異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

221話 『宴』の準備7 -3-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:3,149

「これでぃい?」

 

 ミリィが店内からズルリと長い竹を持ってきた。

 竹ひごにでもしようとしていたのか、いい感じで乾燥されている。上出来だ。

 

「じゃあ、この辺もらっていいか?」

 

 と、節と節の間、一個分を指で示す。

 

「それだけでぃいの?」

「簡単な物だからな」

 

 ノコギリで切り出し、筒状になった竹をナタで割る。

 半分に割ったら寸法を決め、まずは羽根の部分を作っていく。

 

「わぁ! かわぃい~!」

 

 竹とんぼの話かと思いきや、俺が加工している向こうで、ジネットがミリィにたい焼きをあげていた。

 ヤツら、おやつ片手に俺の作業を見学する気か? なんて優雅な身分だ。観覧料取るぞ。

 

 最初は平凡な竹とんぼにしようかと思ったのだが……どうせなら高く飛ぶ方が面白いだろうと『ひねり竹とんぼ』にすることにした。

 長方形の羽根をした竹とんぼに対し、中心部が細くなっているのがひねり竹とんぼだ。真ん中を火であぶって竹をひねってやるのが特徴といえる。

 

「ゎっ、おいしいっ」

 

 ……く、気になるな。

 ミリィが嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。

 ああいうぬいぐるみがあったら買うなぁ、俺。

 

 羽根を薄く削り、怪我をしないように角を丸くして、ろうそくをもらってひねりを加える。 そして、軸になる細い棒を作って、よく回転するように角を丸めて…………っと。

 最後に羽根と軸をくっつければ完成だ。

 ジャスト二十分。なかなかの手際だな。

 

「それが『竹とんぼ』なんですか?」

「ぁんまり、とんぼさんっぽくない、ね?」

 

 面白そうに覗き込み、そんなことを言う。

 けれど、その瞳は「早く遊んでみたい」と如実に物語っている。

 

「じゃあ、飛ばすからちょっと離れててくれ」

「飛ばす……飛ぶんですか?」

「とんぼさんみたいだね」

 

 何をするにも楽しそうに、仲のいい姉妹に見える二人が手を繋いで下がっていく。

 ふむ。これはいいところを見せないとな。

 

 左の手の平に軸を添え、開いた右手で挟み込む。

 そして、手をこするようにして軸に回転を加え、勢いよく右手を前へ出す。

 ビッ! ――という小気味よい音と共に、竹とんぼが回転しながら勢いよく空へと舞い上がっていった。

 

「ゎあ、飛んだぁ!」

「飛びましたっ!」

 

 ミリィとジネットが揃って声を上げる。

 飛んでいく竹とんぼを追って、首がぐっと伸び空を見上げる。

 そして、竹とんぼを追うように二人の顔がぐる~んと回って、俺の手へと注がれる。

 

「戻ってきました!?」

「すごぃっ、てんとうむしさん、すごいょう!」

 

 ふっふっふっ……竹とんぼってのはな、うまく飛ばせば、戻ってくるんだぜ?

 

「やってみたいか?」

「はい。でも、難しそうですね」

「なぁに、簡単簡単」

「では、やってみたいです」

 

 にこにこ顔のジネットに竹とんぼを手渡す。

 簡単に飛ばし方をレクチャーしてやり、いざ本番。

 

「き……緊張、します……っ」

 

 ガッチガチに力が入りまくりのジネット。

 そんな大袈裟なもんじゃねぇよ。

 

「いきますっ! えいやっ!」

 

「えいやっ!」という掛け声と共にジネットの腕が振り抜かれ、手の平から飛び立った竹とんぼがダイレクトにジネットの眉間へと衝突した。

 

「きゃうっ!?」

 

 鈍くささ、極まれり。

 

「みゅう…………痛いです……」

 

 額を押さえ、ジネットが目に涙をためる。

 おかしい。逆回転させなきゃ自分の方へは飛んでこないはずなのだが……ジネットの守護神でもある萌え神様の成せる業か?

 ミリィが蹲るジネットの頭をよしよしと撫でている。今日は大忙しだな萌え神様。癒されるわぁ。

 

「前に飛ばすんだよ。こうやって」

「そうやったつもりなんですが……」

「ほれ、もう一回やってみ?」

「えっ…………と。あの、そうです、ミリィさん、お先にどうぞ」

「ぅええ!? み、みりぃも、やる、の?」

「楽しいですよ」

 

 涙目で言われても説得力ないだろうな。

 恐る恐る、ミリィが竹とんぼを受け取る。

 おそらく、俺は上手過ぎるから、初心者のミリィの飛ばし方を見て客観的に研究しようと、そんなことを考えているのだろう。

 

 まぁ、ミリィはジネットほど鈍くさくはないからな。

 

「怖がらなくて大丈夫だぞ。あぁいう面白いのはジネット以外には出来ないから」

「はぅっ…………酷いです、ヤシロさん……面白いなんて……」

 

 うな垂れるジネットは置いといて、怖がるミリィに飛ばし方を教えてやる。

 普通にやれば普通に飛ぶのだ。

 

「さぁ、やってみろ」

「ぅ…………ぅん」

 

 ミリィもガチガチに緊張している。

 萌え神様の再臨なるか?

 

「ぇ………………ぇいっ!」

 

 ぽとり……と、竹とんぼが地面に落ちた。飛距離、0センチ。

 怖がり過ぎだっ!?

 一切摩擦することなく、合わせていた両手を離しただけだった。

 飛ばせよ。

 

「大丈夫だから、思いきってやってみ?」

「ぅ……ぅん…………じゃ、じゃあ…………ぇ~いっ! ……あっ!」

 

 ビッ! ――と、鋭い音がして、竹とんぼがぐーんと空へ昇っていく。

 

「飛ん……だ。すごぃ! 飛んだ! 飛んだよ、てんとうむしさん、じねっとさん!」

 

 両腕を上げてぴょんぴょん飛び跳ねるミリィ。大喜びだ。

 一方のジネットは――

 

「……わたし、竹との相性が悪いのでしょうか……」

 

 ――なんだか、必要以上に落ち込んでいた。

 大丈夫だって。やってりゃすぐうまくなるよ。

 

「ぁ……れ?」

 

 空を舞う竹とんぼを見上げたまま、ミリィが首を傾げる。

 竹とんぼは、ぐんぐん遠くへと飛んでいく。

 

「戻って、こない……ょ?」

「あぁ、戻すにはちょっとしたコツがいるんだよ」

「ぇ!? じゃ、じゃあ、取りに行かなきゃ!」

 

 大慌てで駆けていくミリィ。

 別にそんなに急がなくてもいいのだが……竹とんぼを追いかける少女ってのも趣があってなかなかいいものだ。うん、黙って眺めていよう。

 

「ヤシロさん……わたし、飛ばせるようになるでしょうか?」

 

 どうでもいいことでジネットが落ち込んでいる。

 意外と負けず嫌いなのかもしれないな、こいつは。

 

「大丈夫だって」

「そう、ですよね。練習すれば、きっと……」

「ガキどもに教えてもらえばいい」

「追い抜かれること前提ですか!?」

 

「わたしが教えてあげたかったのに」と、なかなか無謀なことを口にする。

 お前流の飛ばし方が流行ったら、みんな眉間に赤い痕が付いちまうだろうが。今のお前みたいにな。

 

「ほれ、赤くなってるぞ」

「ふえっ!?」

 

 ジネットの眉間を指で軽く撫でてやる。

 痛そうだな、まったく。

 しかし、目に入らなくてよかった。目に入っていたら一大事だったもんな。

 

「あ、あの、ヤシロさん……も、もう、大丈夫、です、よ?」

「ん? そうか?」

「は、はい。おかげさまで、痛いの痛いの飛んでいきましたから」

 

 お前は幼児か。

 もう痛くないというのであれば問題ないだろうと、指を離すと……

 

「……えへへ」

 

 ジネットが頬を緩めて、俺が撫でていたところにそっと触れる。

 

「ありがとうございます」

「へ…………いや、別に…………まぁ、…………うん」

 

 なんでお礼言われたんだろう。

 っていうか、お礼とか、なんで言うかな?

 わざとか? わざと俺を照れさせたいのか?

 ガラにもないことをしちまったなぁって、あとから自覚させて悶えさせる作戦か?

 

 ……勘弁してくれ。

 

 と、髪をかき上げつつジネットから視線を逸らせると――

 

「にこにこ」

 

 ――竹とんぼを両手で握りしめたミリィが、にやにやした顔で俺たちを見つめていた。

 

「はぅっ!?」

 

 今日はジネットがよく鳴く日だなぁ……と、そんなことを思いながら、俺はミリィからも視線を逸らし、竹とんぼを作ることにした。黙々と竹とんぼを作ろう。そうしよう。何も聞かず、何も見ず、何も考えずに。

 

「仲良しさんだねぇ」

「いえ、あの、違う……わけ、ではないのですが、違わないんですが……違うというか、あの、その……っ!」

 

 幸せそうに微笑むミリィと、盛大に慌てるジネットの声を聞きつつ、俺は黙々と、黙々と竹とんぼを作り続けた。

 

 

 ……うん。無自覚で結構やらかしてるっぽいな、俺。

 

 

 

 

 

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