「なんじゃい、オルキオ! まぁた隠し事をするのかお前は!? 男らしくないヤツじゃな!」
ゼルマルが鼻息荒くオルキオに詰め寄る。
そうそう。隠し事は男らしくないよな。
「ゼルマル。好きな人っていたっけ?」
「ごほっ! な、ななな、なんのことじゃい!? い、いいい、今そんなことは関係ないじゃろうがいっ!」
「なんじゃ~? ゼルマル、そんな人がおるんかぁ?」
「おんしゃ、そんなこと一っ言も言うとらんじゃなかったじゃねぇか! 言え、言え。誰じゃ?」
「や、やかましいわっ! 今はオルキオの話じゃろうがぃ!」
おーおー、懸命に隠し事してやがんなぁ。にやにや。
「クソガキ、お前……覚えとれよっ!」
小声で悪態を吐くゼルマル。
さすがというか、ムム婆さんはこのくだりには絡んでこなかった。
やっぱ分かってるんだなぁ、自分から行動は起こさないだけで。
ゼルマル、頑張れば願い叶うんじゃねぇか?
ま、教えてやんねぇけど。
「まぁ、嫌がらせはこのくらいにして」
「あぁ……やっぱり嫌がらせだったんだ……恐ろしい子だよ、ヤシロ君は」
今にも倒れそうな顔色で、オルキオが空いた椅子に腰を下ろす。
ゼルマルたちも思い思いの席へと腰を下ろしていく。
一気に平均年齢上がったな、この店内。
「おい、ジジイたち。何鮭食う?」
座ったジジイどものもとにデリアがやって来る。
うん。0点の接客だな。
鮭限定かよ。
「あんみつを五つじゃ!」
幸い、デザートは俺でも作れる。
午後の時間には出るだろうと何種類か用意しておいた。もちろん、あんみつも用意してある。
料理の出来るノーマと、あとはロレッタがいれば回るだろう。
なので、俺は俺のやるべきことに集中させてもらう。
「実はな、オルキオ…………会ってきた」
それだけで伝わったのだろう。
オルキオは「……そうか」と、短く呟いた。
複雑な表情をして、深い息を吐く。
自分は会うことが出来ない最愛の人。
そいつに俺が会ってきたのだ。思うところもあるのだろう。
「元気……だったかい?」
「あぁ。元気だったぞ」
ものすげぇ不健康ではあったけどな。
「そうかい……安心したよ。彼女は繊細で、体が弱いから」
嘘吐けぃ!
あんなに図太い女、そうそういないわ!
二言目には「おかわりおかわり」言いやがって。
だが、俺の言葉を聞いたオルキオは、本当に嬉しそうに笑っていた。
静かな笑みを浮かべて、「そうかそうか……元気だったか」と、幸せそうに頷いていた。
あぁ、本当に好きなんだな……
「なぁ、オルキオ……」
「ん? なんだい?」
「…………ハムとか、好きなの?」
「んんっ? ……ちょっと、言っている意味が分からないんだけど?」
いや、ハム萌えなのかなって。
ボンレス的な。
まぁ、何萌えであろうと、そこは詮索しないが。
一つ確認しておかなければいけないことがある。
オルキオは、シラハに会いたいのかということ。
そして、一緒にいたいのかということ。
年相応に落ち着いた雰囲気で、それでも初恋に夢中な少年のようなキラキラした瞳で、オルキオは静かに幸せを噛みしめている。
無理やり引き離された二人だが……こいつらの時間は幸せに満ちていたのだとよく分かる。
オルキオの静かな笑みが、俺にそう感じさせた。
「お前たちのルールには反するかもしれないが……」
確認の前に、託されたものを渡しておく。
シラハからの手紙だ。
手紙を見せろと言われ、シラハが差し出してきた自分の書いた手紙。
もう書き上がっているのなら届けてやると言ったら、シラハは嬉しそうに何度も首肯していた。
「シラハからの手紙を預かってきたんだ」
「うっそっ!? マジでっ!? いぃぃぃぃぃっやふぉぉぉぉぉおおおおおいっ! シラぴょんの新着お手紙きたぁぁぁあ! きたで、これぇぇぇええっ!」
ものすげぇテンション上がってる!?
てか、お前誰!?
え、同一人物!?
何か悪い物に憑かれてない!?
豹変し過ぎだろ!?
「読ませろぉ! 貸せぇぇい! シラぴょんのお手紙を、私に読ませろぉぉ! 早くせんかぁ! ドタマ勝ち割って脳みそちゅるるって啜り尽くすぞ小童がぁぁ!」
「怖ぇよ!? 悪霊憑きも真っ青だよ! つか、なんだよ、『シラぴょん』って!? お前、そんなキャラじゃないだろう!?」
「やかましいっ! 『シラぴょん』『オルキオしゃん』と呼び合う、ラブリーな夫婦じゃいっ!」
「『オルキオしゃん』って呼ばれてんのかよっ!?」
オルキオの豹変ぶりと、ジジイババアのラブラブっぷりを垣間見せられたせいで、背筋がゾンゾンしっぱなしだ。一年分の寒気がまとめて襲ってきたんじゃないだろうな。
オルキオは鬼の形相で俺から手紙を強奪し、すっっっっっっっっっっっっっごく丁寧に封を切り、封筒から手紙を引き摺り出し、大切に大切に文字を目で追っていく。
……似た者夫婦か。
「はぁぁぁあぁああ…………愛おしい……っ!」
あのアホ丸出しの歌謡曲風ラップを読んでオルキオが身悶えている。
……愛おしいか? 『雨の雫はテンダネス』だぞ?
しかし、もうわざわざ質問をする必要もないだろう。
この状況を見れば一目瞭然だ。
オルキオも、シラハに会いたいと思っている。
そして、一緒に暮らしたいと思っている。
これで、作戦にゴーサインが出せるな。
役立ってもらうぜ。虫人族と人間の間の深く根深い『溝』を埋めるためにな。
「ヤシロ君。手紙を届けてくれてありがとう」
大切そうに手紙をしまい、満たされた表情で頭を下げるオルキオ。
「ヤシロ君はテンダネス、だね」
「影響されてんじゃねぇよ、あんなもんに」
何がテンダネスだ。
「おい、クソガキ。一体なんの話なんじゃい? さっぱり分からんわ」
俺たちのやり取りをジッと見守りながらみつ豆を食っているゼルマル、ムム婆さん、ボッバ、フロフト、ベルティーナ。
「って、おいこら! 何食ってんだ、ベルティーナ!?」
「いえ。お手紙に夢中でしたので、いらないのかと思いまして」
「客のもんに手をつけてんじゃねぇよ!」
「いやいや。いいんだよ、ヤシロ君。私は胸がいっぱいで食べられそうにない。シスター、是非私の分を食べてください。残すのはもったいないですから」
「では、ありがたく頂戴いたしますね」
「順序が逆だろ……」
頂戴してから食えよ。
「で、なんじゃい? いい加減話せ」
蚊帳の外にいるのが気に入らないのか、ゼルマルたちは不機嫌そうに俺を見ている。
ムム婆さんだけは、にこにことした笑みを浮かべているが。
ま、話してやるか。
オルキオも隠し事は苦手だって言ってるし。
そもそも、どうせバレることだし。
「オルキオと嫁を会せてやろうと思う」
「えぇっ!?」
驚きの声を上げたのは、当のオルキオだった。
そりゃビックリするか。
「し、しかし、アゲハチョウ人族のみなさんが……」
「話はつけてある。ルシアが協力してくれる」
「三十五区の領主様がっ!?」
陽だまり亭の店内がにわかにざわつく。
事情を知らないデリアたちにも、まとめて説明をする。
三十五区で起こったこと。
そして、これから俺が行おうとしていることを。
「セロンとウェンディの結婚式は、四十二区近隣はもちろん、三十五区まで巻き込んで盛大に行う」
ウェンディの家から盛大にパレードを行ってやろうって壮大な企画だ。
全面協力させてやる。
「そのために、オルキオ。お前とシラハの力を借りるぞ」
「……私たちの?」
あぁ、そうだ。
なにせ、虫人族と人間の異種族結婚の大先輩だからな。
「お前たち二人の結婚を、『成功例』として世間に知らしめさせてもらう」
「せ……『成功例』?」
オルキオたちの結婚は様々な妨害に遭い、結果的に虫人族の猜疑心を煽ってしまった。
だが、この結婚自体は間違いではない。
だってよ。
当の二人は、こんなにも幸せそうじゃねぇか。
そのことを、もっともっと世間に見せつけ、知らしめてやる。
「協力してくれ、オルキオ」
「私で……いいのかい?」
「あぁ。お前でなきゃダメだ。んで、協力してくれたら……」
最高のご褒美をくれてやる。
「俺たちが全力をもってサポートしてやる。お前とシラハ……二人が一緒に暮らせる環境作りにな」
三十五区と四十二区、どちらに住むかは二人で決めればいい。
どちらを選んでも、領主バックアップのもと、二人の生活を守ってやる。
誰にも邪魔させない。
離れ離れで暮らしてきた夫婦は、これからは、一緒に暮らすんだ。
残りの生涯を、ずっと。
「やってくれるな、オルキオ?」
「…………」
俯き、肩を震わせるオルキオ。
だが、ガバッと顔を上げると、高々と拳を振り上げた。
「ぃよっしゃあああ! これで毎晩シラぴょんとイチャイチャ出来るぞぉ~いっ!」
…………うん。とりあえず。デカい声で恥ずかしいこと言うな。な?
あと……想像させんな。ジジババのイチャラブを。
ともあれ。オルキオはノリノリだ。
明日の午後、ジネットを迎えに行く時にはいい報告が出来そうだ。
が、その前に――
もうちょっとだけ、片付けておかなきゃいけないことがあるんだよな。四十二区で。
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