「実はな、そのパーティーを開催するには少しだけ準備が必要なんだ」
「なんじゃ? 何をするのじゃ? ワシも協力してやるから早く準備を済ませるのじゃ!」
姉恋しさからか、リベカの眉毛がもどかしそうに歪む。
本当に会いたかったんだな……
「そうか、協力してくれるなら助かる。実は、頼みたいことがあってここに来たんだ」
「なんじゃ? 金か? 権力か?」
……怖い発言をあどけない顔と声で…………このまま育つと問題有りまくりだな、こいつは。
「麹工場は情報紙のスポンサーだったよな?」
「うむ。結構な額を融資しておるから、多少のことなら便宜を図ってくれるはずなのじゃ」
やっぱ金とコネって力を持ってるんだな。
「情報紙の紙面を使って、とある貴族の家で働いてくれる給仕の募集をかけたいんだ」
「なんじゃ、そんなことなら容易いのじゃ」
「ただし条件がある」
「条件?」
「ちょっと普通じゃない、面白い感じの――獣人族限定で、だ」
そう。
こいつはマーゥルに頼まれていたことだ。
マーゥルは以前、変わった人間がいたら紹介してほしいと言っていた。給仕を雇いたいが、判で押したようなステレオタイプの若者ではつまらないと。
マーゥルは他の貴族とは違い、古い習慣やしきたりを嫌う、新しい物好きの変わり者だ。
だが、それでも当然のこととすり込まれていた古い固定概念は捨て切れていなかった。
すなわち、貴族の館で働く者は人間であるべし――だ。
マーゥルの館の給仕候補生はみんな人間だった。
もしかしたら、応募する側も「貴族の家で働くのは人間のみ」という固定概念にとらわれているのかもしれない。
故に、そこに疑問を抱く者はいない。
しかし、マーゥルなら。
あの、変わり者の貴族なら、そんな古くさい固定概念を根本から覆してくれるに違いない。
はちゃめちゃな四十二区を愛し、自ら何度も足を運ぶほどの変わり者。
ギルベルタに対しても、特に何か思うところはなかったようだったしな。
……もしかしたら、ギルベルタは他の貴族たちからは疎まれているのかもしれない。
触覚の小ささも、そういう面では有利に働いているのかもしれない。……まぁ、憶測でしかないが。
ルシアは獣人族が大好きなのだ。
だが、それを他の貴族に理解し受け入れろというのは難しい。
必要があれば、『隠す』ことだってあるのだろう。あの小さな触角を。
それでも、ギルベルタを信頼し、そばに起き続けているルシアは、やはり相当な変わり者だ。
そのルシアの治める三十五区でさえ、獣人族への差別による溝が長年深く刻み込まれていた。解決の兆しを見せたのはごく最近だ。
だからまだ、浸透していない。
獣人族を給仕として採用するという発想は。
だが、マーゥルなら。
きっと理解してくれる。いや、面白がって飛びついてくる!
そして、マーゥルが獣人族を館に招き入れたとなれば…………ドニスが釣れる!
少なくとも、話くらいは聞いてくれるはずだ。
なにせ、『マーゥルとお揃い』なのだから!
絶対に見つけてやる。
最高で最良の人材を!
仕事を欲している獣人族は少なくない人数いるはずだ。
ウェンディの両親なんかを見ても、職にあぶれている連中はどの区にもいることは明白だ。いまだ獣人族と人間を分けて考えているような区ならばなおさらな。
好条件の求人に人が殺到することだろう。
もっとも、マーゥルに会わせる前に、こっちである程度の選抜はする必要があるだろうけどな。
いきなり丸投げになんかして、万が一のことがあったら大変だ。責任が取れないような事態だけは避けなければいけない。
少なからず、俺が見て「こいつは大丈夫だ」と信頼できる人材でなければマーゥルに会わせるわけにはいかない。
誰かの願いを叶える時ってのは、相手の想像を二歩ほど超えてやるのが効果的だ。
そうすることで想像以上の好印象を与え、盛大に恩を着せることが出来る。
帽子が欲しいと言ったヤツに、帽子に合うカバンや靴をセットでプレゼントするとか、相手の希望で旅行に行った場合は事前に下調べして美味い店に連れて行ってやるとか、そういうプラスワンが相手の心に深く刻み込まれるのだ。
人は想像する生き物だ。
だからこそ、その想像を超えていかなければいけない。
『想像どおり』では、人は満足をしないのだ。
だから、山と殺到するであろう連中をふるいにかける必要がある……と、思ったのだが。
「獣人族というのは、なんじゃ?」
リベカが小首を傾げる。
バーサが上目遣いで見つめてくる。……潰れろ、その目。
こちらでは亜人という言葉が主流で、獣人族という呼び名は一切広まっていない。
ということは、情報紙に『獣人族限定』と書いても、獣人族は集まってくれない……ってわけか。
しまったな。…………『亜人』って言葉を使うか?
しかし、ウェンディあたりまで範囲を広げると『亜種』だの『亜系統』だのって言葉まで使わなければいけなくなる。
さすがの初恋妄想タイフーンのドニスといえど、『亜系統』を館に……って言われると難色を示しそうだ。ただ単に、言葉の持っている響きだけで。
「『亜人』ならともかく、『亜系統』となるとちょっと……」……ってな。
まぁ、リベカは亜系統ではなく亜人に分類されるだろうが、問題の本質はそこではない。
「もしやるなら、まずは獣人族って言葉を広めなければいけないかもしれないね」
エステラの指摘ももっともだが、そんなに時間をかけてはいられない。
どうする?
情報紙は諦めるか?
かといって、今から獣人族を探し歩くってのもな……教会にいる面々なら面接くらいは出来るかもしれんが……そもそも、そいつらが給仕として他区の貴族の館に行きたいと思うだろうか? 固く閉ざされた教会に留まっている連中が。
あいつらの傷ってのは、体だけのものではないと思うしな……
「リベカ様。旦那様……もとい、ヤシロさんを記者さんに会わせてみてはいかがですか?」
「ちょっと待て、バーサ。なんだその悪意のある言い間違いは」
「ヤシロ。話の腰を折らないで」
「折ってねぇわ! いや、むしろ進んで折らせろよ!」
「それよりも」
エステラが、俺の人生における最大級の障害を放置したまま話を再開させる。
「その記者というのは?」
「うむ。記者というか、絵師なのじゃがな。バーサは年寄りじゃから、情報紙に関わる者をみんな『記者』と呼ぶのじゃ」
あぁ、分かる分かる。
女将さんも、アニメもラノベもみんな『マンガ』と呼んでいたし、ゲームはどんなものでも『ファミコン』だったっけな。
「ちょうど、今来ておるのじゃ」
「えっ!? 今、この中にいるんですか?」
「うむ。最新号の見本を持ってきてくれたのじゃ」
「……で、放置していていいんですか?」
「我が騎士とエステラちゃんの足音が聞こえたからのぅ。これは、プロの腕を見せねばと大急ぎで出迎えに来たのじゃ」
うん。本当にビックリするくらいばっちりのタイミングで出てきたよな、お前。
しかも、顔を見るやじゃんけんを挑んできやがって。
俺は対応できたが、虚を突かれたエステラは慌てふためいて『パー』を出していた。
最初は『グー』だったもんで、「何か違う手に変えないと負けてしまう」というしょーもない思い込みの結果、『パー』になったのだろう。『チョキ』はちょっとだけ難易度高いからな、咄嗟の時はな。で、見事に鬼になったわけだ。
「つか……やっぱり室に入ってない時は門の外の音まで聞こえてるんだな」
「そうみたいだね」
「むふふ。もう一回くらい訪ねてきそうな気がしていたから、注意を払っておったのじゃ」
エステラの腹に背中を預け、エステラの両腕を取って自身の首へと巻き付ける。
エステラが後ろから抱きしめるような格好になり、リベカは嬉しそうに「にへへ」と笑う。
親戚のガキがこのポーズ好きだったなぁ……
ベタ甘えのポーズだ。
背中をエステラの腹に、後頭部をエステラの胸に押し当ててぐりぐりしている。
「なぁ、リベカ。硬く……?」
「それ以上言うと、刺すよ」
エステラがアゴで懐を指す。
あそこにはナイフが入ってるんだよなぁ。
「それでは、記者さんを呼んでまいります」
バーサが静かに頭を下げ、俺にウィンクを飛ばし、俺が逃げ出す伊勢エビのような凄まじい勢いで後方へ飛び退いた後、バーサの口から静かな舌打ちが聞こえた。……恐ろしい魔物だ。魂を食おうとしてやがる。
バーサがいなくなったのを確認してから、エステラが意地の悪い声音で言ってくる。
「バーサさんを口説き落とすんじゃなかったのかい?」
「それは、情報紙のスポンサーとしての権力を使わせてもらおうと思ったからだ。金の絡む話はバーサが取り仕切っていると思ってたしな」
実際は、リベカの一声であっさりと関係者にたどり着くことが出来た。
ならば、バーサなんぞに関わる必要はない。必要最小限の接触にとどめるべきだ。
「まぁ、確かにのぅ」
エステラにひっつくミノムシのように、ぷらぷらと体を揺すりながらリベカが言う。
「ワシは麹職人の仕事以外はさっぱりじゃからの。バーサが引退してしまうと、この工場は危ないかもしれんのじゃ」
「実権はバーサさんが握っていると?」
「実権は……一応ワシ、らしいのじゃが……ワシには向いておらんのじゃ。自覚もしておるのじゃ」
まぁ、経営的戦略を考えたり、ばりばり営業したりってのはリベカのイメージではないよな。
こいつは、自分の特技を生かした一つのことに特化しているだけの、ただの少女だ。見た目は幼女だ。フィルマンは確実にロリコンだ。うん。変態だな、次期領主は。
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