異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

391話 新居と通達 -4-

公開日時: 2022年9月29日(木) 20:01
文字数:3,983

「シフォンケーキ、いかがですかぁ~!」

「「「あまさ、ひかえめ~!」」」

「「「あまさ、あとのせ~!」」」

 

 体操服を着た妹たちが、元気に運動場を走り回っていた。

 肩紐を斜めがけに、トレイを担いだ売り子スタイルで。

 

 甘さを強調した生クリームは無料トッピングで、希望者にだけ配られるようにしてある。

 とりあえず食べてみて、甘さが足りないと思えば妹に言えば生クリームを盛ってくれる。

 

 なので、甘いのが苦手な大人も、甘いのが大好きなお子様も、誰でも楽しめるようになっている。

 

「「「シフォンケーキ、く~ださいっ!」」」

 

 だからといって、いい年齢こいたオッサンどもが群がるようなもんじゃねぇけどな!

 

「もう終わりだな、この街は」

「……君の責任によるところが多分に存在すると思うんだけどね、ボクは」

 

 なんだかげっそりしたエステラが背後霊のように現れる。

 領主たちの波状攻撃を食らい、体力、精神力ともに消耗させているのだろう。

 

「……げっそり」

「ケンカなら買うよ?」

 

 心配してやったというのにこの仕打ちだ。

 まったく、被害妄想の固まりだな、こいつは。

 

「お店は?」

「妹たちが何かやらかすと聞いてな。運動場で営業中ってことにして見に来た」

「まぁ、マグダたちの目論見は効果抜群だよ。ご覧の通りね」

 

 売り子スタイルの妹たちは、誰も彼もがオッサンたちに取り囲まれていた。

 明日には店が増えるからと対抗手段を講じたはずが、今日からブルマフェアをやってんのか。

 つか、未成年をいかがわしい目で見てんじゃねぇよ、オッサンども。

 

「度し難いな」

「まったくね……」

 

 お宅の領民たち、ちょっとお民度が知れてるんじゃござーせんこと?

 お下劣でござーますわ、おほほほ!

 

「みなさん、お疲れ様です」

「……店長」

「あ、店長さん!」

「「「えっ!? 店長さんがっ!? …………普段着」」」

 

 何を期待してこっち向いたんだ? あ? オッサンども?

 

「ロレッタさんは着替えなかったんですね」

「出し惜しみです!」

「……ロレッタは、最終日に脱……おっと、これ以上は」

「「「うぉぉおお!? 期待が、期待が、高まるぅぅうう!」」」

「なんもないですよ!? あたしは陽だまり亭店員として普通に……マグダっちょ、無責任な煽りはやめてです!?」

 

 出し惜しみとか、自分で言ったからなぁ。妙な期待が高まっちまってるな。

 まぁ、マグダは別に「脱ぐ」とは言ってないもんな。

「脱がない」とか「脱ぐと見せかけてアイアンクロー!」とか、なんでもありだ。

 

 ……脱ぐと見せかけてアイアンクローってなんだ!?

 

「ははは。やっぱり陽だまり亭は賑やかでいいね」

 

 群がるオッサンどもの間を掻い潜るように、オルキオがこちらへ向かって歩いてくる。

 

「よぉ、オルキオ・ファントムペインアングリーインビジブル」

「全然違うですよ、お兄ちゃん!?」

「オルキオさんのファミリーネームは、ブラックブラッドデスクローですよ」

「BBDCも覚えられないのかい、君は」

「……ヤシロが言ったのはO・PPAI」

 

 あれ?

『ぷるん・ぷるん・荒ぶる・Iカップ』だったっけ?

 まぁ、なんでもいいや。

 

「で、向こうのジジイどもは何やってんだ?」

 

 オルキオが歩いてきた方向の先。

 100メートルほど離れた場所に、見知ったジジイどもがうずくまっていた。

 どいつもこいつも青い顔をして地面にへたり込んでいる。

 お迎えが来たか?

 

「もしかして、お化け屋敷に入られたんですか?」

「いいや、ミラーハウスに酔ったらしいんだ」

「また、一番地味なヤツで……」

 

 ジジイには刺激が強過ぎたか?

 まぁ確かに、合わせ鏡でジジイが増殖して、見渡す限りジジイだらけとか、俺でも気分が悪くなりそうだ。

 

「お~い、ムム婆さん! 最後の橋で、ゼルマルのエロジジイにスカートの中覗かれなかったか~?」

「誰が覗くかっ!? デカい声でくだらんことを抜かすな、大戯けの穀潰しがっ!」

「はっはっはっ。私たちは一応紳士の集まりだからね。女性が渡る時は全員目を伏せていたよ」

 

 俺もその場に居たら目を逸らしただろうな。

 チラリとでも見ようものなら視力が落ちる。恐ろしい。

 

「あぁ、それでね。実は明日あたりから、三十区の者たちをここへ招待したいと思っているんだけれど、許可をもらえるかな?」

「許可なんて必要ないですよ。入場制限も設けていませんし、みんな賑やかなのは大好きですから」

 

 肩をすくめるエステラ。

 オルキオとしては、自分がとりまとめる区の人間が大量に押し寄せてくる前に、一言断りを入れておきたかったというところだろう。

 街門を守る騎士が大挙して押し寄せてきたら、何事かと身構えてしまうだろうからな。

 

「どうやら、彼らが寮で自慢しているようでね」

 

 ビックリハウスを任されている、元反対派の騎士たちが、今では一転、オルキオを称賛し、そのオルキオに任された仕事を誇りに思って自慢しまくっているらしい。

 真面目に街門を守っていた連中でもなければ、元からオルキオに付いていた若い衆でもない、反発していた連中が優遇されていると、ちょっとした不満が漏れ始めているらしい。

 

 なにそれ?

「俺たちのオルキオさんに贔屓にされて、ズルい! 許せない!」って?

 また気持ちの悪い連中に好かれたもんだな、オルキオ。

 

 これでまた、明日から一段と騒がしくなるのか。

 じゃあ、完全休業は明日設定して、ジネットたちは素敵やんアベニューにでも避難させてやろうか……なんて考えているところへ、見覚えのある男が颯爽とやって来た。

 

 見覚えはあるが、以前見たゴロツキまがいな格好とは異なり、貴族然とした高そうな、ごてごてと派手な装飾過多の衣服を纏って。

 

「……ゴロツキ貴族」

「だな」

 

 マグダが小声で教えてくれる。

 そうだ。あいつは先日ここへオルキオのことを探りに来ていたゴロツキに扮した貴族。

 今度は正体を隠さずに堂々と乗り込んできたか。

 

「この場に、四十二区領主、エステラ・クレアモナはおるか!?」

「へ? あ、はい! ボクがエステラです」

 

 貴族の男に呼ばれ、エステラが素直に手を上げる。

 お前は領主で、等級持ちなんだからそんな愚直に返事をするなよ。

 もっとふんぞり返ってろよ。だから舐められるんだぞ。

 

「……まったく」

 

 エステラを見つけると、貴族は嫌そうな顔を隠そうともせずため息を吐いた。

 

「どうなっておるのだ、この区は。館に使用人が一人もいないとは……財政破綻しておるのではあるまいな?」

 

 あぁ、なるほど。

 エステラに用があって館を訪れてみたものの、現在エステラの館は完全休業状態で、人っ子一人いないんだったな。

 マジで、留守番の一人も置いてないのか。

 そりゃ「どうなってる」って言われても仕方ないわな。

 貴族的に考えればあり得ないことだ。

 四十二区でなら「エステラらしいな」で済むけどな。

 

「書簡を持って参った。受け取るがよい」

「では、私が」

 

 すっと、貴族男の前に割り込むナタリア。

 

「名乗りもせぬ不審者を、我が主へ近付けるわけには参りませんので」

 

 こちらも、不機嫌を隠すことなく、むしろ殺気を迸らせて貴族男を睨む。

 よく見れば、いつの間にか貴族男はエステラのとこの給仕たちに取り囲まれていた。

 どこにこんなにいたのか、無数の給仕たちがいつもの仕事着を身に纏い、ナタリアに負けないくらいの殺気を迸らせて貴族男を睨み付けている。

 

 ……え。

 ここの給仕って、みんなこんなにおっかねぇの?

 ナタリアナイズされ過ぎじゃない?

 

「先触れも寄越さぬ無礼な訪問者に対する対応の仕方など、当家では想定してございませんので、次からは貴族として恥ずかしくない最低限のルールを遵守の上、我が主への目通りを乞うようにしてください」

「な……っ!? 貴様、私に向かってなんという口を……、私を誰だと――!?」

「ご理解いただけないのであれば……この次はありません」

「……ぐっ!」

 

 四十二区と見くびり、テメェの都合をエステラに押しつけようとした貴族男を黙らせるナタリア。

 給仕たちの殺気がそれを後押しする。

 

 慣例を無視したのは貴族男の方なのだろう。

 シフォンケーキを早く広めたくて先走ったのか?

 なんにしても、おのれの手柄のことしか頭になくて、エステラに対する礼を欠いたのだろう。

 

 なら、この程度の脅しは甘んじて受けとけ。

 

「……ふ、ふん! 結果を早く知りたいであろうという気遣いにも気付かずに……っ!」

 

 貴族男が、分かりやすい負け惜しみを口にする。

 

「確かに書簡は渡した! そのように行動するよう、裁判長殿はお求めだ! ……私はこれで失礼する」

 

 書簡をナタリアに押しつけ、貴族男が踵を返す。

 

「あのっ」

 

 そんな貴族男の前にジネットが進み出る。

 

「折角四十二区へ来られたのですから、どうか笑顔でお帰りください。こちらはお土産にどうぞ」

 

 そう言って、エステラに渡すのだと言っていたパウンドケーキを貴族男へ手渡す。

 

「エステラさんは、とても優しい領主様です。今度は、普通にお越しくださいね」

 

 エステラの悪印象を払拭したかったようだ。

 だが、エステラに非がない以上、「次はルールを守れよ」としか言えない。

 ジネットが言うと、随分とまろやかになるけどな。

「普通にしろ」ってのは、「今回のやり方は非常識だ」って意味にも取れるが、まぁ、ジネットのことだから裏はないのだろう。

 

「……ふん。もらっておこう」

 

 ジネットからパウンドケーキを受け取り、貴族男は運動場を出て行く。

 足取りは、先ほどよりかは若干軽くなっているように見えた。

 

「エステラ様。統括裁判所より、書簡です」

 

 ナタリアが告げた言葉に、運動場がざわつく。

 オルキオも息を呑み、エステラを見つめている。

 

 神妙な顔つきで書簡を受け取り、エステラが中を確認する。

 しばらく黙って書簡を読んでいたエステラだったが、ふいに書簡を折りたたむ。

 そして、オルキオに向かって笑みを向けた。

 

「これからも、ご近所さんとして仲良くしてくださいね。オルキオ領主代行」

 

 

 統括裁判所がオルキオを認めた。

 それが分かって、運動場はわっと盛り上がった。

 

 

 

 

 

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