「困りましたね……では、誰に入れれば…………」
俺が対象外だと聞き、真剣に悩み始めるジネット。
そんなに悩むことか? つか、選択肢は他にもいくらでもあるだろうが。
「ヤシロさんはどなたに投票されるんですか?」
ざわり……
なんだか、表現しにくい緊張感が辺り一帯に広がった。
ジネットさぁ……
聞くなよ、そんな答えにくいこと。
そして、そんなにジッと見つめるなエブリバディ。
たかがコンテストの、たかが一票だ。
俺の一票なんてたいした価値はない。どうせ死に票になる、その程度の軽さだ。
「秘密だ」
「まさか、ダーリン、アタシに!?」
「エステラ、これ棄権ってあり?」
秘密にしたらしたで勝手な妄想で面倒くさいことになりそうなヤツが何人かいるなぁ、くそぅ!
「向こうで書いて、さっさと出してくる!」
ここにいたら、ペンの動きで勝手な推測をされそうだ。
連中から距離を取り、……耳のいいヤツが何人かいるから小声だろうと呟かないように気を付けて…………さて、誰の名前を書こうか?
…………
…………
…………
…………ふっ。
なにを真剣に悩んでんだ、俺は。
こんなもん、ただの遊び、今日だけのイベントじゃねぇか。
軽ぅ~い気持ちで書きゃあいいんだよ。
パッと思いついたヤツの名前を、さらさらっとな。
ま、日頃の感謝の気持ち――っつうことで。
投票箱に投票用紙を入れる時は、なんだか妙に緊張した。
筆跡でバレないように細工もしたし、画数で悟られないように小細工もした。
……結構ガチガチに守りに入ってるな、俺。
なにもそこまで警戒しなくても……
「ねぇねぇ、ヤシロく~ん☆」
マーシャがちょいちょいと手招きをしている。
近付いてみると――
「筆の音で画数数えたんだけどねぇ~、『陽だまり亭』って書いた?」
――こーゆー怖いヤツがいるから侮れないんだよ、この街!
すげぇな、おい。まさにそう聞こえるように小細工したんだよ、俺!
よかった、小細工しといて!
「ひ……秘密、だ」
「むぅ、違うのかぁ……。もう、用心深いなぁ~、ヤシロ君は☆」
……お前みたいなのがいるからだっつうの。
つか、マーシャの使ってる言語と日本語の画数は同じなのか? まさかそこまで几帳面に翻訳とかしてないよな? いらねぇぞ、そんな微調整。
ホンット、厄介な性格してるよ、精霊神は。
「みんな、そろそろ時間だよ。早く書いて投票を」
「あ、待ってです! 今ちょっと、自尊心と倫理観の狭間で揺れ動いてるですから!」
「もう、自分の名前書けばいいよ、ロレッタは」
「そうは言うですけどパウラさん……!」
「ど~せ一票増えたところで結果に関係ないし、あんたの場合」
「さらっと酷いこと言うですね、パウラさん!? 僅差で二位の可能性だって――!」
「ほら、時間ないよ! 書いて書いて!」
「はわゎっ、急かさないでです! あぁーもう! 店長さんにするです!」
「えっ!? いえ、わたしになんてもったいないです! だったらマグダさんに……!」
「……マグダも店長と書いた」
「えぇっ!?」
日頃の感謝の表れか、マグダもロレッタも、最終的にジネットの名前を投票用紙に書いたようだ。
「やっぱり、陽だまり亭には店長さんがいなきゃですから、店長さんに一票が一番いいです!」
「……店長はマグダの目標。この一票は未来の自分への一票でもある」
「そんな……わたしなんて…………」
ちらりと、ジネットが俺を見る。
…………なんだよ。
「……と、投票、行ってきます」
「あ、待ってです、店長さん! あたしも一緒に行くです」
「……マグダも」
ジネットに続いて投票所へ向かうロレッタ、マグダ。
マグダが俺の前で立ち止まり、ちらりと俺を見上げる。
「……陽だまり亭の総意」
言うだけ言って、俺の回答など聞かずに歩いていってしまう。
……決め打ち、やめろよな。ったく。
そうして、各々が投票を終えると、今度はリカルドの館の使用人たちがずらっと並んでその場で開票作業を始めた。
「リカルド様主催の大切な大会です。一分のミスも許されぬと心するように!」
「「「「はっ!」」」」
相変わらず、暑苦しい縦社会だな。
しかしあの使用人たち、エステラんとこの給仕に見劣りしないくらいに手際がいいな。
歳を食ってるだけあって、あの執事はいいリーダーなのだろう。
トップは馬鹿なのにな。
そうして、仕分け班が仕分けた投票用紙を、計測班がカウントしていく。
『正』の字の役割をしていそうな図形が次々に描かれていき……、ついに開票作業が終わった。
執事が、伝えられた投票結果を紙に書き記す。
結果を聞いた際、ほんの少しだが執事のまぶたが見開かれた。意外な人物だったのだろう。
そして、空がすっかり暗くなったころ、本日最も栄誉ある『ミス素敵やん』のグランプリが発表された。
執事から受け取った紙を持ち、舞台の中央へ立った審査委員長のリカルドは――女装したままでやんの……ぷぷぷー!
「笑うな、オオバ! 神聖なる閉会式の途中だぞ!」
口紅で赤く染まった口を大きく開けて喚き散らす女装領主。
もう、明日からもその格好で仕事すれば? 似合ってるぞ。決して可愛くはないけどな!
「こほん……。あ~では、本日、この会場内で最も輝いていた、『ミス素敵やん』グランプリを発表する」
これまでは運営委員の女性に丸投げしていたのに、さすがに最後の賞はリカルドが発表するようだ。
リカルドの低い声が、吹く風の中に溶けて消える。誰もが次の言葉を緊張した面持ちで待っていた。
「栄えある、『ミス素敵やん』グランプリは――」
ゆっくりと、焦れったくなるほどの間を取ってから、リカルドがグランプリの名前を読み上げる。
「四十二区――シスター・ベルティーナ!」
……へ?
「へ?」
俺の隣で頼りない声が漏れた。
声の主は、誰あろうそのシスター・ベルティーナその人だ。
「えぇっ!? あ、あの、私、どこにもエントリーしていませんでしたよ?」
「関係ない。投票対象者の条件は『今日この会場にいた女性』だからな。今ここにいる者たちの多くがそなたをグランプリにと選んだのだ。これは公正な審査の結果だ」
「い、いえ、ですが……」
助けを求めるようにベルティーナが俺の顔を見てくる。
だから、最初に言ったろ?
『ベルティーナくらいの美人になると、エントリーしてなくても票が集まって優勝しちまうことがあるから、あんまり舞台には近付かないことだ』って。
……まさか、本当にそうなるとは、思ってなかったけどな。
「ど、どう、しましょうか?」
「折角なんだし、もらっておけよ」
「ですが、……みなさんはこの日のために努力をされてきましたのに、何もしていない私がいただくのは、申し訳ない気が……」
「でもシスター。ここにいる多くの方が選んでくださったんですよ? それを袖にするのも申し訳なくはないですか?」
「袖にするだなんて……!?」
ジネットの指摘に、ベルティーナが困り果てたような顔を見せる。
「ですが……私などがいただいていいような賞では……」
これは照れではないのだろう。
自分に自信がなくて戸惑っているだけなら「自信持てよ」と背中を押してやることは可能だが……ベルティーナは違う。
誰もそんなことを気にしたりはしないのに、変にこだわっちまってるんだろうな。
こうなったベルティーナを黙らせる方法は一つ。
「リカルド。副賞はなんだ?」
「魔獣の肉100キログラムだ」
「……っ!?」
ベルティーナの耳がぴくっと動いた。
陽だまり亭でなら「ではいただきます」と手のひらを返したようにケロッと受け取るのだろうが、さすがに大きな大会ではなかなか決心が付かないようだ。
だとすれば、決心を付けさせる作戦その2。
「ジネットが料理した魔獣の肉の料理、食いたいなぁ~」
「へ? あ、そうですね。わたしも、たくさんの魔獣のお肉をお料理したいです!」
「はいです、はい! あたしも食べたいです!」
「……マグダ、魔獣の肉は、割と好き」
そんな、わざとらしいおねだりを受けて、ベルティーナは吹き出した。
「くすくす。そうですね。きっと美味しいでしょうね、ジネットのお料理なら」
「うふふ」と肩を揺らして、ひとしきり笑った後で目尻の涙を拭う。
その仕草だけで呼吸の仕方を忘れたのか、男たちが数名地面へ倒れ込んだ。
こりゃ、納得のグランプリだ。
「では、僭越ながら……慎んで頂戴いたします」
涙の跡が残る瞳で微笑んだ美人エルフに、会場から祝福の拍手が巻き起こった。
マグダが冗談で言っていたことではあるのだが……
ベルティーナは早々に殿堂入りにしておいた方がいいかもしれないな。
精霊神の寵愛を一身に受けたようなあの美貌はもはやチート級だ。
メドラに腕相撲で勝つのに等しい無謀さだ。
「では、『ミス素敵やん』から、何か一言もらえるか?」
「え? そう、ですね…………では」
壇上には上がらず、その場で背筋を伸ばし、よく通る澄み切った声でベルティーナがその場にいる者すべてに語りかける。
「何か一つのことを成そうと協力する皆さんの心は、とても美しく素晴らしいものだと思います。勝ち負けにこだわらず、互いを讃え合い、敬い、尊重しあって、みなさんの中の、それぞれの美しさを見つけていってください。そんな中で、志を同じにする友人に巡り会えるかもしれません。かけがえのないライバルに出会うかもしれません。ここが、この場所が、様々な出会いときっかけに恵まれる場所になることを願います」
淀みなくスピーチを終え、最後にとびっきりのスマイルでこんな言葉を贈る。
「今日のみなさんの笑顔は、とっても素敵でしたよ」
素敵な笑顔が集まり生まれる場所。
この通りが、そんな場所になれたら――素敵やん?
割れんばかりの拍手が起こり、初代『ミス素敵やん』の栄誉が称えられる。
次いで発表された『ミス素敵やん』準グランプリは、ある種予想通りの――オシナだった。
うん。
四十一区の男どもは、大人で包容力がある、優しそうな女性が好きらしい。
その体一つで危険と隣り合わせの仕事をしている筋肉むきむき男たちは、癒やしや甘えに飢えていたようだ。
耳かきカフェでも作れば大儲けが出来るんじゃないかな。
そんなちょっとした野望をふっと思いつきつつ、狂乱のミスコンは幕を下ろした。
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