異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

18話 笑顔のために -3-

公開日時: 2020年10月17日(土) 20:01
文字数:2,015

 で、米が空振りに終わって次に向かった先が、養鶏場だ。

 ……そう。俺が初めてこの四十二区で夜明かしした日の朝に出会った鳥顔の女、ニワトリ人族のネフェリーの家だった。

 

 再会するなり、「あっ! あの時のセクハラ男!」と、指を差された時の、みんなの冷たい視線といったら……ジネットだけが「きっと誤解ですよね?」と、俺のフォローをしてくれていた。

 ……まぁ、誤解ではないんだけどな。

 

 だってよ、ニワトリ顔のヤツが卵持ってたら、そいつが産んだと思うじゃん、普通?

 それがセクハラとか…………この世界、やりにくっ。

 

 とまぁ、そんな過去のいざこざは一旦脇に置いて、俺たちは卵を定期的に融通してくれるように交渉を開始した。

 卵はいろんな料理に使える万能食だ。是非とも欲しい。それも、毎月一定数。安定してだ。

 

 だが、懸命な交渉も虚しく、俺たちは成果を上げることが出来なかったのだ。

 まさに空振り。

 昨日は散々な一日だった。

 

「まさか、ニワトリが卵を産まなくなっているとはねぇ……」

 

 エステラがため息を漏らす。

 

 ネフェリーの家では常時二百羽近いニワトリが飼育されているのだが、そのうち四分の三程度が生後十ヶ月ほどで卵を産まなくなってしまうのだそうだ。

 それ故に、卵の数も足りておらず、行商ギルドに卸す分だけでいっぱいいっぱいなのだと断られてしまった。

 

「困りましたねぇ。卵はたくさん必要になりますし……」

「……玉子焼き、美味しい」

 

 ジネットが困り顔でため息を漏らし、マグダは無表情のままよだれを垂らした。っておい、マグダ。

 

「卵を産まないニワトリはすぐに屠畜して肉にしてしまうそうだね」

「でも、お肉でしたら狩猟ギルドのおかげで美味しいものが出回っていますし、売り上げはあまりよくないとおっしゃっていましたよ」

 

 実際、魔獣の肉は美味い。

 日本のスーパーで売っていた肉とは比べ物にならない、別次元の美味さだ。

 そこだけは異世界の勝利を認めざるを得ない。

 だもんで、卵が産めなくなった廃鶏の肉などでは市場で太刀打ちできないのだ。

 

 この街の養鶏場は、卵こそが金を生む。

 

「卵をたくさん手に入れるためには、もっとニワトリの数を増やすしかないんだろうけど……」

「でも、それですと、ニワトリさんがまるで使い捨てのようで…………ちょっと、可哀想です」

 

 家畜に可哀想も何もないと思うが……まぁ、ジネットならそうかもな。

 

「だからこそ、俺が力を貸してやろうって言ったんだよ」

 

 交渉の後にそんな事情を聞き、重い空気に包まれた養鶏場で、俺は困り顔のネフェリーに対し……まぁ、顔が完全にニワトリなんで困っててもあんまり伝わってこなかったんだけど……一つの提案をした。

 もう卵を産まなくなったニワトリを百羽譲ってもらい、そいつらが卵を産むようになれば、その卵を俺たちに売ってもらう。――というものだ。

 捨てる卵を買うのではなく、処分されるニワトリを一時的に借り受けてそいつらに卵を産ませようというわけだ。

 これも、『捨てる物を買う』ゴミ回収ギルドの範疇に違いない。

 

 もっとも、百羽ものニワトリを俺たちがもらってきても飼う場所がないので、そこは『養鶏場に預ける』ということにしてもらった。

 

 要するに、俺たちが金を出し、俺たちの代わりにネフェリーが百羽のニワトリの世話をするという契約だ。

 鶏舎が埋まったままになるため新しいニワトリを増やせなくなるのだが、もともと屠畜に否定的だったネフェリーは二つ返事で引き受けてくれた。

 ただ、卵を産まなくなったニワトリが再び卵を産むようになるってのは、信じていなかったようだが。

 

「でも、まさかヤシロが率先して人助けをすると言い出すなんてね」

「俺の半分は『優しさ』で出来ているからな」

 

 すげぇだろ。アノ頭痛薬と一緒だぞ? むしろ俺の方がちょっと多いくらいだ。

 

「あそこで名乗りを上げた方が、後々の利益に繋がると考えてのことだろう? 君が優しいのは、自分に対してじゃないのかい?」

 

 ……む。まぁ、その通りだけども。

 エステラは自信ありげな表情で俺の心理を読み解いていく。

 

「ヤシロは、ニワトリが卵を産まなくなった原因に心当たりがあり、改善する自信があった。その知識を卵の独占権と引き換えにしたというわけだ」

「優先的に売買できる権利と言ってもらいたいな」

「同じだろう?」

「聞こえ方が違う。独占と言うと、どうもいやらしく聞こえる」

 

 もちろん、エッチな言葉に聞こえる、という意味ではない。

 俺はもっと清い心でその契約を交わしたのだ。

 

「でも、ニワトリさんが卵を産むようになればネフェリーさんも喜びますし、ウチも助かりますし、いいこと尽くめですね」

 

 そうそう、ジネット。そういうことだ。

 やっぱりジネットはよく分かっている。

 

「……ヤシロ、ネフェリーにセクハラするほどお気に入り」

 

 いや、そういう下心はないぞマグダよ。

 

「…………ヤシロさん、まさか……ネフェリーさん狙いで…………」

 

 そこで、どうして信じちゃうかな、ジネット?

 お前は分かっている娘だよな? な?

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート