異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

399話 ようこそ陽だまり亭へ -2-

公開日時: 2022年10月29日(土) 20:01
文字数:4,097

「くすっ」と、カンパニュラが笑う。

 

「どうかしましたか?」

「いえ」

 

 立ち上がったジネットのスカートについた埃を払ってやりながら、カンパニュラは楽しそうな表情を見せる。

 

「ヤーくんやジネット姉様も叱られることがあるのだなと思いまして」

「そうですね。ありがたいことに、間違ったことをすればきちんと叱ってくれる、そんな人がそばにいてくれますので」

「俺は叱られたくないけどな」

「お兄ちゃんは反省が足りないです」

「……叱られることを率先してやるのが、ヤシロ」

「君の場合、周りが総出で叱らないと反省しないからたちが悪いよ」

 

 周りが過剰反応しているだけのことだって多々ある――いや、そういうのがほとんどだろうが。

 

「俺がおっぱい好きで、誰かに迷惑をかけたか?」

「かかってるよ。むしろ自覚がなかったことに驚きだよ」

 

 そんなバカな……

 みんな喜んでくれているとばかり……

 

「分かった。今後おっぱいは一人で楽しむことにする」

「まるで分かってないようだね、君は」

 

 エステラの弱いゲンコツが後頭部に刺さる。

 お前だって、ナタリアにしょっちゅう叱られてるくせに。

 

「でも……」

 

 と、呟いて、ジネットが照れくさそうに頬を緩める。

 

「こういうことを言うと、反省が足りないと叱られそうですが……叱ってもらえるのって、ちょっと嬉しいですね。わたしのことを思ってくださっているのがすごく伝わりますし、愛情を感じられて、少しだけ甘えさせてもらった気分になります」

「愛情たっぷりですよ、店長さん!」

「……愛あればこそ。叱るのは家族の務め」

「はい。これからもよろしくお願いしますね」

 

 ロレッタが飛びつき、マグダがしがみつき、ジネットが二人をまとめて抱きしめる。

 こいつらはもう、家族同然なのだ。

 ダメなことはダメだと言い、互いに互いを高め合っていく。そういう関係が出来ているのだろう。

 

 とはいえ。

 

「俺はもっとダイレクトに甘やかされたいけどな」

「お兄ちゃんはもっと反省してです!」

「生足ヒザ枕とか。うつ伏せで」

「反省してです!」

 

 なんだよぉ。

 生太ももに顔を載せて、すりすりはすはす、ぺろぺろを経て思いっきり吸い付いてみたい! 水槽の中の石についた苔を必死に食べるサイアミーズフライングフォックスのように!

 

「陽だまり亭は、一つの家族のようなものなのですね」

「はい。わたしは、そう思っていますよ」

「……マグダも同じく」

「カニぱーにゃも、もう家族ですからね! じゃんじゃんあたしたちに甘えちゃってです!」

 

 ロレッタがそう言って、両腕を広げる。

 さっきまで引っ付き合っていた三人が、それぞれカンパニュラを見つめる。

 

「嬉しいです。そのように言っていただけて」

 

 すぐには飛び込まず、その場で深々と頭を下げるカンパニュラ。

 だが、再び前を向いた顔には嬉しさが溢れていて。

 

「大好きです!」

 

 たまらず駆け出し、全力で飛び込んでいった。

 ロレッタが受け止め、マグダがすかさず頭を撫でてやり、ジネットが横からむぎゅ~っと押し付ける。

 なんてボリューム!?

 

「俺も大好――」

「首根っこ」

「ごふっ!」

 

 勢いよく駆け出した直後首根っこを掴まれ気管が絞まった。

 ……エステラ、テメェ。俺がバナナだったら、今の瞬間首が輪切りになってたぞ。

 

「バナナとミルクの相性は抜群だとは思わんのか!?」

「何の話をしてるのさ!?」

 

 俺がバナナなら、ミルクに出迎えられ、包み込まれるのは自然の摂理。

 そう、俺はバナナ・オ・レになるのだ。

 

「ミルクは多めで頼む」

「何を言っているのかは分からないけれど、君が一切反省していないことだけはよく分かったよ」

 

 抱き合い、引っ付いてキャッキャうふふする向こうの四人と、なだらかに冷たい視線を向けられる寒々しいこっちチーム……なんだろう、この格差? 切なくて涙が出そう。

 

「ところで、ナタリアは?」

「あぁ……まぁ……うん」

 

 なんだ、歯切れが悪いな。

 

「ノーマとデリアが手伝ってくれてるだろう?」

「あいつら、『仕事を休みにしてゆっくりする』って言いながら手伝ってるからな。きっと『休暇』って言葉を知らないんだろうな」

 

 ノーマは、俺たちに散々「休め、休め」と言われ、ようやく休暇を取る決心をしたらしい。

 ……が、全然休んでない。

 むしろフル稼働してるんだよなぁ。

 デリアはデリアで、「アンチャンが川の具合を確かめたいって、オメロたちと特訓しててさぁ」と、その間仕事は休みにしたらしい。

 

 この前見に行ったら、タイタとオメロが川でバッシャバッシャ水遊びしてやがった。

 あれは特訓じゃなくて歓迎会だな。

 なんだかんだ、兄弟弟子と一緒に仕事が出来るのが嬉しいんだろう。

 

「で、彼女たちは連日体操着で売り子をしてくれているわけだけど……ナタリアがね、『そろそろ飽きられて集客力が落ちる頃合いですね』とか言い出してさ……」

「なに仕出かそうとしてんだ?」

「布面積の少ないビキニを持って出かけていったよ。『マーシャさんとお揃いです』とか言って」

「ナタリア頑張れ、ナタリア頑張れ、ナタリア超頑張れ!」

「ただいま戻りました」

 

 俺の、いや、俺たちの祈りをのせて、ナタリアが陽だまり亭へと帰還する。

 清々しいまでに凛とした声音は、偉業を成し遂げた達成感に満ち満ちているように聞こえた。

 

「ナタリア、戻ったか!? それで、首尾はどうだ!?」

「はい、ご覧の有り様です」

 

 ナタリアが、簀巻きにされていた。

 

 

 ナタリア巻き!?

 

 

「あんまりしつこいから、デリアと協力して簀巻きにしてやったさね」

「ナタリア強かったなぁ! 今度もう一回やろうな!」

「二対一で後れを取るとは……不覚です」

 

 そっかぁ、作戦失敗かぁ。

 っていうか、さしものナタリアも、ノーマとデリアの二人がかりには勝てないのか。

 まぁ、暗殺するわけじゃないし、相手を傷付けないって絶対的ルールがある以上、ナタリアは全力を出せないだろうしな。

 

「こんな水着を着ろって言うんだぞ?」

「こんなもん、水着じゃないさね。紐さよ!」

 

 どこのレジーナがデザインしたのか、デリアの手には、それはそれは卑猥な紐が握られていた。

 

「いや、一回試してみたら案外似合うかも――」

「ヤシロ。簀巻きにされたいんかぃね?」

「簀巻きごときで着ていただけるのであれば!」

「着ないさよ!」

 

 じゃあ巻かれ損じゃねぇか!?

 

「というわけで、本日も引き続きブルマでの販売となります」

「当たり前さね! 売り子は普通の格好でやるもんさよ」

 

 たぶん感覚がマヒしてるんだろうな。

 ノーマはブルマが普通の格好だと認識しているようだ。

 

 ……だったら。

 

「まぁ、こんな紐みたいな水着をカンパニュラに着せるわけにはいかないしな」

「確かに、その水着は私には着こなせそうにありません」

 

 デリアから紐を受け取り、「どこがどうなるのでしょうか?」と、広げて見たりくるくる向きを変えてみたりするカンパニュラ。

 

「なので、体操服のままで売り子をするのがいいだろう」

 

 と、あくまで『昨日までと同じ=卑猥じゃない』という情報を全面に出し……

 

「しかし、最終日にもうワンランク高みへ行きたいというナタリアの気持ちも分からなくはない! 最終日なんだから、少しくらい羽目を外したっていいじゃないか!」

「だからといって、こんな水着とも呼べない紐は却下だよ」

「分かってるって。陽だまり亭は可愛い路線で行くべきだ。そこで――」

 

 びしっと、まだ体操服に着替えていないジネットを指さす。

 ついさっきまで厨房で料理をしていたジネットの格好は、いつもの服に、エプロンだ。

 

「陽だまり亭のエプロンを着けてみてはどうだ? フリルがたくさんで可愛いし、いつもエプロンを着けているジネットっぽく見えるかもしれんぞ」

「エプロンならいいですね! 陽だまり亭のエプロンは特に可愛いですから、きっと運動場で目立つです!」

「……うむ。陽だまり亭と言えばエプロン。エプロンの妖精と呼ばれることもあるマグダには、ひらひら可愛いエプロンがよく似合う」

「私も、陽だまり亭のエプロンは可愛らしくて好きです。ヤーくん、それは素晴らしいアイデアだと思います」

 

 陽だまり亭の若手が食いつけば、エステラも文句は言えまい。

 ノーマやデリアも、特別なことをすることに対して反対しているわけではない。みんながやりたいと言えば、きっと一緒になってやってくれる。

 

「みんなで、ジネットとお揃いになろうぜ」

「はい! ジネット姉様とお揃い、嬉しいです」

 

 カンパニュラに言われて、ジネットが照れたように頬を染める。

 

「わたしも、お揃いは嬉しいです」

「まぁ、エプロンなら問題ないさね」

「あたいもいいぞ」

「どうだ、エステラ?」

「君にしてはまともな意見だね」

「正座させられて叱られたばっかりだからな」

「あはは。お灸が利いたようだね」

 

 と、俺の目論見に気付きもせず、エステラからもGOサインが出される。

 

 ふふふ……お前たちは気付いていない。

 フリルがあるせいで比較的布面積が大きい陽だまり亭のエプロンは……

 

 ブルマの上に装着すると、「穿いてない」ように見えるのだ!

 

 なんなら、袖を捲って肩を出せば、うまいこといい角度から見ると裸エプロンにだって見えてしまうのだよ!

 運動場には屋根がない。

 朝夕は肌寒いが日中は日が出て汗ばむほどだ。

 

 ノーマやデリア、次女あたりがきっとやってくれるに違いない!

 

 

 さぁ、イベント最終日!

 野郎どもを根こそぎ陽だまり亭に掻っ攫ってきてやるぜっ!

 

 ふははっ、ふはははは!

 

 

「あ、そうだ。カンパニュラ」

 

 俺の祈りが通じたのか、デリアがさっそく腕まくりをしている。

 今すぐエプロン着けようか!?

 いや、まて。会場に行ってから、「もう今さら変更できないじゃないか!」の状況になるまでは我慢だ! 我慢しろ、俺!

 

「教会の寄付の後で、一回家を見に来てくれないか? オッカサンが整えてくれた部屋、すごく可愛くなってるんだぞ」

「えっと……」

「時間なら大丈夫ですよ。デリアさんと一緒に見てくるといいですよ」

 

 カンパニュラが遠慮したような表情を見せたので、ジネットがそう勧める。

 

「店長たちも来るか? あたいの部屋、すっごく可愛くなったんだ!」

「では、みなさんでお邪魔しても構いませんか?」

「おう! みんなで見に来てくれ!」

 

 というわけで、教会で朝飯を食った後、デリアの家へ行くことになった。

 

 

 

 

 

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