異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

377話 マスコット爆誕 -2-

公開日時: 2022年8月2日(火) 20:01
文字数:3,572

 翌朝。

 早朝。

 

 俺は自室から持ってきておいた蓄光ランタンをケースから取り出す。

 

「うぉっ!? 眩しっ!」

 

 隣で寝ていたハビエルが突然の白い光に両目を覆う。

 

「なんだ、これは?」

「蓄光ランタンだ」

「あぁ、光るレンガか……しかし、目が痛くなるな、その光は」

 

 慣れていないせいか、そういう体質なのか、この街の連中はこの光を強過ぎるという。

 俺にしてみれば、蛍光灯には遠く及ばない代物なんだけどなぁ。

 まぁ、懐中電灯を顔に当てられると眩しいと思うみたいなもんか。

 

「もうすぐジネットが起きてくる。その前に準備をするぞ」

「ん? 出来たのか?」

「もちろんだ。俺を誰だと思ってやがる」

「お前は、本当に器用だよなぁ」

 

 当然のように、ハビエルは裁縫がまるで出来なかった。

 なので、動きをマスターした後はさっさと寝かせた。

 睡眠を妨害しないように、薄暗いランタンでちまちまと作業を進め、俺はテーマパークの秘密兵器を完成させた。

 

「さぁ、着てみてくれ。四十二区のマスコットキャラ『よこちぃ』の着ぐるみを!」

 

 そう!

 テーマパークには必須のアイテム、着ぐるみだ!

 昨夜、店じまいを始めていたウクリネスに言って、もふもふのベロア素材の生地を大量に買い込んできた。ハビエルの金で。

 ほら、いろいろデザインにも凝りたいし、「布が足りない!」とか「欲しい色がない!」とか、あとから発覚すると困るだろ?

 なので、使い切れないほど買い込んできた。

 余った生地は、俺が有効活用してやるから心配するな!

 

 同じ生地で作ったぬいぐるみとか、絶対売れるから☆

 

 テーマパークのキャラクターを俺が独断で決めるわけにはいかないので、そのお手本としてオリジナルのマスコットキャラクターを作ってみた。

 

「えっと、これを着ている時は声を出しちゃいけないんだっけ?」

「そうだ。着ぐるみではなく、こういう生き物がいると信じ込ませた方が、夢があるだろ?」

「子供たちには、夢を見ていてほしいもんなぁ」

 

 この世界でも、子供たちのために吐く嘘は罰せられない。

 ……罰せられないわけではないが、そんなことをするヤツは少ない。

 オバケの話も結構な数あったし、子供に話して聞かせるおとぎ話は嘘の範疇に含めなくてもいいだろう。

 

 悪用されないように手は打っておくけどな。

「中に人はいない」とは言わず、「あれは、あぁいうものなんだよ」って感じで。

 

「で、こんな感じか?」

「そうだ。ちょっとオーバー過ぎるくらいでちょうどいい。言葉がしゃべれない分、体で感情を伝えるんだ」

 

 着ぐるみの動きや心得を、一晩かけてハビエルに叩き込んだ。

 本当は二着作って俺も着込みたかったのだが、説明する人員もいるし、一晩で二着はさすがにしんどかった。

 のぼせたのもあるし。

 

 なので、今回は一着だけだ。

 デザイン画は出来ているので、日が昇ったらジネットに手伝ってもらって仕上げてしまおう。

 

「……くそ、やっぱファスナーが欲しいな」

「ん? なんだって?」

「なんでもねーよ」

 

 着ぐるみの背中には、狭い間隔で小さなボタンを縫い付けてある。

 屈んでもぱっくり開かないように。後ろから見てもバレないように。

 ただ、そのせいで着脱が物凄く面倒くさい!

 

 ファスナーがあれば簡単なんだけど……

 そしておそらくファスナーを作るくらいの技術はすでに四十二区には揃っているのだけれど……

 

 ノーマとウクリネスが死ぬ。

 

 もうちょっと黙っておくか。

 テーマパーク関連で仕事が増えそうだし。

 でも、面倒くさいんだよなぁ……

 

 背中のボタンを留め、やたらとデッカイ頭を被らせれば――

 

「ほい、出来た。これで、お前はよこちぃだ」

「…………」

 

 ハビエルこと、よこちぃが無言でこくりと頷き、ひらひらと大きなジェスチャーで手を振ってみせる。

 うむ! 上出来だ!

 よく一晩でそこまでマスターしたな。

「マスコットが受け入れられれば、小さい女の子が可愛らしい耳付きカチューシャを付けるようになるぞ」と言っただけで、とんでもない張り切りようだった。

 触覚カチューシャとか、ハロウィンのカチューシャとか、こいつはいちいち喜んでいたからなぁ。

 

「ヤシロ」

 

 ハビエルが、周りに誰もいないことを確認して、小声で尋ねてくる。

 

「よこちぃは男なんだよな?」

「あぁ、そうだ。恋人の『したちぃ』とラブラブのカップルという設定だ」

 

 マスコットキャラは男女それぞれを用意するのが鉄則だ。

 男も女も、揃ってグッズを買うようにな。

 そして、『仲良し』という関係性は、見る者にほんわかとした癒やしを与える。

 

 

 ラブラブカップルという設定の可愛らしいマスコットキャラは、売れる!

 

 

 あぁ、ちなみに、名前の由来は『よいこな男の子』のよこちぃと『親しみやすい女の子』のしたちぃだ。「『よ』い『こ』」と「『した』しみ」だな。『ちぃ』は可愛らしさの表現だ。

 うむ、我ながらいい名前である。一分の隙もない!

 

「男なら、紳士的に振る舞わねぇとな」

「あぁ。ただし、可愛らしくな」

「了解!」

 

 ビシッと敬礼をして、ハビエルが自主練に励む。

 

 まずはジネットに見せて、したちぃの図案を見てもらって、一緒に作る。

 で、中に俺が入れば、今日の日中にお披露目が出来るな。

 ウクリネスが「昼までに時間を作って完成品を見に行きますね、絶対!」と意気込んでいたので、それまでには完成させて、関連グッズを作ってもらおう。

 あくまで、テーマパークの前哨戦なので、そこまで本腰を入れたものじゃないけどな。

 

「ヤシロさん……?」

 

 フロアから白い光が漏れていたからだろう、ジネットが厨房を素通りしてフロアへとやって来た。

 

「もう起きてらっしゃ……え?」

 

 ひょっこりと顔を覗かせたジネットが、まばゆい光の中に立つ俺と、よこちぃを見て目を丸くする。

 

「ジネット、見てくれ。これが、四十二区のマスコットキャラ、よこちぃだ」

 

 ちなみに、よこちぃは生花ギルドの森で採れる桃の妖精という設定で、全体的なフォルムはロシアンブルーのような雰囲気ながら耳に桃の実を付けている。

 したちぃは、ハムっ子農場で採れるスイカの妖精で、大きなりぼんにスイカが付いている、全体的にシャムネコっぽい女の子だ。

 

「えっと……いらっしゃいませ、ようこそ陽だまり亭へ」

 

 おぉーっと!

 ジネットがよこちぃをお客さんと認識した!?

 

「あの、ヤシロさん。……お知り合い、ですか?」

 

 やだ、この娘、心がピュア過ぎて直視できない!

 よこちぃを『そーゆー生き物』として受け入れちゃってる!

 サンタを信じる幼い子供のように!

 

「…………」

 

 よこちぃがジネットの前に歩み寄り、紳士的な礼をしてみせる。

 そして「よろしくね」と言わんばかりに大きなアクションで手を振る。

 

「あはっ。とっても可愛らしいですね」

 

 そんなよこちぃの動きに、ジネットが笑みを浮かべる。

 

「中に入っているのはハビエルさんですか?」

 

 あぁ、残念。

 さすがに人が入ってるって分かったか。

 

「正解だ。こういう生き物がいるって信じるかと思ったぞ」

「一瞬、何人族の方かなぁ~と思いましたけれど、背格好がハビエルさんに似ていましたので」

 

 一瞬は信じたのか。

 惜しいな。

 

「ガキどもは信じると思うか? こういう不思議な生き物がいるって」

「どうでしょうか。でも、子供たちはきっと好きだと思います。とても可愛らしいですから」

 

 ジネットの反応を見て安心する。

 これなら、どこに出しても好感触を得られるだろう。

 

「エステラたちにも見せてやりたいな」

「では呼んできましょうか? 先ほど気配がしましたので、おそらく起きてると思いますよ」

 

 そんな話をしていると、フロアにイメルダがやって来た。

 

「なんですの、随分と眩しいですわね。ヤシロさんはもう起きて――」

 

 そして、先ほどのジネットと同じように、よこちぃを見て固まる。

 

「…………」

 

 ハビエルが渾身の可愛いアピールでイメルダに手を振る。

 紳士的に。でも、可愛らしく。

 

 それをじぃっと見つめていたイメルダは――

 

「ていっ!」

 

 ――床を蹴って駆け出し、よこちぃに飛びついた。

 

「可愛いですわ! なんと可愛いのでしょう! 可愛いなれど、可愛いければ、可愛かろう!」

 

 なに活用だ、それは。

 

「ヤシロさん、なんですの、これは!?」

「マスコットキャラだ」

「とてつもなく可愛いですわ! 抱きしめずにはいられないほどに!」

「それは嬉しいんだが、中に入っているのは――」

「中に人など入っておりませんわ!」

 

 ジネット以上にピュアな人がいたー!?

 

 うん、でも、こいつは危険なのでネタばらしをしておこう。

 

「それの中身はハビエルだ」

「お父様ですの!?」

「…………」

 

 よこちぃは大きなアクションで「そうだよ~」と答える。

 

「お父様ですの……」

 

 そう呟いて、イメルダはこくりと頷く。

 

「では、甘え放題ですわね!」

 

 そして、思いのままによこちぃに抱きつき、顔をぐりんぐりんとこすりつけた。

 

 うん、この街でも着ぐるみは受け入れられそうだ。

 そんな確信を得て、ジネットと二人、微笑ましい親子の触れ合いを見つめて笑った。

 

 

 

 

 

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