異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

255話 地獄の窯で汗水流す -2-

公開日時: 2021年4月17日(土) 20:01
文字数:2,481

 金物通りは、灼熱地獄だった。

 

「熱っつ!?」

「これは……凄まじいね」

 

 猛暑の中を歩いてきて、「ふざけんな、どんだけ暑いんだ!?」と憤っていた俺だが、……さっきまでの猛暑が可愛く思える熱さだ。

 これ、長時間ここにいたら体が蒸し焼きになっちまうんじゃね?

 

「これ、大通りまで熱の影響出てんじゃねぇの?」

「一本入っただけだからね、この通り……無いとは言い切れないね」

 

 まだ工房に入ってすらいないのにこの熱さだ。もう『暑い』じゃなくて『熱い』なんだよ。焼かれてるの、肌が!

 

「氷が溶けそうだ……」

「じゃあ、急いで行ってあげよう。中で働いている彼らはもっと過酷だろうから」

 

 時刻は夕方。

 本当は一日中販売していたいところなのだが、ガキどもが腹を壊すのも厭わない勢いで欲しがるということで、かき氷の販売は日中までにしてある。

 マグダとロレッタも、何件かクレームというか、相談を受けたそうだ。

「ウチの子がやかましいから、夕飯の後は販売を控えてくれないか」と。

 

 さすがに朝昼晩と三回も山盛りのかき氷を食えば腹も壊すし風邪も引きかねない。

 客商売の難しいところは、適度に好感度を稼いでおかなければいけないところにある。

 暴利を貪ってさっさととんずらするタイプの商売ならどんなに問題を起こそうが逃げ切ればいいだけだが、店を構えて近隣住民とうまくやっていこうってタイプの店はそれではいけない。

 評判というのは、容易に店を潰しかねないのだ。

 売れればいいってわけではない。悲しいかな。

 

 なので、夕方は屋台が空くのだ。

 その屋台を曳いて金物ギルドへとやって来たわけだが……この灼熱地獄の中に生き物がいることが信じられないな。

 みんな溶けちまってんじゃないか?

 

「とりあえず、鋳造の工房へ行ってみるか」

「そうだね。大量生産するならあそこだろうし」

 

 屋台を曳いて、俺とエステラはむんむんと熱気を放つ通りへ足を踏み入れる。

 

 マグダとロレッタは店の手伝いが忙しくて連れてこられなかった。

 裏庭で倒れるまで働いた大工が大挙して押し寄せてきていたからなぁ。しばらく混雑は続きそうだ。

 

 飯もさることながら、かき氷も売れていた。

 あと、氷を入れたアイスコーヒーとアイスティーが飛ぶように売れていたな。

 

 やっぱ、氷室の建設も考えるかな……

 

「ヤシロ。大変だよ。氷が早くも溶け始めてる」

「ウソだろ!?」

 

 暑いだろうと、相当大きな氷を持ってきたのだが、想像を超える熱気に氷が負けている。

 これは急がないとな。

 

 気持ち速度を上げて工房へと向かった。

 

 

 

 

「うっわ、クッサ!?」

 

 工房へ入ると、なんとも酸っぱいにおいが充満していた。

 汗だ、汗臭い……っ!

 

「しかも、筋肉ムキムキのオッサン共の汗のにおいだと思うと……殺意が湧くな」

「我慢しなよ……ボクだって最大限我慢しているんだから」

 

 ハンカチで口元を押さえて、涙目なエステラが言う。

 お前は匂いフェチだから堪らんかもしれんがな、俺は100%苦痛だけだからな?

 

「ちょっと楽しいんじゃないのか、この匂いフェチ」

「冗談でもやめて……刺すよ?」

 

 涙目で睨まれる。

 本当に、強烈なにおいなんだよ。

 真夏の剣道部が可愛く思えるレベルだ。

 

「あら、ヤシロたん……いらっしゃい……」

「死相が出てるぞ!? 大丈夫か!?」

 

 たぶんゴンザレスかドドリゲスか、そんな感じの名前のオッサンがふらふらになりながら俺たちを出迎える。

 交代で休憩しているようで、炉の部屋の前に数体の筋肉が転がっていた。

 

 ……全然涼しくないじゃねぇか、ここ。休まるのか?

 え、あの中ってもっと暑いの?

 

「頑張るお前らに、陽だまり亭からかき氷の差し入れだ」

「いや~ん! ホントに!? らっぴ~!」

 

 地べたに転がっていた筋肉たちがムクッと起き上がり屋台へと殺到する。

 臭っ!?

 汗のにおいが熱によって異常に上昇した体温と共に迫ってくる。

 熱い! 臭い! 不愉快!

 

「みんなぁ~! ヤシロたんから、愛の差し入れよ~!」

「陽だまり亭からだ! 主にジネットからだよ!」

「「「いや~ん、さすがアタシたちのヤシロたんっ!」」」

「ジネットだっつってんだろ!?」

「ヤシロ。無駄な抵抗に労力を割くのは建設的じゃないよ。もういいじゃないか、君からの差し入れってことで」

 

 バカモノ!

 こいつらに優しくすると懐かれるんだぞ!?

 恋愛シミュレーションで喩えるなら、登校時に曲がり角でぶつかった瞬間にハッピーエンディングが始まるくらいにすぐ好感度が上がっちまうんだよ! 上げる気がまったくないにもかかわらずな!

 

「エステラ……」

「何かな?」

「オッサンどもに期待のこもった目で見つめられながら氷をかく係と、オッサン一人一人に接してかき氷を渡すシロップ係と、お前、どっちがいい?」

「40メートル離れたところから、そっとヤシロを見守る係がいい」

「じゃあ、お前がシロップ係な」

「えぇ…………分かったよ」

 

 もう、熱さでへとへとだ。

 無駄口叩く気力もなくなってきた。

 そうこうしているうちに、俺とエステラまで汗をかき始めている。

 この職場は過酷だな。

 

 ……しゃーない。

 お前ら、今くらいは報われろ。

 

「溶かしてしまうよりマシだから、大盛りサービスしてやる」

「「「いやん! ヤシロたん、男前!」」」

「よし、じゃあ美人な順に並べ」

「アタシ一番!」

「「「あ゛!? ふざけんなケツアゴ!」」」

「あ゛ぁ゛ん? やんのか、ゴルァ!?」

「アタシが一番じゃろがぃ!?」

「どの口が抜かすんじゃ、アタシじゃい!」

「「「冗談は顔だけにしとけや、ぉおん!?」」」

「あ゛ぉ゛ん!?」

「……ヤシロ。なんでわざわざ火種を投下したのさ?」

 

 乙女が乙女を脱ぎ捨ててオスの野太い声で罵り合う。

 すげぇ迫力。

 サバンナのヌーでもここまで凄まじい威嚇のし合いはしないだろうな。

 

「ほ~い、一杯目出来たぞ~」

「……誰にあげればいいのさ、まったく」

 

 一番が決まらないので注文が来ない。

 エステラはさっさと見切りをつけて、適当にシロップをかけて出来たかき氷をカウンターに置いた。

 

「溶けないうちに食べなよ~」

 

 丸投げだ。

 まぁ、俺もそれに倣う。

 争うヒマもないほどの速度でかき氷を作れば、連中も勝手に食い始めるだろう。

 

 そこからは無心でじゃんじゃかかき氷を量産した。

 

 

 

 

 

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