「簡単に食える物を作るぞ」
「はいです!」
ロレッタを従えて、調理台に食材を並べる。
「材料が多いです……何を作るですか?」
「作るっていうか……切るだけだ」
「へ?」
この世界の食文化は非常に偏っている。
ポップコーンを知らないかと思えば味噌があったり、そのくせレモンの活用法を知らなかったり、と思いきやお酢があったりする。
……レモンより味噌やお酢の方が難易度高いだろうよ。
まぁ、結局のところ、それらを栽培、飼育、漁に猟と、それらを扱うギルドがどれだけ研究熱心かによってその分野の発展度が変わる。
味噌や醤油を生み出せば大豆の売れ行きは爆発的に伸びるのは必至だ。
逆に、ポップコーンやフリントコーンの活用法を見出せなかったヤップロック一家は貧困にあえいでいた。
つまり、自分たちの利益を上げるために物凄い研究が重ねられていた結果、食材ごとに発展速度がバラバラなのだ。
もっとも、『バラバラ』と感じるのは日本を基準とした感覚を元にしたものだから、こっちはこれが普通だと言われれば納得するしかない。
「ぁうっ! 鼻にツンときたです! あたし、その酸っぱいの苦手です!」
「じゃあ、今日から好きになるよ」
「あたし、そんな単純じゃないですよ!? 今日言って今日から好きになるとか……」
「いいから、そこら辺のを細長くカットしといてくれ」
「むぅ……分かったですよ」
ロレッタがキュウリを細長く切っている間に、俺はお酢に砂糖と塩を混ぜる。
それを、白米に回しかけて、猛暑期にアッスントに入れ知恵しておいたウチワを使って風を送りながら米を切るような感覚で酢と混ぜ合わせていく。
酢飯だ。
そんなわけで、手巻き寿司をしようと思う。
海苔は、ハムっ子たちが海漁ギルドの網修理の際にせっせと集めて作った海苔を使用する。軽く直火であぶって香りとパリッとした食感を際立たせることも忘れない。
タイミングよく海魚がいくつかあったので、それも使う。
なんでも、デリアが最近元気がないとかで、マーシャが四十二区に来ているのだ。今朝ここに顔を出して海魚をお土産に置いていってくれた。
あとは厚焼き玉子はネフェリーのとこの卵をふんだんに使って作って、デリアの鮭は切り身とフレークを使用する。
レタスはモーマットのところで採れたものがある。俺が交渉して設けられた『ハムっ子畑』で味と歯ごたえのいいレタスが出来るのだ。
『ハムっ子が作った野菜は陽だまり亭が優先的にもらう』という当初の口約束は今でも有効で、陽だまり亭に届く野菜は非常にクオリティが高い。
この一年。いろいろあった中で出会った連中とのあれやこれやの上に成り立っている……というと大袈裟だが、これまでの伝手をフル活用した一品が出来上がった。
「よし、持っていくぞ」
「これで終わりですか!? いいんですか、本当に!?」
半信半疑……いや、二信八疑くらいの様子でロレッタが俺に付いてくる。
「ほいよ。みんなで作って食うぞ」
四人掛けのテーブルに酢飯と海苔と具材を並べる。小皿に醤油を……いや、寿司だからここはあえて『ムラサキ』と呼称しよう……も、準備する。
「ヤシロさん。これはなんですか!? なんだか、すごく楽しいことが起こりそうな予感がします!」
ジネットの大きな瞳がキラッキラッと輝く。
その向かいの席ではエステラがニヤニヤと頬を緩ませている。
こいつ……マジで期待してなかったな? それが思いのほか楽しそうなものが出て来たから嬉しくて堪らないのだろう。
「これは手巻き寿司って言ってな、自分で好きな具材を巻いて食うんだ。まぁとりあえず見てろ。一つ手本を見せてやる」
そう言って、俺はまず手のひらより大きめの海苔を手に載せ、そこへ酢飯を適量載せ広げ、レタス、厚切りタマゴ、キュウリ、サケフレークマヨネーズを載せてクルッと巻いた。ツナの代わりにサケフレークを使ってはいるが、なんちゃってサラダ巻きの完成だ。
「そして、『ムラサキ』に浸けて……食う!」
火であぶった海苔が『パリッ!』と音を立てる。
そして、口の中に広がる味は……うん、巻き寿司だ。なんか懐かしいなぁ……
「と、このようにして各自好きな具材を……」
「あたしもやってみるです!」
「ボクにもやらせて!」
「あ、あの! わたしもやってみたいです!」
……説明半ばで亡者共がエサに群がった。聞けよ、俺の話を、最後まで。まぁ、いいけどな。
「……働いている場合じゃない」
「ってこら」
いや、食ってもいいけど、「働いている場合じゃない」はダメだろう。な? プロとしてさぁ。
幸いというか、客はみんな捌けたようで、陽だまり亭には関係者しかいなかった。
以前より客が入るようになったとはいえ、そこは飲食店。時間によっては暇になることもあるのだ。これは、どんな人気店になっても変わらないのだろうな。
「お兄ちゃん! 海苔が、届かないですっ!」
「入れ過ぎなんだよ」
「ヤシロ、どうしよう!? 海苔が届かない!」
「お前もか、エステラ!?」
「……海苔が小さい」
「盛り過ぎだよ、マグダ! 全種類載せは無理だから!」
「あの……ヤシロさん…………海苔が」
「ジネットまで!?」
手巻き寿司、張りきるとそうなるよな。
頑張って乗っけて、巻こうとすると……届かない。
うん。あるある。
「もっと具材を減らせ。一個か二個でいいんだよ」
「でも、みんな一緒がいいです!」
「その結果が『巻けてない巻き寿司』なんだろうが!」
「でもでも! ここに並んでる食材は、これまで出会ってきた人たちとの絆みたいなものです! あたしはその絆を大切にしたいです!」
「って、もっともらしいことを言いつつ、食い意地が張ってるだけだろうが!」
「はいです!」
「認めちゃったよ!?」
アホなロレッタのアホな演説の裏で、ジネットがテーブルに並ぶ食材を見つめて、ぽつりと呟く。
「……きずな」
それはロレッタが口にした言葉だったが……ジネットの何かに触れたのかもしれない。
ジネットは懐かしむような、でも寂しそうな、そんな複雑な笑みを浮かべて、ため息を漏らした。
「ジネット」
ここ最近顔を見せていなかったエステラにも、今のではっきり分かっただろう。
ジネットの様子は、やっぱりおかしい。
「何があった? 話くらいなら聞くぞ」
「へ……」
俺たち全員に見つめられていると知ると、恥ずかしそうに俯き、そして意を決したように顔を上げる。
「あの……。もし、自分にとってとても大切な、大好きな人たちがケンカをしていたら、みなさんはどうしますか? どうすればいいと思いますか?」
そう言ったジネットの顔は、今にも泣き出しそうで、これまで誰にも言えずに思い悩んでいたのだと容易に想像できた。
しかし……大好きな人たちがケンカ?
おそらくそれはたとえ話などではなく、きっとジネット自身が目にした事実なのだろう。
一体、誰と誰が……
なんとはなしにマグダとロレッタに視線を向けると、俺に見られていることを察知したマグダとロレッタはほぼ同時に動き出し、「きゅっ」と抱きしめ合った。仲良しアピールだ。
「……すみません。もっと早くご相談しようかと思ったのですが、『店長には関係ねぇから、首突っ込むな』と言われまして……それに、もう一方にも、『ぁの、心配かけてごめんね……でも、自分でなんとかするから……ね?』と……」
ん?
その口調……え? まさか……
自分の脳みそが導き出した結論をにわかに信じられず、俺はジネットの顔を見た。
俺の予想した人物以外の名を、その口からもたらしてくれないかと……
「実は、一週間ほど前、わたし……偶然見てしまったんです……」
俺たちが見つめる中、ジネットは沈痛な面持ちで両者の名を挙げる。
それは俺の予想通りの二人で……
「デリアさんとミリィさんが、口論している現場を」
それを聞いた後もなお、俺は事態がのみ込めずにいた。
なんであの二人が…………?
静まり返った食堂内に、大きな窓から傾き始めた陽の光が差し込んでいる。
雨期だというのにいやに晴れた、眩しい光だった。
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