人としては至極真っ当なものだった。

 きっと、メドラでも同じ判断をしたと思う。

 

「……必要な時は呼ぶ。それまではメドラママの指示に従ってほしい」

「うぅ……確かに、今回の行動は軽率だっただゼ。悔しいけど、マグダの言うとおりにするだゼ」

 

 力は申し分ないが、連携という面ではまだ不安が残る。

 こいつはメドラ指揮の下、狩人との連携ばかりをとってきたヤツだからな。

 狩人以外の者との連携が苦手なのかもしれない。

 まして、自分で考え自分で行動するとなれば、もっと俺たちのことを知っていてもらわなければ危険だ。

 

「まぁ、これくらい避けられるだろう」っていう攻撃にぶち当たるのがジネットだ。

「普通ならこれくらい――」というレベルを平気で下回ってくる。

 その点をよく理解していてくれないと、いざという時に安心して身を任せられない。

 うっかり守り損ねたなんてのは許容できないのだ。

 

「……アルヴァロは、何がエステラの弱点になるのか、イマイチ把握しきれていない。うっかり口を滑らせたことが命取りになる危険が高い」

 

 俺の隣を通り過ぎながら、こっそりとそんなことを呟くマグダ。

 さすがだ、マグダ。

 俺も、アルヴァロを今回の件からは遠ざけるつもりでいた。まさに今、マグダが言った理由でだ。

 

 狩人の強さは頼りになる。

 だが、政治のこととなると話は別だ。

 狩人はよくも悪くもまっすぐなヤツが多いからな。

 

 ウィシャートの誘導に嵌まり、その気はなくとも四十二区を窮地に追いやる危険もある。

 狩人で力を借りられそうなのは、メドラとウッセくらいだろう。

 ある程度の『汚さ』を見聞きしている組織の長ならば、迂闊な発言の殺傷能力を理解しているだろうからな。

 

 ……ま、ウッセはバカだから期待はしないけど。

 

「ウーマロ、お前は――」

「何があっても、オイラはヤシロさんと共にッス」

 

 俺が何かを言う前に、ウーマロは自分の意見をぶつけてきた。

 カエルの出現に怯える大工たち。その代表として、こちらの意思に従うと。

 

 必要があれば、汚れ役を買って出るつもりは出来ている。そんな面構えだ。

 こいつも理解しているのだろう。事と次第によっては、随分と重たい責任を背負わされる可能性があることを。

 

「帰りましょう、ヤシロさん」

 

 俺の肩に、ジネットがそっと触れる。

 

「難しいお話は、お腹を満たしてから、ですよ」

 

 俺は相当怖い顔をしていたのだろう。

 ジネットが慰めるような笑みをこちらに向けている。

 

「……あぁ。そうだな」

 

 硬くなった眉間を指でほぐし、肩から力を抜く。

 

 もし――

 

「エステラ。陽だまり亭に集めるメンバーは、お前が決めろ」

 

 もし今回、洞窟で目撃されたのが本当にカエルであった場合――

 

「事と次第によっては、大事になるだろうからな」

 

 港を諦めるか、もしくは――

 

 

 何もなかったことにして生涯嘘を吐き続けるか、その選択を迫られることになるからな。

 

 

 

 

 

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