異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

372話 目覚めの悪い朝 -4-

公開日時: 2022年7月15日(金) 20:01
文字数:4,527

 早朝、四十二区教会に、他所の給仕長見習いがやって来た。

 

「何か用か、パメラ(C)」

「む? それではAとBがどこかにいるようなのです」

「あぁ、全然そういう話じゃないから気にしなくていいよ」

 

 手をぱたぱたと振って、エステラが俺の背を押してパメラの前から押しのける。

 なんだよ。

 初対面の時に情報提供しなかったから、ここで改めて発信してやろうと思ったのに。三十二区のド訛り給仕長シーラと同じサイズだぞ☆

 

「こんな早朝にわざわざ給仕長……見習い? が、来たということは、何か報告や要望があるのかな?」

 

 エステラのところでは給仕長の見習いという制度がないらしく、軽く小首を傾げている。

 まぁ、普通なら給仕長になる前のヤツは給仕って呼ばれるだろうし、給仕長に見習い期間なんかないだろう。

 ナタリアは、給仕長だった母親に仕事を徹底的に叩き込まれ、跡を継ぐ形で給仕長になっている。

 

 ってことは、パメラの母親が現給仕長なのだろうか?

 

「はい。……あの、こんな小娘が給仕長見習いで、信用には値しないと思われるかもしれないなのですが、ウィシャート家に掌握されていたマイラー家は領内からも距離を取られ……先代領主のアヒム様の悪政の影響でなり手も減って……ですので、まだ技術も精神もその域へ達していない私が見習いという形で給仕長を任されている次第なのです。ちなみに、執事のスピロはもともと密偵集団のお頭を務めていたなのですが、密偵集団は特にウィシャート家に睨まれて解体させられて……あの……それで……」

「あぁ、大丈夫だよ。君たちには君たちの事情があるだろうからこちらから口を挟むつもりはないから」

 

 どうやら、マイラー家は人手不足に悩まされているらしい。

 アヒムが領民から嫌われてたって言ってたしなぁ。

 

「それで、ミスター・アヒムを先代領主と呼ぶということは、ミスター・オルフェンが領主の座に就いたということだね」

「うぃ! まさにその通りなのです! さすが微笑みの領主様! 頭もいいなのです!」

「あぁ、いや……それくらいは誰でも……」

「すごいなのです! すごいなのです!」

「あれ~……この熱量、既視感があるなぁ……」

 

 エステラの笑みが嫌そ~な色に染まっていく。

 確かに既視感があるな。とある二十七区領主あたりにそっくりだ。

 

「ふふふ。また変わった者に好かれたようだな、微笑みの領主様よ」

「からかわないでくださいよ、ルシアさん」

 

 ルシアも察したようで、あくどい笑顔でエステラをからかい始める。

 だが、ルシアが余裕を見せていられたのはその瞬間までだった。

 

「おぅっふ! まさか、まさかの、ときめき女帝ルシア様までっ!」

「と、ときめき女帝、だと?」

 

 パメラが両手で口を押さえ蹲る。

 丸まったせいで顔は見えなくなったが、耳が真っ赤だ。

 なんだ、吐きそうか? 吐くか?

 

「どういう状況なのか分かるか、ときめき女帝?」

「誰がときめき女帝だ!? 私はそのようなけったいな呼ばれ方をされる覚えはないぞ」

「それを言うなら、ボクの微笑みの領主も謂れのない呼ばれ方なんですけどね」

 

 蹲るパメラを、俺、エステラ、ルシアで囲んで覗き込む。

 

「すみません、ちょっと感極まって鼻血を噴きそうになったなので――ごぅっふぅ! ラブトライアングル、キタコレぇぇえ!」

 

 顔を上げたパメラは俺たちを見た瞬間に再び両手で口……の、ちょっと上を押さえ、そしてその両手の指の間から盛大に深紅の飛沫を噴き出した。

 

「鼻血っ!?」

 

 こいつ、口を押さえてたんじゃなくて鼻を押さえてたのか!

 

「尊……尊ぉ……っ」

 

 四肢を地面に突け、頭を抱えるように丸まり、丸まってないダンゴムシみたいな格好になってぷるぷる震えるパメラ。

 

「え~ん……尊いよぉ~……目が抉れるよぉ~……」

 

 ……なんだ、この残念な生き物。

 

「ウーマロ。穴」

「掘らないッスよ!?」

 

 え~。

 俺の勘が「早く処分しろ」って叫んでるんだけど。

 

「よし、餃子を食おう」

「なかったことには出来ないだろう、この惨状……」

 

 離脱しようとした俺の首根っこをエステラとルシアがガシッと掴む。

 やめろよぉ~。

 こいつの発言から、どうやら俺ら三人が鼻血の原因だって分かるじゃん?

 じゃあ、近付かないのが一番じゃん?

 

「ね、ねぇ、パメラ? いい加減落ち着いて、話を聞かせてくれないかな? あと、ここには幼い子供が多いから、危うい発言は控えてほしいんだけれど」

「それは、皆様のお話をすると、とてもお子様には聞かせられない内容になるという意味なのです!? もうすでにそのような爛れたご関係に!? 妄想が捗り過ぎてもう心臓が痛いです!」

「ベルティーナ、頼む」

「では、懺悔室へ向かいましょうか、パメラさん?」

「へ? ……えっ!?」

 

 ベルティーナを先頭に、ナタリアとギルベルタに両脇をがっしりと掴まれたパメラが懺悔室へと向かう。

 たっぷり絞られてくるといい。

 

「じゃ、その間にメシを済ませちまうか」

「まぁ、そうだね」

「……まったく。何がときめき女帝だ。何が、ら、らぶ、とらいあんぐ……えぇい、こちらを見るな、カタクチイワシ!」

 

 こういうのを理不尽って言うんだろうな。

 お前、公務員だったら懲戒処分モノだぞ、その横暴さ。

 

「一体、何をしに来られたんでしょう?」

「うん、ジネットちゃん。それは、誰にも分からないよ」

 

 いきなりやって来て、一人でお祭り騒ぎをして、強制退場させられたパメラ。

 分かったのは、三十一区が現在ボロボロだって現状くらいか。

 

「三十一区って、どんな産業があるんだ?」

「特にこれといったものはないね」

「概ね、三十区のおこぼれに与るコバンザメのような区だ。三十区がコケれば共倒れすると昔から言われておったな」

 

 領主二人の話を聞くに、三十一区には主立った産業がないようだ。

 三十区の顔色を窺い、ご機嫌を窺い、金と仕事を回してもらってなんとかかんとか食い繋いでいる。そんな区らしい。

 

「では、今後も三十区から何かしらお仕事を斡旋して差し上げなければ、三十一区の方がお困りになりますね」

「いや、それが三十区にとって必要なことなら斡旋するのはいいけれど、三十一区のために何かをするのは辞めた方がいいよ」

「私もエステラの意見に賛成だな。そうやって三十区に寄りかかり続けた結果が今だ。ウィシャートが倒れ、領主が変わった今が生まれ変わる最もいい機会だと言える。この時期に甘やかすのは控えた方がいい」

「そう、ですか……」

 

 カンパニュラが沈んだ顔をする。

 困っているならば助けてやりたいと思ってしまうのだろうが、領主が助けるのは自区の領民だ。近隣区の領民まで手を伸ばすのは越権行為に他ならない。

 

「むしろ、これまで同様に庇護をと求める者たちからは積極的に距離を取った方がよいであろう。その者たちは、おそらくウィシャートと深く関わっていた者たちであろうからな」

「まぁ、その辺はきっとオルキオがうまくやってくれるよ」

 

 カンパニュラが領主になるまでの間、間繋ぎの領主としてオルキオを領主代行に据える予定だ。

 もっとも、ウィシャートの裁判が終わり、王族からの許可が出たらの話ではあるが。

 三大ギルドのギルド長と外周区と『BU』の領主たちの連盟による嘆願書があるので、よほどのことがない限り聞き入れられるだろうというのが、俺たちの予測だ。

 

 

 この国の貴族は、王族に爵位と家を与えられて初めて貴族と認められる。

 今回、ウィシャート家は取り潰しではなく、血族のカンパニュラへ相続させ、その後見人としてオルキオをウィシャート家へ取り込む形で縁組みさせる。

 少々特殊な事例ではあるが、オルキオがカンパニュラの家系に組み込まれるのだ。

 

 カンパニュラが養子としてオルキオの家系に入るのではなく、オルキオが養父としてカンパニュラの家系に組み込まれる感じだ。もちろん、妻であるシラハも、ウィシャート家の一族として名を連ねることになる。

 

 貴族としての資質は、元貴族とその妻であった二人なので十分満たしている。

 カンパニュラにすべてを相続させ、獣人族からの信頼が厚いオルキオとシラハを後見人にすることが、最も混乱が少なく済む方法であると、嘆願書には書かれている。

 

 ルシアにより、オルキオが三十五区から三十八区付近までの獣人族から信頼を得ていること、三十区の街門の警備を行っているのがほぼ獣人族であることからオルキオ以外に今すぐ三十区を立て直し日常へ戻せる者はいないと強い推薦がなされている。

 

 

 そして、この嘆願書に許可が下りれば、嘆願書に名を連ねた者たちは全力で三十区の平定に助力すると宣言が盛り込まれている。

 つまり、許可しないと三十区が破綻するぞという脅しだ。

 

 

 なので、まぁ、通るだろう……とは、思っている。不安ではあるが。

 

「他所の区の領民の前に、そなたは自分と自分の家族、大切な者たちのことを考えるのだ。なぁに、困ったことがあれば私たちが力を貸す。独り立ちが出来るまでは周りの者に存分に甘えるがいい」

「はい。ありがとうございます、ルシア姉様」

 

 そして、用意した餃子がなくなった頃、パメラたちが戻ってきた。

 あ、餃子がなくなったと言っても、「これはシスターの分です」とジネットが大量に取り分けていたので、ベルティーナが拗ねることはないだろう。

 

「落ち着いたか?」

「はい。申し訳ないのです……」

 

 しょんぼりと肩を落とすパメラ。

 その後ろで、ベルティーナが困ったような笑みを浮かべている。

 

「原因は、ヤシロさんだったようですよ」

「は? 俺?」

「えぇ。彼女は、ヤシロさんの大ファンだそうです」

「やっぱり君が原因なんじゃないか、ヤシロ」

「こちらまで巻き込むな、カタクチイワシ」

 

 両サイドの領主に睨まれる。

 

「『BU』や三十区からの呪縛を断ち切ってくれたヤシロさんは解放の英雄なのですって」

「もう英雄はお腹いっぱいだ」

「うふふ。どこに行っても言われるということは、ヤシロさんにその素質があるのでしょうね」

「だからお腹いっぱいだっつーの。お腹いっぱい、略しておっぱいだ」

「懺悔室、空きましたよ?」

 

 ふん。誰が入るか。

 

「そして、そんな英雄と噂される若き敏腕領主であるエステラさんとルシアさんのことも大好きなようです」

「不名誉な噂だよ」

「まったくだ」

 

 ぷいっとそっぽを向くエステラとルシア。

 なら頬を染めるな。そーゆー顔をするから噂が一人歩きするんだよ。

 

「あ、あの、私っ!」

 

 胸の前で両手を握り、パメラが意を決したように口を開く。

 

「ほんの小さな噂を脳内で無責任に『ぐぃーん!』と広げて勝手な妄想に浸るのが何よりも大好きなのです! 我ながら、もう頭の中が桃色で桃色で仕方がないのであります!」

「なに赤裸々に語ってんだ、この未成年」

「分かるで、その気持ち!」

「分かんな、成人の失敗例」

「同志なのです!」

「同志やね!」

「おい、その二人を引き離せ。ろくでもない科学変化起こしそうだ」

 

 脳内妄想が趣味だという二人を引き離し、改めてパメラの話を聞く。

 

「で、何をしに来たって?」

「はい。まずは、領主の交代を告知前にお知らせに。そして、あとはご相談というか、確認なのですが……」

 

 不安そうに、パメラが俺を見る。

 

「『10万Rb支払えば領地を発展させてくださる』というお話は、真実であり、今もまだ有効なのでしょうか?」

 

 

 そう尋ねてくるパメラの目は藁にも縋るような焦燥感に揺れていた。

 

 

 

 

 

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