異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

334話 旅立ちの時、別れのアイサツ -4-

公開日時: 2022年2月11日(金) 20:01
文字数:4,208

 荷物の積み込みが終わったのか、港には数人の船員を除いて人の姿は見えなかった。

 

「出港まではあと一時間くらいあるさかいな。しばらく休憩でもしとるんやろ」

 

 そんなことを、なんでもないように言うレジーナ。

 だが、話しかける時でもその顔はこちらを向かない。

 

 俯き加減なレジーナの顔は見えず、ふわっとしたツインテールにひらひらとしたワンピースドレスを見る限り、隣を歩いているこいつがレジーナだとは正体を知っていてもなお信じられない。

 

「あぁ、せや。GYウィルスの解毒薬な、とりあえず三十ほど作っといたさかい、自分がいくつか管理しといて。ほんで、症状が出た人に処方して、あとは濃厚接触者にも念のために薬飲ませたってな」

 

 何かを誤魔化すように、歩きながら引き継ぎ事項を口にするレジーナ。

 というか。

 

「GYウィルスってなんだよ?」

「アノ花がまき散らしよる、厄介なウィルスの名前や。まぁ、胸くそ悪い細菌やさかい、わざわざ名前なんか覚えんでもえぇけどな」

「なんの頭文字なんだ、GYって?」

ごっついヤバいウィルスや」

「ふざけてんのか」

「名前なんか、分かりやすいのが一番やん」

 

 分かりやすいか?

 ヤバいってことしか分かんねぇじゃねぇか。

 

「ちなみに、GYウィルスをまき散らすために生み出されたアノ花は、Mプラントっちゅう名前なんや」

「Mね……『めっちゃヤバい』プラントか?」

「おしぃなぁ。『ものごっつヤバい』プラントや」

「しょーもねっ」

 

 確かに、覚える必要はなさそうだな。

 一応、エステラには教えておくが。

 ジネットたちは知る必要はないだろう。

 

 あいつらは、二度と関わる必要はない。

 悲劇なんぞ、もう二度と起こさせやしねぇ。

 エステラとレジーナ。その他使えるヤツは誰であろうと使って、意地でも食い止めてやる。

 

「要するに、お前の家に『湿地帯の大病』の特効薬があるわけだな」

「……まぁ、そういう言い方も出来るやろね」

「んじゃ、四十二区の連中は喜ぶだろうよ。『もう何も怖くない』ってよ」

 

 そして、きっとお前に感謝をするだろう。

 楽しげに過ごしていても、きっとどこかでくすぶっていたはずなんだ。

「もしまた、あんな悲劇が起こったらどうしよう」という恐怖が。

 

「盛大に宣伝しといてやるよ。『みんなのレジーナが湿地帯の大病に打ち勝つ特効薬を作ってくれたぞ』って」

「やめてんか! ……そんなんされたら、恥ずかしゅうて、帰ってこられへんようなるわ」

「なんでだよ? 帰ってきた途端、みんなで胴上げしてやるよ」

「って言いながら、なんで尻をまさぐる手つきしとるねん」

「いやだって、大勢の中に紛れ込んだら、犯人が誰だか分からなくなるだろ?」

「いや、一発で分かるけどな」

 

 マジか!?

 まさか、レジーナにはそんな特殊能力が!?

 

「あぁ、それから。一番大事なこと言い忘れるところやったわ」

 

 ずっと俯いていたレジーナが三歩ほど駆け出し、俺の前でくるりと振り返る。

 明るい印象のメイクで、可愛らしいふわふわのツインテールで、勝ち誇ったような笑みを浮かべて俺を見る。

 

「ウチのタンスにはウチ直筆の封がされとって、開けたら一発で分かるようになっとるさかいな?」

「ふ……、その程度の物、寸分違わず複製してくれるわ!」

 

 絵画だろうが彫刻だろうが、本物そっくりに作り出せる俺を舐めるなよ!

 

「バオクリエアにしかない塗料使ぅとるんや」

「そりゃ卑怯だろ、お前!?」

 

 アイテムが手に入らないとか、ズルだズル!

 罰として一枚だけなら封印解いていいことにしてくれね?

 

「ほな、そろそろ行くわ」

 

 しゃべりながら歩いていたら、いつの間にか波止場のそばまで来ていた。

 ここから先は、乗船する者だけが立ち入る場所だ。

 波止場の手前にカウンターを備えたゲートのようなものがあり、そこでチケットを確認するのだろうが……こんな時間だからだろうか、今は人がいなかった。

 

「船員がいないな?」

「最終便は乗る人少ないさかい、船の手前でチェックするんやって」

 

 人員削減のためらしい。

 船の準備をしつつ、手が空いている者がチケットを確認する。

 

 つまり、訳ありの人間はこの最終便を利用するのがお決まりってわけか。

 人員を割けば、その分チェックの目は甘くなるからな。

 

「なんや、逆に気ぃ遣わせてもぅたな」

 

 ゲートが近付き、レジーナの言葉に変化が現れる。

 いつもと変わらないとりとめのない内容から、別れを意識したものへと。

 

「泥の詳しい解析結果と、薬のレシピはウチの店に置いてあるさかい、目ぇ通しといて」

「おう、助かる」

 

 泥の解析と解毒薬が出来るまでは出立はしない。

 こいつはそんなことを言っていた。

 ところがどっこい、そう言っていた時にはすでに両方とも終えてしまっていたのだ。

 嘘ではない。

 ただ、誰もが「そんな短時間で出来るわけがない」と思っているからすっかりと騙されてしまう。

 

 ルールを守りながらも人智を超えてくる。

 ほとほと、チート持ちだな、お前は。なぁ、レジーナ。

 

「あぁ、そうそう」

 

 ゲートをくぐるレジーナに、陽だまり亭一同からの言付けを伝えておく。

 

「マグダがな、『パパ親とママ親は強いからきっと平気』だってよ」

 

 これまで、マグダのもとには無事を知らせる手紙の一つも届いていない。

 もし、両親が生きていたとしたら、帰れないまでも手紙くらいは出せたのではないか。

 それが出来ないということは、自由に行動が出来ない状態に置かれているということになる。

 

 レジーナは調べてくると言っていた。

 だが――

 

「『マグダの願いより、自分の身の安全を最優先するように』だそうだ」

「……トラの娘はん。ホンマは寂しいくせに、ウチのこと心配してそう言ぅてくれてはるんやね。『おおきに』って言ぅといてんか」

「ロレッタからは『また絶対絶対ぜぇ~ったい、一緒にお買い物行こうです』だそうだ」

「普通はんとの買い物はくたびれるねんで~? もう、ずっと笑いっぱなしやさかいな」

「返事は?」

「せやね……」

 

 少し考えて、レジーナはきっぱりとこう言った。

 

「『約束や』」

「伝えとく」

 

 カンパニュラとテレサは気を遣ったのか、伝言を頼まなかった。

 ただ、無事を祈っていますと言っていた。

 

「ジネットがな、『おかえりパーティーで食べたい物を考えておいてくださいね』だってよ」

「ほな、ラーメンでも作ってもらおかな。アレ、めっちゃ美味かったしな」

 

 お前が帰ってくるころには、きっともっと美味くなってるだろうよ。

 きっと驚くぞ。

 

「最後に、超イケメン従業員から」

「お、誰やろ? 心当たりあらへんなぁ」

 

 くつくつと笑って、俺からの言葉を待つレジーナ。

 初めて会った時は、こいつのこんな顔が見られるなんて思えなかったよなぁ。

 

「初めて会った日のことを覚えてるか?」

「自分が張り切ってソロプレイした日のことかいな?」

 

 テメェが恐ろしい精力増強剤を俺に飲ませようとしただけで、俺の天才的危機回避能力のおかげで未遂に終わったわ!

 ひでぇ言いがかりだが、覚えてはいるようだな。

 

「んじゃ、俺が言ったことも覚えてるか?」

「どれのことやろ? いろいろ覚えてるけど、しょーもない話いっぱいしたさかいなぁ」

 

 けらけらと笑うレジーナに、もう一度あの日の言葉を言ってやる。

 

 

「俺は、お前を信じるぞ」

 

 

 お前と、お前の薬を。

 誰がなんと言おうと、俺は最後の最後まで信じ抜いてやる。

 

 お前は帰ってくるって、信じて待っててやるからよ、絶対帰ってこい。

 

「……せやったね」

 

 ぐすっと鼻を鳴らして、レジーナがにへらっと笑う。

 

「ウチの人生ががらっと変わったんは、きっと自分がそう言ぅてくれた瞬間からやと思うわ」

 

 涙はこぼさず、笑みを湛える。

 

「言ぅてへんかったけど、あん時、ホンマはめっちゃ嬉しかったで!」

 

 10メートルほどの距離を飛び越えてくるように、レジーナの大きな声が感謝の気持ちを運んでくる。

 

 これは確かに別れの挨拶なのだろう。

 だが、レジーナの声には後ろ向きな暗い影は感じられなかった。

 

「ほなね!」

 

 言って、大きく手を振る。

 持ち上げるのも大変そうな大きなカバンを「よいしょ」っと担ぎ上げてレジーナは波止場を進む。俺に背を向け、遠ざかっていく。

 

 15メートル。

 20メートル。

 25メートル。

 

 どんどんと小さくなっていくレジーナに、最後にもう一言、伝えたい言葉を告げておく。

 

 

「レジーナ! 待ってるからな!」

 

 

 ドサッ――と、大きなカバンが放り投げられる。

 ふわふわのツインテールを揺らして、レジーナが全力で駆けてくる。

 

 ゆっくりと離れていった距離をあっという間に縮めて、俺の胸に飛び込んでくる。

 

「あほ……なんちゅうタイミングで言うねん……」

 

 俺の胸に両手を置き、はぁはぁと肩を上下させる。

 俯いているのでつむじしか見えない。

 

 なんと声をかけてやろうかと思った時、俺の胸に置かれたレジーナの手に力が込められる。

 細い指が俺の服を掴み、小さく下へ引く。

 それに合わせるようにレジーナが顔を上げ――

 

 

 

 

 つま先立ちになって唇を付ける。

 

 

 

 

 俺の唇――の、ぎりっぎり横に。

 ほっぺたと口角の間。

 

 心臓、「どっきぃー!」したね!

 

 えっ!?

 えっ!?

 なっ!?

 えっ?

 ……えぇぇええ!?

 

「絶対帰ってくるから、待っとってや。……ウチのこと、忘れたアカンで」

 

 いや、忘れられるかよ……こんなことされて。

 

「よ、よっしゃ! なんか、全部うまいこと行きそうな気ぃしてきたわ! ほな、このテンションなくならへんうちに船乗って、客室籠もって、ごろんごろん寝返り打って身悶えてくるさかいに! 自分も体に気を付けてな! みんなにもよろしゅう言ぃといて! ほな!」

 

 早口で捲くし立て、逃げるように――っていうか、全力で逃げやがった。

 あっという間に、カバンを投げ捨てた場所まで戻ると、さっさと船へと乗り込んでいく。

 

 波止場から船に架かる長い橋を歩くレジーナを見ながら「こっちこそが寝る前に身悶えるっつーの……つか、今日は絶対寝れねぇわ」とか思っていると、レジーナが足を止めた。

 俺に向かって大きく手を振り、これまでの人生で一度も出したことないんじゃないかってくらいにデカい声で叫ぶ。

 

「ほななぁ! 待っとってなぁ!」

 

 周りが暗過ぎて見えるかどうか分からなかったが、こちらからも手を振り返してやる。

 どうやら見えたらしく、レジーナは大きなカバンを抱えてそそくさと船へと乗り込んだ。

 

 あぁ。待っててやるから帰ってこい。

 そして、帰ってきたら――

 

 

 今日の落とし前をきっちりと付けてもらうからな?

 

 

 肌を刺すような冷たい海風が体温を容赦なく奪うような寒い夜なのに、ソノ場所だけがいつまでも熱を持ったように熱かった。

 

 

 

 

 

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