異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

395話 手ごわい策略家たち -2-

公開日時: 2022年10月13日(木) 20:01
文字数:3,983

「よぉし、お前ら! 今日は俺のおごりだ! じゃんじゃん食え! ただし、ハンコは俺に寄越すように! いいな!?」

「「「うっす!」」」

 

 大工のオッサンが、若い衆に向かって言う。

 

「グスターブさん、限界に挑戦してください!」

「大丈夫っす! お代は自分たちが持ちますから!」

「グスターブさんはひたすら無心に食べ続けてください!」

「期間が短いんです! マジ頼んます!」

「なんだかよく分かりませんが、ご馳走してくれるというのなら食べますよ。ははっ!」

 

 こっちでは、狩猟ギルドの若い衆が、先輩狩人のグスターブを引っ張り込んで数を稼ごうとしている。

 

 とまぁ、ご覧の通り、ウーマロへのメッセージの破壊力を目の当たりにした一部の猛者どもが、おのれの財力の限界に挑戦し始めたわけだ。

 

 ハンコは「一回食事をすれば」もらえることになっている。

 なので、日替わり定食でも、タコ焼きでも、ハンコは一回だ。

 くっそ、金額制にしておけばよかった。

 そうしたら、陽だまり亭懐石が飛ぶように売れただろうに。

 ……それはそれで、厨房が地獄絵図になっちまうが。

 

「では、陽だまり亭懐石を八十個!」

「「「タコ焼きとかでいいんっすよ、グスターブさん!?」」」

「タコ焼きはオヤツです、食事には含まれませんよ、ははっ!」

 

 なぁ、グスターブのヤツ、「ははっ」を自分のモノにしようとしてないか?

 そろそろ黙らせるか……なんか、アノ王国だったら、異世界なんて余裕で飛び越えて告訴してきそうだからな。

 

「グスターブ。あんまり後輩たちの財布を酷使してやんなよ」

「狩猟ギルドは弱肉強食ですので」

 

 涼しい顔をして、グスターブは注文を変えない意思表示をする。

 

 つーか、陽だまり亭懐石八十個はさすがにキツい。

 俺だけじゃなく、マグダとロレッタも動員しなければ厳しいだろう。

 そうなると、パウンドケーキ配布と接客をカンパニュラとテレサに任せることになる。

 それはさすがに無理だ。

 

 なので、金額的には物凄く惜しいが、陽だまり亭懐石を諦めさせる。

 

「実はな、海鮮かた焼きそばって新メニューがあってな」

「私は今、陽だまり亭懐石を食べたい気分なのです」

「今日の昼、マーシャが美味しそうに食ってた料理なんだが」

「その話、もうちょっと詳しく!」

「あぁ、そういえば、ロレッタの妹が蹴っ躓いて、マーシャの水槽に海鮮かた焼きそばを落としちまったんだよなぁ。なぁ、ロレッタ?」

「ウチの次女がとんだ粗相をしてしまったです」

「マ、マーシャさんの水槽に……!?」

「かた焼きそばの上に載ってた魚介類が、海に帰ったかのように泳いでたな」

「マーシャさんが『じゃれついてくる~☆』って言ってたです」

「マーシャさんにじゃれついた魚介類!?」

「万が一にもあり得ないけれど、あの魚介類、食材の中へ戻してたりしてないよな?」

「いや、さすがにそれはないですよ、お兄ちゃん。マーシャさんのおへそや二の腕にくっついたイカやエビですからね、ちゃんと処分したです」

「おへっ!? おへそや、にのうで……ごくり」

「まぁ、ないよな。衛生管理がしっかりしている陽だまり亭だもんな」

「……しかし、この世の中に『絶対』というものはない。そう、絶対に」

「むむむ、そう言われると、絶対にないとは断言できないかもしれない可能性もなくもないような気がしないでもないです!」

「あぁ、不安だなぁ。マーシャの肌に触れた魚介類が、どこかの誰かが食べる海鮮かた焼きそばに紛れ込んでいたら…………とんだラッキースケベだ!」

「海鮮かた焼きそばを買い占めます! 今日仕入れた魚介類すべてを使い切るまで食べるのを辞めません!」

「んじゃ、海鮮かた焼きそばありったけ、よろしく!」

「あいあいさーです! 店長さん、あたしお手伝いするです!」

「……接客はマグダが責任を持って取り仕切る」

「では、お願いしますね」

 

 ジネットとロレッタが厨房へ入っていく。

 海鮮かた焼きそばは、あと二十人前くらいなら作れるだろう。

 

「君たちの連携には、感嘆の言葉もないよ」

 

 泣いて喜び、俺とマグダに感謝の握手を求めて列をなす狩猟ギルドの狩人たちを尻目に、エステラが呆れ顔でため息を漏らす。

 なんだよ。お前の大好きな人助けってやつをやってやったってのに。

 

「本当は、ちゃんと処分してあるんだよね?」

「当たり前だろうが。俺を誰だと思ってんだ」

 

 食品の衛生管理は徹底的に行っている。

 俺レベルになると、目視で大腸菌を発見できる(気がする)くらいだ。

 

「いや、君だからこそ不安な部分があるんだけどね」

「どーゆーことだよ」

「その先は私の方からご説明いたしましょう。ヤシロ様、もし、エビのくっついた場所がマーシャさんのおへそではなく、谷間だったとしたら――?」

「食材は、このあとスタッフが美味しくいただきました」

「そーゆーことだよ」

 

 ナタリアの誘導尋問に乗ってしまった俺の額に、エステラがチョップを落としてくる。

 くぅ、なんて巧妙な誘導尋問だ!?

 これを回避できる人間は、おそらく存在しないだろう。

 

「しかし、予想を上回る盛況ぶりだね」

「マグダの直筆メッセージは台紙四枚だからな」

 

 半ば冗談で言ったルールが適用されてしまった。

 まぁ、売り上げは上がるからいいけど。

 なんだかんだ、暇そうにしていたジネットも、大量の注文を受けてちょっと楽しそうにしていたし。

 

「けど、ハンコ欲しさに食べきれないくらいの料理を注文するって……なんだか本末転倒な気がするなぁ」

 

 バカだなぁ、エステラは。

 コレクターってのはそういう生き物であり、そーゆー連中はとっても美味しい資金源なんだぞ。

 

 ただまぁ、おまけのシール欲しさにウェハースを大量廃棄するような非道な行いはさせないけどな。

 ハンコ目当てで注文をして、料理を残したらハンコは没収。その上で一週間の出入り禁止という罰を与える。

 

 そう宣言した結果、助っ人を頼るヤツが出てきたわけだ。

 

 上司が部下を引き連れて「おごってやる!」ってのはまぁ分かるけど、後輩が先輩を呼んできて「食い尽くして!」ってのは、この街ならではだよな。

 グスターブみたいなヤツ、日本にはいないもんな。

 

「ふぉぉお!? なんですかこのイカはぁぁ!? 今まで食べたことがないくらいに深い旨味がしみ込んでいるではないですか!? ま、まさか、このイカこそが、マッ、マッ、マーシャさんのおへそにっ!?」

「あ、それはあんかけのあんがとろっと絡みついてるだけですね」

 

 ロレッタ。

 料理を運ぶついでに夢を壊して帰るなよ。

 いいんだよ。そんなことあるわけないと思いながらも、妄想に浸るのが楽しいんだから。

 俺だって、たぶん滅多にないだろうと思いつつも、草むらにおっぱいが落ちてないかな~って探しながら歩いちゃうことあるもん。

 

「曲がり角を曲がったら、全裸カーニバルの真っ只中だったりしないかな~って思うこと、あるよな?」

「ないよ」

「その曲がり角でぶつかった男女は、恋の始まる確率爆増ですね」

「ボクなら全力で逃げるけどね」

 

 エステラには、夢というものが理解できないらしい。

 あるかどうかなんかどうでもいいのだ。

「あったらいいな」と思う心! それこそが宝物なのだよ。

 

 

 Boys be Underboob.



 少年よ、下乳を抱け!


 うん、いい言葉だなぁ。

 

「俺の故郷にこういう言葉があってな――」

「聞く耳持たないから、今すぐ口を閉じるように」

 

 やはり、エステラには夢を見る心の余裕がないようだ。

 収納少なそうだしなぁ。余裕ないんだろうなぁ。

 

「それよりさ、マーシャ……大丈夫かなぁ」

 

 マーシャは今、バロッサ・グレイゴンを乗せて大海原を航海中だ。

 それは紛れもなく、犯罪者の国外逃亡の幇助であり、統括裁判所に知れれば今度はマーシャが罰せられる。

 

「マーシャが運んだのは、小麦粉が入っていた木箱だ。それ以上でも以下でもない」

「え? ……あぁ、うん。そっちはね。たぶん大丈夫だと思う」

 

 領主がグルになって犯罪者を逃がしているのだ。

 マーシャが罪に問われるような事態はまず起こらないだろう。

 四十二区にも、一丁前に闇の部分が生まれたってわけだ。

 

「それじゃないなら、それこそ大丈夫だろう。あいつが海で遭難するなんてあるわけないし」

「それでも、友人としては、海に出る度に彼女の無事を祈らずにはいられないんだよ」

 

 その気持ちは、まぁ分かる。

 ジネットも、毎度毎度誰かの心配をしているからな。

 俺がちょっと違う区に行くだけで心配しているようだし。

 

「でも、ボクが心配しているのは……マーシャの心だよ」

 

 マーシャは、苦労していたエステラをずっと見てきていた。

 その元凶となったウィシャートと、ウィシャートに同調して四十二区を苦しめようとした連中に対し、相応の怒りを抱いているのは明白だ。

 

 また、同調した人物の一人であるバロッサは、エステラの件とは別にマーシャの望みであった港の建設を妨害した。

 あまつさえ、港の建設が四十二区を荒れさせた元凶であるかのような印象操作をしようとしやがった。

 マーシャの希望、願い、夢。そういうものに、泥を塗ったのだ。

 個人的な恨みは大きいだろう。

 

 で、そのバロッサをどこに降ろすのか、それはマーシャに一任されている。

 

 少しでも生きやすい場所に連れて行けるほど、バロッサに対する恨みが浅いわけではない。

 生存が絶望的な場所に降ろすほど、きっとマーシャは冷徹にはなれない。

 適度に厳しく、適度に甘い。そんな場所までバロッサを連れて行くのだろう。

 自分の中の怒りや憎しみといった、どろっとした感情と向き合いながら。

 

 確かに、ちょっと酷な頼みをしちまったな。

 とはいえ。

 

「引き受けてくれたんだから、あとは信じて待つしかないだろ」

「……うん。そうだね」

 

 エステラが窓の外へと視線を向ける。

 窓の外のずっと向こうには港がある。

 当然見えるわけないが、それでも、エステラは港の方向を見つめていた。

 

「帰ってきたら、思いっきり甘やかしてあげよっと」

 

 エステラから親友へ、ご褒美を贈ることが確定したらしい。

 

 

 

 

 

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