異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】親友だから

公開日時: 2021年2月15日(月) 20:01
文字数:4,218

「デリアちゃ~ん」

 

 水槽の中で手を振れば、どんなに遠くにいてもデリアちゃんは私を見てくれる。

 少し泣いちゃって赤く染まった目が、「またかよ」って感じで面倒くさそうに細められる。

 

 でも、ちゃんと私のところへ来てくれるから、私はデリアちゃんが好き。

 

「……なんだよ」

「お家まで送ってって☆」

「はぁ!? ヤだよ! お前ん家遠いじゃねぇか」

 

 四十二区に帰ることを考えれば、私の家はここから遠い。

 なにせ三十五区の街門の外なんだから。

 

「でも、デリアちゃんなら余裕でしょ?」

「そうだけど……あたい、今日は疲れてんだよ」

「それでも、デリアちゃんなら余裕でしょ?」

「……お前なぁ」

 

 にこにこ笑顔を向け続けていると、デリアちゃんが「はぁ~……」っと大きなため息を吐いた。

 うん。これは「しょうがねぇなぁ」の合図。つまりOKの合図。

 

「今日はウチにお泊まりしよ~よ☆」

「えぇ……あたい、今日は一人で寝たいんだよなぁ」

「大丈夫大丈夫。二人の方が楽しいから☆」

「何が大丈夫なんだよ……」

「マンゴーかポップコーンをおごってあげるから」

「ホントか!? マンゴーとポップコーンか!?」

 

 あらら?

『か』が『と』になっちゃったぞ?

 でも、まぁ、いっか。

 

「うん。マンゴーとポップコーンとケーキもつけちゃう☆」

「しょーがねぇーなぁ。じゃあ送ってってやるよ」

「お泊まりも、だよ☆」

「まったく、マーシャは……ホントわがままなんだからなぁ」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら、デリアちゃんはふにゃっと口元を緩ませた。

 うふふ。甘いものに思考が引っ張られている証拠だね。

 

 デリアちゃん、単純で可愛い。

 

「んじゃ、あたいパウラたちに言ってくるな。なんか、一緒に帰ろうって言われてたからさ」

「うん。『親友が最優先』って言ってきてね☆」

「いや、それは言わねぇけど」

 

 な~んでよ、も~ぅ!

 

 膨れる私を無視してデリアちゃんが四十二区のみんなのもとへと走っていく。

 ふと見ると、エステラがこっちを見ていて、片手を上げて合図をくれた。

「デリアをよろしね」ってことだね。ま~かせて☆

 

 それから、人混みがはけるのを待って、私たちは会場を後にした。

 途中、フードコートでケーキとマンゴーを、会場近くの屋台で陽だまり亭のポップコーンを買って帰る。

 デリアちゃんは甘い匂いにほくほく顔だった。

 

 

 

 緩やかな坂を上り、三十七区を過ぎたころには、もう空は群青色に染まりかけていた。

 ぎしぎしと、荷車の音だけが聞こえる。

 楽しいおしゃべりもぷつりと途絶えて、静かな時間が流れる。

 

 うん、やっぱりしんどいよね。

 

「デリアちゃん」

「……ん?」

「よく頑張ったね」

「……別に、あたいは」

「頑張ってたよ」

 

 口を真っ赤にして、大嫌いな辛いものを必死に食べようとして。

 すごく、すっごく頑張ってた。

 だから、ヤシロ君が動いたんだよ。

 

「けど……負けちまった」

 

 やっぱり、気にするよね。

 みんなの前では元気そうに振る舞っても、私の前では本音が出ちゃうよね。

 ふふ、ごめんね、デリアちゃん。

 デリアちゃんがつらそうなのに、こうして本音を見せてくれることが嬉しくてたまらないんだ。

 

「大丈夫だよ、デリアちゃん」

 

 負けず嫌いのデリアちゃんは、こんな負け方が大嫌い。

 実力が出し切れずに、限界には程遠いのに、それでもどうしようもなく、なす術もなく負けちゃうなんて、絶対納得しない。

 今までだったら、悔しくて悔しくて夜眠れなかったと思う。

 

 でも、今回は大丈夫。だよね?

 

「ヤシロ君がね、何かひらめいたみたいだよ」

 

 試合の後、デリアちゃんをウチに泊めると言った時、ヤシロ君の目が変わった。

 不安や焦燥感が滲み出していた瞳が、きらりと――ううん、ギラリと輝いたんだ。

 

「ヤシロ君が絶対、デリアちゃんの仇を取ってくれるよ」

「……うん。ヤシロ、約束してくれたもんな」

 

 負けたデリアちゃんを迎え入れた四十二区のみんなは、誰もデリアちゃんを責めなかった。

 そして、デリアちゃんが負けた分は誰かが取り返してくれるって、そうなるようにしてくれるってヤシロ君が約束してくれた。

 

「『もういい』って、『もう食べなくていい』って言ってくれたね」

「あぁ……」

 

 デリアちゃんの限界を知り、ヤシロ君が叫んだのだ。

 

 

「俺が必ずなんとかする! なんとかしてみせる! だから、もう食うな!」

 

 

 あれは、正直カッコよかった。

 わたしの親友を守ってくれて、きゅんとした。

 

「だから、ね。ヤシロ君を信じよう」

「あぁ……」

 

 それで、デリアちゃんは元気になるかと思ったんだけど。

 

「……うっ、うぎゅ……っ」

 

 嗚咽が漏れてきた。

 

「まぁしゃぁ~……」

「なぁに?」

「……くやっ……しぃよぉぉおぅ……っ!」

「うん。そだねぇ」

「……うぅぅうううっ!」

 

 荷車を押す手はしっかりと、歩調も変わらず、ただ前を向いて、少し俯いて、デリアちゃんは泣いていた。

 涙で顔をぐっしょり濡らして、私にしか見せない弱い顔を隠すことなく。

 

「あたっ……あたい……ヤシロの……力になりたかったよぉ……勝って、すごいって……言われ…………たかったぁぁ!」

 

 そうだよね。

 デリアちゃんは、目に見えるものしか分かんないもんね。

 デリアちゃんの一敗が、どれだけヤシロ君の心に深く刻み込まれたか、デリアちゃんにはまだちょっと分かんないよね。

 

「デリアちゃんっ!」

 

 ばしゃっと水槽から飛び出して、デリアちゃんの首にしがみつく。

 荷車のへりに腰を掛けて、濡れたデリアちゃんの顔に頬をつける。

 

「なんだよぉ、やめろよぉ、濡れるだろぅ」

「もうびしょびしょじゃない。へーきへーき☆」

「もう……マーシャはさぁ…………ぐすっ」

 

 私もデリアちゃんも濡れてるけど、ほっぺたすりすりしてると、どんどんあったかくなってきて……

 

「…………ありがとな」

「うん。どんとこい☆」

 

 こういう時、デリアちゃんは顔を見たがらない

 私も顔を見たりしない。

 一緒にいればちゃ~んと分かるから、これでいい。

 

「この次は、結果残そうね」

「……次?」

「そう、次!」

「次なんか、あんのかよ?」

「あるよ~」

 

 この次も、その次も、その次の次の次の次も、絶対ある。

 だって、四十二区にはヤシロ君がいるんだもん。

 

「きっとまた、デリアちゃんを頼ってくるよ。なんだかんだで、ヤシロ君、デリアちゃんのこと頼りにしてるもん」

「そ……かな?」

「そうだよぅ。ちょっと羨ましいな~って思ってるんだからね。私のところには、ぜ~んぜん相談に来てくれないんだもん」

「そりゃあ、お前が三十五区の外に住んでるからだろ?」

 

 そうなの。

 距離って、どうしても埋めがたい溝を作っちゃうんだよねぇ。

 ……ホント、四十二区に引っ越しちゃおうかなぁ。

 

「それにしたって、デリアちゃんは頼られ過ぎだと思うなぁ。陽だまり亭のウェイトレスもやってるしさ、ゴロツキたちも撃退したんでしょ?」

「おぉ、したぞ。あん時はさぁ、ロレッタのとこの妹が呼びに来てさぁ」

「ほら、頼られてるじゃない」

 

 私なんか、全然だよ?

 そんな時にお声がかかったことなんてないもん。

 

「そっか……あたい、頼ってもらってるんだ……」

「うん。だから、ね? この次、頼ってもらった時に精一杯力になってあげればいいじゃない」

「うん……そうだな。うん! そうだ! そうする!」

 

 ぐっと拳を握って、デリアちゃんが前を向く。空を見上げる。面を張る。

 うん、デリアちゃんはやっぱりこうでなくちゃ。

 

「そんで、あたい、もっとヤシロに気に入られる!」

 

 おやぁ~?

 その辺は、私の及び知らないデリアちゃんじゃないですかぁ?

 そんなこと言っちゃう娘だったっけ?

 

「ねぇねぇ、デリアちゃ~ん。ひょっとして……なんかあった?」

「へぅいっ!?」

 

 バッ! ――って、体を放して、まん丸お目々が私を見る。

 顔が真ぁ~っ赤で、びっくりとにやけをブレンドしたゆるゆるの顔しちゃって……何かあったな?

 

「白状しなさぁ~い!」

「わっ! こら、やめろ! 落ちるぞ、お前が!」

「吐け~! 吐いてしまえ~!」

 

 デリアちゃんの首に腕を回して、ヘリから飛びのいてデリアちゃんの体にまとわりつく。

 もう、全身びしょびしょ。

 早く白状しないと、パンツの中までびしょ濡れになるからね!

 

「わ、分かった、言うから! いったん水槽に戻れって!」

 

 そういうことなら、戻りましょう。

 

 楚々と水槽へ戻り、水音も立てないようにお上品に水に浸かる。

 そっと手を差し出して話の続きを促す。

 

「さ、続きをどうぞ」

「うぅ~……」

 

 眉根を寄せて、困った顔でみるみる赤く染まっていくデリアちゃん。

 

「オ、オメロにも話したことなんだけど……なんか、マーシャに言うのは、恥ずかしい……」

「どーして? 女の子同士の方が気心知れてるのに?」

「うぅ~……いやぁ……実は、さ……」

 

 茹でだこになったデリアちゃんが、視線を逸らせながら、小さぁ~い声で白状した。

 

「ヤシロと、デート、した」

「ぅぇえぇえええ!? いつ!? いついつ!? 聞いてないけど、私!?」

「だ、だから、今言っただろう!?」

「で、で、で? どーだったの? どーなったの!?」

「どーもなってない、っつーか、普通のデートだったから!」

「普通ってなによ!? どんなのがデリアちゃんの言う普通なの?」

「だから……その…………花束を、もらった……」

 

 プロポーズじゃない!?

 えっ!?

 デリアちゃん、プロポーズされたの!?

 

「よ、四十二区では、普通のデートで花束を贈るんだよ!」

「え~、いつからぁ? 私、そんなの聞いたことないけど?」

「ヤシロがそう決めたんだよ!」

 

 またヤシロ君だ。

 ……う~ん。あの人は一体、どういう思考回路をしているんだろう?

 次から次へと面白そうなことを考えついてさ。

 

「それで?」

「それで、まぁ……ケーキを食べに行って……」

「よぉ~し! 今日は朝まで語り明かそう! 寝かさないから覚悟してね☆」

「いや、明日も大食い大会あるんだから、あたいは寝るぞ! 試合で負けた分、応援で役に立つって決めたんだから!」

「デリアちゃんなら余裕でしょ☆」

「それは余裕じゃねぇよ!」

 

 その直後、荷車はぐんっと速度を上げて、あっという間に私の家へと到着した。

 それから二人でご飯を食べて、甘いものを食べて、デリアちゃんだけがおかわりして、それで一緒にお風呂入って、またデリアちゃんだけが甘いものを食べて、眠たくなるまでたくさんおしゃべりした。

 

 デリアちゃんが以前にも増して四十二区を好きになっててビックリ。

 たぶんそれも、ヤシロ君の影響なんだろうな。

 

 

 ヤシロ君。

 君、責任問題だよ、これは。

 

 何を考えているのかは聞かないけどさ――

 

 

 

 あんまり、女の子を泣かせるようなことしちゃ、ダメだからね。

 

 

 

 

 

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