異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

304話 陽だまり亭の行儀見習い -1-

公開日時: 2021年10月11日(月) 20:01
文字数:3,435

 陽だまり亭に着いたのは、開店して間もなくの頃だった。

 

「お帰りなさい、ヤシロさん。エステラさん。まぁ、素敵なお客さんですね」

 

 俺が連れているカンパニュラを見つけて、ジネットが柔らかい笑みを浮かべる。

 カンパニュラの前にしゃがみ、目線の高さを合わせ、にっこりと微笑みかける。

 

「ようこそ、陽だまり亭へ。今日はお一人ですか?」

「いえ、ヤーくんと微笑みの領主様とご一緒していただきました。それから、ナタリア様と」

「ちょっと待って、カンパニュラ!? 微笑みの領主様呼びはやめてねって優しいお姉さん風に言おうと思ってたけど――ナタリア様ってなに!?」

「ナタリア様には、いろいろと人生のお勉強を教えていただきましたので」

「ふあーん! ものすごく不安! その内容、出来たら今すぐ忘れてくれないかな!? ご両親とルシアさんに合わせる顔がないよ!?」

「エステラ様。公共の場で大きな声を出すのは、めっ、ですよ」

「何をその気になって、いいお姉さん風なオーラ纏ってんのさ、ナタリア!?」

 

 ジネットとカンパニュラの微笑ましい挨拶に割り込んでわーわー騒ぐエステラとナタリア。

 ……お前ら、本当に貴族とそこの給仕長かよ。

 カンパニュラを見習え、少しは。

 

「マグダとロレッタはいるか?」

「ここにいるです!」

「……マグダは背後に」

「いつの間に回り込んだんだよ、マグダ!?」

 

 俺、陽だまり亭の入り口に立ってんだけど?

 その背後を取るって、ドア出なきゃムリだよな!?

 いくらお前でも、気付かれずに俺が真ん前に立ってるドアをすり抜けるとか不可能だよな!?

 え、わざわざ風呂場から裏庭に出て回ってきたの!?

 

「あ~、お前らに相談もなく決めてきてしまって申し訳ないんだが……」

「歓迎します」

「むはぁ~! こんな可愛い娘がホームステイするですか!? どうしようです!? あたしもちょっと一緒にお泊まりしたいです!」

「……寂しい時は、マグダの部屋で一緒に寝ることを許可する」

「おーい、俺まだ詳細話してないんだけど……」

 

 すべてを聞く前に察してカンパニュラに群がる陽だまり亭従業員一同。

 察しがいい上に、人がよすぎる。反対意見は微塵も湧いてこないのかよ。

 

「事情はあとで説明するとして、カンパニュラ、ご挨拶してくれるかい?」

「はい、微笑みの領主様」

「エステラでいいよ」

「では、エステラ様」

「様もいらないよ」

「ですが、さすがにそれは……」

「私は引き続きナタリア様と呼んでください」

「はい、ナタリア様」

「なぜ主より上に立とうとするの!? こんな幼い娘を利用してまで!」

「いいから、挨拶させてやれよ」

 

 様付けの方が落ち着くってヤツもいるんだから、好きに呼ばせてやれよ。

 トレーシーんとこのネネなんか、様って呼んでる方が落ち着くタイプだしな。

 

「はじめまして、皆様。私は、三十五区川漁ギルドギルド長、タイタ・オルソーの娘、カンパニュラと申します。これからしばらくの間、ご迷惑をおかけするかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「天才です!?」

「……テレサ以来の逸材」

「しっかりしたご挨拶が出来て偉いですね」

 

 驚くロレッタとマグダ。

 ジネットは驚きよりも可愛さが勝ったようで、にこにこを顔中から溢れ出させてカンパニュラの髪を撫でる。

 

「わたしは、この陽だまり亭の店長をしています、ジネットです。ここにいる間はここを自分のお家だと思って自由に過ごしてくださいね」

「ありがとうございます、ジネット様」

「わたしに様は必要ありません」

「ですが、店長様ですし」

「では、店長命令です。わたしのことは『ジネットさん』か、『店長さん』と呼んでください」

 

 恐縮するばかりのカンパニュラには、ジネットのような対応の方が合っているのかもしれない。

 適度に強制力のある発言で、カンパニュラが自分では拭いきれないへりくだった感情を取っ払ってやる。

 

 やっぱ「様」なんて呼んでいるうちは、本当に馴染んだり出来ないだろうからな。

 

「ちなみに俺は『ヤーくん』と呼ばれている」

「わぁ、いいですね、ヤシロさん。わたしも、そんな呼ばれ方をしたいです」

「では、ジネットさんのことも『ヤーくん』とお呼びしましょうか?」

「い、いえ、まったく一緒でなくても……」

「むむむ、ほのかに残念な一面を発見しちゃったです!?」

「……けれど、いい塩梅の残念具合。これくらいの残念さは可愛さが増す」

「ですね! ノーマさんくらい残念だと目も当てられないですけど」

「……ノーマの残念は行き過ぎ」

 

 言いたい放題だな、お前ら。

 

「わたしはジネットですから『ジーさん』なんてどうでしょうか?」

「祖父さんと同じ呼び方だな」

「ホントですね!? お祖父さんと一緒だと、ちょっと困ります」

「店長さんも負けず劣らず残念です!?」

「……まさか、今の提案が天然だったとは」

「指摘されるまで気付かないのが店長さんクオリティです」

「……しかし、店長はギリギリ『アリ』のラインを攻めてくる」

「攻めてません! ……もう。ちょっと気付かなかっただけですもん」

 

 結局、俺と同じ呼び方は出来ないということでジネットは諦めたようだ。

 何気に、あだ名が欲しかったりするのかな?

『店長』って呼ばれるの、嬉しそうだしな。

 

「もう一人、ジネットが羨ましがりそうな呼ばれ方をしてるヤツがいるぞ」

「どなたですか?」

「デリアだ」

「あぁ、デリアの呼ばれ方、いいよねぇ。ボクもそう呼んでほしいかも」

「カンパニュラさん。デリアさんのことはなんと呼んでいるんですか?」

「デリア姉様です」

「「「姉様!?」」」

 

 陽だまり亭三人娘が声を揃えて驚き、そして視線を斜め上に固定して妄想に耽る。

 

「「「……いい」です」ですね」

 

 お気に召したようだ。

 

「じゃあ、カンパニュラが嫌じゃなかったら姉様って呼んでやってくれるか?」

 

 三人とも子供好きだしな。

 

「そのように甘えてもよろしいのでしょうか?」

 

 カンパニュラの中で『姉様』と呼ぶのは甘えることになるようだ。

 

「いいぞ。こいつらは、年下の美少女に甘えられるのが大好きだから」

「ヤーくんと一緒ですね」

「……俺は違ぇよ」

 

 俺の場合、ハビエル路線のヤバいヤツと言われかねないから、そういうこと言わないでくれるか?

 女子同士だと微笑ましいのに、これが男だと途端にハビエルだ。

 まったく、一人の目立つ犯罪者のせいで、普通のメンズが大迷惑だ。まったく。

 

「では、これからしばらくの間お世話になります。ジネット姉様、ロレッタ姉様、マグダ姉様」

「「「かわいい……」」ですっ」

 

 陽だまり亭三人娘の顔がとろけた。

 ……っていうか、カンパニュラ。お前自己紹介してないマグダとロレッタの名前、どこで覚えた?

 まさか、俺が「マグダとロレッタはいるか?」って言った時に覚えたのか?

 あとは会話の中でどっちがマグダでどっちがロレッタかを察したのか?

 

 お前は本当に九歳児か?

 

 こいつ、もしかして二十歳くらいで死んで、人生をもう一回やり直してたりしないよな? 記憶を持ったまま若返ってさ。

 ないとは言い切れないのが怖いよな。俺って実例もいるし。

 

「ね、ねぇ。カンパニュラ? ボクもジネットちゃんたちみたいに姉様って呼んでほしいなぁ~、なんて」

「ですが、エステラ様は領主様であらせられますし」

「壁を感じて寂しいんだよぉ~! あと、ボクも妹ほしかったし~!」

 

 エステラ、お前……

 これ以上クレアモナ家の呪いを拡大させるつもりなのか!?

 

「カンパニュラ、離れろ! 抉れるぞ!」

「えっ!? 伝染するですかクレアモナ家の呪い!?」

「……大変、殺菌しなければ」

「陽だまり失敬三人衆、ちょっとそこで正座してくれるかな!?」

 

 誰が陽だまり失敬三人衆だ!?

 

「「ロレッタと一緒にするな」しないで」

「失敬ですよ、お兄ちゃん&マグダっちょ!? ちょっとそこに正座してです!」

 

 ギャーギャー騒ぐ俺たちを最初はおどおど眺めていたカンパニュラだったが、徐々に慣れてきたのか、緊張がほぐれた様子でついにはくすくすと笑い始めた。

 

「とても楽しいところですね、このお店は」

「はい。陽だまり亭という名前なんです。覚えてくださいますか?」

「はい。もう覚えました。そして、もう二度と忘れません」

 

 両手で胸を押さえ、まぶたを閉じて宝物をしまい込むように大切に心に刻み込む――そんな素振りを見せるカンパニュラ。

 

「私、陽だまり亭が大好きです」

 

 その言葉に、その場にいた全員がハートを射貫かれた。

 ……ん? 俺?

 

 だから、言ってんだろ。

『その場にいた全員』だって。

 

 

 

 

 かくして、カンパニュラは温かく陽だまり亭へと迎え入れられた。

 ま、分かりきっていたことだけどな。

 

 

 

 

 

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