異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加77話 準備が整いました -5-

公開日時: 2021年4月4日(日) 20:01
文字数:2,218

「ヤシロ様、エステラ様。そろそろお時間です」

 

 予告していた開始時間がすぐそこにまで迫っている。

 気が付けば、会場にはたくさんの領民が詰めかけていた。

 親子連れの姿も多く見られる。

 

 これだけの人間が参加してくれるのなら、とりあえず第一弾は成功と言えるだろう。

 あとは内容だが……そこはなんとでも盛り上げられるだろう。基本的に、好意的な人間が多いしな。

 

「ヤシロさん。ドーナツの準備、整いました」

 

 ジネットの報告を受け、マグダたち他の面々と視線を交わし、頷き合う。

 

「よぉし! こっちはいつでもOKだ。エステラ、あとはお前のタイミングに任せるぞ」

「分かった。ナタリア、関係各所に伝達。十分後にイベントを開始するよ」

「かしこまりました」

 

 ナタリアが駆けていき、調理場の中に緊張感が満ちてくる。

 お気楽なイベントのはずなのに、俺の心臓もにわかに鼓動を速める。

 

 

 よぉし、いっちょ派手にやってやるか。

 

 

 

 

 会場の準備が整い、エステラの開会宣言の後、打ち合わせ通りにお菓子の実演が始まる。

 噂のあんドーナツのレシピが、陽だまり亭の料理長ジネット直々に伝授されるということで、プロアマ問わずみんな目が真剣だ。

 

 そして、バリエーションとして、ジャムドーナツやクリームドーナツの作り方を教え、難易度が少し高いと前置きをした後でカレードーナツの実演に入る。

 必死にメモを取る者。その手際に感心する者。ただただ料理に見惚れる者。様々な視線が注がれる中、各種のドーナツが完成する。

 

 

 その後、俺がべっこう飴とカルメ焼き、大学芋の作り方を陽だまり亭でやったように見せながら説明する。

 カルメ焼きが膨らんだ瞬間、会場からは歓声が上がった。うんうん。いい食いつきだ。

 大学芋が終わったら、リンゴ飴を作ってみせて、そして、本日の優勝賞品となるオバケリンゴをお披露目する。

 

 ガキがはしゃぎ、大人たちもその造形に息を漏らす。

 見た目にこだわる可愛いお菓子の感触はまずまずだった。

 

 こいつが本日のコンペの最優秀者に贈呈されると発表されると、参加予定の者たちは鼻息を荒らげて、参加予定ではなかった者たちの中から参加表明をする者が現れた。

 

 

 と、ここでお菓子のデモンストレーションは終わりなのだが……

 

 

「あ~、諸君!」

 

 俺は舞台に上がって会場にいる者たちへと声をかける。

 

「散々お菓子を見せられるだけ見せられて食べられないってのは……ちょっとつらくないか?」

 

 会場がざわめく。

 

 レシピを公開するにしても、本来の味が分からないのでは再現できているのかどうか判断が難しい。

 そこでだ。

 

「コンペの間、特別価格でこれらのお菓子を提供しよう」

「「「おぉおー!」」」

 

 うんうん。

 べっこう飴とかカルメ焼きとか、この先陽だまり亭で作るには地味に面倒くさいくせにあまり高額では売れないお菓子は、こういう時に限定商品として売ってしまうに限る。恩着せがましく、期間限定という付加価値をつけて。

 今だけしか食えないんだから、存分に散財するがいい。

 

 つか、これらは味が普通だから、最初こそ興味本位で買う者も多いだろうが二回目があるかどうかは怪しい。

 故に、今、この場で荒稼ぎをさせてもらうぜ! 陽だまり亭独占でな!

 

「さすがに、優勝賞品であるオバケリンゴは譲れないが……」

 

 リンゴは数に限りがあるので商品には出来ない。残念だ、くそぅ。

 

「その代わり、ハロウィン特製、悪魔のポップコーンを販売する!」

 

 俺の合図に、マグダとデリアが木箱を抱えて登壇する。

 そして、べルティーナが着けているのと同じニセモノの牙を「きらーん!」と見せつけつつ、木箱の蓋を開ける。

 すると中から真っ赤、真っ青、真紫に真緑のなんともドギツイ色のポップコーンが姿を現す。

 牙を生やした二人と、見たこともないような色のポップコーンにガキどもは興奮したり悲鳴を上げたりして、会場は大いに盛り上がった。

 

 大人たちも「なんだあれは?」「え、何味?」みたいな興味を抱いたようだ。

 うんうん。

 味は普通なんだけど、これもこの場では売れるだろう。興味は抗いがたい欲求だ。

 このチャンスに叩き売って売り逃げよう!

 

「さぁ、諸君! これから始まる楽しいイベントを、不思議で怖ぁ~いお菓子を食べながら観覧しようじゃないか! ガキども……ねだれ!」

「ままー! お菓子ー!」

「お母さん、買ってー!」

「おーかーしー!」

 

 いやぁ~、素直って、いいね☆

 

「ヤシロ……君ってホンット~にこういう謀がうまいよね」

 

 舞台を降りた俺を、エステラのジト目が出迎えた。

 

 何言ってんだよ、エステラ。

 こんな分かりやすいボーナスステージ、見過ごす方が難しいっつの。

 そんなことよりも見てみろよ、あの長蛇の列を。列に並ぶガキどもの嬉しそうな顔を。そして、その嬉しそうな顔に逆らえない親たちを!

 

「ほんと、子供って天使だよな☆」

「目を金貨の色にして言うセリフじゃないよ、それは……」

 

 子供のおねだりは商売人の味方だよな~。

 しょーもないもんにコロッと騙されておねだりしてくれるんだもんなぁ~。

 お祭りの空気とガキのテンションが組み合わされば、親の財布の紐が緩む!

 それは異世界だろうが同じことなのだ!

 

「俺、子供って大好き☆」

「だから……、はぁ。もう、好きにしなよ」

 

 何も違法なことはしていない。

 少々過剰に煽り立てただけだ。

 

 まぁ、無償でレシピを公開してやるんだ。これくらいは儲けさせてもらっても罰は当たらないよな。

 

 そんなわけで、小銭が飛ぶように転がり込んできて、俺はほくほく顔で本日のイベントの成功を確信したのだった。

 

 

 

 

 

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