「ちゃうねん」
落ち着きを取り戻したレジーナの第一声は、そんな言葉だった。
「行きはよいよい、帰りは怖い……いや、『帰られへんやん、怖いや~ん』やってん」
「よく分からんが……つまりお前はアホなんだな?」
「誰が『アホの娘は可愛い』やねん!」
すげぇポジティブに受け取られてしまった。そういやこいつ、ポジティブな被害妄想なんだっけな。
俺たちはレジーナを見つけて……というか、レジーナに捕捉されて、予定変更を余儀なくされてしまった。
生き別れた母親を見つけた幼い娘のようにすがりつき、わんわん泣くレジーナをあやし、宥めすかし、「とりあえずどこかで落ち着いて、何か飲み物でも飲もう……レジーナの奢りで」ということになった。
大通りに出てすぐ、良さげなパーラーを発見した俺たちはなだれ込むようにその店に入り、日差しは温かく風は涼しいという絶好の条件の中、オープンテラスの一角に陣取ってフレッシュジュースなんぞを飲んでいる。コーヒーとか紅茶はなく、酒かジュースしかなかったのだ。
雰囲気は喫茶店っぽいのだが、バーみたいな品揃えだ。
「素敵なお店ですねぇ」
「街並みが綺麗だから、外にテーブルを置くだけで様になるんだろうね」
レジーナの話に興味がないのか、ジネットとエステラはパーラーの店構えと賑わう大通りが見せる、所謂『絵になる』雰囲気に瞳を輝かせていた。
領主の館付近は、落ち着いた雰囲気と相まって整然とした美しい街並みという印象だったが、大通りはいい意味で雑多で、入り乱れ、賑やかだ。
オープンテラスから通りを眺めると、立て看板や、控えめな花壇が面白いアクセントとなり、大通りの賑わいに彩りを添えている。
昔映画で見たパリの街並みを思い出させる。古式ゆかしい風格と気品がある。
プチシャンゼリゼ通り、って感じかな。
「……と、いうわけやねん」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「ちょっ!? じぶ~ん! 頼むわぁ、ホンマ。ウチ、ものすごしゃべったのにぃ!」
俺が大通りの雰囲気に意識を取られている間に、レジーナが勝手にしゃべっていたらしい。全然聞いてなかった。
「で、なんで三十五区にいるんだよ?」
「そっからかいな!? しゃあないなぁ……今度はちゃんと聞いとってや!」
じゅぞぞ~っと、キャロットジュースを飲み干し、レジーナは一つ咳払いを挟む。
……しかし、あのキャロットジュース…………
「実はな……」
「すげぇドロドロしてんな、そのジュース」
「聞きぃや、人の話っ!」
「すげぇマズそう」
「確かにマズいけど! 『こんなん飲んでる自分……、素敵やん』って浸りたいがためだけに開発された飲みもんちゃうんか思うけどっ! 今はウチの話聞く時間やろ!?」
「あ、でも。ボクんとこの馬がお腹壊した時にはこういうのがいいかも」
「誰がお腹壊した馬やねん!? 何と一緒にしてくれとんねん!? 年頃女子がオシャレに嗜む飲みもんですぅっ! で、そんなんどうでもえぇねん!」
「お前、元気だなぁ」
「誰のせいや!?」
誰のせいかと聞かれれば……途中で関係ない馬の話を挟み込んだエステラのせいかな?
「謝っとけ、エステラ」
「なんでボクなのさ!?」
「さっきからちらちらレジーナのおっぱいばっかり見てるからだ」
「なっ!? そ、そんなには見てないよ!?」
「ちょっとは見とるんかいな!? どないしてんな!? ついに感染してもうたんか!?」
おい、『感染』って、何にだ、コラ?
「いや、だって……ホントに『ツンって上向き』なんだなぁ……って」
「なんの話やねん!?」
「改めて、ヤシロのすごさを実感したよ……」
「あれれ~、おかしいぞ~? なんでか全然褒められてる気がしないなぁ」
「あの、ヤシロさん。おそらく、褒めてはいないのではないかと……」
無礼なニュアンスを含むエステラの言葉に、ちょこっと俺のおへそが曲がり出す。
ジネットが気遣うように話しかけてくれたのだが……ふん、そんなことは分かっている。分かっているからこそ、おへそが曲がるのだ。
「はぁ……会ぅて早々おっぱいの話って…………四十二区も、いよいよ末期なんかもしれへんなぁ……」
四十二区でも群を抜いた末期患者のレジーナが悲嘆に暮れる。
なんだか、こいつに言われるとイラッてするな。
というか、なんでそんな憐れんだ視線を『俺に』向けるんだよ? おっぱいの話をしてるのはエステラだろうに。
「港町の三十五区……木こりの四十区、狩猟の四十一区……そして、おっぱいの四十二区……」
「そういう印象操作はやめてくれるかい、レジーナ!?」
「いや待て、エステラ! …………『有り』かもしれんぞ?」
「無しだよ!」
おっぱいに反発するちっぱい。
自分がマイノリティーだからってへそを曲げちゃって。
いい歳してへそを曲げるな! 大人げない!
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