「はぁ~、あったかぁ~い」
ラーメンを啜りながら、パウラが口から白い息を吐き出す。
「あ、見てみて、ブロッケン現象~」
「いや、それ違うから」
それはただの白い息だ。
今回説明会に参加した連中は、ラーメンを持って会場の好きな場所で食べ始めている。
というか、いつの間にか会場に所狭しとテーブルが並んでいるんだが?
「トルベック工務店&カワヤ工務店で設置したッス」
「必要かと思ってよ!」
棟梁二人が肩を組んでサムズアップを寄越してくる。
その向こうで両工務店の大工たちが死体のように転がっている。
カワヤ工務店も順調に四十二区ナイズされつつあるようだ。
すなわち、社畜ナイズ。
で、パウラやノーマたち、陽だまり亭お手伝いチームは簡易キッチン内でラーメンを食っている。
「うはぁ~、これ美味いなぁ」
にっこにこ顔でラーメンを啜るデリアに、ノーマが麺を茹でながら言う。
「ほらほら、食べたらさっさと手伝うさよ」
「ノーマは食わないのか?」
「昨日、散々食べたからねぇ」
「私は、昨日も今日もたくさんいただきますね」
おや?
手伝いもしないシスターが紛れ込んで誰よりもラーメンを消費しているようだぞ。
摘まみ出すか?
……まぁ、ベルティーナの証言のおかげでブロッケン現象の信憑性が上がったわけだし、今日は大目に見るか。
「ベルティーナ、煮卵いるか?」
「いただきます」
煮卵を追加する。
追い煮卵だ。
「ジネット、どうだ?」
「はい。今日のスープは会心の出来だと思います」
そりゃ、食うのが楽しみだ。
「ノーマさんに作っていただいた『てぼ』も使いやすいですよ」
空気入れが思いのほかあっさり完成したので、ノーマにせがまれててぼも作ったんだよな。
ラーメン屋でよく見る、麺の湯切りをするための片手ザルだ。
……っていうか、昨日作ったのより改良されてないか?
また徹夜したのか、ノーマ?
寝ろよ、この街の女子!
「ノーマさん、麺をお願いします」
「はいよっ!」
ジネットとノーマが息の合ったコンビネーションでラーメンを量産していく。
大鍋にてぼごと麺を入れ、軽く茹でたらてぼごと引き上げ、そしててぼを大きく振り上げて、湯切りのために勢いよく振り下ろす!
ぷるるぅ~ん!
「何バウンドしたの、今ぁぁあ~!?」
しまった!?
俺としたことが!
そうだよ!
ラーメンの湯切りつったら、あの、思いっきり腕を振り下ろすモーションじゃないか!
ジネットやノーマがそんな動きをしたら、そしたら当然ある部分が「ぷるるるぅ~ん」するに決まっているじゃないか!
くっそぉ!
エステラと話なんかしている場合じゃなかった!
「ジネット、追加の麺を!」
「懺悔してください!」
「なぜだ!?」
「お兄ちゃん、さっきノーマさんの湯切りの時に心の声全部漏れてたですよ」
「……気付かないのがヤシロクオリティ」
いやいやいや、でもでもでも!
まだまだラーメンはあるわけで!
これからいくらでも拝むチャンスは――
「ほい、じゃあヤシロが麺係さね」
「えっ、待って!? 俺見る係がいい!」
「それを言わなきゃ強制はしなかったんだけどねぇ……」
「ヤシロさんは、ご自分の欲望にはとても素直なんですわね」
「おぉ、イメルダ! お前もやってみるか? きっと楽しいぞ」
「『ヤシロさんが』楽しいんですわよね?」
「否定はしない!」
「いいからさっさと仕事をしなよ、麺係」
揺れもしないエステラに仕事を強要される。
おかしい……さっきはもうちょっと可愛げがあったのに、今のエステラには可愛げの『か』の字もない。
ものすっごいジト目だ。ジト目の『ジ』の字だ。
それから、俺は次々やってくる注文と同じ数だけ麺の湯切りをやらされた。
酷使だ酷使。酷使無情だ。厄が満載の厄満だな。
「わ~、ヤシロ君、それ楽しそ~☆」
「マーシャ!」
「私にもやらせて~☆」
「よろこんで~☆」
「お兄ちゃんがマーシャさんと同じ口調に!?」
「そんなに見たいんですの、『ぷるるん』が!?」
「……そんなに見たいのが、ヤシロという男」
自薦なので、個人の主張を大いに尊重してあげるべきだと思う。
水槽に入ったままで鍋に近寄るのは危ないので、俺が麺を茹で、湯切りだけをマーシャにお願いする。
さぁ、こい!
人魚のぷるるん!
いざ、カマ~ン!
「え~いっ!」
じゃぼ~ん……
……うん。
思いっきり海水の中に沈んだよね、麺。
「斬新な湯切りだね、マーシャ」
「湯、切れてないさよ。現実から目をそらすんじゃないさよ、エステラ」
親友の失態に表情が抜け落ちるエステラ。
一息入れて煙管をふかすノーマ。
そして、海水に浸かるてぼと麺。
「はいはーい! その麺こっち!」
「いや、こっちだよ!」
「俺俺! 俺にちょうだい!」
「バカばっかりですわね」
「大工が多いからなぁ」
「ぁの、でりあさん。大工さんの中にも、まともな人は、ぃる……ょ?」
あはは。ミリィ。面白いことを言うな。
「ヤシロくぅ~ん、ど~しよ~☆」
「こりゃダメだな。これじゃ塩ラーメンになっちまう」
「「塩ラーメンとはなんですか!?」」
「人の呟きに全力で食いつくな、似たもの母娘!」
がばっと接近してきたジネットとベルティーナを引き剥がす。
こりゃあ、ケーキの時みたいにラーメンをいろんなところに教えて回らないと、ジネットがどっぷりハマって抜け出せなくなるかもしれないなぁ。
「マジで、四十区辺りにラーメン激戦区でも作るか」
「オオバくぅ~ん! 君って男はなんて素晴らしいんだ! その話、詳しく聞かせてくれるよね!?」
うっわ、やっべ、デミリーいたよ。
めっちゃ食いつかれちまった。
「ヤシロ! 四十二区には作らないのかい? こんなに美味しいのに!?」
「まぁ落ち着けエステラ。それなりに理由はある」
ラーメン激戦区は、確かに人を呼び込めるコンテンツではある。
だが――
「四六時中スープを煮込むから、とにかく匂いがすごい! 一日中、一年中、何年も何年もずっとラーメンの匂いなんだ!」
親方ん家の近所のラーメン屋が、煮干し系ラーメンで、年がら年中近所一帯に煮込んだ煮干しの匂いを漂わせててなぁ……
さすがにずっとだと嫌になるんだよ。アレが好きってヤツも大勢いるんだろうが。
それに、各区に特化したものが出来つつあるのだ。
四十二区には多種多様なケーキが、四十一区には美容の街がある。
そんな中、四十区にラーメン激戦区が出来てみろ。
「四十一区を中心に、美女はこっちオッサンはあっちに振り分けられて、俺的にわっほいだ!」
「ラーメン激戦区があるなら、アタシも行ってみたいさね」
「あたいも!」
「ワタクシも行きますわ」
「あぁっ、美女があっち側へっ!?」
なんということだ。
この街ではラーメンは美女の食べ物にカテゴリーされるのか!?
タピオカドリンクやマリトッツォ枠なのか!?
「カタクチイワシ」
手伝いもしないのに厨房に入り浸るルシア。
貴族様専用の特別スペースを作ってあるってのに、なんでここにいるんだよ。あっち行けよ。折角ウーマロに言って、なるべく遠い場所に作らせたのに。
「間を取って三十五区に作ればよかろう」
「何と何の間を取ったんだよ、お前は?」
「ヤシぴっぴ。逆に二十九区は?」
「何の逆ぅ!?」
マーゥルもここにいたのか。
つか、貴族スペース、影の薄い外周区の連中しか使ってねぇじゃねぇか!
「ジネット、エステラ」
「はい、なんでしょうか?」
「随分と改まった顔をしているね」
「面倒くさいから、ラーメン教えていいか?」
「君が自ら利益を手放すなんて、珍しいね」
「こいつらに絡まれ続ける不利益をカット出来るなら安いもんだ」
「みなさん、ラーメンを気に入ってくださったようですからね」
もう折角だから、ラーメンの本場はよその区にくれてやろう。
各自で研究して、めっちゃ美味いラーメン屋が出来たら食いに行ってやるよ。
やっぱ俺は、ラーメンは食いに行く派っぽい。
「ケーキの時のように、講習会ですね」
「範囲が広いから、相当大掛かりになりそうだがな」
「では、頑張って回りましょうね!」
なんか、ジネットがやる気だ。
というか、嬉しそうだ。
うきうきしている。
「ヤシロさんといろんな区をめぐってお料理するの、楽しみです」
そんなことを、恥ずかしげもなく笑顔で言えるくらいに、ジネットは嬉しそうだ。
まぁ、そうだな。
移動距離が長くなれば、ちょっとした旅行みたいなもんだもんな。
…………お泊まり、ありですか?
ほんの少し、よからぬ妄想が湧きたち始めた頭を振って、ぐいぐい迫ってくる領主たちをエステラに押しつけた。
貴族様は貴族様同士で話をつけてくださいませませ。
順番とか、場所とか、材料費とか、どんだけ参加するとか、いろいろとな。
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