異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

205話 赤い扉の向こう -2-

公開日時: 2021年3月20日(土) 20:01
文字数:3,410

「……どうしよう?」

 

 背を丸めた情けない格好でこちらを振り返るエステラ。

 こうなったら、ドニスでも引っ張ってきて領主命令で強行突破するか……

 

「ミスター・ドナーティに紹介状でも書いてもらえばいけるかな?」

「いや、それならドニスの名前を出した時点でもう少し手応えがあってもいいはずだ。あの反応を見る限り、領主の力では動かせそうにないぞ」

「じゃあ、もっと上の権力を…………王族、とか?」

 

「確かにお顔は拝見したけれど、顔見知りなんておこがましいことが言えるような仲じゃないし……」などと、エステラがぶつぶつと泣き言を言い始める。

 王族の命令なら聞かざるを得ないかもしれない……が、こんなことのために王族を動かす方が骨だ。

 だとすれば、今俺たちに動かせる権威を考える方が………………あ。

 

「あるじゃねぇか、紹介状」

「え?」

 

 すっかり失念していたが、俺はちゃんと紹介状を受け取っていたのだ。

 その紹介状は、今現在もしっかりと俺の懐にしまわれている。

 

 重要な書類を肌身離さず持ち歩けるように細工を施した俺の上着。

 着心地も重視した改良を施したために懐に手紙を入れても違和感がない。

 おかげですっかり忘れていたぜ。

 

 懐から手紙を取り出すと、エステラの顔に喜色が浮かぶ。

 

「あっ、あの時の!」

 

 そう。こいつは以前、ベルティーナが「懇意にしているシスターがいるんですよ」と、書いてくれた紹介状だ。

 もしかしたら、こうなることを想定してわざわざ紹介状なんてもんを持たせてくれたのかもしれない。

 

 同じ精霊教会のシスターなら、王族の紹介状より効果があるかもしれない。

 まして、懇意にしているシスターならなおさらだ。

 日本には、古くから伝わるこんな言葉がある。

 

『友達の友達はみな友達だ』

 

 友達の輪は世界に広めるべきものなのだ。

 これならいけるはずだ。

 

 再度、今度はかなり意気込んで、エステラがドアノッカーを打ち鳴らす。

 三度開く覗き窓。

 開く度に、覗き込んでくる瞳は怪訝さを増していく。

 

「…………まだ何か?」

「実は、ボクたちが懇意にしていただいているシスターからお手紙を預かっているんです。一読願えませんか?」

 

 蝋で封をしてあるため、俺たちが中を確認することは出来ない。

 だが、ベルティーナならうまい具合に俺たちに助力するよう促してくれているはずだ。

 まさか、「また美味しいお味噌を送ってください」みたいな内容だけではないだろう。…………ないと信じたい。

 

 訝しみつつも、覗き窓から手紙を受け取った鉄門扉の向こうの何者かは、一旦覗き窓を閉じた。鉄門扉の向こうで手紙を読んでいるのだろう。

 ……頼むぞ、ベルティーナ。

 

 そんな祈りが通じたのか、固く閉ざされていた鉄門扉が重々しい音と共にゆっくりと開いた。

 

「ベルティーナさんのお知り合いとは知らず、失礼な態度をとってしまいました。どうかお許しください」

 

 人一人分だけ開かれた鉄門扉の向こうで、一人の少女がぺこりと頭を下げる。

 下げられた頭の上には、ぴょこんと、ウサ耳が揺れていた。

 

「私は、二十四区教会のシスター、ソフィー・ホワイトヘッドと申します」

「ホワイトヘッド……って、まさか?」

 

 現れた少女を見て、エステラが目を丸くする。

 少女の髪は、その名の通りに美しい白色で、光を浴びて輝いていた。

 そして、どことなくリベカに似ている。

 

「はい。麹職人リベカ・ホワイトヘッドの姉です」

 

 恥ずかしげにそう告げたソフィーの頭上で、ウサ耳がぴょこんと揺れる。

 ……その耳の片方は、中程から折れ曲がっていた。

 

 一見すれば、バニーガールの耳のようで愛嬌があるように見えるが……折れたその耳は持ち上がることはなく、可愛さや愛嬌のためにわざとそうしているようには、とても見えなかった。

 

「あ……この耳ですか」

 

 恥じるように、「やはり気になりますよね」と、ソフィーが折れた耳を撫でる。

 

「数年前に高所から転落して、折れてしまったんです。痛みはないのですが、聴力が……」

 

 えへへと、悲しそうに笑う。

 隣のエステラが、きゅっと胸を押さえていた。

 

「ベルティーナさんからの手紙を拝見し、あなた方がどのような人物であるかは理解いたしました。私は、あなた方を信用いたします」

 

 どんなことが書かれていたのか知らないが、随分と信頼されているようだな、ベルティーナは。手紙だけでここまで考えを改めさせることが出来るなんて。

 

 覗き窓からこちらを覗いていた時の訝しむような色は完全に消えて、ソフィーの瞳には包み込むような優しさが満ちている。

 警戒色のように見えていた赤い瞳が、緩やかな弧を描く。

 

「それじゃあ、中に入れていただけるんですね」

「はい。何もないところですが、歓迎いたします」

 

 楚々としたお辞儀をしてソフィーが鉄門扉に手を添える。

 ……そんな細腕で開閉できるような重さではないと思うのだが…………相変わらずデタラメだな、獣人族の腕力は。

 

「ですが、お招きする前に一つだけ心に留め置いていただきたいことがございます」

 

 扉は開いている。

 だが、その前に立つソフィーが鉄門扉に手をついているため、通せんぼしているような状態だ。

 

 俺たちをまっすぐに見つめ、ソフィーは真剣な顔つきで告げる。

 

「この教会には、傷を負った亜人が多数保護されています。それ故に、許可のない外部の者は誰であろうとこの門をくぐらせてはいけないと決められております」

「傷を負った……」

 

 エステラの呟きとほぼ同時に、自然と視線がソフィーの耳へと向かう。

 ただでさえ亜人蔑視が染みついている街だ。傷を負った者へ向けられる視線は、どれほどのものなのか……想像するのも嫌になるな。

 

「皆、心根は優しい子たちですが、他人への警戒心が非常に強く、場合によってはお二方にも失礼を働くかもしれません……ですが、私はきっとその非礼を責めることは出来ないでしょう」

 

 中で何が起ころうが責任は取れない。

 それでも入るのか? ――と、聞かれているようだ。

 

「また、お二方に限ってはそのようなことはないと信じておりますが……もし、教会の子供たちに対し不当な扱い、不適切な発言をするようであれば……」

 

 ソフィーは静かに自身の上着をまくってみせる。

 ソフィーの腰に、片手で持てる小さめのメイスが携えられていた。

 

「……お二方を、信用いたします」

「そこは、安心してくださって構いませんよ」

 

 ソフィーの全身を覆うのは、ベルティーナが極まれに見せる警戒心を発揮した際の張り詰めた空気。ベルティーナのものと比べれば迫力は数段落ちるが……それでも、命を賭して身内を守ろうという気迫は十分過ぎるほどに伝わってきた。

 

 この中には、それほどまでに守りたいものがある。

 ソフィーの決意は、この鉄門扉のごとく堅牢なのだろう。

 

「では、お入りください。ご不快に思われることは承知の上で……重ね重ね申し訳ございませんでした」

「ボクたちは気にしませんよ。むしろ、あなたのようなシスターを素晴らしいとすら思う。ね、ヤシロ」

「まぁな」

「ふふ……ありがとうございます。さすが、ベルティーナさんがお認めになられた方々ですね」

 

 ソフィーにとってのベルティーナとは、どういう人物なのだろうか。

 あいつなら、誰であろうと分け隔てなく「いい人です」とか言いそうだけどな。

 

「門を入ってお待ちください。この門は、あなた方では閉められないでしょうから。それと、お二人だけで先へ進まれると……襲われかねませんので」

 

 ソフィーの指示通り、門を通り抜けた先で立ち止まる。

 ……襲いかかってくるって、獣化でもしてんのかよ。獣化した時のマグダも、なかなか野性味溢れていたけれど、ここにはあんなのがいっぱいいるってのか?

 

 物々しい音を立てて、鉄門扉が閉じられる。

 そして、鉄骨のような巨大なかんぬきで厳重にロックされた。

 なるほど。こりゃあ、ちょっとやそっとじゃ侵入できないな。俺やエステラじゃどうしようもねぇわ。

 

「さぁ、こちらへ。美味しい果実の紅茶をお出ししますね」

 

 サバンナを丸腰で歩かされるような緊張感の中、穏やかな微笑を浮かべるソフィーの後について歩く。

 教会の敷地はかなり広いらしく、門から先には細い小道が結構な長さで続いていた。

 両側を生い茂る木々が覆い、ちょっとした林のようになっている。

 

 この先に教会があり、そこには野性味溢れる獣人族が群れをなして生息している…………フィルマンの初恋のために、なんで俺が命の危機にさらされなきゃいかんのか…………

 とにかく、十分に気を引き締めていこう。

 

 そうして、俺たちは林を抜けた。

 

 

 

 

 

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