異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

375話 四十二区が得る利益 -1-

公開日時: 2022年7月24日(日) 20:01
文字数:3,380

 話し合いが続き、数時間が過ぎた。

 窓から差し込む光が弱くなり、室内に大量のランタンが持ち込まれる。

 壁際の燭台に大量のろうそくが立てられ、火が点けられる。

 

「薄暗っ!?」

「いや、これでも十分明るいよ」

「蓄光ランタンの方が明るいじゃねぇか」

「あれは、眩し過ぎるんだよ。目、悪くするよ?」

 

 どうにも、白い光はウケが悪いようだ。

 エステラは炎の赤い光の方がいいと言う。

 

「みなさん、お待たせしました」

 

 デッカい台車を押して、ジネットとパメラが戻ってくる。

 なぜか、背後にアッスントを連れて。

 

「ジネット、ブタの背後霊が憑いてるぞ!」

「んふふ。残念ながら、まだ生きていますよ、ヤシロさん」

 

 アッスントが嬉しそうに前に出てくる。

 

「なんでお前がここにいるんだよ? 管轄外で商売するのはこの街のルール的にNGなんじゃねぇのかよ? ズルいぞ、行商ギルドだけ」

「もちろん、勝手な商売は出来ませんが、こちらの担当者から正式に援助要請を受けましたので」

「蒸籠や笹の葉、エビといったものが用意できなかったようで、わざわざアッスントさんに来ていただいたんです。……わたし、いつもの調子でこちらの商人さんに随分と無茶を言ってしまったようです」

 

 ぽかり。と、自分のおでこを「こつん」と叩くジネット。

 四十二区では言えばすべてが揃うのに、三十一区では「え、なにそれ?」みたいな反応をされたらしい。

 

 あぁ、そういえば、行商ギルドって基本的に「食材は食材」「調理器具は調理器具」ってジャンルで分かれてるんだっけ?

 四十二区も昔はそうだったっけなぁ。

 最近はアッスントがなんでも持ってきてくれるけど。

 食材であるエビと、調理器具の蒸籠、植物の笹なんて、一遍には無理か。

 

「でも、アッスントさんのおかげで美味しそうな蒸し餃子が出来ましたよ」

 

 にっこりと微笑むジネットが、蒸籠の蓋を開ける。

 もわっと、美味そうな匂いを連れて湯気が立ち上る。

 笹の葉を蒸籠に敷いて一緒に蒸すことで、湯気が品のいい香りを纏う。

 

 覗き込めば、うっすらと透ける餃子の皮から、ピンクと緑の鮮やかな色が覗いていた。

 エビ餃子とニラ餃子だ。

 蒸気で蒸すことで皮が透け、見た目に美しくなる。

 

「今朝食べた餃子と全然違う!」

「水餃子という、スープでいただく餃子もありますよ」

 

 にこにこと、パメラが押してきた台車を指し示すジネット。

 

「ヤシロ、なんでいちいち隠すの!?」

「アホ。情報なんてもんは、頃合いを見計らって小出しにするもんなんだよ」

 

 感動は、財布の紐を緩める起爆剤だからな。

 

「これはまた、美しい料理だな」

 

 ドニスが蒸し餃子を覗き込んで相好を崩す。

 

「是非召し上がってください」

 

 ジネットの言葉に、領主たちが台車へと群がる。

 応接室に領主が集まっているので、とても給仕して優雅に食うなんてことは出来ない。

 スーパーの試食品売り場に群がるオバハンのような状況で新たな餃子を堪能する領主たち。

 

「ん!? これまでの餃子と食感がまるで違うな」

「エビがぷりっとして、美味しいね、これ!」

 

 ルシアとエステラが蒸し餃子を食って頬を緩める。

 

「このように、同じ『餃子』と言っても、種類も見た目も様々だ。料理人のアイデアと腕によって、どのようにでもアレンジが可能だ。テーマパークでナンバーワンになれるよう、料理人たちには発破をかけてくれ」

「う~ん、これを見せられると、料理人たちが燃えそうだね」

「おい、オオバ。ラーメンの講習会の時にこの餃子も用意しろ。実際に見せた方が料理人どももイメージしやすいだろう」

 

 デミリーがほくそ笑み、リカルドが要求を寄越してくる。

 

「もちろん、数種類のバリエーションと、アレンジのコツやジネットが研究した成果を教えるつもりだ。ジネットとも話してな、ラーメンや餃子は独占するのではなく普及させることにした」

「多くの方に、もっと気軽に楽しんでいただきたいと思ったんです。いろいろな区で進化を遂げたラーメンや餃子に出会えるのを楽しみにしています」

 

 ジネットの言葉に「ミスター・シーゲンターラーの言ったように、本当に欲のない方なのですね」なんて言葉が上がる。

 しーげんたーらー? ……あぁ、リカルドか。

 油断すると、「リカルド・ムッキマッチョって名前だったんじゃなかったっけ?」とか思っちゃうんだよなぁ。見た目で。

 

「ラーメンと一緒に餃子やたこ焼き、それからケーキやプリンも伝授しようと思う。まぁ、スイーツは四十二区がどこよりも先んじているから、お前らが頑張っても追いつけないと思うけどな」

「いやいや、四十区にはラグジュアリーがあるからね」

 

 そのラグジュアリー、俺にレシピねだりに来てたぞ。

 

「あ、そうだ。ポンペーオにケーキの実演をやってもらおう。俺ら忙しいし。デミリー、呼んどいてくれ」

「本人の許可もなく勝手に決めたよね、今。まぁ、彼なら断らないだろう、伝えておくよ」

「ヤシぴっぴよ。レディ・リベカが麹ラーメンの研究を進めておってな、そろそろヤシぴっぴに食べさせられる物が出来ると言っていたが、同行するように申しておこうか?」

「そうだな。バリエーションが増えれば、アレンジのアイデアも湧くかもしれん。頼めるかドニス?」

「引き受けよう」

 

 もうすでにレシピを知っている者にはなるべく参加してもらって、どのような独自開発をしているのか、そんな話を聞かせてやってもいい。

 

「講習会は一気に行いたい。何日後なら出来る? なるべく早い方がいいよな?」

 

 俺からの問いかけに、領主たちは近場の者たちと口々に相談を始める。

 

「テーマパークの完成が一年後なら、なるべく研究の時間が欲しい。三日後でどうだろうか?」

「そうだね。三日あれば、料理人たちも都合が付けられるだろう」

「うむ。問題なかろう」

 

 イベールが発言し、それにデミリーが賛同する。

 ドニスも頷いて同意を示す。

 

「反対意見はないか?」

 

 ざっと見渡すが、反対意見は出てこなかった。

 

「じゃあ、三日後に三十一区で講習会を行う。――ウーマロ」

「はいッス」

 

 アヒムと細かい話をしていたウーマロを呼ぶ。

 ちょっとした伝言があるからな。

 

「三日後までに、四貴族の農地にデッカい講習会場を作っといてくれ。ここにいる全区×四人くらいが料理できるような感じで」

「とんでもない無茶振りきたッス!?」

「排水の処理は抜かりなく頼むな。土が固くなっちゃうらしいから」

「下水処理からッスか!?」

「大丈夫大丈夫。港の工事を乗り越えて、お前たちは一回り大きくなった!」

「その代償として、全員のHPはもうゼロッスよ!?」

「今日一日、ゆっくり休んだじゃねぇか」

「この後すぐ取り掛からないと、とてもじゃないけど間に合わないッスよ!?」

「よし、がんばっ☆」

「あぁもう! アヒム、ちょっと来るッス! 大至急会場の設計を始めるッスよ」

「え? 私が、か?」

「オイラはこの後大工を集めに行かなきゃなんないんッス! 手の空いてるヤツがやらなきゃ終わらないッスよ!」

「あ、あぁ……そう、であるな」

「三十一区の将来がかかってるんッスよ!? シャキッとしろッス!」

「う、うむ! 任せておくがよい!」

「とにかく、絶対外せないポイントだけ伝えるッスから、距離と面積を正確に割り出しとくッス。レイアウトと設計はあとでオイラがやるッスから」

 

 言い残し、駆け出そうとするウーマロ。

 だが、不意に足を止めて、ゆっくりとアヒムを振り返る。

 

「……言っとくッスけど、これから三日間、眠れるなんて思わないことッス」

「う……うむ…………心得た」

 

 アヒムが顔色をなくす。

 まぁ、ここで死ぬような苦労をしておくと、多少は周りの視線も和らぐんじゃねーの。

 知らんけど。

 

「こんなに、早急に事が動くのですね……」

 

 オルフェンが目を見張り、ごくりとつばを飲み込む。

 

「お前も即対応できるように慣れろ。こんなもん、四十二区じゃ当たり前だ」

「当たり前にしたのは君じゃないか。四十二区は、至って普通の街であるつもりだったよ。ボクの意向じゃないからね」

「いやいや、領主はん。自分、割かしキッツい納期押し付けてきてんで。自覚しぃや?」

「え、でもヤシロほどじゃないよね?」

「あんな、自分。『凶悪』と比較して軽めでも、それ『悪』やさかいな?」

 

 エステラが目をしばたたかせて、リカルドとデミリーが苦い顔をする。

 エステラが微笑みの領主から、無理難題を笑顔で押し付けてくる暗黒微笑の領主に変わるまで、そう時間はかからないかもしれないなぁ、これは。

 

 

 

 

 

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