異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加59話 最終競技の必勝法 -4-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:2,362

「位置について、よぉーい!」

 

 ――ッカーン!

 

 

 レースが始まる。

 もう、誰も後戻りは出来ねぇぞ。

 思わず頬が緩む。

 

 俺たちの……俺の、勝ちだ!

 

「どうしたんだい、ヤシロ! それが君の全力かい!?」

「ふん! 私の速度についてこられるなら、ついてくるがいい、カタクチイワシ!」

「ダーリン! 全力でぶつかっておいで!」

 

 ライバルたちが先行する。

 ルシアはともかく、エステラとメドラは本気で速い。

 しょうがない……

 

「よぉ~し、捕まえちゃうぞ~!」

 

 俺は浮かれはしゃぐ付き合って三ヶ月記念に海へとやって来たバカップル(男)のような笑顔と声で軽やかにスキップまがいな走りを披露する。

 

「待て待て~! 僕の可愛いこねこちゃ~ん」

 

 うふふふ、あはははと、楽しげな笑い声を上げて走っていると、メドラの速度が落ちた。それはもう、目に見えて。

 

「つ、つかまえてごら~ん、だ~り~ん!」

「よぉ~し! 待て待て~! あははは」

「ほ~ら、こっちだよ~! うふふふ」

 

 スローモーションのような穏やかな空気に飲まれ、メドラの速度がどんどん落ちていく。ふざけて走る俺の速度とピッタリ同じになるくらいまで。

 

「な……なに、あれ?」

「真面目に走らぬか、カタクチイワシ!」

「なんだと~、ルシア~! もう、怒ったぞ~、捕まえてやる~!」

「ふん! 誰が貴様なんぞに! 捕まえられるものなら――捕まえてごら~ん!」

「ルシアさんまで!?」

 

 分かってないな、エステラ。

 ルシアはな、あぁ見えて、ベッタベタなド定番が大好きなんだぞ。

 チャンスがあれば、しかも自分以外の者が先にやっているのを見ていれば、そりゃあやってみたくなるに決まってるだろう!

「まてまて~」と、「やったなぁ、こ~いつぅ~」と、「あぁ~れぇ~」は、全人類共通で一度はやってみたいことだろうが!

 そりゃ食いつくっての。

 

 で、み~んなが同じことをして楽しそうにしていると、途端に寂しくなって、疎外感を感じてしまうのが……エステラというヤツだ。

 

「ボ、ボクも……つ、捕まえてごら~ん」

 

 こいつは、本当に寂しがり屋というか……空気を読んでいるのかもしれないけどな。

 そんなわけで、先行する三人が「あはは、うふふ」と軽やかなスキップ調走りに変わったので――俺だけ全力疾走を始める。

 

「んじゃ、お先!」

「んな!? カタクチイワシ!」

「ちょっ、ヤシロ!?」

「ダーリン! 待っておくれよ!」

 

 ふはははは!

 残念だったな! 今日の嘘は『精霊の審判』の対象外なのだ!

「捕まえてやる~」と言いながら捕まえなくてもカエルにはされないのだ!

 

「お前らは『精霊の審判』に慣れ過ぎているんだよ! 嘘吐きは善人よりも得をするだぜ! 覚えておくんだな!」

「そんなことがあってたまるもんか!」

「エステラの言う通りだ! 嘘吐きが世に蔓延るようではこの街は終わりだ!」

「ダーリン、おイタが過ぎるとお仕置きしちゃうよ!」

 

 まんまと騙された愚か者三人が何かを喚いているが知ったことではない。

 俺はこのまま、リードを保ったままバトンを第二走者に……

 

「「「待ぁああてぇえぇええ! むゎぁあああてぇぇえええ!」」」

「怖い怖い怖い! 冗談でも『捕まえてごらん』とか言えないくらい怖い!」

 

 捕まれば死ぬ!

 俺は命の危機を感じて懸命に地面を蹴った。

 が、結果四着だった。

 

「くそぉ! あいつら速過ぎるだろう!」

 

 バトンをニッカに渡して、肩で息をする。

 

「まったく、君は……最後の最後までスポーツマンシップに反するような真似を」

「今度、正々堂々という言葉の意味を懇々と語り聞かせてくれるぞ、カタクチイワシ」

「お、お泊まりでも、アタシは構わないよっ、きゃっ☆」

「泊まりでそんな話聞かされたら、翌日の朝陽で浄化されちまうわ」

「君の体は邪心の塊か何かなのかい?」

 

 お前ら、俺にばっかり文句言うけどな、お前らも乗ってたじゃねぇかよ。

「捕まえてごら~ん」って。ちょっと楽しかったんだろ? 白状しろ!

 

「よく見たら、一回も彼氏がいたことのないヤツばっかだな」

「うるさいよ! 領主は、そういうの、慎重になるんだよ」

「その通りだ。コレと決めた相手以外とそのような関係になれるはずがなかろう」

「アタシは、ダーリンのために取っといたんだよ☆」

「あはは。そのまま地底の遺跡にでも封印しといてくれればいいいのに」

 

 運動会マジックも、俺には効果がないようだ。

 まったく、どこで線引きされてんだかな、簡単に恋人が出来るヤツとそうでないヤツってのは。

 

「じゃ、応援席に戻るか」

 

 応援席と言っても、トラックの中の選手待機列だ。

 走り終わった選手は、順番待ち選手列の一番後ろに回る。

 

「カタクチイワシ」

「ん?」

 

 アンカーの後ろに回り腰を下ろすと隣からルシアが声をかけてきた。

 

「三十五区には港がある」

「知ってるよ」

「少し先まで行くと、真っ白な砂浜もあるのだ」

「へぇ。そりゃ初耳だ」

「……砂浜がな、あるのだ」

「いや、それは今聞いたよ」

「…………波が打ち寄せるのだ」

「そりゃ砂浜だからな」

「………………ざざーん」

「なんだよ、一体!?」

 

 ルシアがおかしい。

 いや、もとからおかしいヤツではあるんだが。

 一体何が言いたいんだよ? ……とか思っていたら肩をペしりと叩かれた。

 なんだよ? と、顔を窺うとそっぽを向かれた。

 

 なんなんだよ、だから。

 

 

 ルシアの謎の行動に戸惑っていると、赤組の第四走者がスタンバイを始めた。

 

「今日最後にして、最大の見せ場やー!」

 

 ハム摩呂が両腕を高々と上げて吠える。

 はいはい。どうせまた隣の変態領主が「むはぁ、ハム摩呂たん可愛い!」とか騒ぎ出すんだろうなぁ~……と、ルシアの顔を窺い見ると……めっちゃ睨まれてた。なんで? 俺なんかした?

 

「は、ハム摩呂の番だぞ」

「貴様ごときがハム摩呂たんの名を気安く口にするな! 減る!」

「何がだよ?」

 

 ようやく、いつものルシアに戻った。

 ……この状態が『いつもの』ってのには、憂慮を覚えずにはいられないけどな。

 

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