異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

362話 試される人望 -3-

公開日時: 2022年6月2日(木) 20:01
文字数:5,008

「貴様の魂胆は分かっておる」

 

 ウィシャートが余裕の笑みを崩さず俺を見下してくる。

 

「強気に出て、私が少しでも怯めば、それを証拠と騒ぎ立てさも事実であるかのように捲くし立てるつもりであろう? ふん、卑しい者が考えそうなことだ」

 

 そういうのが得意なのはお前だろ、お前。

 

「じゃあ、『精霊の審判』をかけてみろよ。右足を賭けてな」

「…………」

「なんて顔してんだよ。お前だぜ、右足を賭けるのが当然だと言い出したのは」

 

 こっちから暴力的な提案は持ちかけていない。

 残虐性を見せたのも、そのせいで自分で自分の首を絞めることになっているのも、みんなお前だ。

 とんだ独り相撲だな。

 エステラに「右足を賭けろ」なんて言わなきゃ『精霊の審判』をためらいなく使えたのによ。

 後悔してるか? もう遅ぇよ、バーカ。

 

「よかろう。貴様の望み通りにしてやる」

 

 ウィシャートが深くソファに身を預ける。

 背もたれにもたれ、胸の前で腕を組み、アゴをくいっと持ち上げる。

 

「エドモンド」

「へ? ……ぇ、あっ、は……、はっ!」

 

 急に名前を呼ばれて、エドモンドとかいう名前らしい騎士の一人が背筋を伸ばす。

 

「そなたは、私に仕えて何年になる?」

「はっ! 六年目であります」

「そうか」

 

 淡々としゃべるウィシャートに反し、エドモンドの声からは緊張感が漂っている。

 

「そなたはどう思う?」

「は……、どう、とは?」

「この男の言うことだ」

 

 エドモンドが俺を見る。

 俺と、資料を。

 

「あの男が言うように、あの資料――バオクリエアの禁輸品の売買者リストなどというものにこの私の名が記載されていると思うか?」

「はっ! まったく思いません!」

「では、あの男の言葉は嘘か?」

「はっ! あり得ないことを証言している以上、虚偽であることは疑う余地もありません!」

「そうか――」

 

 第三者がこう言っているんだからお前が嘘を吐いているんだろう。

 ――なんて、生ぬるいことをするヤツじゃないよな、ウィシャートは。

 

「であれば、そなたがあの男に『精霊の審判』をかけよ」

「なっ!?」

 

 やっぱり、そう来たか。

 この室内には、騎士が八人。兵士が八人。計十六人の『駒』がいる。

 つまり、ウィシャートは十六回『精霊の審判』を無駄撃ちできるわけだ。

 

 

 もっとも、騎士どもの精神が持てば、な。

 

 

「何も躊躇う必要はなかろう。あり得ぬことだと今そなた自身が口にしたのだ。疑いの余地もなく虚偽であると。であれば、『精霊の審判』が実行された後、この場に残るのはカエルに成り果てたあの男の姿だ」

「……は…………ぃゃ、しかし……」

「それとも、そなたは私が国家に逆らう大罪に手を染めていると申すのか?」

「い、いえ! とんでもありません!」

 

 エドモンドが名指しされたのはたまたまなのだろう。

 もしくはあの騎士の中では下っ端なのかもしれない。

 なんにせよ、指名された時点でエドモンドの地獄は始まっていた。

 

 言うことを聞けば右足を失う恐れがあり、拒否すれば確実に消される。ウィシャートの手によって。

 エドモンドがすがれるのは、俺が嘘を吐いているという可能性くらいか。

 

 俺が嘘を吐いていれば、エドモンドは無傷でいられる。

 

 そんな願いがダダ漏れなエドモンドの瞳が俺を見る。

 

 

 

 

 ――にやり。

 

 

 

「ぐっ!? ……邪悪な」

 

 にっこりと微笑んでやったら、エドモンドがその場から一歩飛び退いた。

 重そうな鎧がガシャンと派手な音を上げる。

 

「案ずるな。ただのハッタリだ。ここでそなたが退けばヤツはカエルを免れる。惨めな強がりだ」

「…………はっ」

 

 返事はしても納得は出来ていないエドモンド。

 煽ってやるか。

 

「はっはっはっ! 部下からの信頼が薄いんだな、ウィシャート。それとも、部下はみんな知っているのか、ウィシャートが他国と繋がり、禁輸されている違法な薬を横流ししていることを」

 

 今度は、騎士たちからの「無礼だぞ!」が来なかった。

 下手に目立てばとばっちりを食らいそうだもんな。

 

「……貴様が臆病なばかりに、私が辱められたぞ」

 

 ウィシャートに睨まれ、エドモンドが顔を真っ青に染める。

 鎧が音を鳴らすほどに震え始める

 

「誰でもよい、あの男に『精霊の審判』をかけよ」

 

 ウィシャートはそれだけ言って、まぶたを閉じた。

 これ以上は何も言わないつもりのようだ。

 

 騎士たちが困惑した表情で互いを見合う。

 そんな中、ウィシャートの近くに立っていた騎士が剣を抜きエドモンドに突きつける。

 

「やれ。我が剣の錆びとなりたくなければな」

「……ぅっ」

「…………やれ」

 

 上官なのだろう。

 一番偉そうな騎士に命令され、エドモンドが俺を見る。

 目には涙が滲み、真っ赤に染まっている。

 顔中汗まみれで、両生類のように湿っている。お前の方がよっぽどカエルっぽいな。

 

 エドモンドが震える腕を持ち上げ、がくがくと定まらない指先をこちらへ向ける。

 

 なら、きっかけをくれてやるか。

 

「禁輸品売買リストには、デイグレア・ウィシャートの名前がはっきりと記載されている!」

「わぁぁあああ! 『精霊の審判』!」

 

 

 俺の全身が光に飲み込まれる。

 

 俺が手にしているのは、ウィシャートの犯罪を暴く証拠などではない。

 オールブルームで行われた違法な取引のことなんぞ、俺は知らないし、記録も残っていない。

 

 だから、この紙の束を統括裁判所へ持ち込んでも「なんじゃこりゃ!?」と一顧だにされずゴミ箱へ投げ捨てられるような代物だ。

 なんの価値もない、もっと言えば、昨日レジーナに書いてもらったでっち上げの資料だ。

 

 もし俺が、『この資料が証拠だ』と言っていたなら、俺はカエルになっていただろう。

 だが――

 

 

「やぁ、ご機嫌ようウィシャート。久しぶりの再会なんだ、笑えよ」

 

 

 光が消えた後、俺はもちろんカエルになんぞなっていない。

 余裕たっぷりに長い脚を組んでイケメンスマイルで再登場だ。

 

「……どういうことだ」

 

 ウィシャートも、俺が口にしていたのはブラフだと思っていたのだろう。

『精霊の審判』をかけられないように強気に出ているだけだと。

 だが、俺は嘘なんぞ一つも吐いていない。

 

 今俺の手の中にあるのが、でっち上げのレジーナの殴り書きだとしても、だ。

 

「これで証明されたな。この資料の中には『バオクリエアで禁輸品となっている薬を購入した貴族の名前』が記載されていて、そこには『十一区領主のハーバリアスと、デイグレア・ウィシャートの名前が記載されている』ってことがな」

 

 そう。

 この中には『バオクリエアで』禁輸品扱いの薬物を売買した『バオクリエアの貴族』の名前が書かれている。

 バオクリエアでの売買は違法ではないので、このリストに名前が載っていてもなんのお咎めもなしだけどな。

 で、そんなリストの余白部分に『ハーバリアス』と『デイグレア・ウィシャート』という名前を落書きしておいた。

 

 俺、なん~んんんにも、嘘吐いてない。

 

 でも、『会話記録カンバセーション・レコード』を見た者はどう思うかな?

 ハーバリアスとウィシャートの名が記載された、違法薬物の売買リスト。……相当ヤバい代物に見えるだろう?

 

 まぁ、アレだな。

「国家転覆を含む四十二区への侵略行為を告訴する」なんて言いながら、全然関係ない資料をテーブルに置いた。ただそれだけのことだ。

 関係ない資料を持ち出しちゃいけないなんて誰が決めた? 俺は聞いてないぞ。

 

「じゃあ、差し出してもらおうか……右足を」

 

 組んでいた足をゆっくりとほどき、テーブルの上をドンっと踏みつける。

 

「エドモンドとやら――剣をお借りしても?」

 

 にっこりと微笑んで右手を差し出せば――

 

「ぅっ……うわぁぁあああ!」

 

 エドモンドが逃げ出した。

 そばにいた騎士を突き飛ばし、押しのけ、奥の扉を蹴破る勢いで逃げ出していく。

 

「何をしておる、追えっ!」

「あぁ、いい、いい」

 

 激昂するウィシャートとは対照的に、俺は余裕のある声で騎士たちを制止する。

 

「ただ、一人の騎士が崇高な精神を持ち合わせていなかったというだけのことだ」

 

 テーブルに乗せた足を下ろし、再度これ見よがしに長い脚を組んでみせる。

 

「そんなことで、『三十区の者はみんな崇高な精神を持ち合わせている』なんて大見得切っていた恥ずかしい領主に『精霊の審判』をかけようなんてこと考えてないから。ただ、『ぷぷーっ! だっせぇ~!』とは、思ってるけどな」

「……っ!」

 

 煽ってやれば、分かりやすくウィシャートが額に血管を浮かび上がらせる。

 

 まぁまぁ。

 見逃してやるぜ。

 お前をカエルにしたところで、別のウィシャートが跡を継ぐだけで、こっちにはなんのメリットもないからな。

 

 

 ウィシャート。

 お前には、きっちりと罪を認めさせてから退場してもらう。

 再登場などない、完全なる引退だ。

 

 二度とスポットライトは浴びられないと覚悟しておけ。

 

 

 その前哨戦として、お前の部下を全員奪い取る。

 味方が一人もいなくなる寂しい気持ちを、とくと味わえ。

 

「続いては――ナタリア」

「はい」

 

 ナタリアが四角い包みをテーブルの上に載せる。

 茶色い、なんかの革で包まれた40センチ程度の長方形。

 

 革を剥ぎ取れば、中からは全面透明なガラスの入れ物が出てくる。

 ガラスケースの中には一輪の花。

 半透明の粘液に覆われた、開花目前の花。

 

「こいつは、バオクリエアがオールブルームを壊滅させるために生み出した悪魔の細菌兵器――GYウィルスをまき散らすMプラントと呼ばれる花だ」

 

 ウィシャートの目が見開かれる。

 まさか、現物が出てくるとは思わなかっただろ?

 

「おや、ウィシャート? 見覚えがあるようだな」

「なっ!? あ、あるわけがないであろう、このようなもの!」

 

 そう言い切るってことは、現物は見たことがないのか。

 そりゃそうか。

 半径数kmに亘って致死率ほぼ100%の毒をまき散らす細菌兵器だ。

 そんなもんがあると分かっている場所にわざわざ出向くわけがないよな。

 

「このMプラントは、開花すると半径数kmに亘り猛毒をまき散らす。見て分かるとおり、今は開花直前の状態で止まっている」

「こ、こんなものが……!」

「おっと、気を付けろよ。折角開花直前で止まってるってのに……ガラスが割れたらどうなるか、分かるよな?」

 

 俺は分からんけどな。

 ガラスに入れる前からこの花はこの状態だったし。

 ガラスが割れたところでどうにかなるとは思えない。

 

 が、そういう言い回しをされると、人は勝手な解釈を自分の頭の中で始めてこちらの言葉を補完してしまう。そう、勝手に。根拠もなく。

 

『ガラスが割れれば花が開花する』

 そして、『開花すれば毒がまき散らされる』――と。

 

「さて……」

 

 思いがけないものが登場して狼狽えるウィシャートを置いて、俺はゆっくりと応接室内を見渡す。

 

 騎士も兵士も、ガラスケースに入れられた不気味な花を見て表情を強張らせている。

 

「こいつは、ウィシャートがバオクリエアの使者を襲わせ奪い取ろうとした細菌兵器だ。その使者の遺体と共に崖の下――四十二区の湿地帯に落ちてバラ撒かれたのがこのMプラントの種であり、このMプラントが開花し毒物が辺り一帯にまき散らされ起こったのが『湿地帯の大病』と呼ばれる『人災』だ」

 

 事実を口にすれば、ウィシャートが険しい顔で俺を睨み付けていた。

 

「四十二区に多大な被害をもたらしたあの災いは、テメェが起こしたことだ、ウィシャート!」

 

 ウィシャートの瞳が邪悪に濁っていく。

 絶対に知られてはいけないことを知られてしまった凶悪犯のする瞳だな、それは。

 

「さぁ、否定しろよ。統括裁判所には到底見せられないこの事実を、テメェの口で否定してみせろ。そうすりゃ、俺は右足を賭けてテメェに『精霊の審判』を使ってやる」

 

 バオクリエアが細菌兵器を持ち込んできたんだ。

 その時にお前が対応しないなんてマネは出来ねぇよな?

 その場におらず、「俺『は』知らない」ってお得意のすっとぼけは出来ねぇよな?

 

「それとも――」

 

 何も言わないウィシャートから、騎士どもへ視線を移す。

 

「そんな話はデタラメだと、俺に『精霊の審判』をかけてみるか? ……次は誰がイケニエにされるんだろうな?」

「うっ……!?」

「うわぁぁあああ!」

 

 騎士どもが一斉に逃げ出した。

 釣られたように兵士どもも我先にと応接室を飛び出していく。

 

 ここに留まれば、確実にイケニエにされる。

 右足を奪われる。

 ウィシャートは部下を守ってくれない。

 それどころか、自分の身と地位を守るためなら平気で部下を切り捨てる。

 

 

 お前らは捨て駒なんだ。

 

 

 それが嫌というほど分かったのだろう。

 

 

 そして、あっという間に、応接室から騎士たちが消えた。

 

 

「素晴らしい人望だな、ウィシャート」

「…………」

 

 人を呪い殺しそうな眼が、俺をじっと睨んでいた。

 

 

 

 

 

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