異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

319話 腹が減ったら“戦”の終わり -1-

公開日時: 2021年12月10日(金) 20:01
文字数:4,092

 情報紙運営権が、すべてタートリオ・コーリンの手に渡る。

 これをもって、情報紙発行会は運営権制度を廃することになる。

 タートリオにこの話を持ちかけた時に、それはもう決定していた。

 

 付け入る隙を排し、コーリン家を嵌めたセリオント家や孫可愛さに運営権を手放したホイルトン家が二度と情報紙に関われないようにするために。

 当面はタートリオのもとで情報紙を健全なものへ戻すことを優先してもらう。

 

 また元のように、流行のファッションや変わった輸入品の記事を書いていくことになるだろう。きっとその方が情報紙としてはいい結果になるはずだ。

 

「さて、編集長、チーフデスク……それに、そっちに固まっておるセリオント派の記者たちよ」

 

 タートリオに名指しされ、テンポゥロに与していた連中が身を固くする。

 

「本来なら、おぬしらからも金をむしり取ってやりたいところじゃが……生憎と、ワシはたった今から猛烈に忙しくなることが決まったんで、おぬしらに構っておる暇がないんじゃぞい」

 

 今この瞬間から情報紙を蘇らせる。

 それは並大抵の努力で出来ることではない。

 

 散々調子に乗っていたバカな連中にお灸を据えている暇はない。本当に時間が惜しいのだろう。

 なので、そいつらの対処はテンポゥロに任せておく。

 そうすればいいんじゃねぇかと、大衆浴場で俺が言ったら「なるほどのぅ」とタートリオが感心していたし、おそらくその通りにするのだろう。

 

「なのでの、おぬしらからもらうはずの賠償は全部セリオントの小倅からもらうぞい」

「なっ!?」

「なぁに、運営権で十分賄える額じゃぞい」

 

 追加の金は発生しないと聞いて息を吐くテンポゥロ。

 だが、納得はしていない様子だ。

 

「じゃからの。この一連が済んだ後で、おぬしがこやつらへ、個人的に賠償請求でもなんでも、好きにすればよいぞい」

 

 テンポゥロに肩代わりさせた連中の賠償金。

 それの額は決めていない。

 テンポゥロが好きなだけ請求すればいい。

 

 むろん、バロッサや編集長、他のテンポゥロ派の記者たちは反発するだろう。

 それで、だらだらと時間をかけて醜い争いを延々と続けるのだ。

 お前らにはお似合いだよ、そんな泥試合。

 

「では、発行会最高責任者として申しつけるぞい。おぬしらは全員解雇。即刻立ち去るがよいぞい」

「まっ、待ってくださいコーリン様!」

 

 バロッサがタートリオにすがりつく。

 足に抱きつき力任せに揺さぶる。

 

「記者をクビになると、アタシ困るんです! アタシにはこの仕事しかなくて! それに小さい頃から憧れていて! だからっ!」

「自分のことしか考えられぬような者は、ここには必要ないぞい」

「アタシは、他人のことも、世界のことだって考えています!」

「では……、杖を突いておる老人の足にしがみついて体を揺さぶるという行為が、相手にどのような影響を与えるのか、今一度その足りぬ頭で考えてみるんじゃぞい」

「あ…………いや、これは……だって、こうでもしなきゃ話聞いてくれないと思ったし……仕方なくっ!」

「それが、自分のことしか考えられておらんと言うとるんじゃぞい」

 

 タートリオが杖を持ち上げ、床を突く。

 カツンと音が鳴り、複数人の記者たちが駆け寄り、バロッサを引き剥がす。

 さすがのバロッサも、往生際悪くしがみつくようなことはなかった。

 

「のぅ、おぬしよ。そして、ここにいるすべての者たちよ。今さら言うまでもないことじゃと口にはしてこなんだが……今、改めてワシが言う言葉をよぉく胸に刻むんじゃぞい」

 

 タートリオが、爺さんとは思えない迫力を持った力強い瞳でバロッサを見つめ、よく通る声で言う。

 

「『記事を書くためにならなんだってする』というのと、『記事を書くためなら何をしてもよい』というのは似て非なるものじゃぞい。決して混同するでない!」

 

 ガンッ! と、杖を強く床に打ちつけて、これまで出したこともないようなデカい声を張り上げる。

 

 

「品性を欠けばそれはもはや記事ではない! 記者も編集者もそのことを努々忘れるなかれ!」

 

 

 しん……っと、静まりかえる室内で、タートリオが「すぅ……」っと細く息を吸い――

 

「じゃぞい」

 

 ――と、朗らかに自身の口癖を追加した。

 この爺さん、大したもんだな。

 

 テンポゥロ以下、テンポゥロ派の者たちは放心したように床にへたり込み天井を見上げ、それ以外の記者たちは弱りきっていた瞳にはっきりと活力を取り戻していた。

 一目見れば、どいつが情報紙を大切にしていたかはっきりと分かるな、こりゃ。

 

 

 タートリオに任せておけば、情報紙はなんとか復活するだろう。

 

「あぁ、それでじゃの……微笑みの領主様よ。頼みがあるんじゃがのぉ」

「はい。この建物を貸与するための契約を再び交わしましょう」

「恩に着るぞい。さすがは、『BU』を救った大物領主様じゃぞい」

「ぅえええ!? なんっ、いつの間にそんなことになってるんですか!?」

「ほっほっほっ。出所は不明な上、真偽も怪しい話じゃったから眉唾かと思ぅておったんじゃがの、これはあの噂もあながち間違いではなかったようじゃぞい」

「ボクじゃないですよ! 原因は……」

 

 で、こっちを見るな、エステラ。

『BU』関連のあれこれに関して俺は、完全に巻き込まれただけだから。

 お前とルシアとマーゥルの思惑にな。

 

「さて、あとは……金をどうするかじゃぞい……」

 

 腕を組んで深いため息を吐くタートリオ。

 やはり、結構な出費になるようだ。

 力のある貴族というわけでもないタートリオには厳しい金額だ。

 

 そんな金をポーンと出せるのは――たとえば領主とか。

 

「ボクは無理だよ」

「……私も、その……姉上の目が厳しいのでな」

 

 ちょっと視線を向けただけなのにエステラとゲラーシーに全力で顔を逸らされた。

 別にお前らには期待なんかしちゃいねぇよ。

 

「タートリオ。俺が貸してやろうか?」

「ひぃいいい!? そ、そなたに金を借りるくらいなら、屋敷を売る方を選ぶぞい!」

 

 随分な言い草じゃねぇか。

 

「そ、そりゃあ、警戒もするようになるぞい。……ここまで恐ろしいくらいにそなたの思惑通りに事が運んだんじゃからの……未来が見えていると言われても信じてしまいそうじゃぞい」

 

 だからさぁ、うまく事が運んだんじゃなくて、うまく運ぶようにコントロールしたんだっつーの。

 人の心ってのは防御力が低いんだ。

 初手で強烈なインパクトを叩き込めば、そのイメージはいつまでも心に残り続けるし、トラウマになれば一生逃れることは出来ない。

 じわじわ追い詰める時だって、身構えている心にローキックを何度も何度も叩き込んでやればあっさりぽっきりへし折れて、二度と修復することはなくなる。

 

 それが本能的に分かるからこそ、人間は『恐怖』という感情を持ち合わせているのだ。

 手遅れになる前に逃げ出せるように。

 それは、抗いがたい大きな感情として人の心と体を支配する。

 

 だからな、こういう反省の欠片も見えないようなバカどもを放逐する時は、その前に一手間加えてやると、後々の憂いをなくしてくれたりするわけだ。

 

「あぁ、そうだ。忘れる前に忠告しておいてやるよ」

 

 へたり込むテンポゥロ、それと悪あがきの女王バロッサに向かって言っておく。

 親切な俺からの、とっても大切な忠告だ。

 

「これ以上俺らの周りでこそこそ動き回られるのは迷惑なんでな、お前らは二度とウィシャートに会うな。もちろん、四十二区やそこに住む者たちへの報復なんてくだらないことも考えるな」

「ウィ、ウィシャート様と会うなだと……馬鹿げている。それを決めるのは、領主であるウィシャート様であって、我々では――」

「この次はねぇって言ってんだよ…………行間読めよ、な?」

 

 これはお願いじゃなく命令なんだよ。

 この次、小賢しい画策をすれば――潰すぞ。

 

「……わ、分かった……言う通りに、しよう」

「…………」

「何か言えよ、バロッサ」

「……分かったわよ」

 

 ここに来ても反省の色はない。

 だが、連中は相当疲弊している。

 とにかくこの場所を離れたい。ここから逃げたい。

 ここから離れさえすれば日常に戻れる。

 そんな思いが表情と態度に表れている。

 

 その心理状態は、犯人が自供する一歩手前に似ているな。

 

 もう少しで救われるという儚い期待を打ち砕かれた時、お前たちはその強気な態度を貫き通せるかな?

 

「バレないようにやれば問題ない、って顔だな」

「…………」

 

 図星なのだろうが、顔を逸らして沈黙を貫くテンポゥロとバロッサ。

 

「でもな、それ――不可能だから。見てみろよ」

 

 窓の外を指さして言う。

 お利口さんなあいつらなら、きっと俺の頼みを聞いてそこにいてくれるはずだ。

 みんなで仲良くな。

 

「見ろって……一体何を………………いゃぁあああ!?」

「何事だ!?」

 

 先に立ち上がり窓の外を見たバロッサが悲鳴を上げ床へ転倒する。

 へたり込むなんて生易しいものではなく、足を滑らせて肩から落ちるような派手な転倒。

 それでも、痛みなんかないように必死に床を這って窓から遠ざかる。

 バロッサの異様な様子を見たテンポゥロが慌てて窓の外を覗き込み、言葉を失った。

 

 

 窓の外には、ハムっ子が並んでいた。

 

 数百人のハムっ子がずらっと並び、ひしめくように群れて、こちらをじっと見つめている。

 同じ顔が窓の外を埋め尽くすくらいにびっしりと並んでいる。

 

 弟妹全員で来るくらいの勢いで集めてくれと言っておいたから、相当な数になっている。

 

 

 発行会の連中も、チラチラとは見かけていただろう。

 ハムっ子ネットワークとして街のあちこちにいたハムっ子を。

 それがまさか、こんなに大量にいるとは、さすがに思わないよな?

 俺だって、事情を知らなければCGかクローンだと思っていたかもしれない。

 

「俺たちの目を欺けるだなんて、本気で思っているのなら、お前らの情報収集能力が著しく欠如していると言わざるを得ない」

 

 青ざめた顔で震えるテンポゥロとバロッサに、静かな声で、もう一度だけ忠告しておいてやる。

 

 

 

「もう手を引け。……な?」

 

 

 

 二人は、ついでに編集長とテンポゥロ派の記者たちも、泣きそうな顔で何度も頷いていた。

 

「じゃ、帰れ」

 

 テンポゥロへの支払いは、運営権の失効をもって帳消しとなる。

 今後、連中に会う必要はもうない。

 ならば、さっさと出て行ってもらおうか。この建物と、俺たちの四十二区からな。

 

 

 

 

 

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