「では、メインディッシュの仕上げに参りましょう」
ドアを開け放ちナタリアとギルベルタが入ってきて、俺は再び男女兼用更衣室へと連れ戻される。
そこには、コンテストを終えたロレッタとパウラとレジーナ、応援を終えたジネットとマグダを追加した女子たちが待ち構えていた。
「さぁ、ヤシロ。キレイキレイしようね」
「俺の前に、まずは自分の心を綺麗にしたらどうだ、エステラ?」
「うんうん。後日検討するから文書で提出しておいて」
「検討する気ゼロじゃねぇか!」
「ボク、もしかしたら今がここ数ヶ月で一番楽しいかも」
「他人の不幸を楽しんでんじゃねぇよ!」
そうして、髪を洗われ、整えられ、メイクをされて、あり得ないようなミニスカのドレスを着せられ、「これでもかっ!」と乳パッドを詰め込まれ……
「……完成、『ヤシロ子ちゃん』」
マグダの宣言のとおり、この世に誕生してしまったわけだ。忌まわしい存在が。
あぁ、黒歴史ってこうして生まれるんだなぁ。
「……あぁ、もう。ここまで来りゃ開き直ってやる。笑いたきゃ笑え」
赤く塗られた口紅を歪めて、俺をこんな有様にしやがった連中をジロリと睨む。
……が、なんの音もしない。
「…………」
「…………」
「…………」
無言。
無音。
誰もが間の抜けた顔で俺を見て、ほけ~っとしている。
んだよ?
なんか言えよ。
お前らの仕出かした作品だろうが。
「……かわいい、です」
ん?
どうしたロレッタ?
脳が溶け始めたか?
ジネットを見る。
「はぅっ……」
…………目を逸らされた。
「おい、エステラ――」
「ちょっと待って! 今、ありかなしか、審査中だから」
いや、なしだろう!?
迷う余地もなく!
「カタクチイワシ」
「んだよ!」
「目を取り替えろ。そうすればもっと美人になる」
「そう! そうなんですよ、ルシアさん! 全体的に可愛く仕上がってるのに、ヤシロの隠しきれない目つきの悪さが可愛さを邪魔して素直に可愛いと思えないんですよね! ヤシロ、目がダメだ!」
「やかましいわ! この目は生まれつきだよ!」
つか、目元以外はメイクだなんだでごってごてに塗りたくっただろうが!
それで目を別物にしたら、それもう俺じゃねぇから!
「目つきさえ良くなれば可愛くなるのになぁ!」
「なりたかねぇんだよ、こっちはよぉ!」
「ヤシロ、笑おう! にっこり笑っていれば、目つきの悪さも多少は誤魔化せるよ!」
何を真剣に可愛く仕立て上げようとしてんだ!?
いい加減にしろよ。――と、文句を言おうとしたら、別の方向から「いい加減にしろ、エステラ」という声が飛んできた。
「なにさ、リカルド子ちゃん?」
「リカルド子ちゃんって言うな!」
リカルドが厳つい顔でエステラと俺の間に割って入ってくる。
背中で俺を庇うようにして立ち、エステラに苦言を呈する。
「無理やりテメェの好みを押しつけようとすんじゃねぇよ」
同じ女装の被害者として、強引なやり方に不服を申し立てている。
……のかと思ったら、厳つい顔がこっちを向いた。
「こういう、スレた女ってのも、なかなか……その……な?」
「マグダー、鈍器ー!」
『な?』じゃねぇよ! こっち見んな目玉えぐり出すぞ!
……おぞましい。
こんな、悪ふざけとしか思えないくだらない企画、せいぜい最初の何人かの不細工面を見て笑った後は、「もういいって」って感じで寒ぅ~い空気が蔓延するに決まっている。
これだからイベント企画能力のない連中は……
いいか、会議室で盛り上がった企画ほど、現場ではスベるんだからな!?
面白いのはお前らの脳内にある間だけだから!
アウトプットした瞬間、それ、もう面白くないから!
もういっそのこと、このクッソ短いミニスカートの裾をパンツの中に挟み込んで『トイレの後スカート挟み込んでパンモロしちゃった女子』の出で立ちで舞台に上がってやろうか!?
…………くっそ! 発想がレジーナと同じな自分が憎いっ!
あ~ぁ、気が重い。
もう結果が見えてるってのに……
精々、ウーマロとモーマットで笑いを取って、唯一まともに見られるセロンが手堅く優勝して終わるだろう。
……と、思っていたのだが。
これがなんと大盛り上がりしてしまった。
「男でも、メイクと衣装でこんなに変わるの!?」と、会場にいた今回コンテストに参加しなかった女性たちが、なんでか分からないけれど妙な勇気をもらったらしく、笑いと感心と感嘆と感動が渦巻くそこそこ有意義なコンテストになってしまった。
……恒例化、しなきゃいいけど。
そうして、もう一つ。俺の予想を裏切る出来事が…………
「『ミスマスラオ』グランプリは、四十二区のヤシロ子ちゃんで~す!」
「一っ切、嬉しくねぇーから!」
「「「ツンデレ、かわいい~!」」」
「デレてねぇー!」
呪われればいい、こんな大会。
心底そう思った。
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