異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

378話 着ぐるみお披露目会 -2-

公開日時: 2022年8月6日(土) 20:01
更新日時: 2023年1月2日(月) 23:03
文字数:3,779

「聞いてねぇぞ」

「ボクも驚いているところだよ」

 

 風呂場から裏庭へと出て、こっそりと陽だまり亭の前を窺う俺とエステラ。

 そこには、「どうした!?」という数の人間が詰めかけていた。

 

 本来なら、デリアたちを呼んで陽だまり亭のフロアで着ぐるみのお披露目会が催されるはずだった。

 だが、「昼に陽だまり亭に集まるように」とみんなへ呼びかけに行っていたナタリアが「予定を変更して、陽だまり亭前でお披露目ということになりそうです」なんて言っていたのでなんかおかしいなとは思っていたのだが……

 どんだけ声かけまくったんだよ、ナタリア。

 

「言い訳をさせていただきますと、カンタルチカでパウラさんが『またヤシロが面白いこと始めるの!? お昼に陽だまり亭ね、絶対見に行く!』と大きな声で言ったため、大通りを歩いていた一般市民の皆様から質問攻めに遭い、『いや、お前らには関係ないから、ペッ!』と領民を突っぱねるようなことはしたくないであろうエステラ様の心を慮って事情を説明した結果、予想以上に噂が広まったのです」

「パウラ……声デカいもんなぁ」

「カンタルチカの看板娘だもんね。声が大きくないと注文も通らないだろうし」

「おまけに、ミリィさんをお誘いした際、どこから湧いてきたのかオバ……お姉様方が『まぁまぁ、楽しそうね! 私たちもお邪魔していいのかしら?』と半ば強引に参加の許可をむしり取っていかれまして……『年齢を弁えて大はしゃぎすんじゃねぇーよ。――と、エステラ様がおっしゃっていましたよ』とお伝えしようかギリギリまで悩んだ結果、やめておきました」

「よかったよ、懸命な判断をしてくれて!」

 

 それ、言ってたら暴動が起こってたろうな。

 革命だ、革命。

 

「というわけでして、到底フロアには入りきらないだろうと陽だまり亭前でのお披露目にしていただこうと思ったのですが……広場にすればよかったと、今さらながらに後悔しております」

「うん……、読みが、ちょっと甘かったよね」

 

 ナタリアでも読みを外すことがあるのかぁ~。っていうか、四十二区の連中、お祭り騒ぎが好きになり過ぎじゃね!?

 なんか、回を重ねるごとに騒動が大きくなっている気がする。

 

 着ぐるみ、見せるだけだぞ?

 

「あの、ヤシロさん」

 

 風呂場から、ジネットが裏庭へ出てくる。

 

「街道が塞がると、困る人も出てくると思います。みなさんにお話しして、広場へ移動していただきましょうか?」

「そうだなぁ……ナタリア、外の連中を街門前広場まで誘導してくれるか?」

「お任せください」

「ジネット。マグダとロレッタに言って、デリアたちは一度陽だまり亭に入ってもらってくれ。あいつらにだけ先に見せちまおう」

「そうだね。それで、こっちの手伝いをしてもらった方がいいね」

 

 一度騒げば、その後は多少落ち着くだろう。

 

「では、この後のお手伝いをお願いするということで、店内へ入ってもらいますね」

 

 先にお披露目とか言うとモンクが出かねないからな。

 普段大人しい人間も、数が揃えば脅威になる。

 

 デリアたちが変な恨みを買うのも看過できないし。

 

 

 というわけで、ささっと役割分担をして各々の仕事をこなす。

 ナタリアは詰めかけた群衆を混乱なく街門前広場へ誘導していく。

 マグダたちはいつものメンバーをこっそりと店内へ引き込んでいく。

 

 そして、俺とハビエルは、よこちぃとしたちぃとしてみんなの前で可愛らしく愛嬌を振りまく。

 

「…………♪」

「…………☆」

「きゃあ、やだ、すっごく可愛いっ!」

「ネフェリー、ネフェリー! 抱っこ! 抱っこしよう!」

「ゎぁ……かゎぃぃ……」

 

 ネフェリーとパウラとミリィが目をキラキラさせて声を上げる。

 

「あ、姐さん……あ、あれっ、めちゃめちゃ可愛くないですか!?」

 

 テレサにくっついてきたバルバラがデリアの腕を掴んで訴える。

 が、デリアはこちらを見たまま硬直している。

 

 デリアはどうしたんだ?

 と、顔を覗き込むと、顔を真っ赤にして瞳を潤ませている。

 どうやら、めちゃくちゃ好みのど真ん中らしい。

 目が、少女のきらめきを放っている。

 

 デッカいケーキとか可愛い花束とかを見た時と同じ目をしている。

 

 少女スイッチの入ったデリアは奥手になるので、こちらから近付いて、頭をぽんぽんと撫でてやる。

 

「はゎぁぁ!? なでっ、なでてくれたっ!」

 

 頭を押さえて涙目になるデリア。

 その反応はズルい。

 ハビエルにも何かしら刺さるものがあったようで、俺たちは左右からデリアを挟むようにハグをした。

 

「ふゎぁああ!?」

 

 顔を真っ赤に染めてデリアが吠える。

 

「いいなっ! いいっすね、姐さん!」

 

 バルバラが両腕をぶんぶん振り回す。

 もどかしそうに身をよじっている。抱きつきたいらしい。

 

「ズルいよ、デリアばっかり!」

「私も抱っこしてほしい!」

「……みりぃ、も、ぃいかな?」

 

 両腕を広げてみせると、パウラたち三人が飛びついてきた。

 ぽんぽんと、背中を叩いてやる。

 

 しかし、三人ともしたちぃなのはなぜだ?

 俺がよこちぃへ視線を向けると、ネフェリーが少し照れたような顔で言う。

 

「よこちぃは、男の子だから……だから、ね? したちぃに抱きつかせて。お願い」

 

 性別の問題らしい。

 手持ち無沙汰だったらしいハビエルが、壁際に立っているカンパニュラとテレサの方へ近付いていき、イメルダに鳩尾を殴られ、床へとうずくまった。

 ……こら、イメルダ。殺意を隠しなさい。

 

「あ、あのっ! あーしも、いいですか!?」

 

 したちぃに抱きつくパウラたちの向こうから、バルバラがカチコチに緊張した顔で尋ねてくる。

 

「優しくします! あと、この後お手伝いもしますから! その、もし嫌じゃなかったら!」

 

 バルバラが、相手にお伺いを立てるとは……

 しっかりと成長している様を目の当たりにして、俺はこくりと頷いてみせる。

 両腕を広げてみせれば、バルバラは嬉しそうに破顔して腕の中へ飛び込んできた。

 ちゃんと力加減された、優しい突進で。

 

「わぁ……ふわふわだぁ……。えへへ……したちぃ~」

 

 なんだか、一番女の子っぽい反応かもしれないな、こいつが。

 

「カンパニュラさん、テレサさん。お二人もよこちぃさんやしたちぃさんと触れ合ってみませんか?」

 

 壁際に立つカンパニュラたちに、ジネットが問いかける。

 遠慮しているのか、カンパニュラとテレサは壁際から動こうとしなかった。

 

 ……怖いのか?

 

「あの……私は、きっと、皆様が思っている以上に甘えん坊ですので、……もし、ご迷惑になるようでしたら、すぐに言ってください。そうでなければ、安心してお話も出来ません」

 

 どうやら、よこちぃとしたちぃが可愛過ぎて、ちょっと羽目を外してしまいそうだと感じたらしいカンパニュラ。

 そこで、踏みとどまっちゃうのがカンパニュラだよな。

 飛び込んでくればいいのに。

 

 テレサは、カンパニュラに合わせて待っていたらしい。

 もう、完全にカンパニュラ付きの給仕長だな。

 

 ジネットに視線を送ると、ジネットはにっこりと笑みを深めて頷く。

 

「任せてください。したちぃさんが困っていると思ったら、わたしが止めますから」

「くれぐれも、お願いします。ジネット姉様。あの……私、したちぃたちに嫌われると、すごく悲しいですから」

 

 どんだけ傍迷惑な甘え方をするつもりなんだよ。

 きっと、カンパニュラが「これはやり過ぎだ」と思う行動も、迷惑度で言えばルシアの百分の一にも満たないだろう。

 

 しゃがんで両手を広げると、カンパニュラはテレサと見つめ合い、手を繋いで二人一緒に駆け寄ってきた。

 直前で速度を弱めるという遠慮を見せる二人に、こちらから全力のハグで出迎える。

 

「わぁっ!」

「きゃはは!」

 

 カンパニュラが華やいだ声を上げ、テレサはくすぐったかったのか声を上げて笑った。

 

「ふわふわで、とっても気持ちがいいです」

「したちぃ、あったかい、ね」

 

 二人を抱きしめながら頭をぽんぽんと撫でてやると、カンパニュラがぎゅーっとしがみついてきた。

 カンパニュラがこんなにテンションを上げているのは珍しいかもしれない。

 

 テレサも負けじとしがみついてくる。

 そして、胸に顔を埋めてぐりぐりとこすりつけてくる。

 

 ん~……なんだろう、この気持ち。

 まぁ、たぶん勘違いだとは思うんだが……

 

 

 お子様が、可愛く思える。

 

 

 ガキ嫌いな俺が……

 きっとこれは、したちぃ効果だろう。

 したちぃの中にいるから、したちぃの感情が俺の精神に影響を与えているのだ。

 つまり、今、この小さいお子様二人を可愛いと思っているのは俺ではなくしたちぃということになる。

 

 なるほど。

 それなら納得だ。

 

 納得が出来たところで、お子様二人の脇の下に腕を通して二人同時に持ち上げる。

 

「きゃっ!?」

「わぁっ!」

 

 声を上げてぎゅっとしがみつく二人。

 しがみついたのを確認したところで、高速回転!

 

「きゃぁぁあっ!」

「きゃははは! あははは!」

 

 きゃあきゃあと声を上げるお子様二人。

 しばらくすると、悲鳴を上げていたカンパニュラも笑い出していた。

 きゃははと、お子様特有の甲高い声がフロアに響く。

 

 

「ホント、ヤシロって子供好きだよねぇ」

「うん。絶対子煩悩なお父さんになるよね」

「てんとうむしさん、やさしいから、ね」

 

 そんな声が聞こえてくるが、お子様を可愛がっているのは俺ではない、したちぃだ。

 というか、したちぃの中には人などいないのだ。

 よって、俺ことオオバヤシロは今この場には存在しない。

 

 だから、俺が子供好きとか子煩悩なんてことはあり得ないのだ。

 よろしいか?

 よろしいな。

 

 うむ、よろしい。

 

 

 

 

 

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