「せいっ!」
威勢のいい掛け声とともに杵を振り下ろしたルシア。
杵は餅に当たって「ぺち」っと音を立てる。
「弱っ!?」
「やかましいぞ、カタクチイワシ! この杵が重いのだ、仕方ないであろう!」
「その重さがないと餅にならないんだよ」
「エステラでも無理であろう?」
「いや、ルシアさん。ボクは体力に自信がありますからね」
ルシアから杵を受け取り、相方をナタリアに変えてエステラが餅を搗く。
「ぺった……おっと、ごめん」
「うるさいよ、ヤシロ!」
気を遣ってやったというのに!
エステラは自他ともに認める健康優良児で、スポーツ万能。力もそれなりに強い。
自分で言うだけあって、餅つきも様になっている。
ナタリアは言わずもがな。あいつの場合、苦手なものや出来ないことを探す方が難しい。
「様になっておるな」
「でしょう?」
「一切揺れませんけどね」
「ナタリアうっさい」
「一切揺れないけどな」
「ヤシロうっさい」
「……一切」
「マグダうっさい」
「以下同文です!」
「…………」
「あたしにも『うっさい』言ってです!?」
エステラのヤツ、へそを曲げてロレッタいじめに走りやがったな。
いじめっこめ。
「ふむ、確かに揺れぬな」
「それはあなたも一緒ですよ、ルシアさん!?」
胸ではなく頬を膨らませて、エステラが杵を三十五区の大工へと押しつける。
もうやりたくないようだ。なんてわがままな。
「よし、じゃあ次はジネットが――」
「この流れでジネットちゃんにやらせないためにメンズに渡したんだよ!」
自分との格差を見せつけないためか!?
周りの反応が雲泥なのを認められないからか!?
「……ヤシロ。店長に餅つきは、ダメ」
「そうですよ、お兄ちゃん! 店長さんは、教会の子供たちが参加した餅つきで、唯一尻餅をついた人ですよ!?」
「あ、あれはっ、ちょ、ちょっとふらついただけですもん!」
あぁ、そういえばそうだった。
杵を振り上げた勢いで後ろにコケたんだっけなぁ。
「全員無事に帰るためには、店長さんはお料理担当です!」
「……固定」
「うぅ……お料理は好きですけれど、お餅つきくらい出来ますのに、誰もやらせてくれません……」
あれだな。子供用の小さい臼と杵でやろうな。
今度ウーマロに言って作らせるから。
「そういうわけで、悪いけれど君たちに頼むよ」
ニッコリ笑顔で乳格差の隠蔽に勤しむ微笑みの領主。
罪もない大工を共犯者に引きずり込む気らしい。
そんなこととはつゆ知らず、大工どもは杵を受け取り餅つきを引き受けてしまった。
こうして、権力者にとって都合の悪いことはこの世から抹消されていくのだな。
そんな嘆きを心で噛み殺していると、大工が杵を持ち上げ、その柄を撫でた。
「本当に丁寧にヤスリ掛けしてあるよなぁ。何度持っても手にしっくり馴染む。持つ度に感動する仕上がりだ。こんな単純な道具なのに、細部にまで気が遣われていて……見事としか言いようがない」
大工が杵を手にそんなことを口にする。
さっきまで散々振り上げ、振り下ろしていた杵だというのに改めてその仕上がりに感銘を受けているように見える。
同じ大工だからこそ、感じるものがあるのだろうか。
「さっきの話を聞くに、こいつは女や子供も使うんですね」
「うん、まぁね。というか、女性や子供たちを楽しませるために考え出されたという側面が強いんだよ、四十二区では」
とか言って、俺の方へと視線を向ける。
違うぞ?
ガキどもを楽しませるために俺が発明したものじゃないからな?
もともと日本にあって、俺が餅を食いたいから作らせたものだからな?
教会のガキどもは体力が無限だからうまく乗せて餅を搗かせてるだけだからな?
それを、あいつらやお前らが勝手に楽しんでいるだけだ。
「使う者の気持ちを考えて……か。やっぱすげぇな。トルベック工務店は」
細い棒と太い棒をくっつけただけ。
乱暴に言ってしまえばそれだけの道具なのだが、単純ゆえに難しいようで、プロの目にかかればウーマロの優れた技術を感じるらしい。
「あの、俺ら、港の建設でいろいろ勉強させてもらいます」
「俺ら、まだまだだって思い知りました」
「トルベック工務店は、頭一つ抜けてます!」
エステラに向かって頭を下げる三十五区の大工。
そんなもんはウーマロ本人に言えと思ったのだが、エステラは嬉しそうににっこり笑って、弾けるような声を発する。
「でしょ? すごいんだよ、ウチの領民たちは」
うっかりと、見惚れてしまいそうになる無防備な微笑み。
実にエステラらしく、どこまでも領主らしくない。
けど、それがエステラだからな。
へーへー、自区の領民が褒められて嬉しいんだな。もう分かったから、へらへらすんな。
「君たちも、彼らの知らないことをたくさん教えてあげてほしい。今回の工事が、双方にとってより良い関係を築き上げる契機になることを願っているよ」
領主っぽい口調でそう言って――
「よろしくね」
――最後の最後で可愛らしい笑顔を浮かべる。
偉そうにふんぞり返るとか、こいつには一生縁がないことなのかもなぁ。
「ぁ……」
三十五区の大工が口を開け、微かな音を漏らした。
あ段っぽく聞こえたので、おそらく「はい」と言いたかったのだろう。なんて予想していたのだが。
「「「か……かわいいっ」」」
三人揃って世迷いごとをほざきやがった。
「あぁ、さすが微笑みの領主様」
「微笑みの領主様の微笑を生で見られるなんてっ」
「俺もう死んでもいい!」
「いや、生きよう!? これから始まるんだよ、港の工事!? みんなには期待しているからね」
「「「はい! あなたのために死ぬ気で働きます!」」」
なんか、トレーシーの病が三十五区で発症した。
なんて感染力だ。濃厚接触者でもいたんじゃねぇの?
まぁ、アレと一番濃厚に接触してたのは他ならぬエステラだけども。
「……そして、あっさりと人気を掻っ攫われるロレッタなのであった」
「そんなことないですよ!? みなさん、あたしのことも好きですよね!?」
「「「ん? ……ん~、まぁ」」」
「あからさまなトーンダウンです!? なんか悲しいです! むう! むう!」
「「「あぁ、ロレッタちゃんもかわいい……」」」
すげぇなロレッタ。
会って数時間でもういじられポジションを不動のものにしたのか。
ある意味天才だな。
「時にカタクチイワシよ」
騒がしいロレッタたちをよそに、ルシアが自然な感じで質問を寄越してくる。
「この餅はどれくらい乾燥させればカキモチに出来るのだ?」
「そうだな。最低でも三~四日は干したいところだな」
「一晩でどうにかならぬか?」
「そりゃ無理だ」
「年末に作ったお餅をたくさん持ってきましたから、安心してくださいね」
よほどカキモチが気に入ったのか、ルシアが目をぎらつかせている。
「よし、ではお披露目会ではその餅を使わせてもらうとするか」
ん?
「それからジネぷーよ。エビせんべいを大量に作りたいのだが、材料は足りるだろうか?」
「えっと、大量には難しいかと……特にサクラエビが」
「ギルベルタ。急ぎ海漁ギルドに連絡を取り、サクラエビの天日干しを所有していそうな者をあたるのだ」
「了解した、私は。行動を起こす、すぐに」
おい、ちょっと待て。
凄まじい速度で走り出したギルベルタを見て、若干イヤな予感がする。
エステラはもちろん、ジネットですら、心持ち頬が引き攣っているように見える。
「念のために聞くが……お披露目会ってなんだ?」
「決まっているだろう。餅つきを我が区の領民たちにお披露目する会だ。DDが材料をふんだんに寄付してくれたので、盛大に執り行えるぞ」
「聞いてないんだが!?」
「今言った」
「拒否権はあるんだろうな?」
「むろん拒否するというのであれば止めはせんが……子供たちが楽しみにしておるのだ。貴様には断れまい?」
こいつは何を勘違いしてやがるんだ?
見ず知らずのガキが期待していようが、そんなもん俺にはなんの関係も――
「……子供が人質に取られたのでは仕方ない」
「お兄ちゃんの性分を調べ尽くされているです」
「ヤシロさんは、子供たちを悲しませるようなことはしませんものね」
「まったく。無尽蔵なのかい、君のお兄ちゃん属性は?」
「そんな属性、持ち合わせてねぇわ!」
まったくもってびっくりだ。
ルシアだけじゃなく、ジネットやエステラたちまで勘違いをしていやがる。
イヤだぞ、俺は。
早朝から叩き起こされて準備に奔走し、お披露目会でこき使われて、日が暮れる前にと急いで四十二区へ戻って、帰るや否や店を開けてなだれ込む客を捌くなんて、そんな一日は絶対嫌だからな!?
「ヤシロ様」
なんと言って断ろうかと考える俺に、ナタリアがこそっと耳打ちしてくる。
「三十五区には『ロリ巨乳』という伝説上の生き物が存在するとの噂が――」
「お前、そんなもんで俺が釣れると思……」
「とても人懐っこい娘さんで、大好きなお兄ちゃんにはよくぎゅーっと抱きついてくるのだとか」
「…………ふむ」
ロリ巨乳の「ぎゅー」か……
悪くないな。
「……ということにしておけば、ヤシロ様も言い訳がしやすいでしょう?」
……ナタリア。お前もか。
「分かったよ! やってやるよ、お披露目会!」
どーせお前ら全員やる気なんだろ?
好きにしろよ。
「だが、これだけははっきりと言っておくぞ! 俺はガキが大嫌いだからな!」
「ふふん。エビせんべいに免じて、今日だけは『精霊の審判』を勘弁しておいてやるぞ、カタクチイワシ」
そういうことじゃないのになー! もう!
なんか腹の虫がおさまらなかったので、そのあとウーマロともども三十五区の大工をアゴで使いまくってやった。
こっちのアゴが『酷使し過ぎでシャクレちゃう!?』ってくらいにな! ふん!
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