異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

388話 試行錯誤 -4-

公開日時: 2022年9月17日(土) 20:01
文字数:3,117

 最終的なデザインは、よこちぃが片膝を突いてしたちぃへプレゼントを贈っているイラストになった。

 手に持っているのは小さくはっきりとは見えない。

 見様によっては、アメリカあたりのプロポーズのように見える。

 よこちぃとしたちぃの全身を入れたことでプレゼントははっきりと見えなくなった。

 なので、よこちぃたちを取り囲むフレームにヘリオトロープの花を散りばめてデザインした。

 周りのフレームを変更すれば、真ん中の絵は使い回せる。

 

 ただ、そのせいで金型が増えてしまった。

 よこちぃとしたちぃのイラストを描くための金型が四枚。

 フレームを描くための金型が三枚。

 計七枚になった。

 

 作るのもさることながら、枚数が増えれば着色工程も大変になる。

 一色ずつ乾くのを待つ必要があるし、少しでも金型がズレれば色を全部落として最初からやり直しだ。

 

 しっかりと着色された色を落とすには溶剤を使用するのだが、その溶剤がブリキに残っていれば、当然ながら上に色を載せても綺麗に発色してくれない。

 溶剤を落とすための洗浄が必要になり、洗った後乾かす時間がかかる……と、途方もない作業になる。

 

 それを解消するために、『初心者でも完璧に着色できるマシーン』の制作に取りかかることになった。

 

 リスクマネジメントという言葉を知っているだろうか?

 企業が行う事業に関し、それが引き起こすであろう問題点を事前に洗い出し、対策を立て、損益や被害を未然に防ぐために必要な考え方である。

 

 たとえば、飲食店であれば、『食中毒が発生するリスク』というものがあげられる。

 そのリスクを減らすためにどのように行動するべきか――そう。衛生管理だな。

 手洗いや調理場の清掃、消毒はもちろんのこと、食材に関しても危険なものは使用しないように考慮する必要がある。

 信頼できる農家から野菜を買い取り、清潔な調理場で、検証されたルールに則って調理をすれば、食中毒のリスクは限りなく低減させることが出来る。

 

 ――というのを、気が遠くなるほどいくつもいくつも積み重ねて、企業が企業として信頼を失わず顧客満足度を上げるため、日夜あれこれと考えられ実行されているのがリスクマネジメントというものだ。

 

 そのリスクマネジメントの最たるもの。

 必ずと言っていいほど、ほぼすべての企業が頭を悩ませる最大のリスク。

 それが、ヒューマンエラー。つまり、人間による仕事のミスなのだ。

 

 こればっかりは、どんなにルールを設けても、どんなに素晴らしい策を弄しようとも、絶対になくならない。

 リスクマネジメントの観点から言えば、『ヒューマンエラーはなくならないもの』と捉えるのが妥当であり常識的である。

 

 なので、如何にして『人の手による失敗を軽減するか』が最も重要な要素となる。

 

「というわけで、ハンドルを回すだけで自動に色が正確に着色されていくマシーンを依頼したわけだが……」

「……はぁ、はぁ……まぁ、アタシにかかれば、ざっとこんなもんさよ」

 

 ノーマ、頑張り過ぎ!

 

 マシーンの仕組みは単純で、缶がピタリとハマる穴を開けた鉄のコンベアーを作り、ハンドルを回転させることでそれが動くようにする。

 そのコンベアー上部の定められた位置に金型を設置する。

 当然、缶の蓋にピタリと合うようにだ。ミクロン単位の精度にこだわった。

 

 金型の下に蓋が来ると、ローラーが下りてきて着色を開始する。

 着色が終わった缶は、その先の缶置き場へと流されていき、染料が乾くまで待機となる。

 

 その間に、金型とローラーと染料を交換すれば、二度目の着色が出来るというわけだ。

 量産するのであれば、この機械を着色の回数分作ればいい。

 本当は一本のレーンですべての着色が出来れば最高なのだが、四十二区の技術で完全オートメーション化は不安が大き過ぎる。

 人の目によるチェック、検品を行った方がいい。

 ローラーでの着色にしたって、色が掠れるかもしれないしな。

 

 そして、重要な点がもう一つ。

 実は今回作ったこのマシーンには、俺の野望を叶えるための布石が仕込まれているのだ。

 

「しかし、このチェーンっていうのは、今後使い道が無限に広がりそうな大発明さね!」

 

 そう。

 コンベアーを動かすためにチェーンを使用しているのだ。

 自転車の動力となる、あのチェーンだ。

 

 ブッシュベアリングを使用して軽く回転する鉄製の小さなパーツを組み合わせて作られたチェーンは随分と原始的で動きも重いが、これを元に改良を繰り返せば、そう遠くないうちに自転車のあのチェーンに進化するだろう。

 0から1へは果てしなく遠くても、1から100は意外と近いのだ。

 

 ……あと、小出しにしないとノーマが死ぬ。

 

「このチェーン、改良が必要な気がするさね!」

「改良はいいけど、性能が上がり過ぎて金型とブリキの缶がズレるなんて事態は避けてくれよ」

「む……そぅ、さね。……改良は別途、趣味の範疇でやるかぃね」

 

 カロリー消費の激しそうな趣味だな、おい。

 

「けど、これでなんとか完成しそうさね」

「テストしてみて行けそうなら、とりあえず二十個ほど作ってみるか」

「さね」

 

 白み始めた空の下、ノーマが着色マシーンをセットする。

 

 まずは一色目。

 一つ着色しては、デザイン画と見比べて違いがないか、滲みや欠損がないかを確認する。

 一つ目の合格が出たら、一気に十個目までを着色し、抜き取り検査で三個チェックする。

 それでOKが出れば、最後まで一気に着色してしまう。

 

 二十個着色が済んだら、全体検査を行いつつ乾燥だ。

 その間、ノーマには金型のローラーの交換を行ってもらう。

 

「ヤシロちゃん。見てください。試作品です」

 

 ウクリネスの入れ物もほぼ完成している。

 刺繍はやはり前面にバーンと入れることになった。

 ハンドクリーム自体が小さいものだし、カバンに付けると目立たなくなる。

 その小さな範囲の中でさらに刺繍を小さくすると、遠目にはまったく分からなくなるというのが理由だ。

 

 ハンカチや服に刺繍する時は、すみっこに小さく入れるとオシャレだとは思うけどな。

 

「スナップボタンを使ってベルトを外さずにベルトに取り付けられる仕様にしてみました」

 

 鉄製の「ぱちっ」っと留めるスナップボタン。

 それを幅広のヒモに取り付け、ベルトを外さなくてもポーチの着脱が出来るように改良されたウクリネスの自信作。

 確かに、これならオシャレをした後にプラスワンで取り付けられてお手軽だ。

 

「その他に、ピン留めタイプと肩掛けタイプを作りました」

「肩掛けというか、ネックレスみたいなサイズだな」

「あまり長くても、邪魔ですからね」

 

 確かに、直系5センチ程度の小さなポーチを斜めがけしていても、ぷらんぷらんして邪魔だろう。

 胸元に来るくらいでちょうどいい。

 

「ですが、そうですね。『肩掛け』という表現はやめて『ネックレスタイプ』としましょうか」

 

 ネックホルダーというよりかはネックレスの方がオシャレっぽい、か?

 そういや、昔ミネラルウォーターを首からぶら下げるのが流行った時代があったっけなぁ。

 日本ではお守りを首からぶら下げてるヤツも普通にいたし、受け入れられないってことはないだろう。

 

 俺なら、カバンに付けるかベルトに付ける方を選ぶけどな。

 

「ヤシロ、二色目始めるさよ」

「もう乾いたのか?」

「たぶん大丈夫さね」

「滲んだらやり直しだぞ」

「大丈夫さよ。失敗してもいいように二十もやってんだからさ」

 

 ま、そうなんだけどな。

 トライ&エラーを繰り返して最適を探るってのには賛成だ。

 じゃ、二色目やるかね。

 

「んぁあああ! 滲んださね!」

「……ま、そりゃそうだろうな」

「いや、ここんとこ手書きで修正したらバレないさね……たぶん!」

「分かったよ、俺が修正しとくから、次のスタンバイ頼むな」

 

 

 そんなトライ&エラーを繰り返し、日が完全に昇るころ、入れ物は二十個完成した。

 

 

 

 

 

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