異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

333話 決心 -4-

公開日時: 2022年2月7日(月) 20:01
更新日時: 2022年12月14日(水) 17:54
文字数:3,849

「ジネット姉様。私たちにお手伝いできることはありますか?」

「おてつらいー!」

 

 俺たちが厨房へ向かいかけると、カンパニュラとテレサが立ち上がり駆け寄ってきた。

 

「お手伝いは歓迎ですが、今回は少し待っていてください」

「お前らのこともビックリさせたいんだとよ」

 

 本当は、遠出して疲れているカンパニュラとテレサを休ませたいのだろうが、それではこいつらが気にしてしまう。

 というか、カンパニュラたちが手伝うことになれば、それより先にマグダとロレッタが手を貸すだろう。

 なので、こいつら全員を休ませるためには、多少の方便も必要になる。

 

「新しい料理を出した時の、『おぉ、これは!?』って顔は、料理人にとって最高のご褒美だからな。苦労したジネットにご褒美をやってくれ」

「ふふ。そうですね。わたし、みなさんの驚く顔を見たいです」

 

 ということにして、遠出してきた連中の手伝いを断る。

 

「じゃあ、俺とジネットで準備してくるから――エステラ」

「へ、なに?」

「レジーナが逃げ出さないように、パンツを脱がせて人質にしておいてくれ」

「そこまでする必要はないだろう!?」

「パンツ質!」

「しょーもない言葉を生み出すな!」

「パンツ質とは……卑怯やで、自分!」

「君も君で、さも当然のように新語を使わないように!」

「けどまぁ、ウチはノーパンでも全っ然家帰れるけどね!」

「そこはせめて躊躇ってくれるかい!?」

 

 ギャーギャーと騒ぎながらも、エステラはレジーナのそばの席へ座る。

 こいつも心配しているのだ、レジーナのことを。

 薬剤師がいなくなることで四十二区が困ることになる――な~んてことは頭からすっぽり抜けて、今はただ友人のレジーナの身を案じているのだろう。

 顔を見てりゃ分かる。まだまだ領主としては半人前だな、お前は。分かりやす過ぎるぞ。

 

「では、少し待っていてくださいね」

 

 ぺこりと頭を下げて、ジネットが厨房へ向かう。

 俺もそれに続き、厨房へ入る直前、ジネットが俺に向かってそっと囁く。

 

「懺悔してください」

「……ラーメンの後でな」

 

 いいじゃねぇかよ、パンツではしゃいだって。

 今日は朝から、レジーナのパンツのために騒がしかったんだからさぁ。

 いっそのこと、今日という日をパンツの日って記念日にしようぜ。四十二区公認の祝日にさ。

 パンツの日には親しい者たちとパンイチで過ごし、日ごろの感謝を込めてパンツを洗うんだ。

 そして、好きな相手にパンツを贈ったり、交換したりする、そんなイベントどうだろう!?

 今度企画書にまとめてエステラに提出してみるか。

 おっぱいが絡んでないから、案外すんなり申請が通るかもしれん。イベント好きだろ、この街の連中はみんな。

 

「なぁ、ジネット」

「無理だと思いますよ」

「……まだ何も言ってないだろう?」

「お顔に書いてあります」

 

 マジか。

 

「なぁ、今度俺用の覆面でも縫ってくれないか? エッチなことを考える時に使うからさ」

「では、その覆面を被った時は懺悔室へお連れしますね」

 

 余計目立つようになってしまうな、それじゃ。

 

 そんな話をしながら、ジネットが改良を加えたラーメンを作っていく。

 湯切り用の小さく深いザル『てぼ』がないので、普通のザルで一人前ずつ湯切りをしていく。

 ……ノーマにラーメンを食わせてやれば無償で作ってくれそうだよなぁ。

 うどんやそばはあるのにてぼが開発されることがなく、どこの店でもご家庭でも、湯切りは普通のザルで行っている。

 てぼ、いるな、こりゃ。

 

 そうして完成した陽だまり亭風ラーメン。

 あっさりとした味わいのスープからは、食欲をそそる香りが立ち上る。

 もっちりしこしこの縮れ麺と特製チャーシューと煮卵がスープに浸かる。

 なんと贅沢な混浴だろうか。

 日本に輸入すれば800円くらい取れそうではあるが、ジネットのことだから一杯380円くらいで売っちゃったりするんだろうな、きっと。

 

 どこか懐かしい、陽だまり亭の新メニュー。

 商品名は『懐かしの醤油ラーメン』とでもしたいところだが、これを懐かしく思うのは俺だけだから難しいよな。

 

「お待たせしました~」

 

 デカいトレイに大量のどんぶりを乗せ、スープをこぼすことなく運んでいくジネット。

 運動神経は1ミリもないくせに、こういうところは器用なのだ。

 なに? 『食堂神経』なんてもんでも存在してんのか?

 

「わぁ、なにこれ? 新しいお蕎麦?」

 

 見た目からそばを連想したらしいエステラ。

 まぁ、中華そばだな。『中華』がないから、説明しにくいけど。

 

「味はまったく異なるんです。さぁ、冷めないうちに、是非試してみてください」

「「いただきまーす!」」

 

 エステラとロレッタが大はしゃぎで箸を持ち――

 

「美味しいですわ!」

 

 ――イメルダが、そんな二人よりも素早く麺を啜る。

 美食に関しては、何気にイメルダが貪欲なんだよな。ベルティーナに次ぐナンバー2かもしれない。

 

「ん~っ! 蕎麦よりもちもちして、この麺、美味しいね!」

「それよりもスープです! 油が浮いているからもっとしつこい味わいかと思いきや、口の中に広がる香草の香りが爽やかで全然しつこくなく、それでいてこの油が食欲を掻き立て二口目を急かすです! 中でもこの煮込まれた豚肉は強力ですね! 一気に貪り食べたくなる衝動と、二切れしかないからもっともっと大切に食べなければという思いがせめぎ合い、視線が外せなくなってしまうです! あぁ~、でももう我慢できないから食べちゃうです! うまー、です!」

「ぁったかい……。とってもぉいしい、ね」

 

 ラーメンは好評なようで、みんなの箸が止まらない。

 

「これは、今までに食べたことのないお味ですね。テレサさん、熱いのでやけどには気を付けてくださいね」

「はい! とっても、おぃしーね!」

「そうですね。この卵、すごく美味しいですよ」

「食べぅー!」

 

 お子様にも好評なようだ。

 

「ヤシロ様、一つ質問なのですが、替え玉は可能ですか?」

「お前はどこで覚えてきた、そんな高等テクニック!?」

 

 ないよな、替え玉!?

 この街の蕎麦やうどんに、そういう文化があるのか? 見たことないけど!?

 

「ベッコさぁぁぁーん!」

「自分の足で発注しに行けよ……」

 

 さすがにこっからベッコの家までは聞こえねぇよ。

 いや、こいつなら「ワタクシが呼んだのですから、どこにいようと聞き逃さず返事なさいまし!」とか言いそうだ。っていうか、言うな、きっと。

 

「レジーナさんは、いかがですか?」

「ん! めっちゃ美味しいで」

「それはよかったです」

 

 レジーナの前に立ち、そして静かな声で語りかけるジネット。

 

「実はこれ、まだ試作品なんです。研究すればもっともっと美味しくなります。ですから――是非、完成品も召し上がってくださいね」

 

 こいつも、何かを感じているのかもしれないな。

 ふらりと立ち寄り、ふらりと出ていく。そんな客たちを何人も見送ってきたこいつには、何か感じるところがあるのかもしれない。

 

「せやね。楽しみにしてるわ」

 

 にへらっと笑って、レジーナは箸を置く。

 

 そして、レジーナの話を聞いてから一言もしゃべらなくなっていたマグダのそばまで歩いていく。

 

 レジーナが遠くへ行ってしまう。

 そんな寂しさを誤魔化すように、その場にいたみんなが無理やりはしゃいでいたような気がする。

 

 そんな中、マグダだけは素直に寂しさを表していた。

 口数も少なく、ずっと俯き、耳も寝たままだった。

 ジネットのラーメンを食べても、その気分が浮上することはなかった。

 

 二度目だもんな、大切な人が自分を置いて遠くへ行ってしまうのは。

 

「トラの娘はん」

 

 元気のないマグダを気にして、レジーナがマグダの前に立つ。

 髪を撫でるでもなく、顔を覗き込むでもない。

 ジネットとは異なる接し方だが、それでも心はちゃんと向き合っていると分かる。

「大丈夫」とか「心配しないで」とか、そんな分かりやすい言葉ではなく、レジーナはマグダに元気を与えようと試みる。

 そして、それはまんまと成功した。

 

 

「バオクリエアに行ったら、自分の親御はんのこと、ちょこっと聞いてきたげるわな。せやから、ウチの帰り、ちゃ~んと待っといてや?」

 

 

 そんな励ましへの返答はマグダの全身で伝えられた。

 全身を使って、全力でレジーナの腰に抱きついたマグダ。

 ぎゅうっと力強く抱きついて、すんっと鼻を鳴らす。

 

「……その情報は、マグダがとっても知りたい情報だから、絶対に伝えに戻ってきて」

 

 どうか無事で。

 そんな言葉を含んだおねだり。

 

「……出来るだけ早く、だと、マグダは嬉しい」

「せやな。なるべく急ぐようにするわ」

 

 しがみつくマグダをそっと抱きしめるレジーナ。

 慈しむような笑みを湛えたレジーナは、その本性と腐りきった性根を熟知している俺の目にも、まるで聖女のように見えてしまった。

 

「レジーナさん、綺麗です……」

 

 俺の隣でロレッタが呟く。

 

 誰も茶化したりせず、しばらく抱き合う二人を見つめていた。

 ベッコがいたら、絶対彫刻にしたであろう美しさが、そこにはあった。

 

「ベッコさぁぁぁーん!」

「だからって呼ぶな」

 

 聞こえないから。

 

「ホンマ、賑やかなとこやなぁ」

 

 マグダを抱きとめながらレジーナが微笑む。

 

「おかえりなさいパーティーの時は、もっともっと賑やかになりますよ。街を挙げての大宴会になるかもしれませんね」

 

 そんな冗談なのか本気なのか分からないことを言うジネットに、「いや、さすがにそれは大袈裟過ぎるわ……」とレジーナは照れくさそうに笑った。

 

「けどまぁ」

 

 透き通るような白い肌を、ほんのりと赤く染め、レジーナは花が咲くように微笑む。

 

「おかえりパーティー、楽しみにしてるわ」

 

 

 

 そう言って笑った日の夜。

 

 

 

 

 

 レジーナは四十二区を後にした。

 

 

 

 

 

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