異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

393話 役割分担 -1-

公開日時: 2022年10月4日(火) 20:01
文字数:4,114

 統合裁判所からエステラへと届けられた書簡によれば――

 

『四十二区の訴えであるウィシャート家の罪は重く、到底看過できるものではなく、訴えのあった者たちは一人の例外もなく国家転覆を目論む国賊として厳罰を処するべき者たちである。

 また、彼らのほとんどはすでに刑を執行されている』

 

 ――ということだった。

 

 微妙な言い回しだ。

 外患誘致は、この国でも極刑に値し、情状酌量の余地はない。……のはいいとして、なぜ『刑を執行した』ではなく、『すでに刑を執行されている』なのか。

 

 それはおそらく……

 

「口を封じられたんだろうな」

「やっぱり、君もそう思うかい?」

 

 ウィシャートたちを閉じ込めた地下牢には抜け道があった。

 そしてその抜け道は、まず間違いなく十一区へと繋がっていた。

 

 連中が十一区へ助けを求めに行ったのか、はたまた十一区側から三十区へ攻め込んできたのか……

 どちらにせよ、連中は繋がりの太い『後ろ盾』にまんまと切り捨てられたということだろう。

 悪党の最期ってのは、いつの世も、どこの世界でもみじめなものだ。

 

「それで、一番気になるのがコレ……だよね」

 

 エステラが指摘した箇所。

 その事実が告げられている一文へ視線を落とす。

 

『なお、主犯格であり領主であったデイグレア・ウィシャートは、侵入した賊の手により命を奪われたもよう。

 賊はすでに捕らえており、別途その罪を追求するものである』

 

 判決が遅れた理由としてあげられていた、主犯格の不在。

 デイグレア・ウィシャートの口を封じられたが故に、判決を出すに出せなかった旨が記されていた。

 

「でもさ、統括裁判所の管轄に入って、狩猟ギルドと木こりギルド、海漁ギルドが監視していたあの館の中にグレイゴンが入り込めると思うかい?」

 

 デイグレア・ウィシャートを襲撃した犯人として名を挙げられたのは、ドブローグ・グレイゴン。

 ウィシャートと繋がり、ウーマロたちトルベック工務店を排斥しようと画策した土木ギルド組合の元役員であり、四十二区の悪評を情報紙紙面で喚き散らしていたド三流記者バロッサ・グレイゴンの叔父だ。

 

「正直、ウィシャートの操り人形というイメージしかないんだよね、グレイゴンに関しては。そんな大それたことが出来る人物なのかな?」

「無理だろうな、あの老いぼれジジイじゃ」


 ドブローグ・グレイゴンは一度四十二区の港に怒鳴り込んできたことがある。

 俺でも翻弄できるくらいにどんくさく、体力もないジジイだった。

 せいぜい権力を笠に着て弱者をいたぶるのが関の山のド三流。

 何かあれば真っ先に切り捨てられる小物中の小物。

 そんな男だ。

 

「けどまぁ、小物ほど、追い詰められると常軌を逸した行動に出ちまうもんさ。特に、身の丈に合わない地位を得て、大き過ぎる権力に振り回されていたようなヤツはな。……踊らされているうちに、それを自分の力だと思い込んじまうのさ。だからこそ、その力を失った瞬間に絶望し、責任転嫁を繰り返し、なんとしても元の地位に返り咲こうと短絡的な凶行に走る……小物が小物たる所以だな」

「なんだか、妙に実感がこもっているね。体験談かい?」

「……一般論だ」

 

 脳裏に、思い出したくもない小物の醜悪なツラが浮かびかけて、さっさと意識を切り替える。

 かつて刺された腹が疼いた気がして、そっと一撫でする。

 

 あそこまで堕ちたら、もう人間としては終わりだ。

 思考と精神が人間の領域から大きく外れ過ぎちまっている。

 獣でも、もう少しうまく吠えるさ。

 

「それにしても、組合は助かっただろうね。事が公になる前にグレイゴンを切り離せたんだから」

「組合がグレイゴンを切り捨てたから、そいつは凶行に走ったんじゃねぇのか」

「まぁ、それはそうなんだろうけどね」

「だが、それだけで逃げ切れるとは思えないけどな」

「え?」

 

 書簡を見れば、ウィシャートと結託して私腹を肥やしていたのはグレイゴンであったと結論付けられていた。

 バックにいた十一区領主ハーバリアスの名は覆い隠され、一文字も出てきていない。

 

 グレイゴンごときがウィシャートの後ろ盾になれるはずがない。

 そんな些細な矛盾は握り潰され、なかったことにされている。

 

「ウィシャートの蛮行のすべてがグレイゴンの指示によるものだとされれば、そのグレイゴンが幅を利かせていた土木ギルド組合にも疑惑の目が向けられる。身辺を洗われてぼろぼろと悪事が露呈するかもしれんぞ」

「グレイゴンに代わって役員になったのは、たしかウィシャートの息がかかった者だったよね」

「確証はないが、おそらくな」

 

 ウィシャートにとって、都合のいい証言をしていたのだ。十中八九ウィシャートの子飼いだろう。

 

「大工の大量脱退に続いて、元役員の大罪。それも国家転覆なんて史上稀に見る大悪事だ。受けるダメージは計り知れないぞ」

「最悪の場合、解体もあり得る……と、思うかい?」

「それで多くの大工が路頭に迷う、なんてことになるなら首の挿げ替え程度で済むかもしれんがな」

「代わりにやろうなんて貴族がいるかなぁ?」

「うま味はないよな。ウーマロたちがいないんじゃ」

「そこまでの情報を得ているような鋭い貴族なら、沈みゆく船に喜び勇んで乗ったりはしないだろうね」

 

 トルベック工務店が革新的な技術を複数有していること。

 そして、組合との確執により脱退したこと。

 それらは、ごく限られた地域の者たちしか知り得ないことだ。

 

「まぁ、なんの肩書も持っていない弱小貴族には魅力的に映るかもしれないけれどね、『役員』っていう役職は」

「そんなもんをありがたがるような役員じゃ、改善は期待できねぇけどな」

 

 どちらにせよ、土木ギルド組合はこれからかなり厳しい立場に追いやられることだろう。

 お人好しのウーマロが一肌脱いで、組合のトップに就きでもしない限りはな。

 

 ……ま、そんな暇があるならテーマパークをさっさと完成させろって話だけど。

 

「さて……」

 

 はぁ……と、長いため息を吐いて、エステラは暗くなった空を見上げる。

 

「ボクらはどう動くべきか」

「今まで通りでいいだろう」

 

 おそらくエステラは、裁判の結果に動揺しているのだ。

 四十二区に殺人ウィルスをまき散らしやがったウィシャート家を許すことは出来なかった。

 だからこそ、ぶっ潰すくらいの覚悟でウィシャートとぶつかった。

 

 その結果、四十二区は勝利を収め、裁判の結果も四十二区の望み通りのものになった。

 

 ただ一点。

 敵対したウィシャートたち全員が命を落とした。

 その事実だけが、エステラの胸に突き刺さっている。

 

 殺したいほど憎んだ相手でも、実際死んだと聞かされれば胸がざわつくものだ。

「ザマァミロ!」と指を差して笑えるようなヤツはなかなかいない。もしそんなヤツがいるなら、そいつはきっとすでに心のどこかが壊れてしまっているのに違いない。

 

 特に、エステラみたいなお人好しは「自分のせいで」と考えてしまうのだろう。

 

「これで、救われる者と浮かばれる者が大勢いる」

「……え?」

「お前は、胸を張ってろ」

 

 自分を責める必要はない。

 ……連中を追いやったのは俺だ。

 俺が判断したんだよ。

「こいつらはいない方がいい」ってな。

 

「お前、前に言ってたろ? 俺にさ、好きに動けって」

 

 俺が、四十二区の牢屋でゴロツキをカエルにした時。

 こいつは俺にこう言った。

 

 

「行動を起こすのが君であろうと、責任を取るのはボクの役目だよ。これだけは、何があろうと譲らない。もう、君を一人にはさせない」

 

 

 だからこそ、俺は必要と思ったことはやろうと決めた。

 領主であるエステラが公人として動けない部分や、こいつには負わせられない汚い部分があるなら、俺がそれをやってやる。

 それは決して自己犠牲などではなく、俺ならうまくやれるという自負から来る役割分担。

 

 その方が、俺にとって、ついでに他の連中にとってもいい結果になるのであれば、躊躇う必要はない。

 

「お前がいるから、俺も動ける」

 

 自己犠牲で、一人で背負い込むと怒るヤツがたくさんいるんだ。

 あいつらに怒られるのはキツイ。

 泣かれるのは、もっとキツイ。

 

「お前が心を痛めそうなことは俺がやってやる」

「でも、それじゃ君が――」

「ただし、手段は選ばないし、容赦もしないから周りはドン引きするかもしれない。いや、するだろう」

 

 ジネットに泣かれ、ベルティーナに叱られ、お人好しなこの街の連中から非難を集めることがあるかもしれない。

 

「そんな時はお前に矢面に立ってもらうさ」

 

 お前は以前、俺に言ったもんな。

 

「お前が責任を取ってくれるんだろ?」

 

 歯を見せて言ってやると、エステラは面食らったように目を丸くして、クシャっと前髪をかき乱した。

 

「……そうならないためにも、企てと手段は事前に報告してもらいたいもんだね」

「おう、出来る範囲でな」

「君のその範囲は狭過ぎるんだよ。もっと事前連絡できることがあるはずだよ。今回だってさ――」

「ほら、俺って、日常にサプライズを忘れないお茶目なメンズだからさ」

「いらないよ、そんな疲れるサプライズ」

 

 はぁっと、ため息を吐いて、それでもエステラは笑顔を浮かべてみせる。

 

「拙いながらも、胸を張ってあげようじゃないか。少なくとも、君が信頼を置いてくれる領主であるために、ね」

 

 いきなりすべてを消化することは出来ないだろう。

 もやもやが心に残り、時には苦しくて叫びたくなるかもしれない。

 それでも、エステラがやると決断したのなら、きっと大丈夫だ。

 こいつには、頼れる給仕長も、支えてくれる給仕たちもいる。

 

 家族がいるってのは、心を強く保っていられる安心感を生んでくれる。

 

「もう大丈夫そうだな」

「……うん」

「自分の胸を『拙い』と自虐ネタに出来るなら、もう大丈夫だ」

「その拙いは胸にかかってるんじゃなくて、領主の振る舞いに……誰の胸が拙いか!?」

 

 いつもの顔で元気よくツッコミ、そして、いつものように呆れ顔でため息を漏らす。

 

「ボクの一番の仕事は、やっぱり君の監視のようだね。目を離すと何をしでかすか分かったもんじゃない」

 

 不貞腐れ顔でそう言って、不意に俺の手を取る。

 

 

「だから、勝手にいなくならないように。――これは、命令だよ」

 

 

 そんな言葉を、初心な少女のような顔で言う。

 掴まれた手を振り払うことは簡単だが……

 

「貴族に逆らうと、あとが怖いからな」

 

 軽くその手を握り返し、密談を終えた。

 

 

 

 

 

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