異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

315話 噂の現場 -2-

公開日時: 2021年11月25日(木) 20:01
文字数:3,628

 情報紙を違法に販売している売り子は、しきりに辺りを見渡し警戒をしている。

 しかし……警戒のし過ぎで逆にめちゃくちゃ怪しい。

 ド素人か?

 

 危険な『ブツ』を売る時は、ことさら堂々と「は? 別に何もしてないけど?」くらいのふてぶてしさを持って悠々としているべきなのに。

 そんなにキョロキョロしてたら、非番の日にこっそりエッチな本を買いに行こうとしていた刑事さんですら声かけてきちゃうぞ。

「本当は誰にも見つからずにさっと買い物して帰りたかったのに、そんなに挙動不審じゃ声かけざるを得ないじゃんかさぁ~!」って見当違いな不満をぶつけられちゃうぞ。

 

 っていうか、ヘイ、女子。

 

 

 お前、よりによって、誰に売ろうとしてんの?

 

 

「……ほほぅ、情報紙とな」

 

 タートリオの声が低く、冷たく変わる。

 うわぁ……こんな声出せるんだ。ここまでずっと、つむじから飛び出てくるようなアゲアゲな声しか聞いてなかったから知らなかったぜ。

 

「どんな内容なんじゃぞい?」

「え……? えと、それは……」

「なんじゃ。内容も知らんと他人に売ろうとしとるのかい?」

「あの……な、内容は、きっと面白いですよ!」

 

 眼球が細かく揺れている。

 無理やり笑顔を作ろうとして口元が引きつっている。

 

 あの表情は……恐怖?

 

 詐欺師が価値のないしょーもない物を他人に売りつける時には、その設定をしっかりと頭に叩き込む。

 たとえば『持っているだけで邪気を払う壷』なら、その設定や、どのようなメカニズムで邪気を払うのか、誰が言い出して、どのような効果があったのか。そこら辺をしっかりと頭に叩き込んでから売りに出る。

 胡散臭い物を買わされそうな者は、とにかくそのすべてを疑ってかかってくるものだ。返答に詰まったり矛盾が生じれば「ほらみろ、インチキだ!」と言われてそこで終わりだ。

 なので、何を言われても、どんな手で攻められようと華麗に返せるように知識で武装するのだ。

 

 だが、この売り子はそうじゃない。

 内容なんか読んでいる暇がない。もしくは、そんな気分にはなれない状況なのだ。

 

 あの恐怖の滲む表情と、相手を冷静に見極められていない現在の心理状況、ついでにふらふらとおぼつかない足取りと、若干コケて見える頬やツヤのない指先、それらを考慮して鑑みれば――

 

 

 こいつは、無理やり危険な売り子をさせられているのだろう。

 

 

 領主に見つかれば、きっと切り捨てられるのだ。

「ウチは指示していないが、そいつが勝手にやった」と。発行会は一切の責任を取るつもりはないのだろう。

 そして、そのことをこの売り子も理解している。

 

 危険を理解した上で、それでも繰り返しているということは、ノルマでも課せられたのだろう。

 ブラック企業に使い潰されている人間とよく似た、濁った目をしている。

 

「内容も知らぬくせに『面白い』と言い切るか……」

 

 だが、タートリオにしてみれば、それらは全部『知らぬこと』だ。

 発行会から追い出され、権利を奪われた今、情報紙発行会の中身がどうなっていようと、タートリオにとっては知ったこっちゃないことだ。

 下っ端が死にそうなほど苦労していようが、組織として破綻していようが、自分の手を離れた後でそうなったのならば自業自得。

 タートリオが心配してやる必要も、手を差し伸べてやる理由もない。

 

 それどころか……

 

 

 

「よくも滅茶苦茶にしてくれたな」という怒りすら感じるだろう。

 

 

 

 故に、今にも倒れそうな売り子の女性に対して、こんなことを言えてしまうのだ。

 

「では、この記事が面白くなければ、貴様をカエルにしてくれるぞい」

「……ひぅっ!?」

 

 タートリオから発せられる怒気は本物で、おそらく本当にそのようにするつもりなのだろう。

 四十二区に来て、それなりに楽しんでいるように見えたが、やはり腹の底では怒りがマグマのようにどろどろと蠢いていたのだ。

 それは、ひょんなきっかけで一気に噴き上がる。

 

「さぁ、一部寄越せ。バカみたいに値上がりした価格で買ってやるぞい」

 

 懐から50Rbを取り出し、売り子に向かって突き出すタートリオ。

 売り子はその金を受け取ることが出来ず硬直している。

 そりゃそうだ。

 情報紙を渡せば、確実にカエルにされるのだから。

 

 この売り子も、情報紙の内容が面白いだなんて思っていないのだ。

 自分が売らされている物に自信なんて持ち合わせていないのだ。

 

 そうでなければ、内容を一つも言えないなんてことはあり得ない。

 

 こいつらが、情報紙発行会の中の者たちがすでに情報紙に対する興味を失っているのだ。

 情熱も、誇りも、理想や夢も、跡形もなく消え去っているのだ。

 

 

 この売り子にとって今の情報紙は、おのれの生活を圧迫してくる邪魔者でしかないのだ。

 

 

「タートリオの爺さんよぉ、そいつはダメだぜ」

 

 呼吸すら出来ずに固まっていた売り子と、それを睨みつけていたタートリオの間に太い腕が割って入る。

 ハビエルは、タートリオが突きつける金を握り強引に下げさせる。

 

 邪魔をするハビエルを睨みつけるタートリオだが、ハビエルが黙って首を振る。

 

「ここでの移動販売は認められていないんだ。領主が認めていない闇市で物を買えば、お前さんだって悪事の片棒を担ぐことになるんだぜ」

 

 売り子を助けるのではなく、あくまで四十二区のルールを守るために。

 そして、四十二区を気に入ってくれたのであろうタートリオにその四十二区を穢させないため。

 そんな建前で、ハビエルはタートリオの行動を諫める。

 

「ワシらがやるべきは、この違法行為を領主様に伝えて、今後二度と同じような違法行為が行われないよう厳しく見張ることだ」

 

 言いながら、売り子に視線を向けるハビエル。

 その目は厳しく、決してかばい立てするつもりはないのだとよく分かる。

 

「分かったら、今すぐワシらの前から消えて、二度とこんな真似はするな。させるな。上のもんにそう言っておけ」

 

 ハビエルの本気の睨みに売り子は「ひっ!?」っと息を飲む。

 これだけ怖がらせれば尻尾を巻いて逃げ出すかと思ったのだが、売り子はその場を動かない。

 怖過ぎて腰が抜けたか?

 

 だが、その売り子は思いもよらない反応を見せる。

 売り子は悪かった顔色をさらに悪化させ、タオル帽子を被るタートリオを見つめている。

 

「ター……トリ……オ…………コーリン、さま?」

 

 売り子の瞳から、涙が一粒こぼれ落ちる。

 

「本当に……こーりん……さま……で…………」

 

 声が詰まり、途切れ途切れに音が漏れていく。

 言葉になりきれていない拙い発声は、彼女の中でなんらかの化学反応を起こしたのか、両目から大量の涙を溢れ出させた。

 

「こんなところでお会いできるなんて……っ! 私……、私っ!」

 

 わっと泣き出し、その場にうずくまってしまった売り子女子。

 ガクガクと震える自身の体を抱きかかえるように両肩をぎゅっと掴む。

 手に持っていた情報紙がぐしゃぐしゃと音を立ててシワを作り、肩にかけられたカバンからは大量の情報紙が顔を覗かせる。

 

「そなた、生まれは?」

「にじゅうっ! ……ごほっごっほ!」

「落ち着くんじゃぞい。ゆっくりでえぇぞい」

「……はい…………」

 

 ゴクリとツバを飲み込み、売り子はゆっくりと声を発する。

 

「二十五区です。……コーリン様の記事に憧れて、記者を志しました」

 

 さっきまでは土気色だった女性の顔は、憧れだったという人物を前にして微かに赤みを取り戻していた。

 彼女の言葉に嘘はないように思えた。

 

「その割には、ワシの顔を見ても気付かんかったようじゃがの?」

「それは……っ! だって…………コーリン様のトレードマークは鬱陶しいほどのアフロですから……そんな、ひょろっと痩せ細った頭では気付くはずもありません」

 

 憧れて……た、んだよね?

 えっと、いい意味で鬱陶しい?

 最近の若者の発想ってちょっとよく分からない。

 

「今は風呂上がりじゃからの。じゃが、これを脱げば――」

 

 と、タオル帽子を脱ぐコーリン。

 その瞬間「ぼはっ!」っと、もっこもこでふっわふわのアフロが頭の上で咲いた。

 

「って! 乾くの早過ぎだよ!」

「すごいもんじゃのぅ、このタオル帽子は」

 

 いやいやいや!

 そこまでの速乾性ないから!

 お前の頭に生えてるの、本当に毛か!?

 珪藻土かなんかじゃねぇのか!?

 

「あぁっ! 紛れもなくコーリン様! ずっと! ずっとお会いしたかったのです!」

 

 売り子女子がタートリオにすがりつく。

 結構おっぱいが大きいので……絶対触れている!

 

「タートリオ、変われ」

「ヤシロ。今、逼迫した状況だから、自重しろ。な?」

 

 ハビエルに頭を押さえられて身動きが取れなかった。

 あれがテレサだったら、お前は絶対にタートリオを押しのけていたに違いないのに!

 

「会いたいのなら、会いに来ればよかったんじゃぞい。もしくは手紙でも――」

「どちらも出来ませんでした。手紙は検問され、四十二区を出る時には監視が付きました」

 

 え……そんなことしてんのか、情報紙発行会。

 

「発行会は……もうおしまいです。セリオントが……すべてを滅茶苦茶にしてしまったのです……っ!」

 

 

 売り子女子の悲痛な声は、静かでありながら胸の奥にずんと重くのしかかる悲痛さを含んでいた。

 

 

 

 

 

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