俺は、持てる技術のすべてを注ぎ込んで作り上げた。
「よう、ウーマロ。お疲れさん。まぁとりあえず座れよ。コーヒー奢ってやるから」
「ホントッスか!? いやぁ、ヤシロさんに労ってもらえるなんて、頑張ってテーブルを作り上げた甲斐があったッスね~」
「もう出来たのか?」
「はいッス。我ながらいい出来映えのテーブルになったッスよ。トムソン厨房の一家も大喜びだったッス」
「そうかそうか。ほれ、椅子を引いてやろう」
「何から何まで悪いッスね~、あ、クッションまで。それじゃあ、遠慮なく――」
ぶぼぅっ!
「ふぉお!? 何ッスか!? オイラじゃないッスよ!? ……って、なんッスか、この変な袋は!?」
「ぶゎっはははははは! あひゃひゃひゃひゃ!」
「ヤシロさんの仕業ッスか!?」
盛大な放屁音に驚いて立ち上がり、クッションを捲くってその下にある謎の袋を掴み上げるウーマロ。
その袋には、俺のお茶目でこんな文字を入れておいた。
『ドッキリ大成功!』
「テッテレ~♪ ドッキリ大成功だ!」
「大成功じゃないッスよ、もう! なんなんッスか、これは?」
「俺の持てる技術のすべてを注ぎ込んで作り上げたブーブークッションだ!」
「……もっと有意義なものに使ってほしいッス、ヤシロさんの技術は…………くっ、無駄にクオリティが高いッスねこれ……魔獣の革で出来てるッスか?」
ゴムのように厚手で弾力のある魔獣の革を手に入れて、ちょこっと特殊な裁縫技術を駆使して、膠なんかも使っちゃって、手作りは不可能かと思われたブーブークッションをこの街に誕生させてやったのだ!
構造は分かっていたが、空気漏れの防止や音の調整に苦労した。
だが、見事に作り上げてやったぜ!
今日ほぼ一日潰しちゃったけども!
外はもう夕暮れ時だ。
「すごい裁縫技術なのよ、それ。縫い目が全然分からないでしょう? 空気が漏れない縫い方なんて、斬新だわぁ~。さすがヤシロちゃん」
ウクリネスがウーマロからブーブークッションを取り上げてまじまじと観察する。
妙に気に入られたようだ。
「オバケちゃんたちにお菓子をあげないと、こういうイタズラをされちゃうんですねぇ。うふふ、興味深いわぁ」
そんなに気に入ったんなら売ってやってもいいぞ。
さすがに無料ではイヤだけど。
「早く、ジネットちゃん帰ってこないかしら?」
「えっ!? ウ、ウクリネスさん!? そ、それはダメッスよ!」
「あらあら。イタズラするんじゃないわよ。お洋服の仮縫いが終わったから、一度袖を通してもらいたいの」
「あ、そうなんッスか……安心したッス」
「うふふ。ウーマロちゃん。私が相手でも、向こう向くのねぇ」
「しょ、性分……ッスから」
オバちゃんでも緊張するのか。
こいつはストライクゾーン関係なく、成人女性が苦手なのか?
ま、ウーマロのストライクゾーンってマグダだしな。ゾーンは関係ないか。
「……けど、やられると誰かにやってみたくなるッスね……それ」
ウーマロが悪い顔つきになっている。
あ~、これは被害者が量産される流れだ。
「陽だまり亭は女の人ばっかりなんで、やっぱ狙うなら客ッスよね」
「おい。客商売の飲食店で客に無礼を働くんじゃねぇよ」
「それヤシロさんが言うッスかね!?」
言うよ。
だって、売上に響いたら困るじゃねぇか。
「どうせそろそろグーズーヤあたりがご飯食べに来るッスよ。夕方になると、シェイプアップ体操を終えた店長さんとモリーちゃんを連れてデリアさんが来るッスからね」
この三日は概ねそんな感じだ。
ランチタイムが過ぎてから夕食時までの間の時間を使って、ジネットとモリーはデリアのところに通っている。
で、体操を終えるとデリアと一緒に戻ってくるのだ。
……いや、まぁ。初日に頑張り過ぎたモリーが歩けなくなってデリアが担いで来てくれたんだが、その時にお礼だってお菓子をあげたのが悪かったらしい。
モリーが不参加だった昨日も、ジネットを送って陽だまり亭に来たデリアは、お菓子が欲しそうにそわそわしてた。ジネットがあげてたけど。……野生動物を餌付けしてるみたいな気分になったのはなんでだろう。
エサ場覚えたら、毎日来ちゃうんだぞ、野生動物って。
いたずらにエサを与えちゃいかんのだがなぁ……
「それで、これはどうやって使うッスか?」
「ここから空気を入れて膨らませてな……」
「ウーマロさん、それさっきお兄ちゃんが膨らませてたですから、ちゃんと拭かないと間接チューになっちゃうですよ!」
「ヤシロさん……ロレッタさん、ちょっとあの薬剤師から遠ざけた方がよくないッスかね?」
「失敬ですよ、ウーマロさん!? あたしは『あぁ』はならないです!」
あっはは。バカだなぁ、ロレッタ。
……あれは感染するんだよ。しかも飛沫感染だぞ? 油断しているとバイオハザードだ。
「……消毒すれば平気。熱湯を持ってきた」
「マグダたん! お心遣い、ありがたいッス!」
……俺の唾液って、熱湯消毒しなきゃいけないもんなのか?
「……じゃあ、ウーマロ。あ~ん」
「違うッスよ!? 消毒する方、こっちじゃないッス! あと熱湯ダイレクトはヤバいッス!」
あ、消毒が必要なのはウーマロの方だったのか。よかった。
衛生面と倫理面から、ブーブークッションは一度熱湯で消毒された。
……俺が膨らませればよかったんじゃ?
まぁいいか。今後膨らませる係はウーマロだ。
地味に獣のにおいが残ってて苦痛だったしな。ゴム臭い方がまだマシなレベルで。
「なるほどぉ。空気を入れることで周りの革が引っ張られて、その圧力でこの口が閉じるんッスね。で、外圧をかけるとここから空気が勢いよく出て、この妙に長い口のびろびろが振動してあんな音が鳴ると、そういうわけッスか」
ぱんぱんに膨らんだブーブークッションを眺めてウーマロが感心したように呟く。
「よく分かるな、見ただけで」
「これくらい構造が単純ならワケないッスよ。けど、作るのは難しそうッスね……」
確かに難しかった。
けど頑張った!
「すべてはレジーナに仕返しをするために!」
「えぇっ!? レジーナさんに仕掛けるつもりだったんッスか!?」
そうだ!
あいつが、紫の煙を吐き出すしょーもないドッキリアイテムで俺を引っかけやがったからその仕返しにな!
「だが気が付いたんだ…………ちょっと忘れかけていたけれど、レジーナって、女子じゃね?」
「そ、そうッスね。……たま~に、忘れそうになるッスけど」
「女子にオナラのイタズラとか……俺、好感度なくなるくね?」
「なくなるッスね、確実に……しばらくは女性が誰も近付かなくなるくらいには」
「それは困る! なにせ俺は、おっぱいが揺れるのを至近距離で見て、感じていたい男だからだっ!」
「……なんでこの時点で好感度がなくならないのか……オイラにはそれが不思議ッスよ……」
女子に嫌われるのは地味につらい!
けど、折角頑張って作ったんだから誰かを引っかけたい!
「そこで、大工の出番だ!」
「もっと他にあったはずッスよね、大工の出番!?」
「まぁ、イメルダくらいなら、トイレキャラの名残でギリセーフかもしれんが……」
「絶対ダメッスよ!? あの人、結構メンタル弱くてちょいちょい引きこもってるッスから!」
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ? たいして親しくもないのに」
「ベッコとキツネ女情報ッス!」
「あぁ、あのイメルダと仲良しの」
「そうッス。イメルダさんの親友ッス」
この場合、誰を哀れんでやるべきなのか……
仲良きことは面白きかな、ってやつだな。
「だから大工で我慢してんじゃねぇかよ」
「我慢って……まぁ、オイラも誰かに仕掛けたいんで、ウチの連中を犠牲にすることになんの反論もないッスけどね!」
悪い男である。
実に楽しそうである。
身内の悲劇を楽しむ悪辣漢である。
悪魔に魂を売り渡した男である。
「ウーマロ。俺の代わりにレジーナにドッキリ仕掛けてくれない?」
「絶対いやッスよ!?」
「だって、見たくないか? レジーナが『うひゃあ!』とか言って驚く様?」
「……確かに、いつもひょうひょうとしているレジーナさんの素の表情は見てみたいッスけど……方法がよくないッスよ。女性ッスから」
「いやいや。レジーナだぞ? 口を開けば卑猥な言葉がダダ漏れてくるようなヤツだ。屁くらい屁でもないかもしれん!」
「いや、屁が屁じゃなかったらその屁はなんなんッスか?」
俺の名誉を傷付けずにレジーナに一泡吹かせてやろう大作戦は、ウーマロが難色を示したことで頓挫してしまった。
「ダメッスよ」ってちょっと力強く言われた。どれくらい力強かったかっていうと、「ッスよ」の時に腕に力が入ってブーブークッションが軽く「ぶっ」って鳴ったくらいにだ。
ちぇ~。
「見たかったのになぁ、狼狽えるレジーナ」
「ほぉ~う。そんなにウチのこと、公衆の面前で辱めたかったんかぃな?」
「「ふぉおおう!?」」
俺とウーマロが叫んだ。
「レッ、レジーナが一日に二回も外出を!?」
「どこで驚いとんねん、自分」
そりゃ驚くだろう、お前!
週に一回外出するかどうかのレジーナなのに!
外で見かける確率なんてツチノコと同レベルだって噂なのに!
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