異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

358話 なに握りやしょう! -2-

公開日時: 2022年5月16日(月) 20:01
文字数:3,116

 気分を出すために、ねじり鉢巻きをしてみた。

 

「へい、らっしゃい! なに握りやしょう!?」

 

 手をパンっと叩き、威勢よく声を発する。

 

「これが、基本の挨拶だ」

 

 何事も形から。

 これが大事。

 

 というわけで、ねじり鉢巻きをしたジネットに挨拶をさせる。

 

「はい、いらっしゃいませ。何を握りますか?」

「ちがーう! もっと威勢よく! へい、らっしゃい!」

「へ、へい、らっしゃいっ」

「なに握りやしょう!」

「なに、にぎり、やしょう?」

「なに挟みやしょう!」

「なに、はさみ、やしょー!」

「わはぁ~」

「店長さ~ん。ヤシロ君に乗せられちゃってるよ~☆」

「へ? はっ! も、もう、ヤシロさん、懺悔してくださいっ!」

 

 いかんいかん。

 つい顔が緩んでしまった。

 ここでポーカーフェイスを貫き通せていれば、店に入るなり「なに挟みやしょう!」と出迎えてくれる爆乳寿司が誕生したかもしれないというのに……ヤシロ、一生の不覚っ!

 

「お兄ちゃん、なんかすごく楽しそうなところごめんですけど、早くしないとデリアさんが発動しちゃうです」

 

 ベルティーナを抑え込む要員としてデリアを配置している。

 ベルティーナの我慢が限界を超えたら、デリアが力で抑え込まなければいけなくなる。

 それは危険だな。よし、さっさとやろう。

 

「では、まず基本的な挟み方だが――」

「握り方を教えてください! もう!」

 

 うん、ごめんって。

 真面目にするから。そう怒るな。

 

「まず、一度手本を見せるから、一連の流れを見ててくれ」

「はい」

 

 真剣な眼差しで、俺の手つきを見つめるジネット。

 他の連中も固唾を飲んで俺の手元を注視している。

 

 手は綺麗に洗ってある。

 セッティングも、ロレッタとマグダが俺の指示通りにしてくれた。

 

「じゃあ、最初はマグロの赤身から行ってみるか」

 

 柵になっている赤身を切り、ネタを準備する。

 うん、いい赤身だ。

 

 桶に張った水に右の中指と人差し指を浸け、左手のひらを湿らせる。

 ネタを指二本で摘まみ手のひらへと乗せる。体温が移って鮮度が落ちないよう、べたべたとは触らない。ここからは手早くすべての工程を終わらせる。

 

 ワサビをネタに付け、そこへ、ピンポン玉より気持ち小さめのシャリを取り乗せる。

 二本の指でシャリを押さえ平らにし、『底』を作る。

 シャリの前後を軽く押さえて整え、素早く天地をひっくり返す。

 ネタの上から一度握り、その後シャリを挟み込むように左右からきゅっと、反転させもう一度きゅっと押さえて平皿へと置く。

 

「にぎり寿司とはいっても、おにぎりのようにしっかりと握るわけではない。理想は、箸で持っても崩れず、逆さにしてもネタが外れず、口に入れた瞬間にふわっと解けるくらいの一体感だ」

 

 そして、出来たマグロのにぎり寿司をジネットに差し出す。

 

「食ってみろ」

「では、いただきます……」

 

 ジネットが箸で寿司を持つ。

 寿司はしっかりとその形状を保ったまま宙へ浮き、小皿の上の醤油へと向かう。

 

「ジネット、醤油はシャリじゃなくてネタの方に付けると美味いぞ」

「そうなんですか? では」

 

 くるりと手首を反転させるジネット。

 ネタとシャリはしっかりとくっついている。

 

 マグロに軽く醤油をつけ、寿司が一口でジネットの口の中へと消える。

 

「――っ!?」

 

 瞬間、ジネットの目が見開かれ、手で口を押さえたまま「もいひーれふ!」と謎の言葉を発する。

 そうかそうか。美味しかったか。

 

「ヤシロさんっ。こ、これはすごいです! しっかりとした存在感があったはずなのに、口に入れた瞬間溶けてなくなりました! なのに、しっかりと美味しさが残っていて、ふわっと軽いシャリと、海魚のしっかりと力強い味わい、ぴりっと刺激的なワサビの辛みと風味が相まって、お口の中でわっしょいわっしょい、それはもう盛大にわっしょいわっしょいしています!」

 

 なんだか物凄い勢いだ。

 

「不思議です……食材はそれぞれ食べたことがあるはずですのに、こんなにも衝撃的な味になるなんて」

「それが技術だな。ジネットより先にやらせることになるが……試しにウーマロ、作ってみろ」

「えっ、オイラッスか!?」

「……むぅ」

「店長さんが膨れてるッスよ!?」

「まぁまぁ、ジネット。これも経験だ。味わっておくと、自分が作る時の参考になるから」

 

 膨れるジネットを宥め、ウーマロに見様見真似で寿司を握らせる。

 ネタだけは俺が切ってやった。

 ウーマロは形を綺麗にしようとべたべたと寿司を触りまくり、たっぷりと時間をかけてにぎり寿司を完成させた。

 

 それをジネットが口へ運ぶ。

 

「……えっ?」

 

 先ほどとは異なった衝撃が、ジネットを襲ったようだ。

 

「不思議です。同じ食材で同じ作り方なのに、どうしてこんなにも味に差が出るんでしょうか?」

「そんなに違うですか?」

「はい」

 

 ロレッタに聞かれ、ジネットは頭の中に『?』をいっぱいに浮かべているような表情で素直な感想を述べる。

 

「シャリが硬いわけではないのですがいつまでも口の中に残っていて、なんというか口当たりが悪いです。ネタも、なんだか妙に生臭くて、折角の美味しさが損なわれています」

「うぐ……、ご、ごめんなさいッス……」

「あっ!? いえ、すみません! ウーマロさんを責めているわけではなくて、どうしてそうなるのかが不思議だなと……お料理されないウーマロさんが初めて作られたと考えれば、これでも十分にいただけるものだと思いますよ!」

 

 かなり素直な意見だったので、ウーマロにぐさぐさ突き刺さったようだ。

 カンパニュラのおにぎりの時とは随分と違う対応だな。

 

「そんなに味が違うですか?」

「はい、……えっと、ヤシロさんのお寿司が美味し過ぎるのだと思いますが」

「うぅ……お気遣い痛み入るッス」

 

 しょぼくれるウーマロ。

 だが、ウーマロの失敗は必要なことだったのだ。

 

「ネタとシャリの美味さは確約されている」

 

 マーシャの持ち込む魚と、ジネットが準備したシャリはどちらも一級品だ。

 

「そうなると、味を大きく左右するのは技術ということになる。ただ、こいつは気を付ける箇所が無数にあって一個一個を口で説明すると日が暮れる……というか、口では説明しきれないくらいに多い」

 

 技術というものは事前に「ここに気を付けろ」とは言いにくい。

 穴が開くほどよく見て、実際にやってみて、その中で気付いていくものだからだ。

 

「つまり、いくらジネットと言えど、ぶっつけ本番でやればウーマロのような失敗を犯しかねない」

「……つまり、店長が作る料理が、美味しくない可能性がある、と?」

「それは一大事です!? 店長さんのお料理を食べた感想が『イマイチ』とか、あたし、そんなのヤです!」

「いえ、あの、わたしも初めてのことは失敗しますし、そんなに完璧なわけでは……」

「いいや、オイラもなんか嫌ッス! 店長さんの料理は、いつも心を晴れやかにしてくれるッスから。オイラの失敗で得るものがあるなら、オイラいくらでもマズい寿司を量産するッス!」

「よく言った、ウーマロ! じゃあ、他の連中にも寿司の食べ比べをさせてやろう。ジネットはその間、俺とウーマロのどこがどう違うのかをじっくりと観察して、何か掴んだらいくつか試しに握ってみてくれ。それで、納得のいくものになったら人に出すことを解禁する」

「は、はい! 頑張ります!」

 

 そうなのだ。

 これは単なるわがまま、もっと言えば押し付けなのだが……

 

 ジネットにマズい飯は作ってほしくないのだ。

 俺が食うなら別に構わないんだが……

 

 誰かがジネットの作ったものを食って微妙な顔をしやがったら、俺はそいつをぶっ飛ばすかもしれない。

 これも俺のわがままだな。

 

 ジネットの飯は、いつだって美味くあってほしい。

 

 エステラにしてもジネットにしても、その経歴に汚点なんかつけさせたくないのだ。

 回避できるなら回避させたい。

 

 あくまで、俺のわがままでな。

 

 

 

 

 

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