異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

338話 願ってなどない再会 -2-

公開日時: 2022年2月25日(金) 20:01
文字数:3,441

「はぁ~、あったかぁ~い」

 

 ラーメンを啜りながら、パウラが口から白い息を吐き出す。

 

「あ、見てみて、ブロッケン現象~」

「いや、それ違うから」

 

 それはただの白い息だ。

 

 今回説明会に参加した連中は、ラーメンを持って会場の好きな場所で食べ始めている。

 というか、いつの間にか会場に所狭しとテーブルが並んでいるんだが?

 

「トルベック工務店&カワヤ工務店で設置したッス」

「必要かと思ってよ!」

 

 棟梁二人が肩を組んでサムズアップを寄越してくる。

 その向こうで両工務店の大工たちが死体のように転がっている。

 

 カワヤ工務店も順調に四十二区ナイズされつつあるようだ。

 すなわち、社畜ナイズ。

 

 で、パウラやノーマたち、陽だまり亭お手伝いチームは簡易キッチン内でラーメンを食っている。

 

「うはぁ~、これ美味いなぁ」

 

 にっこにこ顔でラーメンを啜るデリアに、ノーマが麺を茹でながら言う。

 

「ほらほら、食べたらさっさと手伝うさよ」

「ノーマは食わないのか?」

「昨日、散々食べたからねぇ」

「私は、昨日も今日もたくさんいただきますね」

 

 おや?

 手伝いもしないシスターが紛れ込んで誰よりもラーメンを消費しているようだぞ。

 摘まみ出すか?

 

 ……まぁ、ベルティーナの証言のおかげでブロッケン現象の信憑性が上がったわけだし、今日は大目に見るか。

 

「ベルティーナ、煮卵いるか?」

「いただきます」

 

 煮卵を追加する。

 追い煮卵だ。

 

「ジネット、どうだ?」

「はい。今日のスープは会心の出来だと思います」

 

 そりゃ、食うのが楽しみだ。

 

「ノーマさんに作っていただいた『てぼ』も使いやすいですよ」

 

 空気入れが思いのほかあっさり完成したので、ノーマにせがまれててぼも作ったんだよな。

 ラーメン屋でよく見る、麺の湯切りをするための片手ザルだ。

 

 ……っていうか、昨日作ったのより改良されてないか?

 また徹夜したのか、ノーマ?

 寝ろよ、この街の女子!

 

「ノーマさん、麺をお願いします」

「はいよっ!」

 

 ジネットとノーマが息の合ったコンビネーションでラーメンを量産していく。

 大鍋にてぼごと麺を入れ、軽く茹でたらてぼごと引き上げ、そしててぼを大きく振り上げて、湯切りのために勢いよく振り下ろす!

 

 

 

 

 ぷるるぅ~ん!

 

 

 

 

 

「何バウンドしたの、今ぁぁあ~!?」

 

 しまった!?

 俺としたことが!

 そうだよ!

 ラーメンの湯切りつったら、あの、思いっきり腕を振り下ろすモーションじゃないか!

 ジネットやノーマがそんな動きをしたら、そしたら当然ある部分が「ぷるるるぅ~ん」するに決まっているじゃないか!

 

 くっそぉ!

 エステラと話なんかしている場合じゃなかった!

 

「ジネット、追加の麺を!」

「懺悔してください!」

「なぜだ!?」

「お兄ちゃん、さっきノーマさんの湯切りの時に心の声全部漏れてたですよ」

「……気付かないのがヤシロクオリティ」

 

 いやいやいや、でもでもでも!

 まだまだラーメンはあるわけで!

 これからいくらでも拝むチャンスは――

 

「ほい、じゃあヤシロが麺係さね」

「えっ、待って!? 俺見る係がいい!」

「それを言わなきゃ強制はしなかったんだけどねぇ……」

「ヤシロさんは、ご自分の欲望にはとても素直なんですわね」

「おぉ、イメルダ! お前もやってみるか? きっと楽しいぞ」

「『ヤシロさんが』楽しいんですわよね?」

「否定はしない!」

「いいからさっさと仕事をしなよ、麺係」

 

 揺れもしないエステラに仕事を強要される。

 おかしい……さっきはもうちょっと可愛げがあったのに、今のエステラには可愛げの『か』の字もない。

 ものすっごいジト目だ。ジト目の『ジ』の字だ。

 

 それから、俺は次々やってくる注文と同じ数だけ麺の湯切りをやらされた。

 酷使だ酷使。酷使無情だ。厄が満載の厄満だな。

 

「わ~、ヤシロ君、それ楽しそ~☆」

「マーシャ!」

「私にもやらせて~☆」

「よろこんで~☆」

「お兄ちゃんがマーシャさんと同じ口調に!?」

「そんなに見たいんですの、『ぷるるん』が!?」

「……そんなに見たいのが、ヤシロという男」

 

 自薦なので、個人の主張を大いに尊重してあげるべきだと思う。

 水槽に入ったままで鍋に近寄るのは危ないので、俺が麺を茹で、湯切りだけをマーシャにお願いする。

 

 さぁ、こい!

 人魚のぷるるん!

 いざ、カマ~ン!

 

「え~いっ!」

 

 

 じゃぼ~ん……

 

 

 ……うん。

 思いっきり海水の中に沈んだよね、麺。

 

「斬新な湯切りだね、マーシャ」

「湯、切れてないさよ。現実から目をそらすんじゃないさよ、エステラ」

 

 親友の失態に表情が抜け落ちるエステラ。

 一息入れて煙管をふかすノーマ。

 

 そして、海水に浸かるてぼと麺。

 

「はいはーい! その麺こっち!」

「いや、こっちだよ!」

「俺俺! 俺にちょうだい!」

「バカばっかりですわね」

「大工が多いからなぁ」

「ぁの、でりあさん。大工さんの中にも、まともな人は、ぃる……ょ?」

 

 あはは。ミリィ。面白いことを言うな。

 

「ヤシロくぅ~ん、ど~しよ~☆」

「こりゃダメだな。これじゃ塩ラーメンになっちまう」

「「塩ラーメンとはなんですか!?」」

「人の呟きに全力で食いつくな、似たもの母娘!」

 

 がばっと接近してきたジネットとベルティーナを引き剥がす。

 こりゃあ、ケーキの時みたいにラーメンをいろんなところに教えて回らないと、ジネットがどっぷりハマって抜け出せなくなるかもしれないなぁ。

 

「マジで、四十区辺りにラーメン激戦区でも作るか」

「オオバくぅ~ん! 君って男はなんて素晴らしいんだ! その話、詳しく聞かせてくれるよね!?」

 

 うっわ、やっべ、デミリーいたよ。

 めっちゃ食いつかれちまった。

 

「ヤシロ! 四十二区には作らないのかい? こんなに美味しいのに!?」

「まぁ落ち着けエステラ。それなりに理由はある」

 

 ラーメン激戦区は、確かに人を呼び込めるコンテンツではある。

 だが――

 

「四六時中スープを煮込むから、とにかく匂いがすごい! 一日中、一年中、何年も何年もずっとラーメンの匂いなんだ!」

 

 親方ん家の近所のラーメン屋が、煮干し系ラーメンで、年がら年中近所一帯に煮込んだ煮干しの匂いを漂わせててなぁ……

 さすがにずっとだと嫌になるんだよ。アレが好きってヤツも大勢いるんだろうが。

 

 それに、各区に特化したものが出来つつあるのだ。

 四十二区には多種多様なケーキが、四十一区には美容の街がある。

 そんな中、四十区にラーメン激戦区が出来てみろ。

 

「四十一区を中心に、美女はこっちオッサンはあっちに振り分けられて、俺的にわっほいだ!」

「ラーメン激戦区があるなら、アタシも行ってみたいさね」

「あたいも!」

「ワタクシも行きますわ」

「あぁっ、美女があっち側へっ!?」

 

 なんということだ。

 この街ではラーメンは美女の食べ物にカテゴリーされるのか!?

 タピオカドリンクやマリトッツォ枠なのか!?

 

「カタクチイワシ」

 

 手伝いもしないのに厨房に入り浸るルシア。

 貴族様専用の特別スペースを作ってあるってのに、なんでここにいるんだよ。あっち行けよ。折角ウーマロに言って、なるべく遠い場所に作らせたのに。

 

「間を取って三十五区に作ればよかろう」

「何と何の間を取ったんだよ、お前は?」

「ヤシぴっぴ。逆に二十九区は?」

「何の逆ぅ!?」

 

 マーゥルもここにいたのか。

 つか、貴族スペース、影の薄い外周区の連中しか使ってねぇじゃねぇか!

 

「ジネット、エステラ」

「はい、なんでしょうか?」

「随分と改まった顔をしているね」

「面倒くさいから、ラーメン教えていいか?」

「君が自ら利益を手放すなんて、珍しいね」

「こいつらに絡まれ続ける不利益をカット出来るなら安いもんだ」

「みなさん、ラーメンを気に入ってくださったようですからね」

 

 もう折角だから、ラーメンの本場はよその区にくれてやろう。

 各自で研究して、めっちゃ美味いラーメン屋が出来たら食いに行ってやるよ。

 

 やっぱ俺は、ラーメンは食いに行く派っぽい。

 

「ケーキの時のように、講習会ですね」

「範囲が広いから、相当大掛かりになりそうだがな」

「では、頑張って回りましょうね!」

 

 なんか、ジネットがやる気だ。

 というか、嬉しそうだ。

 うきうきしている。

 

「ヤシロさんといろんな区をめぐってお料理するの、楽しみです」

 

 そんなことを、恥ずかしげもなく笑顔で言えるくらいに、ジネットは嬉しそうだ。

 

 まぁ、そうだな。

 移動距離が長くなれば、ちょっとした旅行みたいなもんだもんな。

 …………お泊まり、ありですか?

 

 

 ほんの少し、よからぬ妄想が湧きたち始めた頭を振って、ぐいぐい迫ってくる領主たちをエステラに押しつけた。

 貴族様は貴族様同士で話をつけてくださいませませ。

 順番とか、場所とか、材料費とか、どんだけ参加するとか、いろいろとな。

 

 

 

 

 

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