バオクリエアからの禁輸品。
細菌兵器の強奪未遂事件。
そして、連絡係ノルベールの監禁。
この辺がウィシャートを突き崩すキーになりそうだ。
だが、そうなるとなぁ……
「ん~……」
被害が……いやでも、もう結論は出ている、か。俺の中では。
でもなぁ……
「ん~……」
「おい、どうしたオオバヤシロ。話を聞けと言ったのはテメェだろうが」
ゴッフレードが俺を睨み付ける。
散々ビビり散らかした直後のくせに、すぐにふてぶてしい態度に戻りやがる。
その辺が他の連中と違うんだろうな。
こいつは根っからの悪党で、その生き方以外選べないヤツなんだ。
貴族になんぞなれるはずがない。
制度として貴族に召し上げられたとしても、こいつの性根はゴロつきのままだ。
早晩破綻してお家取り潰しになるのがオチだろうよ。
「お前さぁ、本気で褒美がもらえると思ってるのか?」
オールブルーム侵攻の足掛かりを作ればバオクリエアで貴族に。
そんなうまい話を、こいつが信用しているのか?
「企てが成功した暁には、事実を知るお前らなんか口封じされるだけだろ」
王族の裏側を知っているゴロつきなんざ、廃棄処分される未来しかないだろうに。
「分かってるよ、そんなこと。だがな、ただではやられねぇ、そう思わせることが出来れば当面――せめて俺の代までは手出ししてこねぇようには出来るさ」
先のことなんぞ知ったことかという考えか。
こいつらしいと言えばそうか。
ゴッフレードとノルベールが離れて暮らせば、どちらかがやられた時にもう片方が王族に反旗を翻せる。
たんまりと抱え込んだ王族の弱点を一斉放出する。そう思えば、王族もむやみに手を出せない……一代目までは。
王族としても、リスクを冒すことなく二代目の時に穏便に潰せば労はない、か。
打算までを考慮した計画、ねぇ。
「俺なら、オールブルーム侵攻中のどさくさでどっちも消すがな」
「それも考慮済みだ。俺とノルベールはバラバラに逃げる。二人同時に消すことは出来ねぇさ」
つまり、こいつらはお互いを保険にしているのだ。
どちらかが消されれば次は自分だ。なりふり構わずすべてを暴露する。
そうバオクリエアの王族に思わせることで手出しさせないようにしている。
だから、必死になってノルベールを探しているわけか。
もしノルベールが王族側に寝返っていたら、ゴッフレードの保険がなくなる。
こいつらは、お互いが生きていることで自分たちの身を守っているのだ。
バオクリエアに裏切られたら、オールブルームに乗り換える腹積もりなのだろうが、ノルベールがウィシャート家でバカ騒ぎをしたせいでその可能性も潰えたか。
今回の件が片付いた暁には、早急に退場願いたいな、こいつらには。
ま、とりあえずノルベールに会ってみるか。
ただし、ゴッフレードと会わせるのはもう少し待った方がいい。
「ウィシャートはノルベールとゴッフレードの関係を知っているんだよな?」
「あぁ。ノルベールの伝手で顔を繋いだからな。一応、俺はノルベールの手下のゴロつきってことになってるぜ」
実態は違うけどなと言いたげな顔だ。
だから、どっちでもいいんだっての、テメェらの力関係なんざ。
「つまり、ノルベールの消息がずっと掴めないまま――ウィシャートからの情報しか入っていない状況なら、バオクリエア側がお前を使って探りを入れさせる、なんてことも十分考えられるよな?」
「あ? ……ん~、どうだろうな。ノルベールはそこまで重要視されてねぇかもしれねぇが……いや、オールブルーム侵攻を急いでいると思わせるならそれもあり得なくはねぇか」
現状、バオクリエアは現国王が病に倒れたことでオールブルーム侵攻なんて考えていられないような騒動になっているだろうが、それはウィシャートが知り得ない情報だ。
俺たちが知っているのは、第二王子の側近ワイルから直接聞いたからで、その情報が他国であるオールブルームまで伝わるのはもっと後になってからだろう。
なら、第一王子が遅々として進まないオールブルーム侵攻計画にしびれを切らせたと思い込ませることが出来れば、もし、そういう可能性があるなら、ウィシャートと面識のあるゴッフレードを寄越しても不思議はないはずだ。
ほら、こいつは取り立てのプロだし。強引な手段に出てでも事態を進展させる意気込みがあるとアピールしているように見えるだろう。
脅しとしては上々だ。
「ウィシャートに揺さぶりをかける」
後日、俺たちはウィシャート家に事態の説明をしに行くことになっている。
その時がいいだろう。
「俺たちがウィシャート家に行く日に、ちょっとやってもらいたいことがある」
「ほぅ。聞かせてもらおうか」
「少々危険だが、まぁ、お前なら大丈夫だろう。死んでも死にそうにないし」
「言ってくれるな。まぁ、ちょっとやそっとのことじゃ死なねぇよ」
モーニングスターやメドラのパンチにはビビってたけどな。
で、まぁ、ゴッフレードはいいとして……
問題はこのバカオウムなんだよなぁ。
「ベックマン。お前、芝居とか出来る?」
「任せるのであります! こう見えて、かつては歌劇団のトップスターを夢見たことすらあるのであります!」
夢くらい誰でも見れるわ。
やっぱ、こいつにはムリかもなぁ……
「テメェがセリフを教え込めばいい。こいつの特技の一つでな、言われた言葉をそっくりそのまま繰り返すってのがある」
まさにオウムだな。
「抑揚や強弱もか?」
「あぁ。それだけは大したもんだと俺も思っているぜ」
ゴッフレードがそこまで褒めるなら、ある意味有用なのだろうか。
「なにせ、何万文字もある文章だろうが、一言一句間違えずに記憶して復唱できるんだからな」
「そりゃあすげぇな」
「ただし、融通が利かねぇから毎度最初から同じ感情同じ速度同じ抑揚で聞かされることになるけどな」
気になったところだけをピックアップして照会とかは出来ないのか。
それはメンドクセェな。
記憶は出来るが、応用は出来ない。
「おまけに記憶が持つのは三日だけだ」
「すごい能力を持っているが、基本はバカなんだな」
「あぁ。こいつ以外がこの能力を持っていれば、もっとうまく利用できるんだろうがな」
結局、ベックマンは誰かに利用されることでしかその能力を活用できない残念人間というわけだ。
下っ端の中の下っ端だな。下っ端キングだ。
「で、それが『特技の一つ』ってことは、他にも何かあるのか? たしか、声を遠くまで届かせる能力も持ってたようだが」
「そいつはうるさいだけで特に使えねぇ特技だな。あと、こいつの特技で使えるとすれば、空が飛べることかな」
「マジでか!? お前、すげぇな!?」
「お褒めにあずかり光栄なのであります!」
「垂直にのみ、だけどな」
「前進できねぇのかよ!?」
「あっはっはっ、そんな、鳥ではあるまいに」
からからと笑うベックマン。
いや、笑い事じゃねぇよ。
すげぇのにいまいち使えねぇな、お前の特技は。
「けど、偵察には使えそうだな」
「残念ながら、こいつは見た物を正確に説明することが出来ねぇ」
「は?」
「たとえば……。ベックマン、街門の周りはどんな様子だ?」
街門に背を向けゴッフレードが問う。
ベックマンは街門をじっと見て、その状況を説明する。
「なんかどーんとしていて、人がわさーっといるであります」
「……うそだろ」
「終始、こんな感じだ」
「門の周りに人は何人いる?」
「いっぱいであります」
「数えろよ」
「数えるなど、そのように頭を使えば他のすべての機能が停止するでありますぞ?」
つまり、飛びながら人の数を数えたりは出来ないと……
で、空から見た情報を聞き出そうにも「わーっと」とか「んばーっと」とか、そういう表現しか出来ないのか……
「ちなみに、絵心は?」
「皆無なのであります!」
「使えねぇ」
「だから言ってんだろ。『復唱だけは使える』ってよ」
ん~……まぁ、俺のセリフを覚えさせて、ウィシャート家の前で小芝居を打たせることは出来るか…………いや、待てよ?
「ゴッフレード。ウィシャート家の見取り図とか持ってないか?」
「あるわけねぇだろ。ヤツの館はそのほとんどが秘密なんだ。応接室以外は覗き見ることすら出来ねぇよ」
「廊下の奥くらい覗き込めるだろう?」
「玄関を入ってすぐにあるのがドアだ。エントランスには無数のドアが並んでいる。廊下すら見ることは出来ねぇ」
なんて安らげなさそうな家だ。
「んじゃ、ある程度の予想を立てるしかないか」
まぁ、プロの目と細切れの情報があればなんとかなるだろう。
「ベックマン。お前にはちょっと飛んでもらうぞ」
「うむ! ノルベール様救出のためであれば、多少のムリは承知でありますれば!」
「そうか。なら、ちょっと大きな荷物を持って飛べるか?」
「荷物?」
「そうだな、60キロちょっとの大荷物だ」
「60キロ……で、ありますか……では、さほど高くは飛べないかもしれないでありますが」
「死ぬ気で飛べ。もしくは飛んで死ね」
「むむむ……」
「ノルベールの居場所を探るために必要不可欠だ」
「やるであります!」
よし。
あとは、どこから飛ぶか、だよなぁ……マーゥルにでも聞いてみるか。
あ、荷物の用意しなきゃ…………ま、別にいっか。
直前に「シクヨロ☆」って言やぁ間に合うだろうし。うん。
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