「うっわ、可愛いですね!?」
教会で飯を食った後、ぞろぞろとデリアの家へと向かった俺たち。
以前見た時は質素というか、素朴というか、無駄のない必要最低限の建造物という印象だったデリアの家が、テーマパークの一角かというような華やかでメルヘンな建物に変貌していた。
「内装だけじゃなかったのかよ……」
「カワヤのおっちゃんたちが来て、いろいろやってくれたんだ~」
三十一区のテーマパークを放ったらかしにして、こんな場所にテーマパーク作ってんじゃねぇよ、カワヤ工務店!
「最初はさ、アンチャンが頼んでも忙しいから無理って言われたんだけど、オッカサンが耳元で囁いたらやってくれたんだ」
「……何言いやがった、ルピナス」
「えっと、なんて言ってたっけなぁ……たしか」
「なんでもないことよ」
デリアが思い出そうとしたまさにその時、家の中からルピナスが現れた。
あ、あの目は『知らない方が身のためよ』って言ってるな。
うん、詮索するのはやめとこう。
「オッカサン、アンチャンは?」
「川遊びよ」
「またか~。オメロばっかりズルいよなぁ」
川遊びって言われてんぞ、タイタ。
修行だとは認められてないようだな。
「おはようございます、母様」
「おはよう、カンパニュラ。どうかしら、気に入ってくれた?」
「はい。とても可愛らしくて、母様らしいと思いました」
ルピナスはこういうメルヘンな感じが好きなのか。
なんというか、森の中のキノコのお家、みたいなイメージなんだよな。
「ルピナス、ハロウィンを見たらハマりそうだよな」
「あぁ、好きかもね。こういう家が好きなら」
住居としては必要のない、丸みや遊び心満載の外観に仕上がっている一軒家を見て、エステラも俺に同意する。
「じゃあ、中も見ていってちょうだい。すごく張り切ったから」
「……カワヤがな」
「私も自分で手を動かしたのよ? 何より、デザインはすべて私ですもの」
イメルダとは、また違ったベクトルのデザイン性だな。
ハロウィンの時にはちょっとアイデアをもらいたい感じだ。
「この辺は倉庫だよな?」
「あぁ。道具置き場と手入れする場所はそのまんまなんだ」
そのまんまという割には、様々な小物が飾られている。
花の王国に迷い込んだモンシロチョウの気分だ。
アロマオイルとかを売ってる、オシャレな店みたいになっている。
「親父さんがいたころの面影はすっかりなくなったな」
「あぁ。だから、これからみんなで暮らす思い出をいっぱいにするんだ」
デリアは過去よりも未来への期待に目を向けているようだ。
変わったからといって、親父さんのことを忘れるようなことはないのだろう。
なら、楽しい方がいいよな。
「ヤシロ、あたいの部屋見てってくれよ! すっごい可愛いんだぞ!」
「じゃあ、タンス付近を重点的に――」
「あら、ヤーくん。結納の品でも欲しいのかしら?」
パンツを盗めば、それがそのまま結納の品になるのか……
ちょっとした出来心であろうと、しっかりと責任を取らせに来る気だな、これは。
デリアの防御力が2000ほど上がっちまったなぁ。
出会った当初は本当に無防備だったのになぁ~……
「ここがあたいの部屋だぞ!」
家へと上げてもらい、デリアの案内でデリアの私室へと入る。
「うわぁ! まるっきり変わってるです!」
「……これは、可愛い」
デリアの部屋を見たことがあるらしいロレッタとマグダが驚いている。
「俺は初めて入るな」
「ボクも」
「わたしもです」
「だって、前の部屋は……片付けてたけど、やっぱりちょっと散らかってたし……」
生活臭がする私室に俺は入れられなかったのだろう。
この部屋は出来たばかりで、まだまだ生活臭が感じられない。
何回かはこの部屋で寝ているかもしれないけども。
デリアの部屋は、どこぞのお姫様の寝室のような内装になっていた。
全体的に桃色にまとめられており、壁にはゆったりとしたフリルのカーテンが飾られている。
位置的に窓ではないだろうから、壁に布を飾って柔らかい印象にしてあるのだろう。
そして、ベッドには天蓋が取り付けられていた。
「お姫様のベッドです!」
「……今度、マグダが泊まりに来てあげてもいい」
ぴょーんっと、天蓋から垂れ下がるカーテンの中へと潜り込んでベッドへ飛び込むロレッタとマグダ。
お前らもこーゆーのが好きなのか。
「エステラんとこもこうなってるのか、ベッド?」
「ボクのはもっとシンプルだよ」
「エステラ様はあまりふりふりした内装を好まれませんので」
「踏んで破きそうだもんな」
「そんなガサツじゃないよ、ボクは!?」
「ふりふりが付いているのはパンツくらいです」
「余計なことは言わないように!」
「ふりパン!」
「黙れ!」
ナタリア的には『余計なこと』じゃないんだよ、お前のパンツ事情。
「カンパニュラ。こっちへ来てみなさい。あなたの部屋もあるのよ」
「え……?」
「あら、どうしたの?」
「い、いえ……」
大きな目を伏せて、カンパニュラが言葉を探す。
まるで水まんじゅうのような目だ――と、久しぶりに思った。
「私の個室があるとは思いませんで……驚いてしまいました」
「お部屋がいくつか余っていたのよ。大きなお家ですもの」
「遠慮なく使っていいぞ、カンパニュラ。あたいの部屋の隣なんだ」
デリアがカンパニュラの手を引いて隣の部屋へ向かう。
そこは、真っ白な部屋だった。
クッションにカーテン。花瓶や机までもが白で統一されている。
それでいて、布がふんだんに使われているので病室のような無機質な冷たい感じはせず、たとえるならウェディングドレスのような清らかさを感じさせる温かい部屋だった。
「にしても、白過ぎだけどな」
「それは、カンパニュラがここを使うようになってから好きな色に染めていけばいいことだわ」
カンパニュラの未来には無限の可能性がある。
そんなことを感じさせる純白の部屋。
「あ、あの……」
しかし、カンパニュラの表情は冴えない。
「折角用意してくださったところ、申し訳ないのですが……」
「気に入らなかったかしら?」
「いえ、とても素敵だと思います。ですが……」
俯くカンパニュラが、不安そうに呟く。
「出来れば、父様や母様と同じお部屋がいいです。あの……寂しい、ですので」
「可愛いっ!」
ルピナスが壊れた。
まぁ、九歳ならな。
人によりけりだろうが、一人部屋を喜ぶヤツも寂しがるヤツもいるだろう。
カンパニュラは後者だったと。
「じゃあ、もうちょっと大きくなったら一人部屋に移ればいいよ。あたいも、十歳までは父ちゃんと一緒のベッドで寝てたからな」
「あと一年で卒業できるか、不安です」
「じゃあ、十歳からはあたいと寝るのでどうだ?」
「それでしたら、寂しくありませんね」
どこかほっとしたような表情で、カンパニュラが息を吐く。
しかし、その瞳はまだ水まんじゅうのようにおぼろげで、ゆらゆらと揺れているように見えた。
「それじゃあ、イベントの片付けが終わったら、今日から一緒に暮らしましょうね」
「今日から……、ですか?」
「えぇ、そうよ。お部屋も整えたし、ウィシャートへの判決も公表された。事件は終わったのよ。もう、カンパニュラが狙われることはないわ。父様も母様もそばにいるから、あなたは何も心配する必要はないのよ」
「そう…………ですね」
にこっと、笑ってルピナスを見上げるカンパニュラ。
しっかりと笑って安心させなければ――と、そんな感情が見え隠れする行動に思えた。
もともと、カンパニュラを陽だまり亭で預かったのは、ウィシャートから危害を加えられないように、俺たちが見守るためだった。
ウィシャートが捕らえられ、判決が下り、刑も執行された。
もうカンパニュラを襲う危機はなくなった。
完全にではないが、少ない可能性をいつまでも振りかざして警戒し続けるわけにはいかない。
キリを付けるには、いい頃合いだろう。
「あの、母様……今夜は、父様と母様の間で寝かせていただいて構いませんか?」
「もちろんよ。久しぶりに親子三人で眠れるわね」
「四人がいいよ、オッカサン! あたいも!」
「あらあら、デリアも甘えん坊さんね。カンパニュラ、いいかしら?」
「もちろんです。ご一緒がいいです、デリア姉様」
にこっと笑みを向け合うカンパニュラとデリア。
その横顔を見て、ジネットがぎゅっとエプロンを握りしめた。
「……大丈夫だ」
強張るジネットの肩に手を載せる。
誰にも気付かれないように声を潜め、ジネットに伝える。
「カンパニュラは強い子だから」
「はい。……そうですね」
ジネットの不安が少しでも晴れればいいと、思う。
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