「それで、ヤシロは今何をしているんだい?」
「新しい飾りの下見だ」
「トルベック工務店に委託された後にヤシロが自ら動いているってことは……また何か企んでいるね?」
「お前はどうしてそう人聞きの悪いことを……」
まぁ、企んでいるんだけれども。
「今、ウーマロとノーマが大通りを見て回っているんだ。必要があれば、大通りにある店の屋根を借りることになりそうだから、その交渉も兼ねてな」
なるべく、均等にびっしりとオバケの影を出現させたい。
そのために効果的なレイアウトをウーマロが計算しつつ、現場を見て回っているのだ。
俺は、その場所に行って、太陽の角度から柱の高さと、オブジェの向きを指導する係だ。
「もう少し時間がかかりそうなのかい?」
「まぁ、そうだな。あと十分から二十分ってところじゃないか?」
「じゃあさ、それまでボクの仕事を手伝ってよ」
「バストアップ体操で補助の要るものなんかあったっけ?」
「仕事だって言ってるだろう!?」
あ、違うのか。
エステラのバストアップ体操に向き合う姿勢がもはや職人の域に達しているから勘違いしていたぜ。
「トルベック工務店だから信頼はしているんだけれどさ、一応飾りの安全性や公序良俗に反するものがないかの点検をしたいんだ」
「あぁ……ヤンボルドが総指揮だからな。見といた方がいいな、絶対」
あいつは調子に乗るとどこまでも調子に乗るヤツだ。
怖可愛いを逸脱してグロテスクに行き過ぎていたり、セクシーを逸脱し過ぎてガキには見せられないエロスに行き着いているようなものがあるかもしれない。
そういったものは速やかに撤去して、エロスの方は俺の部屋で保管する必要がある。うん。
「んじゃ、ちょっと見て回るか」
「うん」
一歩足を踏み出すと、エステラが隣へと寄ってくる。
エステラに合わせて少しだけ歩幅を狭める。ジネットほどではないが、ゆっくりと歩くように意識する。
「わっ! 見て、ヤシロ! あれ!」
エステラが声を上げて指差した先には、チーズに噛みつかれているネズミがコミカルに表現されている壁があった。
そこはワインを楽しむ落ち着いた雰囲気の飲み屋、ちょっとしたバーのような店だった。
きっと、ネズミにチーズを齧られて腹に据えかねていたものがあったのだろう。
「これもベッコの彫刻か。コミカルな表現が活きてるな」
「後ろの壁はヤンボルドの作品みたいだね。このレンガ、本物に見えるけど全部木だよ」
レンガの壁に見える木製の壁。木製なので穴を開けるのも加工するのも容易い。
うまい具合に古びたレンガの雰囲気が表現されている。
「ん? これなんだろう?」
ヤンボルドが作ったのであろう木製レンガの壁の中に、一つ「危険、触るな」と書かれたレンガが存在した。
「まさか、ここを触ると倒壊しちゃうとかいうんじゃないだろうね? 調べなきゃ」
厳しい表情になったエステラが「触るな」と書かれた木製レンガに触れる。
その瞬間、木製のレンガは「くるん!」と回転して、中から牙がびっしり生えた凶悪な噛みつき草が飛び出してきた。
「うきゃあ!?」
突然の襲撃に、エステラは慌てて手を引っ込めて飛び退き、若干バランスを崩して、真後ろにいた俺にしがみついてきた。
「な、なんて危険なトラップを!?」
「よく見ろ、エステラ。その噛みつき草もニセモノだ」
よく見れば木で作られたよく出来たニセモノだ。
バネでも仕掛けてあるのか、飛び出した後はガジガジと二度ほど口が動いていたが、現在はだら~んと口が開きっぱなしになっている。
びっくり箱みたいなもんだな。
「た……性質の悪いイタズラを……!」
「間違いなくヤンボルドの作品だ。無駄にクオリティが高いからムカつきも一入だな、こりゃ」
ホント、なんであいつに才能を与えちゃったんだろうな、精霊神も。
「よし。危険だからきちんと仕舞っておこう」
「って、自分だけ引っかかったのが悔しいから犠牲者を増やしたいだけじゃねぇか」
「いいんだよ。こういう驚きはみんなで共有しないと」
きっとそれは、ヤンボルドの思惑にまんまとハマっているんだと思うぞ。
噛みつき草を押し込むと、「危険、触るな」と書かれた偽レンガが「かぱっ!」っと元通りにしまった。
簡単にセット出来るあたり、それを見越して作ったとしか思えない。
ヤツの性根のひん曲がり具合が窺える仕掛けだ。
ウーマロなら、絶対に作らないタイプのギミックだな。
「こ、こほん。さっきのは、ちょっとびっくりしただけだから。他意はないから」
「何がだ?」
「べ、別に……気にしてないならいいよ」
お前に抱きつかれたことで俺が照れたり慌てたりしたら余計に気まずいだろうが。
……いちいち言及すんな。さらっと流せよ、ったく。
「驚いたらちょっとお腹減っちゃった」
「ゴチになりま~す」
「……なんでボクの奢りなのさ?」
「視察の一環だろ。経費だな」
「自腹だよ。領民の血税を無駄には出来ないからね」
「セコいなぁ、ウチの領主は」
「セコいんじゃなくて堅実なの。ほら、自腹で奢ってあげるから、何が食べたい?」
エステラの自腹だと思うと、途端に集り難くなるな。
別にそこまで何かを食いたいわけでもないし……
「んんっ!? なんだあれは!?」
俺の視線が、大通りのとある店に釘付けになる。
その店の壁には、大きなおっぱいが「どどーん!」と張り出していた!
「あぁ……代替わりしてプリン専門店になったお店だね。元は燻製の美味しい飲み屋さんだったんだけど」
「エステラ! 俺、プリンが食べたい!」
「あの店に入るなら自腹でどうぞ。ボクはあのお店には1Rbたりともお金を落としたくない!」
「ご神体に触ると御利益あるかもよ?」
「………………。はは、まさか」
考えたなぁ。
心の葛藤が手に取るように分かったぞ。
「とりあえず、子供たちに悪い影響を与えるからあの飾りは外させよう」
「なんでだ!? おっぱいはガキどもの味方だろう!?」
「景観が損なわれるんだよ! 著しく!」
「統一感を出せば違和感はなくなるはず!」
「あれに合わせて統一感なんか出したら、子供はおろか女性も歩けなくなるよ!」
エステラの強固な反対により、大通り一番の見所になったかもしれないご神体は撤去されることになった。
じゃあさ、百歩譲ってさ、ウクリネスにでっかいスポブラ作ってもらわない? 衣服を身に着けていれば卑猥さも解消されると思うんだよねぇ。
どうかな?
…………却下だった。
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