異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

324話 調査再び、そして次の手 -3-

公開日時: 2022年1月1日(土) 20:01
文字数:3,587

「どないしたん?」

 

 陽だまり亭に戻ると、店の前の通りにレジーナがいた。

 今まさに陽だまり亭へ行こうとしていたらしく、大通りの方から歩いてくるところだった。

 俺たちの顔をぐるっと見渡して、驚いたように息を漏らす。

 

「みんなして、えらいおっかないおっぱいしてからに」

「どんなおっぱいさ!?」

 

 レジーナが見ていたのは顔ではなかったらしい。

 そっかー、腹が立ってるとおっぱいまで怖い表情になるのか~。

 

「みんなして谷間にシワ寄せてからに」

「寄せてないよ!」

「そらまぁ、領主はんは寄らへんやろうけど……」

「そーゆー意味じゃないし、ボクだってシワくらい寄せられるよ!」

「え、どれどれ?」

「見せないよ!? ヤシロと発想が同じなのかい、君は!?」

「「失敬な」」

「息がぴったりなことを恥じるといいよ、お互いにね!」

 

 エステラが一人でお祭り騒ぎをして、なんとなく俺たちを取り巻いていた苛立たしい雰囲気が霧散していく。

 レジーナがそれを狙ってワザと卑猥なことを言った――とは思えないが、結果として空気が変わったのはよかったことだろう。

 たまには素直に褒めてやるか。

 

「レジーナのおっぱいは役に立つなぁ」

「やめてや、勝手な妄想すんの。無断使用は認めてへんで」

 

 うん。

 意思は伝わってないが、まぁいいだろう。

 レジーナ相手に細かいことは気にする必要などない。

 

「なんや、またえらい面倒くさいことになっとるようやなぁ」

 

 エステラの髪を触り、「これ、潮風でべたついた髪にえぇシャンプーやで」と小さな小瓶を渡す。

 港が出来るということで、塩風による髪のダメージを修復してくれるシャンプーを作っていたらしい。

 商売人として、いい感性をしている。

 これで人見知りで怠惰で卑猥じゃなければいい商売人になるんだけどなぁ……

 

「たゆんふんわりおっぱいはんがな、ウチんとこに『薬作ったってんか~』って言いに来はったで」

「ノーマが?」

「なんで今のでノーマだって分かるのさ、君は!?」

 

 そんなもん、わざわざ説明するまでもないだろうが。

『ふんわり』と表現できるおっぱいを持つ者は少ない。

 デリアは「ぱーん!」だし、ジネットは「どーん!」だ。

 それに、ノーマはおっぱいをいじっても怒んないし、言いやすいんだよなぁ。

 

「ノーマのおっぱいはフリー素材だからな」

「ふりーそざいがよく分かんないけど、一度泣くくらい怒られるといいよ、君は」

 

 どんなにいじろうとも著作権も著像権も主張しない、聖母のような存在なんだぞ、ノーマは。

 ま、たまに煙管の灰が首周りに放り込まれるけどな。

 

「それで、その感染症っちゅうんは、発生しそうなんか?」

「分からないし、発生させないようにはしたいと思ってる。けど、念のためにね」

「さよか……」

 

 なんだか、今一瞬、レジーナの表情に違和感を覚えた。

 

「ね、なんやの? あんまじっと見んといてんか。恥ずかし……いや、ムラムラしてまうわ」

「なんで残念な感じに言い直したのさ……まったく」

 

 エステラが呆れて、レジーナがにゃははと笑う。

 それで、また元の空気に戻るが……なんだったんだろうな、今の一瞬の表情。

 

 どこかほっとしたような、すごく苦しそうな、どことなく寂しそうな顔。

 そんな風に見えた。

 

「とにかく、レジーナも来てよ。詳しい話をするからさ」

「ほならゴチになるわ~」

「……最近出費が嵩んでいるのに」

 

 恨めしそうに、最近いろいろと儲けているレジーナを睨むエステラ。

 この街ナンバーワンの貴族がする顔じゃねぇな、それは。

 貴族っつっても、金を持ってるわけじゃないからなぁ、この街は。

 

 情報紙元会長のテンポゥロなんか、すべてを注ぎ込んで買収した情報紙を失って、今頃はすっからかんだ。

 貴族だからと言っても領地を持っているわけではない。税の徴収が出来る立場でもない。

 もともと力のなかった貴族がたまたま情報紙をヒットさせて権力のようなものを手に入れただけで、その情報紙がなくなった今、ヤツの手元には何も残っちゃいない。

 

 今から事業を始めようとしても、タートリオが書いた『情報紙内部抗争の恥辱』という記事のせいで悪事が知れ渡っているから協力者も現れないだろう。

 助けてやったら寄生されてゆくゆく乗っ取られるかもしれない。

 

 あのバカがやったのはそういうことで、そういう行為は信用を完膚なきまでに失わせる。

 

 それは、情報紙発行会の運営権をタートリオに通告なく自己都合で売り払ったホイルトン家にも言える。

 長い年月をかけて培ってきた信頼を自分の都合で一方的に破棄してしまう者を、一体誰が信用するだろうか。

 

 情報紙を裏切り崩壊させた二つの貴族は、今後かなり厳しい立場に追いやられるだろう。

 ついでに言えば、情報紙を失った今、エサとなったウィシャート家の娘がホイルトン家に留まるかどうかも怪しいもんだ。ほとぼりが冷めた頃合いに、適当な理由をつけて離縁でもして実家に帰るんじゃないかと俺は思っている。

 

 だってよ、血縁者で繋がりが出来ると煩わしいだろ?

「お前らのために情報紙を裏切った結果、落ちぶれてしまったのだ」とか言われたら鬱陶しいじゃねぇか。「援助をしてくれ」なんて言われてウィシャートがすんなり援助するとも思えないし。

 力を失った落ちぶれ貴族とはさっさと縁を切るんじゃないかな。

 

 ま、自業自得だ。

 

「どうしたの、ヤシロ? 入らないの?」

「ん? いや」

 

 考え事をして一人外に残った俺を、ドアを開けて待っているエステラ。

 同じ「貴族」って縛りでも、こんなにも目の色が違うんだもんな。

 カテゴリーなんか、人を測る参考になんかなりゃしない。

 

「貴族もいろいろ大変そうだと思ってな」

「そうだよ~。だから、君ももっとボクに優しくするようにね」

「随分と上からだな」

「ごめんね、高貴な身分だから、ボク」

 

 そんな冗談を口にするエステラは、出会ったころのままの笑顔を見せていた。

 いろんなヤツに出会い、いろんなことを経験して、エステラは領主としてレベルアップしている。

 それでも、根本の部分は何も変わっちゃいない。

 

 それがよく分かる笑顔だった。

 

「成長しないな、お前は」

「うるさいなっ、これでも少しは……」

 

 そこまで言って頬を膨らませ、ドアを閉めやがった。

 一人、外に取り残される。

 

 振り返れば、ド田舎の風景が広がっている。

 街道が整備されたと言っても、街道の向こうには生い茂る草と木。その向こうは畑だ。

 四十二区の中でも、この付近は飛び抜けて寂しい風景だ。

 

 真っ暗闇の中、初めて見たあの時から、この辺りに人は住んでいなかった。

 ただのド田舎だと、そんな風に思っていたのだが……

 

「湿地帯の大病か……」

 

 結局、洞窟の中でカエルを見かけることはなかった。

 おそらく、洞窟をどれだけ探しても状況は変わらないだろう。

 きっと、この先どれだけ洞窟を探そうと、洞窟にカエルがいたのかどうか、それすら分からない。

 

 なら、アプローチを変えるべきだろう。

 

 

「やっぱ、行ってみるか」

 

 

 俺の視線は、遠く湿地帯へと向かう。

 

 洞窟を調べるのではなく、今度はカエルの方を調べてみよう。

 洞窟にカエルがいたのかではなく、カエルが洞窟に行くことがあるのか、そんなアプローチで調査をしてみようと思う。

 

 ただ、ここの連中の反応を見る限り、この調査は俺一人で行った方がいい。

 

 エステラの父親は、湿地帯の大病の原因を調査するため湿地帯へ踏み込み、そして自身もその病に侵されてしまった。

 エステラは連れていけない。

 きっと、いろいろなことを思い出し、考えてしまう。

 

 他の連中もそうだ。

 エステラや四十二区を大切に思うからこそ、呪いなどないとはっきり言えるのだろう。

 だが、湿地帯へ踏み込むとなると状況が変わる。

 あの場所には、まだ病原菌が潜んでいる危険もある。

 身内を亡くした者、大切な誰かを亡くした者。そんな連中が多過ぎる。

 

 だが、俺なら平気だ。

 感傷に浸ることもないし、何より俺は湿地帯経験者なのだ。四十二区で初めて踏んだ地は湿地帯だったからな。

 それに、ここの連中より防疫に関する知識も持っている。

 

 言えばあいつらは無理してでもついてくるだろう。

 軽く見に行って、結果を報告すればいい。事後報告に文句を言われるかもしれんが、お叱りは甘んじて受けるさ。

 

「でも、行く前にベルティーナには言っておいた方がいいか」

 

 あの場所は、精霊神的に特別な場所であるようだからな。

 

 今、俺はちょうど一人で外にいる。

 このまま教会へ向かえば誰にも気付かれることはないだろう。

 

 と、思ったら、陽だまり亭のドアがガチャリと開いた。

 店内から覗き込むように顔を覗かせたのは――

 

「今、私を呼びましたか?」

 

 ――これから会いに行こうかと思っていたベルティーナだった。

 こんなところで何をしているのかと、こちらを見つめる顔を見てみれば、口元にタルタルソースが付いていた。

 

「……美味いか、白身のフライ」

「はい。フィッシュサンドは、人類史に残る発明だと思います」

 

 なんとものんきな、けれどとても落ち着く笑顔がぱぁっと輝いた。

 

 

 

 

 

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