異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

251話 そしていつもの陽だまり亭 -3-

公開日時: 2021年4月7日(水) 20:01
文字数:4,274

「恒例行事と言えばさ」

 

 ミリィと仲良く戯れるマグダ&ロレッタの隣で、エステラが俺に問いかける。

 

「今年の光の祭りはいつやるの?」

「光の祭り?」

「ほら、去年やったじゃないか。街道を使って、教会へ光を返還するお祭りをさ」

 

 それは、陽だまり亭の前の道がまだ街道と呼ばれていなかった頃、そこへ街道を誘致するために企画したお祭りだ。

 光るレンガのお披露目を兼ねて、屋台なんかをずらっと並べて盛大に行った大イベント。

 おかげで、陽だまり亭の前に街道が通ることになった。

 

「今年はやる予定ないぞ?」

「えっ!? なんでさ!?」

 

 なんでも何も……

 

「俺は、店の前に街道を通したかっただけだし」

 

 もう街道は通ったのでやる理由がない。

 そもそも。

 

「やるにしてももう遅いだろ?」

 

 去年の祭りはもっと前にやってたぞ?

 やりたいならもっと事前に根回ししないとムリだろう。

 

「なら早く言ってよ!?」

「お前がとりまとめとけよ。街のイベントは領主の管轄だろう?」

 

 それでなくとも、今年は新しいイベントを山のように行ったのだ。

 もう終わったイベントにまで構っていられない。

 

「恒例行事にしたいなら、どれを残してどれを省くか、ナタリアや各ギルド長らと協議しとけよ。ノリだけで出来るもんじゃないんだから、イベントって」

「……運動会にハロウィンにミスコンテスト」

「ま、まぁ……確かに、結構ノリだけでいろいろやったけどもだ」

 

 一回目と二回目以降は違うの!

 一回目は割と失敗しても大目に見てもらえるんだよ。記念だ思い出だメモリーだヴァスパミナーニエだとな。

 でも、恒例行事にするつもりならそれじゃダメなんだ。

 

 そのイベントを行うための『なぜ』が重要になってくる。

「楽しいから」だけでは続かなくなる。

 失敗するのが目に見えているものに、人は金と時間と情熱を費やせない。

 

「やるなら、年始から動いてないと間に合わねぇよ」

「そっかぁ……楽しみにしてたのになぁ」

「ハロウィンや運動会も、来年やるかどうかは分からないだろ?」

「いや、やろうよ、折角なんだし」

「区の財政を圧迫する可能性を考慮してるか?」

「う…………でも、光の祭りはやりたいな。すごくキレイだったし、みんなも楽しそうだったし、利益も結構出たし」

 

 取捨選択するとして、光の祭りは最優先されるようだ。

 

「なんにせよ、規模は考えとけよ。そうでないと、拡大し過ぎて破綻するか、縮小し過ぎて自然消滅するか、どっちにしても続かないからな」

 

 ジネットの誕生日にしてもそうだった。

 ロレッタやマグダは去年と同等、いやそれ以上の盛大なパーティーをやりたがったが、ジネットがそれを固辞した。俺もジネットに賛成した。

 

 毎年規模を拡大していたのでは陽だまり亭の経営を圧迫するし、何よりジネットの負荷が大きくなり過ぎる。

 祝われる方も、少なからず心労を負うのだ。

 盛大になればなるほど、その苦労は大きくなる。

 

『あなた一人のために東京ドームを貸し切って10万人でお祝いします!』とか言われたら、憂鬱とプレッシャーで寝込んでしまいそうになるだろう?

 何事も適度がいいのだ。

 

 なので、今年のジネットの誕生日はささやかなものにしておいた。

 近しい者たちだけで、気持ちばかりのプレゼントを贈り、ジネットの手料理をみんなで食べた。

 ケーキだけは、ちょっと頑張ったけどな。俺が。

 

 そのくらいでちょうどいいのだ。

 

「確かに、ハロウィンを毎年今年レベルで続けるのは大変かもね……」

 

 ハロウィンでは、トルベック工務店と金物ギルドと服飾ギルド――というか、ウクリネスが物凄く頑張っていた。

 初お披露目となる最新技術がいくつも登場した。

 

 そんな万博みたいな盛り上がりを毎年は続けられない。

 縮小も、長く続けるためには必要なことなのだ。

 

「でもさ、光の祭りだけは去年のレベルを維持したいよ」

「まぁ、各店で利益があったんなら、協賛を募ればやっていけるんじゃないか?」

 

 去年の、よく分からない状態でもそこそこ協賛が得られたんだ。

 祭りの味を知った者たちからなら、いくらでも金を引っ張ってこられるだろう。

 

「あ、祭りをやるなら花火も同時に打ち上げたいな」

「えっ、結婚式じゃないのに?」

「別に結婚式限定じゃねぇよ、花火は。俺の故郷では祭りとセットで打ち上げるところが結構あったぞ」

「そうなんだ……うん、考えておくよ」

「……嬉しそうな顔しやがって」

 

 エステラがすごく前向きだ。

 何がなんでも光の祭りをやりたいという意気込みが見て取れる。

 そんなに楽しかったのか、食い歩きが。

 

「イメルダの接待ではあったけどさ」

 

 当時を思い出すように、エステラが楽しげな顔で空を見つめる。

 

「浴衣着て、がま口持って、棒に刺さった変わった料理を食べてさ……ふふ。楽しかったよね、ヤシロ?」

 

 自然な感じで俺に向けられた笑顔。

 それは、一緒に過ごした者へ向ける顔であり、俺とこいつが同じ時間を共に過ごしたという事実をことさら強調する行為だった。

 その時、ジネットや他の連中は仕事の真っ最中だったんだぞ。

 なんか、俺とエステラだけが遊び歩いていたみたいで、居心地が悪いじゃねぇか。

 

「エステラさん、お兄ちゃんを独占できて嬉しかったです?」

「どっ、独占じゃなかったよ!? イメルダがいたから!」

「……祭りの後、ヤシロにがま口をもらってはしゃいでいた。マグダは四度自慢された」

「それはっ、ほらっ、ヤシロの要請で私物のがま口を手放すことになったから、その補填だよ!」

 

 ……な?

 そういうことを言うと、こういう反撃に遭うんだよ。

 まったく、迂闊な領主だな、お前は。

 

「とにかくっ! 光の祭りはとっても楽しいので来年から恒例行事にするよ! 教会との関係も良好にしておきたいしね」

 

 そんな照れ隠しを大きな声で言うエステラ。

 その大声が、ヤツの耳に届いてしまった。

 

「その話、詳しく聞かせてもらおうではないか、エステラ! そして、カタクチイワシ!」

 

 ドバーン! と、ドアを開け放ち、ルシアが陽だまり亭へと入ってくる。

 ……なぜ、お前がここにいる?

 

「私のおらぬ間に、私の知らぬ楽しいことをするつもりか? 許さぬぞ、そのようなことは!」

「いや……つか、お前関係ないじゃん」

「何を言うか、カタクチイワシ!? カニの食べられないところだけをかき集めて食べさせるぞ!?」

 

 やめろ!

 気分悪くなるわ!

 

「えっと……ルシアさん?」

「なんだ、エステラよ?」

「今日は一体、どういった御用向きで……」

「んほぉぉおおう!? ミリィたんではないか!? 今日も一段とプリチーだなぁ! すりすりしてもいいだろうか!?」

「落ち着け、変態領主!」

「カタクチイワシ。エステラとて傷付くことがあるのだぞ? 言葉には気を付けてやるのだ」

「お前だ、変態なのは!」

 

 えっ、まさか自覚ないの!?

 いよいよ隔離が必要な段階か?

 

「何しに来たんだよ? 理由もなく来るような距離じゃないだろう?」

 

 念のためにもう一度確認するが、四十二区から見た三十五区は、外周区の対角線上に位置する最も遠い区だ。

 二十九区を通るニューロードを使用したとしても、対角線上なので結局遠い。

 

 そう頻繁にやって来られる距離ではないのだが……

 

「ふふん。我が区の新たな名産品である打ち上げ花火の需要が多くてな。税収が上がったので、馬車のグレードを上げたのだ! 以前よりも馬の速度が格段に上がったのだ! すごいだろう!」

「他所に使え、その労力と金!」

 

 そうまでして四十二区に来たいのか、お前は!?

 

「ふん、小憎たらしい男だ。折角、今日はこの時期に三十五区でよく取り引きされる物を持ってきてやったというのに」

「それって、豪雪期に備えて保存食にされるような物か?」

「そうだ。まぁ、言ってしまえば風物詩というものだな。ギルベルタ、アレをここへ」

「了解した、私は」

 

 荷物の中身をギリギリまで隠して俺たちを驚かせたかったのだろう。

 表で待機させていたギルベルタに荷物を持ってこさせるルシア。

 ギルベルタが持ってきた四角い箱状の物には黒い布がかけられていた。

 ホント、ギリギリまで焦らしやがる。

 

「ジネぷーにこれを料理してもらえば、きっと美味しいものになるのではないかと思ってな」

「わぁ、嬉しいです。どんな食材なんでしょうか。わくわくします」

 

 ご指名を受けたジネットがギルベルタの前に近付く。

 エステラも興味があるようでジネットの隣に陣取る。

 そうなると、マグダとロレッタも「我も我も」と身を寄せ、ミリィも興味が引かれたのかちょこんと群れの中に身を置いている。

 

 ギルベルタが持つ、黒い布をかけられた四角い箱の前に女子たちが群がる。

 そして、ルシアの合図とともに黒い布が取り払われる。

 

「では、ご開帳だ!」

「ばさっとはぎ取る、私は、黒い布を」

 

 その瞬間、群がっていた女子たちが悲鳴を上げて後方へ倒れ込んできた。

 

 ギルベルタが持っていたのはガラス製の水槽で、その中には巨大なアナゴが泳いでいた。

 女子たちが悲鳴を上げたのは、アナゴが水槽のガラスに向かって突進してきたからだろう。

 

「な、なん、なんなん……なんなんですか、これは!?」

「はっはっはっ! エステラはにょろにょろした物が苦手か?」

 

 期待通りのリアクションだったようで、ルシアが大いに満足げだ。

 

「あの、ヤシロさん」

 

 ちょっと驚いたのか、ジネットが胸を押さえながら俺の方へと振り返る。

 

「どうした? 押さえるのを手伝ってほしいのか?」

「違いますっ!? あの、ヤシロさんは、あれをご存じですか?」

 

 ジネットはアナゴを見たことがないようで、魚だとすら認識していないようだ。

 

「あぁ。こいつは美味いぞ。いくつか調理方法はあるが……」

「そうなんですか。では、教えてくださいますか?」

 

 それは構わないが。

 

「なぁ、ルシア。普段はこれ、どうやって食ってるんだ?」

「開いて焼くか、蒸し焼きが一般的だな。水槽に入れておけば豪雪期の間生きていてくれるので、保存食になるのだ」

 

 それは保存食なのか?

 まぁ、一週間から十日くらいならそれで十分か。

 

「それじゃあ、とっておきの食い方を教えてやる」

 

 ちょうど、いい物が手に入ったところだしな。

 

「ジネット、みりんを使ってみるか」

「はい! 使いたいです!」

 

 つい先日、二十四区の麹職人リベカからみりんが送られてきたところなのだ。

 米麹があると言っていたので、みりんの作り方を教えておいてやったのだ。

 みりんがあると料理の幅が広がるからな。

 出来たみりんを融通してくれる見返りに、レシピはくれてやった。

 調味料は多い方がいい。

 

 ふふふ、これでぶり照りが作れる~♪

 夢が膨らむね。

 

 そして、この料理にもみりんが役立つ!

 

「アナゴの蒲焼きとアナゴ飯を作るぞ!」

 

 そんな、賑やかだが妙に落ち着く日常は、こうして過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

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