そうしてやってきた、ミスコン当日――
「栄えある、第一回『ミス鳳凰』グランプリは――四十二区の、ムムさんでーす!」
わっと歓声が上がる。拍手が巻き起こる。
グランプリに漏れたライバルたちが悔し涙を流す……なんてこともなく、「あら、まぁ。おめでとう」「よかったわねぇ」「あなた、若々しくて素敵よ」なんて健闘を称え合っていた。
あぁ、うん……
『鳳凰』って不死鳥のイメージでさ、ご長寿の象徴というか……
『ミスシルバー』ってのがどうにも響きが悪くて、かといって素直に『ミスババア』とかいうわけにもいかず、結果、シルバー部門であるニュアンスだけを残して聞こえのいい名称に変更したのだ。
しかし、鳳凰って…………何度も蘇ったりしないだろうな?
「それでは、副賞の魔獣のお肉10キロです!」
「まぁ、大変。とても一人じゃ食べられないわぁ」
「ん、んんっ……じゃ、じゃあ、仕方ないからワシの家で……」
「ゼルマルー、もっと大きい声で言わないと聞こえないぞー」
「どぅわおう!? なんでお前がここにおるんじゃい、陽だまりの穀潰し!?」
関係者ですから。
「あら、ゼルマル。見て見て、私、グランプリ取っちゃったわぁ。うふふ。どうしましょう」
「ほ、ほ~ぅ、そうか。それはまぁ、…………よか…………よかったな」
「お肉、いっぱいもらっちゃったの。よかったら一緒に食べない?」
「ごっほごふ、げふんげふん! ……ん~、ま、まぁ、余らせるのも、な、もったいないし……じゃ、じゃあ、ワシがお祝いに……あぁ、いや、肉のお返しに酒を用意しておこう」
「そう? じゃあ、ボッバとフロフト、あとオルキオとシラハさんも呼びましょうね」
「なーんで呼ぶんじゃ!? ワシは二人きりで…………は、食いきれんからのぅ、それがいいじゃろうな…………ふん」
クソジジイ、観衆の目に負けるの巻。
そこで引くなよ、ヘタレ。「そいつらにはお裾分けして、二人で祝杯を挙げよう」くらい言えないもんかねぇ。なんのために歳とってんだか。無駄に老化しやがって。
「お~い! ムムー! ようやったのぉ、おんしゃー!」
「わしゃ~ぁ、ムムならグランプリ取れる~て、信じとったでぇ~なぁ」
「まぁ、嬉しい」
「「だから肉、分けてくれ!」」
「そうね。みんなでいただきましょう」
「「よっしゃあー! ゼルマル、酒!」」
「なんでワシじゃ!? お前らが奢らんかぁ、ただ飯食らい!」
賑やかな老人たちめ。
他所の区で倒れるなよ? 迷惑になるから。
ポックリいくなら自分家でな。
「……行き当たりポックリ」
「誰がポックリいくかい、クソガキぃ!」
……ちっ。
耳だけはいいんだから、ゼルマルのクソジジイ。
「……行く先々でポックリ」
「そんな何度もポックリいってたまるかい!」
……ちっ。
「どこに行っても元気なんやなぁ、自分」
関係者席に座る俺に声をかけてくる女がいた。
座る俺の前に立ち、少々恥ずかしそうな顔でこちらを見下ろしてくる美女。
…………え? 誰?
「なんなん? トイレの後スカートをパンツの中に入れてもぅてパンモロしとる女子を見かけた時の『え、何事!?』みたいな顔で人のこと見てからに」
「その声、その口調、その下品な比喩……お前、レジーナか!?」
「当たり前やんか。どっからどう嗅いでもウチやん」
「俺は匂いで相手を識別するタイプの生き物じゃねぇよ!」
レジーナだった。
言われてみれば確かにレジーナなのだが……
「化けたな……」
「失敬な。……ウチかて好きでこうなったわけやないからな?」
そこにいたのは、光の粒子を纏うようにきらきらした華やかな美女だった。
風と戯れるようなふわふわの衣装に、空気を包み込むような軽やかなヘアスタイル、そして春の訪れを感じさせる野花のような明るくも清楚なメイク。
と、ごてごてした比喩を入れて説明したくなるような普段とのギャップに、目の前の人物がレジーナであると脳が識別してくれない。
普段が闇属性なら、今目の前にいるのは確実に光属性の生き物だ。
「え、お前って暗黒騎士からパラディンに転職した人だっけ?」
お兄さんに月の民とかいない?
「何の話しとんのかさっぱり分からへんけど……感想くらい、言ぅたらどないなん?」
「ん、まぁ、驚いた」
「なんやのんな、その感想」
眉を曲げて、呆れたように笑うレジーナ。
けどお前、「綺麗だぞ」とか言ったら絶対照れるじゃん。
だから、これくらいがちょうどいいだろうなって褒め言葉を贈っておく。
「清純そうな感じも、それはそれでエロいな」
「この、行き当たりもっこり」
「誰がだ、おい」
「行く先々でもっこり」
「ド変態じゃねぇか!?」
褒めたのに、えらい言われようだ!
「隣座ってえぇか?」
「いいんじゃないか、空いてるし」
関係者席とはいえ、別に何をするわけでもない。
俺はてっきり、最初から最後までずっと審査員を押しつけられるものだとばかり思っていたのだが、とりあえずここに座っていろと言われただけだ。
運営は四十一区。
出店も四十一区のものだ。
俺は何もすることがない。
……あれ?
これってもしかして、更衣室に近付かないように隔離されてるの?
「それで、どやったん? 老女の際どい水着審査」
「そんな危険物は持ち込ませてねぇよ」
健全なコンテストだったよ。
特技披露がことごとく渋かったことを除けば、至って普通のミスコンだった。
「お前も狙ってるのか? 『ミス素敵やん』」
……はは。
そういう名前に決まったんだよ、今回のメインコンテスト。
命名はリカルドのアホ率いる運営委員だ。俺のせいじゃない。
『ミス四十一区』って名前にするなら四十二区から参加者は出さないとエステラに言われたとかで、そんな名前になったんだと。
……そうまでしてエステラに出てほしかったのかよ、あのアホ領主。
「まさか、そんなわけないやん。ウチはただの賑やかしや」
「その割には、すごい気合いの入りようじゃねぇか」
「周りが、な。どうせ予選落ちやぁ言ぅてんのに、やかましぃてなぁ……」
「担ぎ出されたのか」
「ウチな、正体隠して覆面でやったら出てもえぇっちゅうたんやで?」
どんなミスコンだよ。
顔を隠すなら出てくんな。……と、それを狙ったんだろうな、こいつは。
「そしたら、カンタルチカの犬耳店員はんが……『正体を隠せばいいんだね、ぷるるんぷるん』って……」
「どこがぷるぷるしてたのかが気になるところだな」
「ほしたら、この仕上がりや……まぁ確かに、ほとんどの人がウチやて気ぃ付かへんかったけど……」
俺も一瞬気付かなかったもんな。
「ほんま、困ったもんや……」
「って割には、楽しそうな顔してるぞ」
「そんなことあらへんわな」
言って、頬杖を突くような仕草で口元を手で隠し、そっぽを向く。
笑っちゃってるのを隠そうとしてんじゃねぇかよ。
これくらい強引に構ってやらないとこいつはこういう場所に出てこない。
それが周りの連中にも分かってきたのだろう。
「これからは、強制参加が増えるかもな。覚悟しとけよ」
「なんやねん……にやにやしてからに」
ちらりと俺を睨んで、すぐに視線を外す。
引き続き始まった『ミスプチエンジェル』の予選を眺めながら、レジーナは聞こえるかどうかというような小声を漏らす。
「まぁ、嫌なわけやないけどな」
そうかい。
こいつも変わったなぁ。
嬉しそうにしちゃってまぁ。
「せや! ウチが予選突破して本戦出場できたらご褒美ちょうだいや」
「なんで俺が?」
「えぇやん。それくらいのメリットがないと予選会場でとてもお子様に見せられへんような特技披露してまいそうやし」
「出禁になるぞ、四十一区に」
「せやから、そうならへんように。な、ご褒美」
レジーナが暴走すると、四十二区全体のイメージがレジーナのイメージに塗りつぶされかねない。
……それはヤだなぁ。
「ご褒美ってのは、寄せて上げるブラでも欲しいのか?」
「自分からはもらいたないなぁ、それは」
「じゃあ、透けて見えるブラ」
「自分にメリットあるヤツやん!? ……いや、別に自分に見せる予定もないけども!」
やめて、テンパって自分で地雷踏み抜くの。
ツッコミは的確に!
「あ~、あほくさ。ほんならウチ行くわ」
「おう。しゃべらなけりゃ予選くらいは通過できると思うから、なるべく黙ってろよ」
「よっしゃ! 無言でもくもくと不思議な、そしてほんのり卑猥な踊り踊っとくわ」
「残念だなぁ、レジーナは予選敗退かぁ」
無言で不思議な踊りを踊る美女。……怖ぇっつの。
「まぁ、アレや」
緑の髪がふわりと広がり、レジーナらしからぬ眩しい笑顔が俺を見た。
「黙っとったら美人っちゅうお墨付きもろたし、いっちょ頑張ってくるわ」
手をひらひらとさせて、レジーナは去っていった。
ホント、まるで別人だな。メイク一つで性格もちょっと変わっちまうのかねぇ。
俺が審査員なら余裕で予選通過させちゃうな。
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