異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

380話 真夜中のお化け屋敷 -3-

公開日時: 2022年8月15日(月) 20:01
文字数:3,833

 ジネットと共に、外階段を上る。

 

「なんだか、ドキドキします」

 

 お化け屋敷の入り口に立ち、ジネットが胸の前で指を組む。

 神に祈っても、この中のお化けは成仏しないぞ。

 偽物なんだし。

 

「ようこそ」

「きゃっ!?」

 

 入り口から姿を現したスタッフに驚き、ジネットがしがみついてくる。

 

 わほ~い☆

 

「落ち着け。設定を説明してくれるスタッフだ」

「あ、エステラさんのところの給仕さんですね。以前お見かけしたことがあります」

 

 え、そうか?

 たぶん見てるんだろうけど、話したことがないとイマイチ顔も覚えられない。

 

「最初に、このイベントに関し、『精霊の審判』を使用しないと宣言してください」

 

 設定は嘘八百だからな。

「ここは呪われた館――」なんて言ったら即カエルだ。

 そのための対策を講じてある。

 

「はい、使用しないと誓います」

「俺もだ」

「では……」

 

 宣言を聞いて、給仕がこの館に関するストーリーを話し始める。

 

「……ここは、呪われた館」

 

 定番の出だしに、ジネットがぎゅっと身を寄せてくる。

 

 わっほ~い☆

 

「この館の主人は、嫉妬に取り憑かれ人の道を踏み外してしまったのです――」

 

 ストーリーは、以下のようなものだ。

 

 この館の主には、美しい妻と三人の娘がいた。

 ある日、妻が別の男と話をしていたのを目撃した館の主は、妻を監禁して、不貞行為を白状しろと拷問にかけた。

 妻は無実を訴え続けるが、あまりに酷い拷問に耐えきれず命を落としてしまう。

 それを知った娘たちは父親を責めた。

 

 妻を庇う娘たちに激怒した館の主は、「貴様らもあの女のと同じなのか」と娘三人を監禁した。

 そして、妻によく似ていた娘たちは、館の主の歪んだ愛情の標的とされ一人、また一人とその毒牙にかかり――

 

 

 惨劇から十年が経ち、その館は廃墟となっていたが、いまだそこには無念の死を遂げた妻と娘たちと、怨念と成り果てた館の主の魂がさまよっているという。

 

 

 

 と、ここまでがプレリュードだ。

 ここに入る客は、館の主の怨念に見つからないように娘たちの部屋を回って鍵を集め、館からの脱出を試みなければいけない。

 娘たちの部屋を回る中、不貞と疑われた妻の行動の意味を知り、最終的に妻の部屋で館の主の怨念を鎮めるアイテムを手に入れなければ、館からは脱出できないというシナリオだ。

 

 ぶっちゃけてしまえば、妻は商人を通して夫たる館の主の誕生日プレゼントを購入していたのだ。

 妻からの贈り物を見た怨霊は、そこに込められた愛情を知って成仏する。そんな話だ。

 

 

「――では、館へお入りください」

「へ!? は、入るんですか?」

 

 給仕に入場を勧められたジネットがぎゅっと身を寄せてくる。

 

 わほほ~い☆

 

「やめとくか?」

「い、いえ。……ヤシロさんも、いてくださいますし……」

 

 すでに泣きそうなジネット。

 ちゃんと出口まで行けるのか、不安だな、これは。

 

「じゃあ、入るぞ」

「は、はい! ……あの、ゆっくり、行きましょうね?」

 

 いや、さっさと出た方がいいと思うけどな。

 

 給仕に見送られ、館の二階、ベランダから侵入する。

 ……なんでこんな屋敷に侵入したんだよ、この物語の主人公は。

 こういう場所に面白半分で踏み入るから怖い目に遭うんだっつの。

 

「薄暗い、ですね……」

「集光レンガだな」

 

 ニューロードで使用されている、光を集めて発光するレンガだ。

 蓄光レンガより光量は低いが、太陽光に当てる必要がないので洞窟などでは重宝する。

 

 ジネットと並んで廊下を歩くと、床板が「ぐっ」と踏み込まれる。

 その途端、背後で「ばたんっ!」と大きな音がして帰り道が塞がれる。

 

「きゃっ!? ヤ、ヤシロさん、道が!」

 

 突然、背後から聞こえた音に驚いて振り返ると逃げ道が塞がれていて、もう進むしかないと前を向くと、天井から館の主の怨霊人形が出てくるのだ。

 一度振り返らせておいて、前を向いたらお化けがいるという、古典的な仕掛けなのだが、これがなかなか怖い。

 

「あんぎゃぁぁああ!?」

「ヤシロさん!?」

 

 ……そう、分かっていてもビックリするくらいに怖い。

 誰だよ、こんなに不気味な人形作ったの!?

 

 ……俺だよ、くそっ!

 

「だ、大丈夫です。に、人形のようですよ、ね? だ、大丈夫ですから」

 

 俺の腕にしがみつくジネットが、俺を慰めるように明るい声で言う。

 かなり無理しているのが分かる声音だ。

 

「お、おぉぉお、おぅ、大丈夫だ。お、おぉぉ、俺が、つ、つつ、つついてるからな!」

 

 いや、違う。突っついてはいない。噛んだだけだ。

 だがまぁ、この中でなら多少突っついてもバレないとは思う。

 

「い、行き、ましょう……」

「お、おぅ」

 

 しまった。

 この次どんな仕掛けが来るか分かってるって、それはそれで怖い!

 どのくらいの強さで来るのか分からない怖さというか……インフルエンザの注射の時の「どんくらい痛いの? ねぇ!? 痛いの!?」ってドキドキする感じがずーっと続いている気分だ。

 

 順路に沿って歩いていく。

 まずは、長女の部屋へ……

 

 ドアを開けようとノブに手を伸ばすと――

 

 

 ドンドンドンドン!

 ドンドンドンドン!

 

 

 ――と、中からドアが乱打される。

 

「きゃあ!?」

「ほぎゃぁぁあああああああ!」

 

 俺、ここまで強くってオーダーしたかなぁ!?

 もうちょっとソフトでもよくない!? まだ最初の部屋だよ!?

 

「は、入ります、か?」

「あ、あぁ……入らないと、出られないからな」

「で、では……」

 

 ジネットがゆっくりとドアノブを掴んで回す。

 

 ぎぃぃ……っと軋んだ音を立て、ドアが開く。

 部屋へ足を踏み入れると、しくしくとすすり泣く女の声が聞こえてくる。

 

「や、やしろさん……じょ、女性の泣き声が……」

 

 ジネットの声が震えている。

 

 

『私の顔が……私の顔が…………見ないで……見ないで…………』

 

 

 そんな言葉を残して、声は消える。

 

 静かになった部屋の中を見回すと、布のかけられた鏡台がぼんやりと光っているのに気が付く。

 鏡台の上には鍵が置かれている。

 

 あの鍵がないと先へは進めない。

 

 ――という設定なのだが、実は鍵がなくても先へは進めるのだ。

 本当に鍵を付けると面倒なので、鍵っぽい飾りを付けただけだったりする。

 

「あの鍵を取ればいいんでしょうか……」

「まぁ、ルール上はな」

 

 でも、分かってると思うけど、その鍵を取ると、わざとらしく布がかけられているその鏡台に――

 

「取りました!」

 

 

『見ないでぇぇえええ!』

 

 

 ――顔面を潰された女の霊が現れるんだよ!

 

「きゃぁあああ!」

 

 鍵を取ると布が落ちる仕組みになっていて、鏡台の鏡の中に長女のお化け人形が仕込まれている。

 鏡台が面している壁は少し彫り込まれていて、鏡の中に空間が作れるのだ。

 

 なんて冷静に説明している間、俺はジネットを連れて、泣きながら廊下に飛び出していた。

 怖い怖い怖い!

 マジあり得ない!

 あそこまで不気味に作る必要ないだろう、俺!

 

 あと、めっちゃ迫真の演技し過ぎだから、給仕!

 

 

 手に入れた鍵で次女の部屋のドアを開け、中へと踏み込む。

 ……ここの仕掛け、イヤラシイんだよなぁ。

 エロくない方の意味で。

 

 エロい方の意味でイヤラシイ仕掛けでも作っておけばよかった、くそ。

 

 

『ない……ないわ……どこにいったの……どこ……』

 

 

 部屋に入るなり、また女の声が聞こえてくる。

 部屋の中には物が散乱し、非常に散らかっている。

 

 こんな散らかった部屋じゃ、捜し物も大変だろう。

 

「もしかして、鍵がないのでしょうか?」

 

 長女の部屋で鍵という前振りをしてあるので、見つからないのは鍵ではないかと感付けるようにしてある。

 まぁ、ミスリードなんだけど。

 

 そして、室内でぼんやりと光が漏れるクローゼット。

 前の部屋で、光る場所に何かあると学習しているので、自然と客はそこへと向かう。

 

「この中……でしょうか」

 

 ジネットがクローゼットを開ける。

 ――と、中から次女の幽霊人形がこちらに向かって倒れ込んでくる。

 

「きゃあっ!?」

 

 すごく単純で、お約束な仕掛けなのだが、ジネットは驚き過ぎて尻餅をついていた。

 幽霊に見下ろされるジネット。

 

「あ、あの……、彼女、う、腕が……」

 

 そう、次女の幽霊には右腕がないのだ。

 

「それでは、捜し物も大変ですよね……」

 

 うん。そんな感想を持つシーンじゃない。

 

 一番目立つクローゼットがハズレだと分かり、改めて部屋を見渡すと、クローゼットよりも弱い光が壁から漏れているのに気が付く。

 ぬいぐるみが置かれている棚の向こうから、微かに光が漏れているのだ。

 

「あそこが正解かもしれませんね」

 

 恐怖心を押さえて、ジネットが棚へと向かう。

 ぬいぐるみをそっとどかすと、その向こうに小さな穴が空いている。

 20センチ四方の四角い穴。

 その中に、鍵が置かれている。

 

「あ、ありましたよ、鍵」

 

 鍵を見つけて安堵したジネットが、穴の中へ手を入れる。

 

 

『見つけた、私の腕――』

 

 

 そんな言葉と共に、穴の中へ入れた腕が濡れた手に掴まれる。

 

 

「きゃぁあああ!」

 

 

 腕を引き抜き、ジネットが泣きながら俺に抱きついてきた。

 

 そう、次女が探していたのは鍵ではなく、腕。

 失った自分の腕だったのだ。

 そして、腕を見つけた次女の執念は凄まじく――壁から無数の腕が突き出してくる。

 

「いやぁぁあ!」

 

 全力でぎゅーっとしがみついてくるジネット。

 当然、俺の胸にとんでもない質量の『柔らかさの暴力』が押しつけられてむっぎゅむっぎゅしているのだが……

 

 

「わほ~い」とか言ってる余裕がないほど怖いっ!

 

 

「たぁーすけてぇー!」

 

 

 叫んだね。

 全力で叫んださ!

 もう、ここらでリタイアさせてくれませんかねぇ!?

 

 もう十分だろう!?

 早く引っ込めよ、腕!

 

 

 はぁ……ここでまだ半分なのか。

 俺はそんな恐ろしい現実に気が付いて、意識が遠のきそうになっていた。

 

 

 

 

 

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