異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

395話 手ごわい策略家たち -3-

公開日時: 2022年10月14日(金) 20:01
文字数:3,389

「ほっほっほっ!」

 

 タートリオが嬉しそうな顔で笑って、俺たちの席へと戻ってくる。

 まだいたのか。

 

「ちょっと見とくれぞい」

 

 あぶり出しの済んだ包装紙を広げて、得意げな顔で見せてくる。

 あぶり出ししてたのかよ。

 どれどれ……

 

 

『ター爺、ヌテキ!』

 

 

「ちょっとはみ出してんじゃねぇか!?」

 

 こんなカタカナ的な面白いミス、どうやって翻訳してんだよ、えぇ、『強制翻訳魔法』よぉ!?

 あんのか!?

『ス』と『ヌ』が似てるような異世界の言語が!?

 それをたまたまロレッタが使ってたってか!?

 えぇこら!?

 

「たぶん、ロレッタちゃんに『ヌテキ』って言われたのはワシが初めてじゃぞい」

「だろうな」

 

 もしかしたら最初で最後かもよ。

 よかったな。

 一切羨ましくはないけども。

 

「ところで、ロレッタちゃんがエプロンに付けとった、あの可愛らしいポーチ、あれが噂のハンドクリームなんじゃぞい?」

「お前は耳が早いな」

「プロじゃからの」

 

 で、情報を欲しそうに俺を見るんじゃねぇよ。

 俺はそんなに安くねぇぞ。

 

「エステラと話して、『リボーン』で特集でも組めよ」

「それはよい案じゃぞい。最近、『リボーン』の購読者が増えておるんじゃぞい。情報紙とは違う、カルチャーに特化した情報ツールとして、存在意義を確立し始めとるんじゃぞい」

 

『リボーン』の発行は、エステラが監督する『リボーン』発行会と情報紙発行会の共同で行われている。

『リボーン』発行会に俺が与えたノウハウと、情報紙発行会の印刷技術がうまく組み合わさり、『リボーン』の発行は安定したと言えるだろう。

 そろそろ次の号が出る頃合いか?

 ある程度客が定着すれば、月刊誌か週刊誌のようなペースで発行することになるだろう。

 

「『リボーン』に付録を付けると、購入者が爆発的に増えるぞ」

「付録……って、ヤシロ、君は具体的にどんなのを考えているんだい?」

「ハンドクリームのお試しセットとか、色違いのポーチとか」

「絶対欲しいじゃないか、そんなの!」

「なるほどのぅ、情報以外にも付加価値を……さすがじゃぞい、冷凍ヤシロ! 目の付け所がシャープじゃぞい!」

 

 別にプラズマクラスターとか出せねぇけどな。

 

 日本でも、付録を目当てで雑誌を買うヤツは多かった。

 ある程度の需要は見込めるだろう。

 あとは、いかにして生産コストを削減し、安くて興味をそそる付録を生み出すかだな。

 

 その辺はアッスントに一枚噛ませてやればなんとでもするだろうよ。

 

「まったく、書くことが尽きんのぅ、この街は。そろそろ支社が欲しいぞぃ。いっそ、組合でも作るかのぅ」

「やめとけやめとけ。なぁなぁでやってると腐敗するぞ」

 

 それで、何代か後の後継者たちが苦労することになるんだ。

 競合他社がバチバチ競い合ってるくらいの方が健全かもしれん。

 ……相手を蹴落とすために権力者と癒着とかし始めると目も当てられないけどな。

 

「情報紙発行会は、世襲をやめるぞい」

 

 ぽつりと、タートリオがそんなことを言う。

 

「運営手形も意味をなくしたしの」

 

 もともと、タートリオのコーリン家、ホイルトン家、テンポゥロ家の三貴族がパワーバランスを保ち運営を行えるようにと導入されていた運営手形制度は、ウィシャートの思惑によって崩壊した。

 ホイルトンが息子の結婚のために運営手形を売却し、それをテンポゥロが手に入れて発行会を乗っ取った。

 

「ワシも、腐敗を防げんかった者の一人じゃぞい」

 

 タートリオは強制的に運営権を剥奪された被害者のような立ち位置なのだが、それでも責任を感じているらしい。

 他の二人をきちんと見張れていなかったと。

 

 こういう人間だから、テンポゥロはタートリオを避けたんだろうな。

「一緒に悪事を働こうぜ」と持ち掛けても一喝されるだろうし。

 

「そういや、タートリオって家族いるんだっけ?」

「まぁ、おるにはおるんじゃが、息子はあんまり情報紙には興味がないみたいじゃぞい。ワシが年甲斐もなくあっちこっち飛び回っておるのを快く思っておらんのが原因じゃろうがのぅ」

 

 自分の親がこういうタイプだと、子供は逆に落ち着いた感じになることはあるよな。

 

「孫はまだまだ小さいし、どちらにせよワシの次の役員は、意欲に燃える若者に譲るつもりなんじゃぞい」

 

 世襲ではなく能力によって代表者を決める。

 そっちの方が健全かもしれない。

 ハビエルやメドラのような、とんでもない新人が現れるかもしれないしな。

 狩猟ギルドは世襲をするつもりはないようだが、木こりギルドはどうなんだろうな。

 とはいえ、イメルダを超えるカリスマとリーダーシップとスター性を兼ね備えた木こりがこの後現れるかって言うと……疑問だわな。

 

 世襲でも、実力が伴っていれば問題はないんだよなぁ。

 イメルダがトップになっても、腐敗するとは思えないし。

 

「若い力……ッスか」

 

 マグダからのメッセージを見つめて一人の世界に浸りきっていたウーマロが現世に帰ってきた。

 

「おかえり」

「やはは。心はまだふわふわ極楽気分ッスっけどね」

 

 本当に嬉しそうに、マグダからのメッセージ入り包装紙を抱きしめている。

 トルベック工務店も世襲は無理だろうな。ウーマロが末代だろうし。

 お前に結婚は無理だ。

 

「組合の役員の子息で一人、物凄く気合いの入った人物がいるんッスよ」

「会ったことがあるのか?」

「向こうから会いに来たんッス。将来の組合を背負って立つかもしれない大工には、直接会っておきたいとか言って」

 

 そんなヤツがいたのか。

 残念ながら、ウーマロは組合を背負って立つ前に脱退してしまったが。

 

「オマールのとこにも会いに行ってたみたいッスから、結構あちこち回ってたんじゃないッスかね。現役員なんかより、オイラたちには馴染みのある顔だったッスよ」

 

 会いに来たのは一度ではないらしく、ちょいちょい会う機会があったらしい。

 たまに現場まで足を運んで、ウーマロたちの仕事ぶりを見ていたとか。

 

「そいつが役員になるころには、少しはマシになってるかもな」

「そうッスね。ウチの連中も、似たようなこと言ってたッス。ネグロ様がトップになれば、組合はもっと活気づくだろうって」

「へぇ。あいつらにそこまで言わせるヤツなら、一回会ってみたかったな」

 

 まぁ、もう組合と関わることはないだろうから、会うこともないだろうがな。

 

 

 ……なんて思った矢先、陽だまり亭の庭先が急に騒がしくなった。

 馬車の車輪と馬の蹄の音が慌ただしく近付いてきたかと思ったら、馬車の中で騒いでいるらしい男女の賑やかな声が店内にまで漏れ聞こえてきた。

 

「いーやーだぁぁあ!」

「ここまで来て何を言うんですか!? 協力してくれるって約束したでしょ!?」

「だって、絶対変に思われるもん! っていうか、変だもん!」

「大丈夫大丈夫! めっちゃ似合ってるから!」

「嬉しくない!」

 

 どうやら、男二人が駄々をこねるように激しく拒絶する女を馬車から引き摺り下ろしているようだ。

 

「あれ……あの声?」

 

 ウーマロが耳を動かし、ドアへ視線を向ける。

 

 ウーマロの知り合いなのだろうか?

 しかし、表で何を騒いでいるんだ?

 

「今回だけ! とにかく、第一印象がすべてなのです! 今だけ、なんとかその不平を飲み込んでいただけないでしょうか!? どうか、このとーり!」

「ちょっ!? 貴公がこのような場所で頭を下げるなど……!」

「無理は承知で、このとおりです!」

「土下座はマズい! 土下座はやっちゃダメですってばー!」

「首を縦に振っていただけるまでは立てません! 私たちには、数百という者たちの生活がかかっているのです!」

「そうそうそう。今日、この場所が一番重要なのね。だからね、頼むよ~オトトちゃん」

「むぁあああ! 分かった! 分かりました! やりますよ! やればいいんでしょう!?」

「恩に着ます、トト殿!」

「やったね、ネグっち!」

「はい! クルス君もありがとう!」

 

 なんか、解決したらしい。

 

「……あぁ、やっぱりあの人ッスね」

 

 で、ウーマロの知り合いで間違いないらしい。

 

 騒がしかった声が途絶え、音が消える。

 身だしなみでも整えているのだろう。

 

 なんかよく分からんが、並々ならぬ決意を胸に抱いた連中が何かの目的のためにここへ来たようだ。

 一体、どんなヤツがやって来るんだ……

 

 

 心持ち身構えてドアを見つめる。

 

 

 ガチャ――

 

 

 と、ゆっくりとドアが開かれる。

 

 そこに現れたのは、大きなおっぱいを紐で縛り上げて「どぉーだぁー!」とばかりにばるぅ~んと強調させた背の高い美女だった。

 

 

「おっぱいばるぅ~ん!?」

 

 

 一体、誰が何をしに来たってんだ?

 

 

 

 

 

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