「まぁ見てろ。こうやって取るんだよ」
ためらいなく顔を水に浸けて、大きく口を開けてリンゴに接近する。
唇にリンゴが触れたら全力で吸い寄せる。吸着したリンゴの皮に歯を立てて齧りついたら顔を上げる。
ザバッ……と、水飛沫が舞う中、顔に張り付く前髪をかき上げて、勝利のウィンクで決めポーズ。
「こうするんだよ」
戦利品のリンゴを手に取り観衆に見せつける。
これが、一発成功のお手本だ。
さぁ、ロレッタ。タオルを…………ロレッタ? タオル……おい、こら、ロレッタ!
目、しぱしぱしてきたから!
顔拭きたいなぁ! ねぇ、ロレッタ!
「ヤシロさん、どうぞ」
横から差し出されたタオルを受け取り、水が垂れてくる髪と顔を拭く。
ふぅっと、息をついて横を見れば、ジネットがにっこりと微笑んでいた。やっぱお前か。
「サンキュ、ジネット」
「いえ」
しかしロレッタのヤツ、何をぼ~っとしてやがったんだ。
すぐにタオルが渡せるようにそばに立たせてたってのに……
「はっ!? 忘れてたです! お兄ちゃん、タオルです!」
「もう拭いたわ」
なんでかぼ~っとしていたロレッタ。心なしか耳が赤い。どこに照れる要素があったんだよ? お前のおっちょこちょいなんか日常茶飯事で、今さら照れるようなことでもないだろうに。
「……水も滴る」
「ん?」
「……ヤシロのせいでハードルが上がった」
「なんの話だよ、マグダ?」
「……次のメンズは可哀想」
なんの話をしているんだか。
「メンズか……よし、次はパーシーだ!」
「ヤシロさん、そんなまたばっちりメイクが落ちるような人選を……でも面白そうなんでパーシーやるッス!」
俺とウーマロが振り返るが、返事がない?
……あれ?
「ねぇ、ヤシロ」
ネフェリーがきょろきょろとあたりを見回している。
わぁ、小学校の飼育小屋思い出す。ニワトリってなんでかあぁいう動きよくしてたよなぁ。
「パーシー君、今日は来てないの?」
「え? 来てないのか?」
言われて初めて気が付いた。
あいつは、呼びもしないのにこういうのには絶対参加していたから。特にネフェリーがいる場合は。
そんなパーシーがいない、だと?
「……あいつ、ハロウィンを雨で中止に追い込む気か?」
「いえ、あの……兄ちゃん、今日のイベント知りませんから」
パーシー情報に詳しいモリーがおずおずと答える。
馬鹿だなぁモリー。
ネフェリーがここにいるんだから情報が行ってないわけないだろう?
パーシーの住処って、ネフェリーの家の前の草むらなんだから。
「ストーキングしてたら気が付くはずなんだが……」
「あの、今ハロウィンに向けて、砂糖が大増産されていまして、それで……私が諸事象により陽だまり亭さんでお世話になっている関係で、兄ちゃん、工場から離れられないんです」
「えぇ~、働いてるの、パーシー君!?」
ネフェリーには衝撃的な事実だったらしい。
「はい。ここ数日は休む暇もなく。『これまで好き勝手やらせてもらったから、今回はモリーの気の済むようにしていいぞ。工場は任せとけ』って……なんか、まともなお兄ちゃんみたいなこと言ってました」
「すごい! パーシー君えらい! よかったねぇ、モリーちゃん」
我がことのように喜びを見せるネフェリーに、モリーは「えぇ、まぁ……」と微妙な表情で照れを隠す。
兄貴が褒められて嬉しいようだ。
「そっかそっかぁ。パーシー君もようやくお兄ちゃんとしての自覚が芽生えたんだね」
「兄貴面は、ずっとしていたんですけど……行動で見せてくれるようになったのは、最近で……」
「モリーちゃん、嬉しそう」
「いえ、そんなことは……まぁ、働く姿は、それなりに、カッコ……悪くもないかなって」
「だね。カッコいいよね、働く男の人って」
「……えぇ、まぁ」
モリーが嬉しそうだ。
パーシーがモリーを喜ばせている……やっぱり、当日は大雨か?
「私もパーシー君のこと見直しちゃった。そうなんだよね。もともとしっかりした人なんだもんね。ずっとモリーちゃんを守ってきたんだし、工場だって必死に守ってさ。そういういいところがもっと見えてくれば、きっともっと素敵になるよね。パーシー君、カッコいい人だもんね」
「やめてください! 褒め過ぎると調子に乗りますので!」
「まぁまぁ、本人のいないところでだし」
「いいえ! 聞き取りますよ、きっと!」
うん。
あのバカならこの程度の距離なんか物ともせず聞き取りそうだ。
なんなら、今まさに仕事を放っぽり出して四十二区に向けて走り出しているかもしれん。
「そんなに褒め過ぎてはないと思うけど……あ、カッコいいって、仕事している姿が、だよ?」
「それでも十分褒め過ぎです! 絶対に、本人の耳に入らないように気を付けてください…………四十区が砂糖に埋もれかねませんから」
うん……やらかしそうだな、あのバカなら。
「けど、褒めていただけたのは嬉しいので、私が状況を見つつ、会話記録を使って小出し小出しで活用させていただきます。かまいませんか?」
「うん? えっと、よく分かんないけど、モリーちゃんの好きにしていいよ」
「ありがとうございます。ただ、くれぐれも『直接』はやめてください。壊れますから」
「うん?」
さすが妹。兄貴の使い方をよく理解している。
ネフェリーから直接「カッコいい」とか言われたら、……あいつ爆発しかねないしな。
「本番で、仮装した姿をちらっと見せてあげてくれれば、それで十分ご褒美になりますから」
「あはは。私の仮装じゃご褒美にならないよ。ねぇ?」
「いえ、ネフェリーさんスタイルいいですし、美人ですし」
「え~、そんなことないよ~! も~、モリーちゃん、冗談ばっかり~!」
まったくだ、おもしろいじょうだんだなーモリー。
ニワトリって、どこがどうだったら美人なんだろうな? くちばしの角度か?
「な、なぁなぁなぁなぁ、英雄!」
「んだよ、引っ張んな、バルバラ!」
「仮装して見せると、その……ご褒美に、なるのか?」
「人による」
「アーシは!?」
「見る人による」
「パ…………あ、あの人の場合は?」
「知らん」
「知っとけよー!」
なんで俺がお前とパーシーのアレコレに労力を割かねばいかんのだ。
「頑張って可愛く仮装すれば、きっと喜んでくださいますよ」
「本当か、店長!?」
「えぇ。バルバラさんも、可愛い女の子ですから」
「よっし! アーシも仮装する! テレサも一緒に仮装しような!」
「うん! あーしも、かしょー、すゅー!」
それでパーシーが喜ぶかねぇ?
包帯しか身に着けないミイラ女だったら喜ぶかも! 俺でも! バルバラでも!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!