異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

377話 マスコット爆誕 -1-

公開日時: 2022年8月1日(月) 20:01
文字数:4,104

 荷物を抱えて陽だまり亭へ戻ると――

 

「アタシだって、寂しいんさよぉぉおお!」

「分かる! 分かるぞ、ノーマたん! さぁ飲むのだ! 今日はとことん付き合ってやる!」

 

 ――ノーマとルシアが盛大に酔っ払っていた。

 

「……ナタリア、ギルベルタ。排除を」

「帰ってくるなり人の給仕長をアゴで使わないように」

 

 エステラがカウンター席で呆れ顔を晒している。

 

「帰ってたのか」

「うん。今し方ね」

「今し方で、……もうこれか?」

「ルシアさんは、最速で場に馴染む達人なんだよ、きっと」

 

 ロレッタが買ってきた酒はとても美味いようで、二人のジョッキは止まらない。

 いい酒が水のように消費されていく。

 

「こいつら、風呂どうする?」

「今日は危険ですので、明日の朝にでもお時間を作りましょうか」

「つか、ギルベルタ。平気なのか、アイツ?」

「平気、ルシア様は。最優先、今回の事業が、今は。三十五区にとっては」

 

 いろいろ仕事はあるが、他区の領主も同じ事業に携わることになるので融通は付けやすいようだ。

 ルシアが危惧するような案件は、他区の領主に関わることがほとんどらしい。

 

 なら、平気か。

 

「ルシアの別荘、急がせた方が結果的に迷惑が減りそうだな」

「どっちにしても四十二区まで来ちゃうからね」

 

 くすくすと笑うエステラのそばへと歩いていく。

 カウンターの向こうでは、ジネットがお茶を入れてくれている。

 

「おかえりなさい、ヤシロさん。ハビエルさんも。お茶はいかがですか?」

「もらおう」

「ワシも頼む」

 

 飲んだくれがくだを巻いているフロアの席は避けて、カウンターの少し高い椅子へ腰を下ろす。

 飲んだくれへの給仕はナタリアとギルベルタ、そしてマグダとロレッタが担当している。

 

「ほら、あーんだ、義姉様」

「ん~、おいひぃです! マグダっちょの作った揚げたこ焼きは、表面はカリッと、中はとろっとしていて絶品です! また腕を上げたですね、マグダっちょ!」

 

 いや、ロレッタは餌付けされてるな。

 酔っ払ったルシアに抱きかかえられ、ヒザの上でエサをもらっている。

 

「ウチの連中が見たら羨ましがるだろうなぁ、アレは」

 

 木こりにも、ロレッタファンが多いらしい。

 ゴージャス且つ完璧な美貌を持つイメルダもいいが、ロレッタのような素朴で元気な女子を見るとほっと心が安らぐのだそうだ。

 つか、ハビエル。自分の娘を完璧な美貌とか……お前はほとほと親馬鹿だな。

 

「だいたいさね、ヤシロはいっつも大工ばっかり……」

 

 あ、いかん。

 ノーマが愚痴モードに入った。

 

「イメルダ~」

「はぁ……二日続けてですの? しょうがありませんわね」

 

 イメルダを派遣すると、ノーマとルシアが「ぱぁぁあ!」っと表情を輝かせてイメルダに飛びついた。

「離しなさいまし! お酒クサイですわ!」と酔っ払いを引き剥がすイメルダ。もうすっかり慣れたもんだ。酔っ払いさばきが板に付いている。

 

「では、皆様。本日も客間をお借りして、秘密の女子会を開催致しましょう」

「おぉっ、それはよい提案だ、給仕長! 行こうではないかイメルダ先生、ノーマたん!」

「今日こそ、ナタリアの恋バナを聞き出してやるさね」

 

 ナタリアが面倒くさい二人を二階へと隔離してくれるそうだ。

 これで静かになるな。

 

「なぁ、ウチ……ホンマに帰ったらアカンの?」

「リハビリだと思って、泊まってけ」

「誰がリハビリやのんな……」

「レジーナさん。今日はわたしと一緒に寝てくださいますか?」

「ん……まぁ、寝相、悪ぅても、えぇんやったら」

「はい。わたしも、寝相はそんなによい方ではありませんので、お互い様ですね」

 

 マグダによれば、ジネットは抱きついてくることがあるらしい。

 ジネットとレジーナが抱き合うベッドか……

 

「ウーマロに頼んでおっぱいベッドの発注を――」

「懺悔しぃや、自分」

 

 うわぁ、レジーナに言われちゃったよ。

 

「エステラも泊まってくか?」

「うん。明日も三十一区に行くから、その前には一度館に帰るけどね」

 

 俺が戻ってくるより前に、館へは一報を入れてあるらしい。

 

「ヤシロさん、ハビエルさん。お風呂が出来ていますよ。お先にどうぞ」

「おぉ、陽だまり亭の風呂は初めてだな。イメルダから聞いているぞ。楽しみだ」

「じゃ、俺は小さい方に……」

「そう恥ずかしがるな。一緒に入ろうじゃないか、な?」

 

 複数ならともかく、オッサンと二人きりって、地味に嫌なんだけどなぁ。

 

「あとで詳細、よろしゅうに!」

 

 ……こんなのも湧くし。

 消毒液ぶち撒けてやろうかな。

 防腐剤の方が効くか?

 

「じゃ、ちゃちゃーっと入ってくるか」

 

 オッサンの入浴シーンなど、どっこにも需要がないので割愛す――

 

「がっはっはっ! ヤシロよぉ。お前はもっと体を鍛えろ!」

「いってぇぇえ!? 背中を叩くな!」

「がはは! 綺麗な紅葉だ。酒が飲みてぇなぁ」

『ヤシロさーん! お酒をここに置いておきますのでー! 必要でしたらどうぞー!』

「さすが、店長さんだ! よし、ヤシロ、取ってこい!」

「素っ裸でか?」

「気にすんな。見られても減りゃしないわい」

 

 だったら、素っ裸で大通りを練り歩いてみやがれ!

 つーか、割愛させろや、オッサンの入浴シーン!

 

 ちびり、ちびりと酒を楽しむハビエルに付き合わされ、随分と長い入浴になってしまった。

 ……くっそ、のぼせた。

 

「お酒を飲まれたんですか、ヤシロさん? 顔が真っ赤ですよ」

「……俺は一滴も飲んでねぇよ」

「大変です。座ってください。今、扇ぎますね」

 

 ぱたぱたと駆け回り、俺の世話をしてくれるジネット。

 

「いや、いいから、お前も風呂行ってこい」

「ダメです。具合を悪くしてしまいますよ?」

「湯あたりやったら厄介やね。ちょっと見たるさかい、あっちで横になってんか」

「よし、ワシが運んでやろう」

 

 微かに酔っ払ったハビエルが俺を小脇に抱えてフロアへ運ぶ。

 俺は丸めた絨毯か。雑に運びやがって。

 

「では、ハビエルさん。こちらへお願いします」

 

 テーブルを退け、ジネットが布団を敷いてくれる。

 そこへ横たえられる。

 

 う~……目が回る。

 気持ち悪い……

 

「アカンか? 吐きそうか?」

「いや……大丈夫だ……」

 

 頭上から降ってくるレジーナの声に、首を振っておく。

 声が出てないなぁ、俺。けどまぁ、聞こえただろうし、いっか。

 

 ……と、思っていたら、頭をひょいっと持ち上げられた。

 そして、少し高くなっている場所へすとんと落とされる。

 後頭部に、柔らかい感触が。

 

「ちょっと目ぇ、見せてみ」

 

 俺を覗き込むように、レジーナが背を丸める。

 この体勢が出来るということは……今、俺の頭の下にあるのはレジーナの太ももか?

 

 つまり、膝枕!?

 

「いや、おいっ!?」

「ちょっ!? 急に動きな!? ちゅーされるか思ぅたわ!」

「いや、しないけど!?」

 

 ばっと顔を持ち上げたら、覗き込んでいたレジーナの顔に急接近してしまった。

 そりゃそうだ。そうなるわ。

 落ち着け、俺。

 

「ふふ。教会で風邪を引いた子は、シスターに膝枕をしてもらうとすぐによくなったんですよ」

「へー、教会のガキども、エッロ」

「もう。そんな感情じゃありませんよ。大切に思う心がそうさせるんです」

「いや、あの……ウチのは、ただの診察やさかい……大切とか、やめてんか。なんや……照れるわ」

 

 自分でしておいて照れるな。

 身動き取れないこっちの身にもなれ。

 

 ぐいっと指で目を開かせ、レジーナが俺の診察を始める。

 

「なんや冷たいもんで体冷やした方がえぇね。店長はん、タオルと桶に水を頼むわ」

「はい。井戸の水を汲んできますね」

「ワシも手伝おう」

 

 ジネットとハビエルが厨房へと向かう。

 マグダたちは閉店作業を終え、二階で風呂の準備をしている。

 フロアには俺とレジーナの二人きり。

 

「……悪いな」

「アホやな。病人が謝る必要なんかあらへんわ」

 

 静かな声で言って、俺の髪をゆっくりと撫でる。

 なんだか、すごく落ち着く。

 

「けど、気ぃは遣ぅたらなアカンで」

「気?」

 

 なんのことかと問う前に、ジネットたちが戻ってきた。

 

「ヤシロさん、タオル当てますね」

 

 一言断って、ジネットが俺の首筋に濡れたタオルを当ててくれる。

 一瞬体がきゅっと縮むほど冷たい。

 井戸の水は、相変わらずキンキンだ。

 

「もうちょっと、太い血管のあるところを冷やしたった方がえぇね。店長はん、ちょっと代わってんか」

「え? あ、はい」

 

 言われるがまま、ジネットはレジーナの指示に従う。

 指定された場所に座り、タオルを手渡し、俺の頭を引き取る。

 俺の頭が、レジーナの太ももの上からジネットの太ももの上に。

 

「ふぇっ!?」

 

 その状況になって初めて、ジネットが声を上げる。

 いや、遅い遅い!

 

「えっと、あの……っ!?」

「あんま動いたら、頭ふらふらして気持ち悪なるで」

「はぅっ!? す、すみません、ヤシロさん」

 

 俺の顔を覗き込んでくるジネット、だが……

 おっぱいが「どーん!」と突き出していて、顔が半分くらいしか見えません!

 

「ありがとう、ジネット!」

「へぅっ!? も、もう……っ! ……懺悔してください」

 

 小さぁ~い声で懺悔してくださいをもらった。

 

「あっほやなぁ、ホンマ」

 

 呟くようなレジーナの声は、どこかほっとしているようで、穏やかな声音に聞こえた。

 それから、腋や首など、太い血管の通っているところを冷やしてもらっているうちに、めまいはおさまり、気持ち悪さも引いていった。

 

「これでもう大丈夫やろう」

「ありがとうございます、レジーナさん」

「なんで店長はんが言うねんな」

 

 からからと笑うレジーナ。

 

「ま、一宿一飯のお礼や」

 

 それを俺に寄越すのはおかしいだろうに。

 けどまぁ、思いがけずいい経験をさせてもらった。

 そういえば、久しく膝枕なんかしてもらってなかったからなぁ。

 

 これはいいものだ。

 たまには具合を悪くするのもいい。

 

「さて。散々えぇ思いしたおっぱい魔神はんには、相応の罰も必要やろうな」

 

 は?

 のぼせたのがすでに罰だろうに。

 

「というわけで、木こりのギルド長はんのオケツ枕の時間やで!」

「しょーがねぇーなぁ」

「ノリノリでうつ伏せに寝るんじゃねぇよ、ハビエル!」

 

「しょーがねぇーなぁ」じゃねぇーんだわ!

 ハビエルのケツ枕など死んでも御免なので、レジーナとジネットをさっさと風呂へと追い立てる。

 

 けどまぁ、おかげで気持ち悪さはすっかりなくなった。

 こりゃ、何かで恩返しをしないとな。

 あの気持ちのよかった、膝枕に見合う何かをな。

 

 

 

 

 

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