異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

348話 青天の日 -1-

公開日時: 2022年4月5日(火) 20:01
文字数:5,133

 明けて、翌日。

 人々の頭上には、どこまでも抜けるような青空が広がっていた。

 

 ……極端なんだよ、精霊神。

 ずっと天気悪くてじめじめしてたから、今日は日光ギラギラさせといたよって?

 それでプラマイゼロになると思うなよ。

 

 気温も上がって、ちょっとはしゃげばじっとりと汗ばむくらいに温かい。

 寒暖差で人が死ぬわ。

 昨日どんだけ寒かったと思ってんだ。

 その分暑くしといたって?

 

 お前、そのプラマイゼロ理論やめろ。

 

「ろくでもねぇな、精霊神」

「君がそういうことを言うと、また不思議な現象が起こりそうだから慎んでくれるかい?」

 

 隣でエステラがからかうような笑みを浮かべる。

 俺のせいじゃねぇよ、精霊神の性根がひん曲がってるのは。

 

「それにしても、さすがに仕事が早いよねぇ、『チームヤシロ』は」

「やめろ。俺をあの面白軍団に混ぜるのは」

「あはは、謙遜なんてらしくないよ、面白軍団の団長殿」

 

 誰がだ。

 

 エステラの前には、ウーマロが作ったステージがあり、ベッコが作った蝋像も所定の位置にスタンバイされている。

 ウーマロのステージにはいろいろとギミックが仕込まれており、昨日のうちに指示を出して、今朝日が昇るまでに準備してもらったものだ。

 驚異的な速度と、安心のクオリティ。

 素晴らしい技術を持つ、面白要員だ。

 ベッコと同じカテゴリーの。

 俺とは別のカテゴリーの。

 うん、きっとそうだ。そうに違いない。

 

「エステラ様、準備が整いました」

 

 ナタリアがエステラのもとへと報告に来る。

 

「観客も集まったようだね。……で、『お客さん』は?」

「はい。それらしい者が数名」

「あはは、懲りないねぇ、あの男も」

 

 ウィシャートの子飼いと思しき、四十二区では見かけない胡散臭い人間が数名紛れ込んでいるようだ。

 ウィシャートはまだハムっ子ネットワークの存在を認識していないようで、面白いように捜査の網に引っかかってくれる。

 ハムっ子が見慣れていない人間は、かなりの確率で他所の人間だ。

 念のため、ベッコに似顔絵を描かせてトルベック工務店の大工や狩猟ギルドの狩人たちに面通しを行っている。

 今回のイベントのためにやって来た初見さんかもしれないしな。

 まぁ、そういうヤツは大抵、こちらが見知っている人間と一緒にいるものだから、見たことのないヤツが一人で紛れ込んでいればそいつは十分容疑者たり得るわけだ。

 

 なぜかウィシャートは子飼いを単独行動させるんだよなぁ。

 一人の方が目立たないとか、怪しまれないとか思っているのだろうか。

 俺なら、三人くらいの男女混同チームを作って「ねぇ、一度行ってみよう~よ~」「ちぇっ、お前が言うなら逆らえねぇーなー」「とか言って、一緒に出掛けるのが嬉しいくせに」「なっ、ばっ、ちげーよ、全然そんなんじゃねーし!」みたいなグループだと装わせるがな。

 そしたら、見たことのない人間であろうと不自然さもなくこういうイベントに紛れ込める。

 

 もっとも、向こうはこちらが高度な顔認識センサー(=ハムっ子)を有していることも知らないだろうし、それを欺く必要性を感じていないのだろう。

 それに、指揮系統を有耶無耶にする必要があるせいか、連中はそこらのゴロツキを適当にピックアップして偵察させている節がある。

 そんな寄せ集めじゃ、うまく連携が取れるはずもなく。

 結果、単独行動をさせるしかないわけだ。

 その方が、いざという時切り捨てやすくもあるだろうしな。

 

 連中にとって重要なのは、作戦の成功や成果ではなく、あくまでウィシャート家の安全なのだ。

 危険を冒して成果を求めるなんてことはしない。

 リスクがあるなら成果を切り捨てる方を選ぶだろう。

 臆病なくせに、そうやってリスクを避け続けてきた弊害で危険への嗅覚が衰えてしまい、結果彼我の力量差を見誤る。

 初代がうまく出来たことも、二代目三代目と世代が進むごとに劣化していくのは、そういうところに原因があるのだ。

 身の丈に合わない権力を持ったがために、大き過ぎる力に振り回される。

 

 自分の足で立ち、自分の目で見て、自分の頭で考えてきたヤツなら、今の四十二区に圧力をかけて従わせようなんて馬鹿な発想は抱かないだろう。

 贔屓目抜きで目覚ましい発展を遂げている最中の四十二区だ。近隣に与える影響力を見れば、この成長は破竹の勢いと言ってもいいだろう。

 そんな街だというのに、そこのトップは絵本に出てくるお姫様のように清廉で、絵本に出てくる王子様のように潔白な、およそ貴族らしからぬエステラだ。

 

 友好関係を構築し、恩を着せる方が遥かに実入りが大きいし、リスクも限りなくゼロに近い。

 マーゥルやルシア、ドニスなんかはそこんとこよ~く分かっているはずだ。

 まぁ、あの辺の連中は純粋にエステラを気に入っていそうではあるけどな。

 

 少なからず、脅せば折れる弱小領主だなどと考えるバカはいないだろう。

 

 そんな浅はかな考えを持つのは、権力に胡坐をかいて現実を見ていない三流貴族くらいだ。

 後ろ盾ばかりを気にして、視線が前を向いていないのだろう。

 だから、突然目の前にエステラが現れると、予想以上の大きさに驚かされてしまうのだ。

 

 エステラは強くなった。

 存在感も、行使できる力も、大きく成長した。

 一番成長したいであろう部分は一向に大きくならないとはいえ!

 エステラは大きくなったのだ!

 

「乳、以外は!」

「ナタリア。ヤシロは大怪我のためイベントを欠席するって」

 

 エステラ、お前のそれは事実の伝達でも未来予想でもなく、ただの犯行予告だからな?

 ネット上に書き込むだけでお巡りさんに逮捕されちゃう危険な行為だからな?

 そんなしょーもないところで弱みを作るような真似はするなよ、絶対?

 

「ふざけてないで、しっかりしておくれよ。……ボクは、結構緊張しているんだから」

 

 見れば、エステラがカチコチに緊張していた。

 

「なにを緊張してんだよ。工事の再開を宣言するだけだろ?」

「その後だよ! ……初めてなんだからね。うまく出来るか不安なんだよ」

「あぁ、それなら大丈夫だ。俺がサポートしてやるから、なんの心配もない」

「うん。任せるよ」

 

 不安が隠せないながらも、にこりと微笑むエステラ。

 そんな主の後ろに立って、ナタリアが涼しい顔で言い放つ。

 

「言葉だけを聞けば、エッロい会話ですね」

「そんな要素は微塵もないよ!?」

「『会話記録カンバセーション・レコード』!」

「いいよ、いちいち振り返らなくて!」

 

 ナタリアは、この後一足先に会場を出る。

 だから拗ねてるんだろうな、面白そうなことが出来ないって。

 

 とはいえ、種明かしは当然ながら、アッと驚かせる演出もなしだから、見ているヤツらは何の感想も抱かないと思うけどな。

 

「じゃ、馬車の手配をよろしくね」

「はい。諸々の準備も滞りなく完了させておきましょう」

 

「では」と短く言って、ナタリアが影のように群衆の中へ紛れる。

 ……俺らがこれからやることより、お前のその能力の方がよっぽどイリュージョンだけどな。

 

「んじゃ、始めるか。イリュージョン」

「そうだね。失敗できない、一発勝負の、ね」

 

 準備が整い、俺たちは舞台へと上がった。

 

 街門を出て、外の森を進んだ先。

 港の建設予定地前の広場に設けられた特設ステージ。

 今日は、再開を祝うイベントなので、陽だまり亭を含む飲食店が屋台を設置している。

 小さな祭りの会場と化した広場には、多くの者たちが集まっていた。

 

 エステラと俺の登場に、会場にいた者たちが一斉に舞台へ視線を向ける。

 

「やぁ、諸君、待たせたね!」

 

 ステージに上がるや否や、エステラがよく通る声で言う。

 挨拶もそこそこに、昨日ウィシャート邸へ赴き『十分な理解を得られた』ことを強調する。

 会場からくすくすと笑い声が上がったことからも、エステラが小憎たらしいウィシャートを『いてこまして』勝利を分捕ってきたことは伝わっている様子だ。

 

「すべての懸念がなくなった今、ボクはここに工事の再開を宣言する!」

 

 カエルが出たという証言も見間違いだと証明された。

 クレームを入れてきていたウィシャートも黙らせた。

 もはや、工事再開を邪魔するものは何もない。

 

 ――と、エステラは全力で宣言する。

 大工たちが拳を振り上げて気勢をあげる。

 ウィシャートにイライラさせられていたらしい狩猟ギルドや木こりギルドの連中も大声を上げて盛り上がる。

 

「さぁ! 四十二区に新たな港を誕生させようじゃないか!」

「「「うぉおおおお!」」」

 

 エステラの演説で、会場のテンションが爆上がりする。

 

 ここで、俺の出番だ。

 

「よし! 挨拶終わり! 俺は帰る!」

「ちょっと待ちなよ、ヤシロ!」

 

 俺が宣言すると、エステラが慌ててそれを止め、そんな俺たちのやり取りを見て会場から笑いが起こる。

 もちろん、これはイリュージョンの前振りだ。

 

「昨日の今日で疲れたんだよ。俺は帰って寝る」

「別に君が工事に参加するわけじゃないだろう? ここにいて、工事再開初日を見守ってあげなよ」

「つまんない!」

「ほら、屋台があるよ? 好きなものをご馳走してあげるから」

「太陽がギラギラして眩しい」

「ウーマロ、ごめん、屋根つけてあげて!」

「はいッス!」

「あと、潮風がべたついてお肌に悪そう!」

「乙女なのかい、君は!?」

 

 会場から笑いが起こる中、ウーマロが『あらかじめ用意してあった』組み立て式の屋根を取り付ける。

 

「ごめん、ウーマロ。壁も付けられないかな? 潮風が防げる程度でいいんだけど」

「お安い御用ッスよ」

 

 と、『あらかじめ用意してあった』壁をステージ上で組み上げる。

 

「あと、ふかふかのベッドとふわふわの掛布団が欲しい」

「寝る気満々じゃないか!? せめて起きてなよ!」

 

 会場から「真面目にやれー!」とか「しっかりしろ、ヤシロー!」とか、ヤジが飛ぶ。

 

「もう、しょうがないッスね~。じゃあ、快適な主賓室を作るッスから、せめてここに留まってッス」

 

 言うが早いか、ウーマロは『あらかじめ用意しておいた』建材をあっという間に組み立てて、立派な主賓室をステージ上に組み上げた。

 壁の一角が窓になっており、そこには薄いカーテンが引かれている。

 

「ヤシロを甘やかし過ぎだぞー!」

 

 そんなヤジが飛ぶ中、俺とエステラはその主賓室へと入る。

 

「あ、待って待って~☆ 私もそこでくつろぎたい~☆ メドラママ、お願~い☆」

「ちっ、しょうがないね、連れてってあげるよ」

 

 言いながら、メドラがマーシャの入った水槽を押して主賓室へ入ってくる。

 昨晩のうちに連絡を取り、今朝一番で協力を頼んだ二人だ。

 二人とも、作戦を理解し、快く引き受けてくれた。

 

「あんたら! この性悪人魚がダーリンに悪さしないか、一緒に入って見張ってな!」

「「「イエス! ママ!」」」

 

 そうして、狩猟ギルドの女性狩人がドドドっと三人ほど室内へ入ってくる。

 

 

 主賓室のドアが閉められ、外から見えるのはカーテンに映る影だけとなる。

 

 

「じゃ、あとはよろしくね、マーシャ」

「うん。うまくやっておくから任せて☆ ご褒美、期待しておくね☆」

「あはは、ヤシロに言って」

 

 エステラがマーシャと笑みを交わし、ステージの床に作られていた隠し扉――というか落とし穴――を通って隠し通路へ入る。

 

「なにを勝手なことを」

「いいじゃないか。いろんな人にご褒美振りまくんだろう?」

 

 そんな予定はねぇよ。

 

 先に隠し通路に待機していた俺。

 エステラと合流し誰にも見られない通路を通って会場を抜け出す。

 ウーマロ作の、ステージの床下から森の中へと続くトンネルを潜り抜ける。

 

「……ヤシロ、こっち」

「悪いな、マグダ」

 

 森の中へ抜け、マグダの護衛で街門へと引き返していく。

 

 これが、大脱出のタネだ。

 俺がわがままを言って、ウーマロが『即興で』ステージ上に小屋を作り、その中に俺とエステラが入る。

 ――と、見せかけ、事前に用意しておいた隠し通路を使って会場を抜け出す。

 

 ウーマロが作った小屋の中には、隠し通路に隠しておいた俺とエステラそっくりの蝋人形を設置して、カーテン越しにその影を見せつける。

 後々、マーシャが屋台のご飯をおねだりするという体でカーテンをチラチラ開けて、中に俺たちがいるように見せてくれる。

 メドラと一緒に入ってきた女性狩人たちも、俺やエステラの影武者として、動くシルエットを演じてくれることになっている。

 

 これで、観客の後ろや洞窟の中から「ドーン!」と登場でもすれば、観客は度肝を抜かれてわっと盛り上がるのだろうが……今回の目的は驚かせることではないので盛り上がりもなしだ。

 不満が残る。

 

 とはいえ、ぱっと見では本物と見分けがつかないクオリティの蝋人形を作れるベッコや、こっちの要望をすべて完璧に汲み取ったステージと小屋を一晩で作り上げてくれたウーマロがいてこそ可能だった一大イリュージョンだ。

 まったく、あいつらは――

 

「ホント、頼りになる面白要員だよな」

「誇らしいだろう、面白軍団の団長として」

 

 だから、俺はそのカテゴリーに含まれねぇんだっつーの。

 

 

 

 

 

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