陽だまり亭が開店し、程なくして妹たちが店内へと駆け込んできた。
「おにーちゃん、ご報告~!」
「怪しさ爆発の不審者発見~!」
「現在、兄弟が監視中~!」
港関連のゴタゴタが起こった後から、四十二区には不審者監視ネットワークが形成されている。
ハムっ子が街中を練り歩き、不審な人物がいないかを見回っているのだ。
もちろん、二人一組、ないし三人以上で組を作らせている。
不審者を見かけた際は迅速に弟妹間で情報を共有し、年齢の高いハムっ子を現場へ派遣。
年長のハムっ子が必要だと認めた場合は狩猟ギルドや木こりギルドなど、頼りになる大人を連れてくることになっている。
年中のハムっ子はその間に関係各所に散らばって情報を伝えに行く。
領主の館と、狩猟&木こりの警備部隊の詰め所と、一応陽だまり亭。
「ご苦労だったな、妹」
「「「お仕事ですから~」」」
妹たちのにこにこ顔のせいで、若干緊張感には欠けるが……
「どんなヤツだった?」
「爆発~!」
「頭がぼーん!」
「こ~んなんになってたー!」
と、妹が自分の髪の毛をかき乱してもっはもはにしてみせる。
爆発にでも巻き込まれたのか、そいつは?
「あら、それって……」
朝食の後も陽だまり亭に付いてきて、カンパニュラと一緒に開店準備を手伝っていたルピナスが髪の毛もっはもはの妹を見て小首を傾げる。
「ねぇ、お嬢ちゃん。その人って、ひょろっとしていて杖をついていて、全身真っ青な服を着ていなかった?」
「「「そんな感じだったー!」」」
見てきたように言うが、ハムっ子の情報共有能力は異常に高いのできっと間違いはないだろう。
ハムっ子間の情報共有能力は高いんだよ、そこそこ。
ただ、そこからのアウトプットに難があるだけで!
……年少の言葉はロレッタでさえ解読できないことがままあるからなぁ。
だが、ルピナスにはそのヒントだけで十分だったようで、不審者の正体を悟りにんまりと口角を上げた。
「もうおいでになったようよ、タートリオおじ様」
「え? でも、約束の時間は午後ですよ?」
ティータイムあたりに呼んで、四十二区のデザートでも食いながら話をしようと、そんな段取りになっていたのだが、……まだ朝だぞ?
陽だまり亭が開いたばかりだ。
正午までまだ五時間くらいある。
「何事も自分の目で見ないと納得されない方だから、面会の前に情報を得ておきたかったのね、きっと」
誰かに初めて会う時は、事前にその人物の情報をある程度得ておいた方がいい。
まったく知識がない状態で初対面を迎えると、とんでもない思い違いや失敗に見舞われることがある。
冴えない顔をしたヤツが実は実権を握っている権力者だったなんて話は掃いて捨てるほど存在する。
四十二区へ招待され、四十二区のことを何も知らないという状況を、タートリオ・コーリンはよしとしなかったようだ。
「え、そんなことも知らないのか?」とか思われたくないのだろう。
「よし、じゃあいろいろ調べられる前に出迎えて、『え、そんなことも知らないの?』って言ってやろう」
「なんでさ!? 事前調査がしたいならさせてあげればいいじゃないか」
「いいえ、迎え撃ちましょう。きっとその方が面白いことになるわ」
ルピナスがわくわくと瞳を輝かせる。
「タートリオおじ様はね、情報を得ることに異常なまでの興味を示す反面、知っていることへはほとんど興味が向かないのよ。だから、いろいろ知られる前に会ってプレゼンテーションした方が印象はよくなるはずよ」
『実は、今四十二区ではクレープというスイーツが流行っていまして』
『ん、あぁ、知ってる知ってる』
みたいな反応になるのか。
それはつまらんな。
「あと、タートリオおじ様は滅多に他人を認めないから、面白い物をたくさんプレゼンした方がいいと思うわよ。コーリン家の力が借りたいのでしょう?」
「じゃあ、予定より大分早いけど、出迎えに行こうか」
「貴族相手の予定なんか、予定通りに進むことの方が稀だしな」
ホント、自分勝手だよなぁ、貴族って連中は。
「カンパニュラも来るか?」
「いえ、私は陽だまり亭に残ります」
「ルピナスも行くけど、いいのか?」
「はい。私は今、陽だまり亭で行儀見習いをしている最中ですし、それにもうすぐテレサさんが来るでしょうから」
テレサが来た時にカンパニュラがいないと悲しむか。
可愛がってもらってるな、テレサのやつ。
「誰かしら、そのテレサというのは?」
「頭脳明晰な、とても可愛い女の子です。私のお友達なんですよ」
「まぁ、そうなの。是非会ってみたいわ」
「ご用事を済まされた後、陽だまり亭に戻られた時に紹介しますね。きっと、いきなりだとテレサさんもビックリされるでしょうから」
「そうね。では、楽しみにしているわね」
「はい。きっと母様も気に入ると思います。本当に可愛い女の子ですので」
カンパニュラはよく気が利く。
確かに、いきなり「カンパニュラの母です」ってルピナスに会えば、テレサは萎縮してしまうだろう。
プールに入る前には体に水をかけた方がいいように、テレサにも事前に話して心の準備をさせてやった方がいい。
ルピナスはインパクトが強烈だからなぁ。
「それじゃあ、ボクたちはなるべく時間を稼いで、コーリン氏を陽だまり亭へお連れするとしようか」
「そうね。まずは『リボーン』に載っていたニュータウンというところへ誘うのがいいんじゃないかしら? 私も行ってみたいし」
「お前が行きたいだけじゃねぇか」
「そうよ。悪いかしら?」
ここで悪びれないのが、さすが元貴族だな。
「カンパニュラは行ったことがあるの?」
「はい。マグダ姉様とロレッタ姉様に連れて行っていただきました」
マグダたちはニュータウンにある陽だまり亭出張所へ行く時に、カンパニュラを連れて行ってやったのだ。
テレサと二人で楽しそうにしていたと報告を受けている。
マグダがいたから、カンパニュラを任せられた。
一応、カンパニュラの近くにはボディーガードを置くようにしている。
マグダだったり、デリアだったり、ノーマだったり、ナタリアだったり。
「なぁ、デリア。今日、この後時間作れないか?」
「ん? あぁ、いいぞ。オッカサンがいるんじゃ、あたいが付いてなきゃ危ないもんな」
カンパニュラ以上に警戒されそうな人物だからな、ルピナスは。
なにせ、ウィシャートと面識があり、いろいろと裏側を知っている人物だ。
どさくさに紛れて口封じなんてことがないとも言い切れない。
「それじゃあ、ジネット。予定より早くなるだろうが客を連れてくるから、料理を頼むな」
「はい。いつでもお出しできるよう準備しておきますね」
特別なことなどしなくとも、陽だまり亭はいつだってすぐに料理が出てくる。
ジネットの言う「準備しておく」は「どーんと任せておけ」という意味だ。
「……例のアレ、気付かれないようによろしくな」
「……はい。任せてください」
今回、タートリオ・コーリンには陽だまり亭懐石とクレープを食べてもらおうと思っている。
懐石はクーポン券で、クレープは『四十二区のお洒落なお店』という特集で『リボーン』に記事を載せた。
興味を持たれるのはその二点だろう。
で、それとは別にちょっとしたサプライズを仕掛けてある。
仕掛け人は陽だまり亭オールスターズ。
タートリオ・コーリンのことはちょっと置き去りにしてしまうが、まぁ、そんなサプライズ演出の空気も四十二区らしさが出ていていいだろう。
料理担当のジネットはもとより、マグダとロレッタにも目配せをしておく。「抜かるなよ」と。
特にロレッタ。
あいつはサプライズが好き過ぎて気持ちが空回りしやすい。ネタバレを無意識でぽろりしまくるからなぁ……
「マグダ、よろしく頼む」
「……うむ。いざとなったら縛り上げておく」
「なんか今、あたしに関する情報共有しなかったですか!? 大丈夫ですよ、あたしもちゃんと出来るですよサプラ――」
マグダの手が素早くロレッタの口を塞ぎ、凄まじい速度で外へと飛び出していく。ロレッタを小脇に抱えて。
……言ってるそばから『ちゃんと出来るですよサプライズ』とか言いかけてたな、あいつ。
なんだろう……血筋かなぁ。
ロレッタは長女だけれど、なんだかんだ、結局ハム摩呂と同じようなミスをするんだよなぁ。血筋なんだろうなぁ……
「ヤシロ」
エステラが俺の襟首を掴んで、耳たぶに噛みつくのかというような距離まで接近してくる。
「そのサプライズ、ボク聞いてないけど?」
「道すがら話してやるから、ここでは口を閉じとけ」
ロレッタの口を封じたことから、ターゲットはおおよそ見当が付いたのだろう。
当人に聞こえないように随分と小声だった。
だがまぁ、頭がいいからなぁ……気付いちゃったかもな、カンパニュラ。
こりゃ、下手なことを言われる前にさっさと退散してしまおう。
「じゃ、行ってくるな」
「はい。みなさん、お気を付けて」
「実りのある会談になることをお祈りしております」
ジネットとカンパニュラに見送られ俺たちは陽だまり亭を出発した。
俺とエステラ、ルピナスと用心棒のデリア。
妹におつかいを頼んでナタリアを呼んできてもらうので、タートリオ・コーリンに会う時には五人になっているだろう。
じゃあ、迎え撃とうじゃないか。
情報紙を生み出した三貴族の一角を。
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